248 HOMECOMING……?
場所はある人物からあらかじめ聞いていたので、ノイマンを引きずりながらアーサーは迷う事なくアレックス達が乗って来た『キングスウィング』の着陸場所に辿り着いた。
すぐ傍には二人の少女がついて歩いていた。一人は彼と共に消えたと思われていた『未来』のラプラス。もう一人は黒い長髪に合わせたのか、全体的に黒い装いのラプラスと同じくらいの体格の少女だった。とはいえ、今の彼らにはその少女の正体を知るよりも大事な事があった。
アーサーとは反対側。そこにはまるで彼の凱旋を待ち受けていたかのように、アレックス、結祈、サラ、シルフィー、レミニア、セラ、シャルル、アンナ、シグルドリーヴァ。総勢九名の知っている顔も見た事のない顔も含めて、全員が待っていた。
「ただいま」
軽く片手を挙げて、アーサーの最初の一言はそれだった。
死んだと思われていた状況からの帰還にしては、まるで買い物から帰って来ただけのような気軽さ。本来ならぶん殴られても仕方がないような態度だが、これでも一応彼なりに色々と考えた末の再会の言葉なのだ。
一番最初、彼に近づいていったのはアレックスだった。結祈やサラはすぐにでも飛び込みたかったのだろうが、流石に空気を読んだのかそれはしなかった。セラだけはアレックスに少し遅れて後についていく。
彼の目の前まで近づいたアレックスは足を止め、軽く握った拳をアーサーの胸に押し付けた。
「……遅すぎなんだよ、馬鹿野郎」
「悪かったよ、こっちも色々と立て込んでてね。それより俺が頼んだ通り『フェアリーズ』を止めるために戦ってくれて助かったよ。ま、新しい『ディッパーズ』を作ったりアンナを引き込んでたのは予想外だったけど」
アレックスに返すように、アーサーも軽く握った拳をアレックスの胸に押し付けた。とりあえず再開の挨拶が済んだ所で、隣にいたセラが溜め息を吐く。
「感謝なら私にもして欲しいんだがな、レンフィールド? こっちに黙って二股かけるのは楽じゃなかった。……いや、あっちも含めれば三股になるのか?」
「勿論感謝してるよ、セラ。色々状況を教えてくれて助かった」
「……まあ、こっちは命を助けられてるうえに『グレムリン』の発動場所を教えて貰った訳だからお互い様だがな」
ん? とアレックスから変な声が漏れた。
軽い調子の会話だったが、アレックスからしてみればそれは問題だらけの会話だった。
「……いや、待てよセラ。つまりテメェはアーサーの野郎が生きてたのを知ってたのか!?」
「まあな。数日前にこの国を出てたのはレンフィールドと会っていたからだ」
「そして、その時に俺がみんなには黙ってるようにセラに頼んだんだ。表立って動いていた『フェアリーズ』の脅威は『ピスケス王国』で嫌っていうほど知ってたけど、それは全部『ディッパーズ』に任せて、俺達は暗躍していたノイマンを止めるために秘密裏に動いてたんだ。集団行動の取れないノイマンが、あいつらに俺の事を話す訳ないって知ってたしね」
アレックスはパクパクと口を動かしていて、どうにも釈然としない気分だった。
つまりは最初から最後まで、全てアーサーには分かっていたのだ。アレックスがセラと共に『ディッパーズ』として『グレムリン』を止めるために戦う事も、ノイマンを止められるのが自分だけだということも。敵も味方も含めてアーサーの手のひらの上だったと思うと、もう誰が黒幕だったのか分からなくなってくる。
「……ったく、嫌味な黒幕だぜ」
「何を考えてるのか大体察しはつくけど、それは褒め言葉として受け取っておくよ」
とりあえずアレックスからは視線を切り、次にアーサーが向いたのはアンナの方だった。昔からの友人に対してアーサーは満面の笑みで、
「アンナ、久しぶり。お前まで『ディッパーズ』になってるとは思ってなかったよ。それに生還報告が一石二鳥になったな」
「……そんな笑顔で言われたら殴る気も失せるじゃない。ま、今のあんたには私以上に心配してた人がいるみたいだけど」
アンナはアレックスの時のように殴り飛ばす事はしなかった。
代わりに横を指さして呆れた調子で言う。
「アーサー!!」
最初に彼の胸に飛び込んで行ったのは結祈だった。受け止めた彼女の瞳からは涙が溢れていた。
「アーサーの馬鹿!! ワタシ達がどれだけ……どれだけっ!!」
