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村人Aでも勇者を超えられる。  作者: 日向日影
第一四章 安寧の地など何処にもない Story_of_Until_He_Returns.
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260 第五階層を目指して

 地面へぶつかるまで数秒と無い。いきなり絶体絶命の状況だが、アーサーとノイマンが言い争っている間に他の二人はちゃんと動いていた。


「ネミリアちゃん!!」

「わかっています!!」


 メアが四人の体をワイヤーで繋いで叫ぶのと同時、ネミリアはすぐに両手を前に突き出し、四人の体が白い光に包まれると落下速度が一気に落ちる。すでに潜入がバレているようなので、このまま下に落ちる事には躊躇しなかった。


「……皆さん、下を見て下さい」


 ネミリアに言われて見てみると、すでに大勢の人影が待ち構えていた。しかし何かがおかしい。こういう場所を守っている看守と呼ばれる人達は統一された服装だと思っていたのだが、それぞれ私服みたいでさらに持っている武器もそれぞれ違う。完全に私服の集団の『ディッパーズ』のアーサーが言えた事ではないのだが、どうにも一つの組織に属している集団とは思えなかった。


「あれはここに収監されている囚人です。彼ら自身、脱獄が絶対に不可能と知っているので、逆に脱走を防ぐ立場になって仕事をする事で刑期を短縮する事ができるんです。わたし達を捕まえればさらに刑期が短くなるので、手加減はしてくれません」

「つまり、ヤツらもヤツらで死に物狂いって訳か……」

「逆に言えば、どれだけ()っても咎められない存在って事だよね? さいっこうのシチュエーション!!」

「ノイマンちゃんはノイマンちゃんで本当にブレないね……」


 四人はそれぞれ別々の反応を示しながら、その目線だけはしっかりと下に向いていた。

 アーサーは一人、ふっと息を吐く。

 下にいる彼らは犯罪者かもしれないが、それだけで傷つけて良い理由にはならない。だけどアーサーが目的を果たすには彼らを打ち破り、下へ行かなければならない。

 彼らと自分達の目的は完全に反対を向いている。こうなった以上、無理矢理にでも突破する以外の道はない。


「……全員、死ぬなよ。あの人達も殺すな。特にノイマン」

「えー……どうしても?」

「どうしても、だ。もしあの人達を殺したら……」


 アーサーはそれだけでノイマンを殺しそうなほど低い声で、


「お前の手足を折って、二度と戦えないようにしてやる。殺すことも殺されることもできないように」

「うわー……それは流石に嫌だなぁ」


 彼女にとっては殺されるよりもそっちの方が嫌なようで、アーサーの脅しは十分に効いた。そしてノイマンの対処に追われたせいで具体的な作戦を決める前に床に降り立った。その瞬間、全方位から殺意が向けられる。


「全員、お互い守りあえ。行くぞ!!」


 全方位の敵に対して、四人は一斉に四方に向かって駆け出した。アーサーは光り輝く右腕『シャスティフォル』を、ネミリアは手のひらを前に突き出し、メアはユーティリウム製のワイヤーを操り、ノイマンは拳銃とナイフを携えて。

 ネミリアが手を向けると掌から衝撃波のようなものでも出ているのか、空気が歪んで相手まで届くと面白いように吹っ飛んで行く。

 メアは元々対多数の戦闘に慣れているのか、ワイヤーを巧みに操って何人も拘束しては振り回して武器代わりにし、一度に何人も無力化していく。

 ノイマンは例の『予測演算(ノイマン)』によって敵の動きを先読みしているのか、足や腕を銃で撃ったりナイフで切ったりして戦闘力を奪っていた。

 問題はアーサーだった。そもそも彼の得意な戦いは一対一で、こういう乱戦はあまり向いていない。それは彼自身も分かっていた。


(だから考えた。俺が力いっぱい戦える方法を)


 例えば一対一〇〇なら簡単に数に押し潰されてしまうだろう。

 だが仮に、一対一を一〇〇回繰り返すならどうだ?


(体力には自信があるんだ、とことんやるぞ!)


 ゴッッッ!! と握り締めた拳を正面に来た男に打ち込み吹き飛ばす。その間に横から棍棒を持った男がそれを振り下ろして来るが、アーサーは左手でそれを受け止めようとする。


「『魔力硬化』!!」


 ガギンッ!! と腕で防いだとは思えない音が鳴った。それは先刻手に入れた新しい魔術、『その意志はただ堅牢で(マナ・プロテクション)』。左腕に魔力を集中して硬化し、それで棍棒による打撃を防いだのだ。


「……ホント、良い力だ、これ」


 そのまま再び右拳を叩き込み、相手を吹き飛ばす。

 今度は後ろから剣を持った女が斬りかかってくるので、次の相手はそちらに決めて右手を手刀の形にし、横薙ぎに振るって剣を砕きながら女も浅く斬り裂く。すると今度は周りから一斉に襲い掛かって来たので、右手を地面に叩きつける。

