246 最後の決着……?
―――北。二人の頭上には暗雲が立ち込めていた。
そこでの戦いは熾烈を極めていた。両者は同時に互いに向かって駆ける。
アレックスは両手にナノマシンで作り出した剣を握り、振り下ろされるフレイの大剣を受け止める。ただ向こうの剣も特殊金属で炎を纏っているからか、それともアレックスの双剣がナノマシンで出来たパズルのような物で強度が低いからか、徐々に刃が双剣に食い込んでくる。
アレックスは完全に剣が折られてしまう前に受け止めている大剣を横にズラし、受け流されたフレイの大剣は勢いを保ったまま地面に衝突する。
「雷魔―――『魔纏双牙』!!」
その隙にすかさず両手の剣に黒い雷を纏わせ、二つ揃えて横薙ぎに振るう。フレイはすぐさま大剣から手を離し、後ろに跳んでそれを避けた。
アレックスは避けられた事には驚きもせず、剣に使っていたナノマシンをスーツに戻し、一際大きな青い稲妻が迸る右手を天に掲げてそれを振り下ろす。すると上空からフレイ目掛けて青い雷が落ちる。雲の有無は関係ないのか、それは突如として現れた。
フレイが雷が届く前に大剣に向かって手を伸ばすと、ひとりでに剣がフレイの手に戻り、その剣脊で落雷を受け止めた。
「自動で戻るのかよ、その剣」
「貴様こそ、まさか落雷まで任意で落とせるとは」
フレイが大剣を振るうと、そこから巨大な炎球が飛んでくる。アレックスはすかさず身の丈以上の大盾を左手の手首より先に作り出し、下の部分を地面に着けて炎球を受け止める。そしてすぐに大盾をスーツに引っ込めて、フレイに向かって横薙ぎに左足を振るいながら飛ぶ。その足はスイングされながらナノマシンで剣を形成して斬りかかる。左足の剣は大剣に受け止められ弾き合う。フレイはその勢いのまま上段に構え直して振り下ろし、アレックスは足を元に戻して地面に着き、ナノマシンで補強して巨大にした右拳を振り下ろされる大剣に向かって突き出す。
結果、アレックスの拳が砕けた。勿論生身の方ではなくナノマシンで巨大にした部分が、だ。
しかしアレックスもただではやられない。拳の先から青い稲妻を放出しており、それがフレイに直撃していくらかのダメージを与える。アレックスはその隙に壊れた右手のナノマシンを馴染みのある直剣へと変えてフレイに斬りかかる。だが立て直しの早いフレイは容易く大剣でそれを受け止めた。鍔迫り合いながら、至近で睨み合う二人は忌々し気に舌打ちをする。
「ったく、魔力至上主義のくせにその戦闘力は大したもんだぜ……ッ!!」
「貴様は本当に忌々しい力を使うな……ッ!!」
互いに弾き合い、距離が離れた所で起こした行動は奇しくも同じだった。
アレックスは漆黒の直剣に、フレイは炎を纏う大剣に魔力を集束させ始めたのだ。
フレイにとっては当たり前の事でも、アレックスのそれは新しい力だった。あの日、集束魔力砲を使えるのがアーサーしかいなかったから、彼は浮いた『スコーピオン帝国』に残って最後の仕事を果たした。確かにあの時、選択肢はそれしか無かったのかもしれないが、それでもずっと考えてしまうのだ。
もしあの時、集束魔力砲を使えるのが自分だったら? 撃った後に爆発するよりも早く『雷光纏壮』で逃げられたのではないか、と。
だからこそ、使えるようにした。
もう二度と、後悔しないために。
「あの時の続きだ」
「ああ、今度こそ止める者はいない。確実に殺してやる」
アレックスは天に掲げた直剣に集束させた魔力を青い雷に変質させ、その雷が頭上の暗雲に伸びていき繋がる。
フレイの周りには真っ赤な炎が吹き荒れていた。下段に構えた大剣に集束させた魔力を炎に変質させる。
「灰も残さず焼き尽くせ―――『妖精王の勝利の剣』!!」
そして、先に動いたのはフレイだった。
フレイが大剣を振り上げると、そこから凄まじい熱を孕んだ熱線がアレックスに向かって放たれる。
骨まで焼き尽くされそうなそれが迫るのを目前に、アレックスは涼しい顔をしたままだった。そしてフレイに遅れて、彼は冗談に構えた剣を振り下ろす。
「轟け―――『悉くを打ち砕く雷神の戦鎚』!!」
ピカッッッ!! と視界が真っ白に覆われた。
僅かな遅れなど意にも介さず、振り下ろされた剣に呼応するように頭上の暗雲から巨大なら落雷が落ちた。……いや、それは落雷というより一本の柱のように見えたかもしれない。フレイの熱線を押し潰し、さらにフレイ自身も上から叩き伏せる。
