249 五〇〇年ぶりの姉妹喧嘩
彼が死んでいる訳がないじゃないですか。
だって、生き残る事に関しては右に出る者はいない『担ぎし者』なのですから。それはもう、ある種の呪いのように。
とはいえ、世間的には『オンリーセンス計画』で死んだ事になっているアーサー・レンフィールドです。死人扱いは二度目ですが、今回は名が知れ渡ったうえでの死亡です。その意味合いは大きく変わってきます。
これ幸いとばかりに彼らは動き出すでしょう。科学サイドが大きく動き出したのなら、次は魔術サイドの番です。アーサー・レンフィールドと相性の悪い魔術サイドが動き出してから実は彼は生きてました、という事実を知るのは傍目から見ると少し面白いですね。彼らが驚く顔が目に浮かびます。
とはいえ簡単には行かないでしょう。何の因果か……いえ、『担ぎし者』なら当然なのかもしれませんが、彼が辿り着いた場所は現在最も動乱の火種が燻る『ピスケス王国』。そこへ『担ぎし者』という起爆剤が投入されたら……それは争いが起きない方が考えられません。
それに『ディッパーズ』が復活したのなら、そろそろこちらも動き出す頃合いですしね。誰も聞いていないとしても、『ディッパーズ』創設メンバーの先輩として宣言くらいはしておきましょうか。
私は今度こそ世界を正しい形で救済する。
止めたければ止めてみなさい、『ディッパーズ』。
◇◇◇◇◇◇◇
『サジタリウス帝国』上空で爆破、消滅した『スコーピオン帝国』の乗っていた三人の内、二人は爆破の寸前に動いていた。
すでに生存を諦めていたアーサーとは違い、つい先程まで生存を諦めていたクロノの方が生き残ることに積極的になっていた。やった事は単純で、爆発寸前にラプラスの合図でクロノがありったけの魔力で全員を守ったのだ。
自分を含めた三人に使ったのは、体の周りの時間を凍結させる事で無敵化するクロノの最強の防御魔法。とはいえ無敵化するだけで爆発の威力には耐えられたが、その爆風には吹き飛ばされた。
結果、三人はバラバラに吹き飛ばされた。
それはもう、遠くに。
「……ぁ、ぅ……?」
随分長いこと空を飛び、地面に直撃したラプラスは呻き声を漏らしながら体を起こした。
ラプラスは事前にクロノの防御魔法を知っていた。同時にそのリスクも。
その名は『時間凍結』。その防御魔法は確かに無敵だが、クロノ自身以外に使うといつ時間が動き出すのか分からないというリスクがある。つまりどれだけ時間が止まっていたのかが目覚めた時に分からない。使用された魔力量にもよるが、下手をすれば数百年間時が止まったままという事も考えられるのだ。
あれだけの爆破に巻き込まれた末に森の中でたった一人、せめて武器や必需品などが一通り入っている特殊なギターケースだけでも一緒なら良かったのだが、障壁外にあったギターケースは爆破で木っ端みじんだろう。ないものねだりをしても仕方ない。
一応、アーサーの居場所と安否だけは回路を繋いでいたおかげで感じ取る事ができた。しかし大分距離が離れており、移動もしていた。彼女はアーサーに追いつくための最適解を知るために『未来観測』を使ってみるが、望むような明確な答えは得られなかった。彼女の力は無条件で未来を知れる訳ではなく、常人以上に集められる情報を常人を遥かに超えた演算能力で限りなく現実に近い未来を観測しているにすぎない。つまり逆を言えば、得られる情報が少なければ未来を観測できないという事だ。
(……やはりダメですね。せめてもう少し情報を集めないと……)
正確な観測は諦めて、自らの判断でアーサーの元に向かう。だがその前に集束魔力砲が衝突した位置と最後に二人が立っていた場所から飛んでいった大体の方向を演算能力で導き出し、まずはクロノがいるであろう方向に向かう。本来であれば同じ『一二災の子供達』とはいえ、彼女の中でアーサーより優先順位が上に来るものは無い。だから本音を言えばアーサーとの合流を優先したかったのだが、能力でクロノのいる場所の方が格段に近いというのが分かってしまったので、とりあえず合流する事にしただけだ。それにクロノがいた方がアーサーの捜索が捗るのも否定できない事実だった。
そうして歩くこと約二時間、いくつもの木々を抜けた先でへこんだ地面に座っているクロノが目の前に現れた。
その姿は、今までの大人の女性といった風貌ではなかった。身長はラプラスと同じくらいまで縮み、その姿は『一二災の子供達』の名に違わぬ子供の姿になっていた。
けれどラプラスはその変化に驚くわけでもなく、呆れたように溜め息をこぼしてから彼女に話しかける。
「ようやく昔の姿になりましたね、クロノス」
「ラプラスか。悪いが今はクロノと名乗っているんだ。合わせてくれ」
「……ではクロノ。まさか着地地点から一歩も動いていないとは思いませんでした。怠慢が過ぎませんか?」
「いずれお前が来るのは分かっていたからな。動かない方が見つけやすいと思ったんだ。だが予想ではアーサーが一緒だと思ったんだが……」
「あなたの方が近いから先に来たんですよ。しぶしぶ、ですけど」
ラプラスにしては棘のある言動だった。あるいは、一応でも姉妹に対する対応としてはこちらの方が正しいのかもしれない。元を辿れば、こうして仲間やアーサーと離れ離れになっているのはクロノのせいなのだから当たり前だろう。
