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村人Aでも勇者を超えられる。  作者: 日向日影
第一四章 安寧の地など何処にもない Story_of_Until_He_Returns.
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259 難攻不落への挑戦

 具体的に『水底監獄(フォール・プリズン)』と言ってもアーサーはその場所を知らなかった。という訳で場所を知っている彼女達に案内されるまま付いて行くと、表面上は何の変哲もない巨大な湖に辿り着いた。


「本当にこの下にあるのか……」

「入口はあの見晴台になってるけど、今回は馬鹿正直に行く訳にはいかないから潜ることになるね」


 呆然と呟くアーサーに何が楽しいのかメアは喜々として答えた。その様子を見かねたのかネミリアはこう提案してくる。


「潜れば分かります。最終的に行くか行かないかの判断はレンさんに任せますが」

「……ああ、行くよ。分かってる」


 というか、それ以外に選択肢なんてないのだ。潜ると聞いたので何となく関節のストレッチをして覚悟を決めると、そんなのお構いなしにメアが三人の体にワイヤーを巻き付けた。


「じゃ、あとはよろしく、ネミリアちゃん」

「では行きます」

「は……? 行くって、ちょ……ッ!?」


 制止を呼びかけるよりも前に、ネミリアは行動に移った。

 彼女が手をかざすと、ノイマンの短剣を止めた時と同じような淡い白い光が四人全員の体を包み込んで空中に浮遊し、すぐに四人揃って湖の中へと入って行く。

 ネミリアの力のおかげなのか、水中でも呼吸ができるしゴーグル越しと同等かそれ以上の鮮明さで水中を見渡せた。そして探す必要もなく、すぐに目的のものが眼前に広がっていた。


(これが……『水底監獄(フォール・プリズン)』)


 途轍もなく巨大だった。底の方は暗くて見えないくらい遠い。その形状は円柱に近いが、まるで『ポラリス王国』にある高層ビルが頭まで水中に浸かっているようなもので、これから中に入るのかと思うと身震いした。


『レンさん』


 そんな事を考えていると、頭の中に直接響くようなネミリアの声が聞こえて来た。試しにアーサーも口を動かしてみるが、この光の内側は呼吸ができても言葉までは通じていないようで、それは独り言に終わった。ネミリアもそれが分かっているのか、アーサーの言葉は待たずに指示だけ飛ばして来る。


『監獄周りに魔力的な感知結界が張ってあります。レンさんの右手で触れて魔力を掌握して、通り抜けるまで穴を空けて下さい。破壊ならともかく、短時間の操作なら不審がられる事もないはずです』


 懇切丁寧にアーサーが感じるであろう不安材料にまで対応してくれるグッドインフォメーションに感謝しつつ、躊躇なく右手を伸ばした。確かに魔力を感じてそれを掌握し、四人が通れるほどの穴を空ける。それからネミリアの方を向いて合図代わりの頷きをすると、すぐに四人の体が穴の中を通り抜ける。すぐに穴を閉じたが、ネミリアが言った通り何かが変わった様子はなかった。どうやら成功らしい。

 結界を越えると後は簡単だった。命綱のワイヤーの意味もなく、ネミリアの能力で特に苦労する事もなく外壁へと辿り着く。


(あれ? ここからどうやって入るんだろう……)

『任せて下さい』


 アーサーの思考を呼んでいたように声を出して、ネミリアは外壁に手を当てた。すると壁と周囲が振動し、すぐに外壁の一部分が崩れた。当然の事だが監獄の中には普通に空気があるので、結果的に水が流れ込むのに合わせて四人は吸い込まれるように中へと入って行く。

 意外とあっさりと、難攻不落の要塞への潜入は成功した。

 アーサーは妙な浮遊感が解けた体の感触を確かめながら周囲を見回して呟く。


「……なんか、肩すかしだな」

「ま、監獄は外から中へより、中から外へ出さないものだからね。その証拠にほら」


 ノイマンが指さした先。今し方、自分達が入って来た穴がいつの間にか勝手に塞がっていたのだ。


「大分珍しいけど、自動修復機能の壁だね。仮に穴を空けたとしても水が流れ込むせいで外には出れないし。だから重要な囚人ほど下にいるはず」

「……つまり、目的のアクアは最下層にいるって事か? だったら潜入の段階で最下層まで泳いで行けば良かったのに」

「レンくん、水圧って知ってる? ネミリアちゃんのあの力も万能じゃないんだよ」

「ええ、まあ。移動に使っている時の防御力は皆無に近いですし、発動するのも一度に一ヵ所が限界で、それ以上は頭痛がしますから。制約は多いです」


 つまり、ここが限界だったという事か。まあ一人ではそもそも潜入の目処すら立っていなかったのだ。ここまで来れただけでも感謝するべきだろう。

 そうしてネミリアの方に感謝を述べようとした時、ノイマンが突然言う。


「それはそれとして……()()()?」

「は? 来るって何が……」


 ノイマンの言葉の意味が分からなかったアーサーだったが、他の二人には伝わっていた。アーサーの背後にネミリアは手をかざし、メアは右手から極細のワイヤーを飛ばした。すると丁度角から現れた二つの人影に向かって不意を突く形で、ネミリアが手をかざした相手がいきなり吹っ飛び、もう一人はワイヤーで体の動きを拘束された。