結祈の後ろで、サラとレミニアも同じように涙を流していた。
あの日から、多くの人に借りがあるとアーサーは思っていた。けれど、一番悲しませていたのは彼女達だし、自分の死という責任を背負わせてしまったのは彼自身だ。あの日からこの瞬間まで彼女達が泣いていたのは間違いなくアーサーのせいだ。
「……本当にごめん。あの時は本当に死ぬと思ってたんだ。あれしか方法が無かったし……」
「そういう事じゃない!!」
「……、」
彼女が言いたい事は分かっている。
正直、やろうと思えばさっさと彼女達の元に帰る選択だってできた。『ディッパーズ』と合流したうえで、ノイマンを止めるという選択肢もあるにはあった。
けれど、そうはしなかった。より確実にノイマンを止めるために、アーサーは自らの死を利用して動き続けた。
そう、アーサーがこうした。
世界を守るために、彼女達の心を傷つける方を選んだ。
「……そうだな。ごめん」
結祈の頭に手を置いて優しく撫でた。せめて少しでも傷ついた心を癒せるように。
「……もう二度と、あんな事はしないで。約束だよ?」
「……ああ」
言いながら、アーサーは心の中だけで謝った。もし同じ状況に陥った時、また自分の命をベットする事は自分の事だし分かっていたからだ。
結祈と約束はできない。それは彼女にも分かっていたのだろう。最後に一際強くアーサーの背中に回した手に力を込めてから数歩離れた。涙は止まり、流れていた涙の跡だけが綺麗に光っていた。
「兄さん!」
結祈が離れるのを待っていたのか、次に彼に向かって行ったのはレミニアだった。アーサーの帰還により再び天涯孤独の身にならずに済んだ妹は、兄の胸に飛び込んで行く。
「レミニア……」
飛びついて来たレミニアを、アーサーは正面から受け止めようとした。
兄と妹の感動的な再会模様。傍目からは、そう移るはずだった。
そう、二人が抱き合うはずだったのだ。
その直前、レミニアの体が塵となって消えるまでは。
「………………は?」
思わず間抜けな声が漏れた。
ここまで全部を知ってたという風に自慢げに今までの行動を語っていたアーサーが、初めて予想外の事態にぶつかって思考が一旦停止した。
とはいえ驚くのも無理はないだろう。体にぶつかったのがレミニアの柔らかい体ではなく、急に砂っぽい塵に変わったのだから当然だ。
「あー……もしかして『転移魔法』の新しい使い方? ずっと連絡しなかったお返しのドッキリとか? 凄いのはもう分かったから出てきてくれよ、レミニア」
未だ頭が追い付かない中で、アーサーは変に乾いた口を動かす。
誰かから答えが返ってくると思っていた。しかしその言葉に反応したアレックスは、本当に訳が分からないといった様子で、
「は? レミニアって誰の事だよ」
「……アレックス、それも冗談だよな?」
言いながら、彼の顔を見て全身に悪寒が走った。その顔にはアレックスは冗談など言っておらず、本当にレミニアという存在が頭の中から消えてしまっていると示していたからだ。
アーサーはすぐに全く予期していなかった『グレムリン』とは違う別の魔法攻撃を受けていると思い、その効果を打ち消すべく右手に意識を集中させる。
「アレックスさん……」
と、アーサーが魔力を辿ろうとした時だった。
その呟きはシルフィーのものだった。アレックスもアーサーも彼女の方を向く。するとすぐに、シルフィーの体が足から崩れるように塵となって消えてしまったのだ。
「シルフィー……?」
今度はアレックスもそれを理解しているようだった。辺りを見回してシルフィーの姿を探す。だがレミニアと同様にシルフィーの姿はどこにも無かった。
しかもこの異常事態はそれだけでは終わらない。その様子を傍で見ていたシャルルとアンナ、シグルドリーヴァも同じようにいきなり塵となって消えてしまったのだ。
「……何が、起きてるんだ……?」
「……アーサー」
今度の声はサラからだった。彼女の体はまだ塵になっていないが、その顔は蒼白になっており、体は何かに酷く怯えているように小刻みに震えていた。
「……気分が、悪いの……。何かが、起きてる……っ」
「サラ!?」
倒れかかって来たサラの体を受け止める。おそらく第六感で先んじて感じ取っていたのだろう。遅れて彼女の体も少しずつ塵に変化していた。
「いや……大丈夫、大丈夫だ! お前とは回路が繋がってる。これの力が何なのかは分からないけど、どんな魔法でもこの右手で……ッ!!」