「何日ここで待っていたんですか?」
「数日程度だ。最低でも一週間は覚悟していたが、意外にも早かったな」
「アーサーさんもそれくらいですか?」
「どうだろうな。今のヤツには右手があるし、『無限』の補助が無いまま使ったから硬直時間は長くはないはずだ。それにアレの硬直時間は個人差が大きい。ともあれアーサーを探す訳だな。私も手伝おう」
ようやく立ち上がったクロノに、ラプラスはますます嫌そうな目を向ける。
「……反省の色が見えなさ過ぎです。もしこれでアーサーさんに何かあったら本気で恨みますからね?」
「まったく、お前はあいつにご執心だな。あいつの事は単なる馬鹿としか見ていなかったが、あのお前までそうしてしまう女誑しっぷりだけは認めたやろう」
「だから上から目線が……いえ、もう良いです。こんな言い合いは時間の無駄でした」
一際大きな溜め息をついて、ラプラスはクロノに何も言わずさっさと歩き出した。クロノはそれに肩をすくめてから付いて行く。
言ってみれば、彼女達の再会は五○○年ぶりだ。積もる話もあったのだろうが、今の関係性が最悪なせいか不自然なほど会話はなかった。ただラプラスにクロノが付いて行くだけの構図が小一時間ほど続く。
そんな空気に耐えかねたのか、ようやく口を開いたのはクロノの方だった。
「……なあ。いい加減、機嫌を直してくれないか?」
「……、最初の一言がそれですか?」
立ち止まり、振り返ったラプラスの表情には明らかな怒りの色が浮かんでいた。
「あと一歩でアーサーさんは死ぬ所でした。そうなる原因を作っておいて、謝りもせずに私の機嫌が直ると本当に思っているんですか?」
「……悪いが、今更謝るつもりはない」
その瞬間だった。
クロノの態度に嫌気が差したのか、ラプラスは即座にコートの内側から拳銃を取り出してクロノに向けた。しかしクロノは身動ぎ一つ取らなかった。
「どうあれ首を突っ込んで来たのはヤツの方だ。私の自殺を止めるメリットもなく、勝手に止めた。それも二度も」
「……だから謝らないと? あなたは一体、何様のつもりですか!?」
「そういうお前の方こそ、何様のつもりだ?」
言いながら、一歩クロノの方からラプラスの方に踏み込んだ。
「もしアーサーが謝罪を求めるなら一言くらい謝っても良い。だがお前には謝る理由が無いと言っているんだ。お前は勝手にアーサーに付いて来ただけで、私の自殺に直接関係してあそこに来た訳じゃないからな」
いつでも銃弾を発射できる状況なのだから、あくまでこの場の主導権はラプラスにある。しかし相手はそもそも死にたいがために世界を巻き込んだ自殺志願者だ。その程度では脅しにすらなっていなかったのかもしれない。
だからこそ、クロノは銃口などお構いなしに話し続ける。
「ただし、これから先、私はアーサーと行動を共にする事になるだろう。約束があるからな。そっちに関してならお前に謝っても良いぞ? お前の大事な大事なアーサーの興味の一部を奪ってしまって、とな」
挑発に重ねる挑発。いつ弾丸が放たれてもおかしくないような状況で、それでもクロノは強気でラプラスへと一歩ずつ近づいていく。
「だがそれはお前の傲慢だ。アーサーは私のものでもお前のものでもない。ヤツの意志はヤツだけのものだ。だから私はこう言う。それを勝手に想像して憤っているお前の方こそ、何様のつもりだ、とな」
「……、」
無言を返しながら、ラプラスは銃を下ろした。その行動にクロノは鼻を鳴らす。
「とはいえ、どうせ最初から撃つつもりは無かったんだろう? さしずめ、私の本音を引き出したかったといった所か」
全てが看破されていたと知って、ラプラスは作っていた怒りを引っ込めて息を吐いた。
「それが分かっていてあえて乗っかったあなたもあなたですけど。……とにかく、これで和解という形で良いですね?」
「ま、良いだろう。これからもこの世界で生きていくのに、生き残った最後の一人かもしれない姉妹といつまでも仲が悪いのは流石に嫌だしな」
「ではそういう事で。これから長い付き合いになりそうですね、お互い今度こそ『ディッパーズ』として」
特に握手をする訳でも、笑い合って肩を抱き合う訳でもなかった。ラプラスは踵を返し、本来の目的へと帰っていく。
「おいおい、もう捜索に戻るのか? せっかく仲直りしたんだし、ここらで休憩がてら五〇〇年間の積もる話でもしないか?」
「私はリーベ……翔環ナユタに監禁されて未来観測装置と呼ばれるまでになり、脱走した後アーサーさんに救われてここにいます。他に追記が必要ですか?」
「……随分とつれないな。私の方の話は良いのか?」
「追々で結構です。それより今は早くアーサーさんと合流したいんです」
「ああ、確かに言えてるな。あまり目を離し過ぎるとあいつはまた厄介事に首を突っ込むだろうからな」
「……いえ、流石にアーサーさんでも死にかけた直後にそんな……」
言い淀みながら彼女はそう返した。ラプラス自身、心の底ではクロノの言葉に納得していたのだろうが、それでも僅かに考えてから一応フォローする辺り、流石としか言いようが無かった。
ありがとうございます。
少し中途半端ですが、これ以上は長くなってしまうので今回はここまでとします。