「それじゃ、トドメはよろしく」


 ぐんっ、とメアがワイヤーを引っ張ると男はアーサーの方に飛んで来た。突然の事だったが反射的に拳を握り締め、飛んで来た男の顔面に突き出す。身動きできない状態で相対速度も乗った拳を食らった男は一発で昏倒し、メアはワイヤーを解いた。


「うん、連携も問題無いね」

「ですが、これで侵入がバレたかもしれません。ノイマンさん、安全に下りるルートは確保できてますか?」


 そう問われたノイマンは僅かに思案して、


「うーん、まだ五分五分って所かな。情報が足りないし断言はできない。全員無事に脱出できるパターンも、全員捕まって終わっちゃうパターンもあるから」

「との事です。レンさん、判断をお願いします」

「ちょっ、待ってくれ。どうしてノイマンはそんな事が分かるんだ!?」


 もし記憶があったのなら、こんな質問は絶対にしなかったはずだ。だってそれは前のアーサーにとって一番身近にいた少女の、代名詞とも言える能力と同じものだったのだから。質問はせずに疑いの眼差しを向けるだけに留めていただろう。


「持てる情報から未来を限定予測する力、『予測演算(ノイマン)』。それが彼女の力です」

「未来を……限定予測」

「あれ、あなたにとっては特に珍しくない力だと思うけど? だってこの力、()()()()の力を抽出して造られたものだ、し……?」


 そこまで言って、ノイマンは小首を傾げた。


「あー……うん、なるほどなるほどなるほどねぇ……。そう繋がる訳、か」

「ノイマンさん?」

「ううん、こっちの話。なんだか面白い事が起きそうな予感があって。あっ、私の場合は予測って言った方が適切か」

「……、」


 突然の挙動に不審がるネミリアはノイマンの返しで追及を止めたようだが、アーサーは目を細めて睨んだ。それに気づいているようで、ノイマンはアーサーに笑顔を返す。

 ……どうにも根本的に、アーサーはノイマンを信じ切れていなかった。ネミリアやメアはほぼ無条件に信用しているのに妙な感じだが、これも戦闘勘から来る危険察知の一つの形なのか、頭ではなく本能が気を許すなと訴えて来ているのだ。


「……とりあえず、もっと広い通路は無いのか? ざっと外観を見てみたい」

「じゃあ付いて来て」


 初めて来るはずなのに、妙に慣れた様子でノイマンは先導し、すぐに開けた場所まで来た。

 真ん中には螺旋状に階段が取り付けられた巨大な主柱が通っており、その周りは吹き抜けていて、ビルで言うなら一〇階分くらいの低い所に床が見えた。それからドーナッツのように通路が数メートル間隔であり、壁には独房と外壁が交互に設置されていた。ノイマンが言うにはどうやら上から下まで全てこの仕様らしく、下に見えるような床のあるフロアを何段か超えた先が最下層らしい。


「外の外観とこの深さを見る限り、全部で五階層くらいかな。(くだん)のアクア・ウィンクルム=ピスケスは多分最下層にいるよ? ここから飛び降りて地面を砕いてまた飛び降りてを繰り返して行くのが最短最速だけど、センサーもびっしりで確実に見つかる」

「……ちなみに、ネミリアの能力で全員揃って下に下りる事は?」

「できますがお勧めはできません。わたしの力で飛行はできますが、速度があまり出ないので危険です」


 一応、アーサーには落下して地面に直撃する寸前に運動エネルギーをキャンセルする『人類にとっても小さな一(ワンヤード・ステップ)歩』を使うという手段もあるのだが、一〇〇パーセント成功する訳でもない。発動するタイミングが少しでも遅れれば、そのまま落下死する可能性があるからだ。


「ノイマン、正規のルートは?」

「あの主柱の中にエレベーターと螺旋階段があるにはあるけど、私達みたいな侵入者は当然使えない。……やっぱり来る敵全員ぶっ殺し続けて降りるのが速いんじゃないかなぁ?」


 さらっとえげつない事を言うノイマンにアーサーは何度目になるか分からないジト目を向けながら、


「……アンタの狂いっぷりは十分わかったから、もっとマシな案を出してくれ。なるべく犠牲の少ない方向で」

「じゃあ裏の通路にある階段を使う?(……善人ぶってるヤツはこれだから面倒くさい)」

「おいこいつさらっと毒吐きやがったよ! しかも出してきた案大したことないし。未来を予測できるって話はどこ行ったんだ!!」


 そんな二人のやり取りをネミリアは嘆息しながら、メアは面白そうに眺めていた。

 すると突然、ノイマンは言う。


「あっ、ごたごたやってたから時間切れだ」

「は……?」

「別に大した事じゃないんだけど……脱獄囚用の罠が発動する」


 その言葉を脳が処理するよりも前に、それは現実として襲いかかってきた。

 突然、横合いの壁が弾かれたように迫って来たかと思うと、次の瞬間には四人揃って空中へと押し出されたのだ。


「な、ぁ……!?」


 全身を叩かれたような痛みよりも、背筋に走る悪寒の方が勝った。

 視線を下に移すと、ビル一〇階分の高さが正面に迫る恐怖として襲いかかってくる。


「ね? ちゃんと未来予測できてたでしょ?」

「言ってる場合か馬鹿野郎ォォォおおおおおあああああああああああああああ!?」

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