言いながら、右手を握り締めて魔力の消去を行う。
だが、それでは何も起こらなかった。サラの体が塵になっていくのを止められない。その事実に一番驚いていたのはアーサー自身だった。
「そんな……おい、『カルンウェナン』、『カルンウェナン』!! ちくしょう……どうして、なんで止められないんだ……!?」
そうこうしているうちにタイムリミットが来てしまった。アーサーの腕の中で、サラは完全に塵となって大気へと溶けるように消えてしまったのだ。
突然重みを失ったアーサーの体が前に崩れる。手の中には真っ黒な塵しか残っていなかった。
「……嘘だろ、俺もかよ……」
そして、今度はアレックスの番だった。アーサーが振り向いた時には、すでに体の半分が塵となって消えていた。
「……落ち着け、アレックス。すぐになんとかするから……」
安心させようとそうは言ったが、正直な話どうしようもなかった。アーサーは成す術なく親友が塵となっていく様を見送る事しかできなかった。
アーサーは答えを知っている一番の可能性として、ゆっくりと首を動かしてラプラスの方を見た。
「……ラプラス。何が起きてるんだ……?」
「……すみません、私にも何が起きているのか……」
未来を観測できる演算能力を持つラプラスですら分からない異常。
しかし、もう一人残った少女はふんっと鼻を鳴らして、
「無理もない。これはラプラスの力の範疇じゃないからな」
『時間』のクロノス。
大人だったはずの容姿が子供のものへとすっかり変わってしまった彼女だけは、この異常事態の原因が分かっているような口ぶりだった。
「……とはいえ、これは少々厄介だ。時間は完全に敵に回っている」
「クロノ……? お前、この現象が何なのか知ってるのか?」
アーサーが答えを求めると、彼女は浅く息を吐いて、
「過去からの改竄の余波だ。今すぐ『ポラリス王国』に向かうぞ。おそらくだが、いや十中八九そこに根源がある。それに確実に安全な協力者もいるからな、あそこには」
「……おい、まさか、協力者ってあいつか……!?」
心底嫌そうな顔でアーサーは言う。
けれど今の状況、個人の好き嫌いにかかずらっていられるほどの余裕は無い。
「グダグダ言っている暇はない。お前が大好きな毎度お馴染みの世界の救済だ。それに今回は二つ同時に、だ。ほとんどの仲間が消えた今、四の五の言っている場合じゃないぞ」
残ったのはたったの五人、それはここだけの話だ。世界中でどれだけの被害が出ているのか、森の中では分からない。
それを確かめるためにも、アーサー達は残っていた『キングスウィング』に乗り込み、休む間もなく次の戦場へと向かって行く。
ありがとうございます。
という訳で衝撃的な終わり方でしたが、今回で第一三章は終わりです。
最後はアーサーが持っていく形になりましたが、アレックスが主人公だった今回の章。右手と共に魔術的な力を付けていったアーサーとは違い、アレックスはセラと共に科学の力を自身のパワーアップに使いました。空を飛べるメンバーが二人できたのは特に大きな戦力アップですね。残りの『ワルキューレシリーズ』も随時登場させていきます。
今回の章は今までアーサーを中心に物語を進めてきて、もし彼がいなくなったらどうなるのか、という主題がありました。敵対者はここぞとばかりに動き出し、『ディッパーズ』は半数以上が消沈しました。彼女達の停滞がアーサーが今まで積み重ねて来たものの証であり、それに引きずられなかったアレックスとシルフィーが最も心が強い者だと表せていたら。
そして本当に久しぶりに登場したアンナ・シルヴェスター。彼女についてはずっと再登場させるつもりでしたが、ようやく出す事ができました。こうして昔の章のキャラを登場させるのは好きなので楽しかったです。それにシグルドリーヴァとシャルル・ファリエール、言ってしまえばセラ・テトラーゼ=スコーピオンも。彼女達の加入とアーサーの帰還で一気に『ディッパーズ』のメンバーが増えました。正直に言ってしまえば、今後も増えていきます。
ここまで読んで私のやり口が分かっている方なら察しているでしょうが、今回残った人物には当然意味があります。その辺りは続きとなる第一五章で。
はい、そうです。一個飛んだ一五章です。書き間違えじゃありませんよ?