 全方位への集束魔力砲、『遍く照らす祈りの円卓エクスカリバー・ターフェルルンデ』。一時的に誰もいなくなったのを確認して思いっきり後ろに下がる。すると同時に下がっていたのか、ネミリアと背中がぶつかった。


「そっちは調子良さそうだな、ネミリア」

「そちらも心配が杞憂に終わって何よりです」

「心配してくれてたのか?」

「ええ、レンさんが一対多数より一対一の方が得意だという情報は知っていたので」

「……相変わらず『ポラリス王国』で俺はどんな扱い受けてるんだか」


 ぼやきながら、こちらを警戒して敵が近づいて来ないのを良い事に、アーサーはずっと疑問だった事を聞いてみる。


「ところでネミリアの力は聞いてなかったんだけど、あの白い光と空気が歪んでたのは何なんだ?」

「こんな時に余裕がありますね……」

「この状況を打開するヒントが欲しいんだ。教えてくれ」


 そう頼むとネミリアは仕方ないといった風に、


「どちらも『共鳴』の応用です。白い光は物体と『共鳴』する事で物体そのもののエネルギーに働きかけてテレキネシスのように動かす事ができ、空気が歪んでいたのは『共鳴』した物体を振動させていて、掌からその振動の振動波を飛ばしたんです。『念動力』と『振動波』といった所ですね」

「振動……それならこれを壊せるか?」


 こんこん、と足場を靴で叩くと何を言いたいのかネミリアに伝わったようだ。アーサーが言いたいのは、この床を壊す事はできないのか、という事だ。放射状に放ったとはいえ集束魔力砲でも砕けないほどの強度。というか傷つけても外壁のようにすぐに回復してしまっていた。


「……レンさんの右腕、確か魔術の強化ができましたよね?」

「ここでその話をするって事は、強化すればできるって事だな?」


 確認を取りながら、アーサーは右手をネミリアの背中に押し付けた。


「もう良いぞ、頼む!!」

「わかりました」


 坦々とした返事と共に、ネミリアは両手を地面に付ける。

 地震のような大きな揺れが襲いかかって来たのはすぐだった。それを誘導したアーサーはともかく、すぐ傍で戦っていたメアとノイマンは敵同様に驚いていた。

 そして揺れが始まってから数秒後、崩落が起きた。


「ネミリア、掴まれ!」


 ネミリアの『物体操作』の力は一度に一ヵ所までなので、体にぶつかる瓦礫を全て防ぐことはできない。だからアーサーはすぐ傍にいたネミリアの小柄な体を抱きかかえ、瓦礫から守る。

 するとその隙を逃さないという風に、瓦礫の陰から男が落下しながら斬りかかって来た。アーサーはその剣を『魔力硬化』で保護した足の裏で受け止めて弾き、すぐさま『シャスティフォル』を発動させて手刀の形にした右手を引き絞った。

 距離は離れていて、拳が届く距離でも無い。それでもアーサーは右手を前に突き出した。


「『その身は祈りを(シャスティフォル)届けるために(・ジャベリン)』!!」


 ドッッッ!! とアーサーが突き出した右手の先から槍のような形状の集束魔力が放たれた。集束魔力砲というよりは、クロノが使っていた集束魔力弾に近い技。それは空中で身動きの取れない男を撃ち抜いた。


「メア、網!!」


 近くで落下中のメアに簡潔な言葉を飛ばすとそれだけで理解できたのか、ワイヤーを操って網目状にし、落下中の囚人とアーサー達を次の床に落ちるギリギリの所で全て掬い取った。


「サンキュー、メア」


 グッと親指を立てて感謝を伝えると、他の方向から声が上がった。


「甘いねぇ。私達を殺そうとした相手なんだから、見殺しにしたって良いのに」

「……お前とは本当に合わないな」


 とりあえずメアに網を解いて貰い、四人は床に足を下ろす。全く状況を読めていない囚人たちは酷い落ち方をしているが、流石にそこまで構ってもいられない。


「……レンさん。そろそろ降ろして下さい」

「っと、悪い」


 気のせいかもしれないが、普段より怒っているような口調のネミリアを床に降ろし、すぐに周囲に意識を向ける。

天衣無縫(てんいむほう)()白馬非馬(カルンウェナン)』を静かに発動し、自然魔力感知を使うと反応があった。

 倒れている囚人達ではない。そもそも魔力の量が全く違う。そして人間という風でも無かった。上のフロアには無かった巨大な通路への入口の奥、暗闇の中からそれは現れた。


「冗談だろ……」


 逃げたかった。

 思考よりも先に、本能が逃げろと訴えかけて来た。

 そこから現れたのは虎。だがそのサイズがおかしい。ざっと見た限り体調が一五メートルほどにまで届いている。


「って魔獣じゃん!! 飼ってるのかこの監獄!?」


 身が震えるような慟哭と共に、巨大な虎はこちらに向かって走って来た。

 やはり優秀なのか、最初に動いたのはメアだった。ユーティリウム製のワイヤーを操り虎を拘束しようとする。が、虎は力任せにそれを振り解いた。


「ダメ! 止められない!!」

「くそっ、『シャスティフォル』!!」


 魔力を集めて光り輝いた右手を、アーサーは握り締めるのではなく掌を広げた。そして風の環を形成する。

 アーサーが使える唯一の通常魔術、『旋風掌底(せんぷうしょうてい)』。しかし今回は少し違く、集まる風は黄金の輝きを放っていた。さらに痛いくらい耳を突くような高音の金切り音がそこから発生する。