という訳で次回の章のあらすじです。
『オンリーセンス計画』を終わらせ、秘密裏に『グレムリン』阻止のために動いていたアーサー・レンフィールド。しかしその空白の期間、彼は何をしていたのだろうか? あの二つの集束魔力砲の飽和爆発からアーサーの窮地を救ったのはラプラスの判断とクロノの力だった。各々がバラバラに降り立った地は『ピスケス王国』。武力によって次の王を決める争い『セレクターズ』、『グレムリン』の準備、そして最悪の狂人ノイマン。いくつもの思惑が交差する王不在の国を襲う脅威を前に、肝心のアーサーは過去最悪の状態で……!?
では次回は第一二章と第一三章の間の時間軸の物語です。今回の章の副題である『Start_The_Counterattack.』のもう一つの意味も、この一四章の後に分かると思います。さらに今後物語の中軸になる新たな登場人物も出てきます。
それでは、この下からもう一人の主人公サイドの消滅の話です。……今回はあとがきにしてはちょっと長くなってしまい、この後の話と合わせると上の本編に追加でもう一話分くらいになりましたが、とりあえずどうぞ。
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世界の行方を左右する戦いが行われている間でも、世界では普通の時間が流れている。もう一人の運命に取り憑かれている少年、ヘルト・ハイラントもそうだった。
『W.A.N.D.』の長官となった今でも、彼のライフスタイルはあまり変わっていなかった。以前よりやる事が増え、事件に関わる事も増え、部下や職員たちを使う事も多くなったが、ずっと部屋に籠もりっぱなしという訳ではなかった。むしろ敷地内よりも外にいる方が多いくらいだった。
「それで、今日もいつもの所で朝食ですか?」
「まあね。ところで嘉恋さんとアウロラ、それに紗世は?」
「やる事が残っているので、先に行って席を取っていて欲しいそうです。すぐに終わる用事だと言っていたので、多分大丈夫です」
「そうか」
という訳でその日は銀髪深紅色眼の少女、卯月凛祢と二人で本部からいつもの喫茶店へと向かう事になった。小さな歩幅の彼女に合わせて、少し遅めの移動だ。
「それにしても、せっかく長官になったならもっと贅沢ができるんじゃないですか? お金だって沢山ありますよね?」
「それも一理あるけど、こういうのはいつも通りが一番良いんだよ。いきなりお高い店で食事するより、いつもと同じ場所で食事した方が変に疲れないしね。それにぼくは嘉恋さんのお父さんと涯の後釜なんだ。彼らが成し得なかった事、彼らの意志を引き継ぐ義務がある。立場に甘えて贅沢する訳にはいかないんだよ」
完全に吹っ切れた訳ではない『パラサイト計画』の事件を思い出しながら語るヘルトに、凛祢は嘆息しながら、
「……ヘルトさんは自分に厳しいですね」
「いいや、甘い方だよ。それとも凛祢は高い店で食事したかった?」
「いえ、興味があるのは確かですが、いつものパンケーキも好きなので同じお店が良いです」
「なら問題は無いね。ぼくもあそこのコーヒーが二番目に好きだから」
凛祢自身、見事に言い包められた自覚はあった。けれどヘルトがそれで良いなら別に良いか、とも思っていた。彼の傷ついた心がその程度で少しでも癒せるなら、気づかぬフリをする価値がある。
あまりにヘルト中心の考え方だが、ヘルトが彼女達を、そして彼女達がヘルトの事を想っているこの関係は、もしかすると彼らにとっては丁度良いのかもしれない。
凛祢は彼の近くに寄り添うために、今回は分かりやすく行動で示す。宙ぶらりんのヘルトの手を取ったのだ。ヘルトは凛祢の方に視線を移す。
「うん? いきなり手を取ってどうかした?」
「深い意味はありません。ワタシがそうしたかったのと、ヘルトさんは独りにするとどこかへ行ってしまいそうですから。こうして手を握っておいてあげます」
「……まるでリード代わりだね。ま、別に良いけど。だったら離さないでくれよ?」
「わかってます」
そう言ってヘルトは前に視線を戻した、その時だった。
今し方、離さないように言った凛祢の小さくて柔らかい手の感触が突然消えたのだ。
お約束のようなその行動にヘルトは苦笑いと共に溜め息を漏らして、振り返りながら言う。
「凛祢、いきなり離すのは悪戯にしてもタチが悪くない……か?」
だがそこで気づいた。
自分の近くから、凛祢の手だけではなく姿そのものが消えている事を。そして代わりに真っ黒い塵が舞っている事に。
「……凛祢?」
彼がすぐに使ったのは魔力感知だ。過剰な情報量で酔うのも構わず規格外の魔力を放出して全開の魔力感知を使う。最低でも半径一キロ以上はカバーできる彼の魔力感知、だがそれでも凛祢の魔力は感じ取れない。それどころか、各地で同じように次々と魔力が消えて行っているのを感知した。
ヘルトの目が届く視界の中でも、人だけでなく建物や地面のタイルまでもがどんどん塵になって風に舞い、それが集まって新たな建物や道を形成して世界が作り変えられていく。まるで映画に使われているCGの動画を眺めているような光景だが、これは紛れもなく現実だ。何の前触れもなくこんな現象が起きて良いはずがない。
「……どう、なってるんだ……?」
魔力感知を切って、酔いなのかショックでクラクラしているのか判断のつかない頭を押さえながら、次に彼はマナフォンを取り出す。そしてすぐに最も頼りになる相手へとコールを飛ばす。相手が出たのを確認すると、向こうが喋り始めるよりも前にヘルトは逸る気持ちを抑えられずに口を開く。
「嘉恋さん、問題発生だ。ありのままを話すと、凛祢や周りの人達や建物が塵になって消えた。何を言ってるか分からないかもしれないけど、とにかくすぐに対応策を考えてくれ。それと『W.A.N.D.』の警戒状況を最高レベルに。ぼくもすぐそっちに戻る」
と。
端的に指示を飛ばして走り出そうとした彼の耳に嘉恋の言葉が突き刺さる。
『……いや、状況は十分に分かっているよ』
ヘルトは思わず足を止めて彼女の言葉に集中した。その理由は、何てことのない違和感。嘉恋の口調がいつもよりずっと冷たく感じられたのだ。
「嘉恋さん? 今、そっちで何が起きている!?」
『……今し方、アウロラと紗世が塵になって消えた。それに、私ももう消えr……』
言葉の途中だった。
ゴトッ!! と硬い音がヘルトのマナフォンに届き、そこから先の嘉恋の言葉は届いて来なかった。
「嘉恋さん……? 嘉恋さん!? ッ、頼むから返事をしてくれっっっ!!」
どんなに叫んでも、帰ってくるのは無機質な無音だけだった。
やがて嘉恋を含めた全員が消滅した現実を認めたヘルトは、荒くなった呼吸を整えながらマナフォンを仕舞い、もう一つのマナフォンを取り出す。電源を入れなければ向こう側が透けて見えるほど透明なディスプレイに、硬い枠部分が付いただけの最新型の自分の物とは違い、安さと丈夫さのみが売りの旧型の折りたたみ式のマナフォン。とある少年から一方的に押し付けられたそれを取り出して開くと、丁度向こう側から発信されたのかマナフォンが震えた。
彼はすぐに応答ボタンを押して耳に当てる。声はすぐに聞こえて来た。
『要件は分かってるな、ヘルト・ハイラント』
「勿論分かってるとも、アーサー・レンフィールド」
手早いあいさつの後、すぐにヘルトは本題を切り出す。
「そっちには『一二災の子供達』が二人いたな。状況を掴めてるのか? 今、世界に何が起きてる?」
『クロノが言うには過去が改竄された余波が現在に影響を与えてるらしい。ややこしい話だけど、ここまで理解は追いついてるか?』
「……まあ、ぼくのいた世界じゃよくある創作物の類いの話だからね。まさか自分が体験する事になるとは夢にも思ってなかった訳だけど」
軽口を叩けるようになった辺り、彼にも少し余裕が戻って来たのかもしれない。それはすでに原因が分かっていて、やるべき事が定まり、目的意識が生まれたのが理由だろう。
そしてヘルト・ハイラントは一度目を閉じて僅かに息を吸ってから、自分の中のスイッチを切り替えるように息を吐き出しながら、目を見開いて呼びかける。
「『イルミナティ』を招集するぞ」
『ああ、そして全部取り戻す』
アーサー・レンフィールドからの応答もあった。
毎度お馴染みの世界の救済。
それはこの少年にとっても、変わらない事実だった。