 その右手をアーサーの方からも虎の方に向かって駆け、思いっきり突き出す。

 しかし野生の勘なのか、それとも金切り音に脅威を感じたのか、虎は俊敏な動きで横に跳んだ。アーサーの右手に渦巻く黄金の風は虎を掠め、その皮膚を軽く抉って鮮血を撒き散らした。だが致命傷にはなっていない。虎は着地した瞬間にさらに床を蹴り、アーサーと距離を取った。


「あなたは警戒されてるみたいだね。同族嫌悪ってヤツなのかな」

「俺はあんな獣顔じゃないぞ」

「でも勘は似ているよね。私のお株を取られっぱなしだし」

「だったら『予測演算(ノイマン)』で危険を教えてくれたりしてくれよ。俺、食われかけたんだけど」


 その追及は笑って流された。恨み事の一つでも言ってやりたいが、アーサーもアーサーで虎の方に集中しなければならないので、今はノイマンに食ってかかったりはしない。


「とりあえず、ここは私達がやるよ。ネミリアちゃんも行けるよね?」

「ええ、当然です」


 アーサーの近くで、メアとネミリアはそんな会話をして一歩前に出た。


「大丈夫なのか? お前のワイヤーはあいつに効かなかっただろ」

「全力の力じゃなかったからね。まあ見てて」


 すると突然メアは右手の、ネミリアは左手のグローブを取った。


集束魔力供給弾、点火カートリッジ・イグニッション


 メアが呟いた瞬間、彼女の右手の皮膚が弾け飛んだ。その下から現れたのは漆黒の右腕。その前腕部分が駆動し、拳銃の銃弾が排莢するのと同じように大きな薬莢が飛び出て来た。


排莢(バースト)―――『紅蓮界断糸(ぐれんかいだんし)』!!」


 そして黒かった右腕が熱を帯びたように真っ赤に染まる。同時に真っ赤になったワイヤーを飛ばして操り、再び虎を拘束する。ユーティリウムはエネルギーを加えられるほど強度を増す。集束魔力を伝わらせる事で今度は虎が解けない強度で拘束し、さらに皮膚を焼き切ってどんどん体に食い込んでいく。


「今だよ、ネミリアちゃん!」

集束魔力供給弾、点火カートリッジ・イグニッション


 次はネミリアの番だった。メアと同じように、彼女の場合は左腕の皮膚が弾け飛び、その下から漆黒の左腕が現れて前腕部分から薬莢を吐き出す。


排莢(バースト)―――『白銀の左腕(アガートラム)』」


 ネミリアの左腕は純白の光を放つ。

 そしてその左手の掌を、虎の方へと向けて平坦な口調で言い放つ。


「『突き穿つ神槍の絶光(ブリューナク)』」


 ドッッッ!! と一条の光線が口調とは違って鋭さを持って放たれる。

 アーサーにとっては馴染み深い集束魔力砲だ。それがメアに拘束されて身動きの取れない虎に向かって真っ直ぐ進んで行く。アーサーやヘルトのように魔力の衝撃波に巻き込んでダメージを与えるというよりは、貫通力に重きを置いているのか。それは虎の体を正面から貫いた。

 体に向こう側が見れる穴が空く。だが、それでも虎は動きを止めなかった。流石魔獣の生命力と言うべきか、内蔵まで抉られているというのにワイヤーを解こうと動き続けている。


「っ……これでも足りない、ですか」

「いや、十分だ」


 その声は頭上から鳴り響いた。いつの間にそこへ移動していたのか、アーサーは虎の上に飛んでいたのだ。

 そして光り輝く右手の掌に黄金の風の環を作り出し、二度目となるそれを落下しながら虎に向かって突き出す。


「今度こそ食らえ―――『颶風掌底(ぐふうしょうてい)』!!」


 ギュィィィィィン!! という高い音が最初にあった。

 黄金の風は膨張して巨大な風の渦となり、虎の体を背中から削って抉りながら床に押し付ける。結果的に訪れたのはその荷重に耐えきれなかった二度目になる床の崩落だった。


「このまま行くぞ、第三階層!!」





    ◇◇◇◇◇◇◇





 その時、とある通信が監獄内であった。


『侵入者は?』

『はい、署長。たった今、第三階層に落ちた所です』

『結構。では誰も近寄らせるな。俺が直接向かっている』

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