アレックスもやろうと思えば剣に集束させた魔力をそのまま放つ事だってできる。だが忍術が使えず自然魔力を感じ取れないアレックスでも、自然の力を利用する事はできる。雷雲の中に自分の雷を与え、その力である程度落ちる場所を誘導すれば、ただ単に自身の魔力だけで放つ集束魔力砲よりも大きな威力が見込める。
甚大な破壊をもたらす莫大な閃光は僅かな時間で晴れた。熱線を優先して叩き潰したため、フレイは落雷の最大威力範囲からは外れていたらしく、視界の先で彼はそこに健在だった。
「雷魔、雷光―――『雷閃乱舞』!!」
だから重ねるように、アレックスは追撃を重ねた。
青い稲妻と共に雷光と黒雷までをも身に纏い、縦横無尽に駆け抜ける。
左の脇腹、右肩、首、顎、こめかみ。計五回、アレックスは刃を落とした直剣を叩きつけるように思い切り振り抜いた。一瞬で五発も無防備な体勢で食らったフレイはその場に倒れた。
それでも意識までは断てない辺り、流石は魔族の耐久力といった所か。それでもかつて『ジェミニ公国』で二人掛かりで一人の魔族に苦戦していた時に比べたら、かなり力を付けられたと実感した。これから先の戦いもきっと大丈夫だと思えた。
「……さて、戦いは終わりだ。さっさと魔法を止めて、持ってる『魔神石』をこっちに寄越せ」
勝者のみに許された敗者への要求。
だが、フレイはそれに不敵な笑みを返すだけだった。アレックスは刃を戻した剣をフレイの首筋に当てる。
「俺がテメェを殺さねえとでも思ってんのか? 別に吐かせるのはテメェじゃなくても良いんだ。さっさと言わねえならここでテメェを殺す」
言いながらその意志を明確に示す為に、首筋に当てた剣に力を込める。すると突然、彼のポケットの中でマナフォンが震えた。
「出なくて良いのか?」
「……」
フレイの余裕は気になるが、アレックスはとりあえずマナフォンを手にした。見てみると相手はセラだった。
「どうしたセラ。そっちも終わったのか?」
『あ、アレックスさん! 大変です!!』
出ながら声を出すと、帰って来たのはシルフィーのものだった。それでこの通話がオープンなものだと分かり、姿勢を改めて会話に戻る。
「落ち着けよ、どういうことだ?」
『私が説明する』
今度こそ、帰って来たのはセラの声だった。
『こっちで「グリムゲルデ」を使って敵を尋問してみた。最初は殺してしまったかと思ったが、体が丈夫な魔族で良かった。とにかくこいつの話によると、こいつらは全ての科学を終わらせるための件の魔法、通称「グレムリン」の発動場所を知らない』
「……ちょっと待て、そりゃどういう意味だ……!?」
『つまり、実行犯は別にいる。こいつらは単なる時間稼ぎだ!!』
弾けたようにアレックスは眼下のフレイに視線を戻す。こちらの会話が聞こえていたのだろう、彼は不敵な笑みを浮かべていた。
「だから愚者だというんだ。そもそも、誰が我らを倒せば『グレムリン』を阻止できると保障した? 貴様らはまんまとこちらの策にはまったんだ」
「……最初から、俺達は敗けていた……?」
思えば、彼は不用意にこちらに姿を晒し過ぎている。最初にわざわざアーサーの死を確認しに来たり、他に『魔神石』を手に入れる算段があったのに本部を襲撃してきたり、意味がないような行動が多かった。
それの答えが囮役だとしたら辻褄が合う。あえて派手な行動をして意識を集中させる事で、実行犯の姿を隠した。その結果は大成功、アレックス達は実行犯の手掛かりすら掴めていない。
「『グレムリン』の実行者はテメェらじゃ無かったって言うのか!? ここで俺達が来る事を踏まえたうえで、俺達と戦う事で時間まで足止めするのがテメェらの役目だったって言うのか!?」
焦りのあまり、アレックスは叫ぶ。地面に倒れたままのフレイの胸倉を掴み、ごく至近で。
すでに彼らはチェックメイトへと指をかけている。追い詰めたはずが、逆に追い詰められたのは『ディッパーズ』の方だった。余裕は勝利したアレックスから敗者のフレイへと移っている。
「科学製なうえに人間といういけ好かないヤツだが、ノイマンには未来を演算するという強力な能力がある。『未来』のラプラス、その『魔神石』から力を抽出して作り上げられた『造り出された天才児』だ。ここまで全てヤツの予測通りで、誰もヤツを止められん。たとえ『フェアリーズ』が束になってもヤツには掠り傷一つ負わせる事もできんのだから」
「……ッッッ!! んな御託はどうでも良い! 今すぐ『グレムリン』の発動場所を言えッ!!」
問い詰めている最中だった。
少し遠く、視界の先で光の柱が立ち昇る。そしてそこから莫大な魔力がこの距離だというのに全身にビリビリと伝わってくる。それは確認しなくとも、魔法が発動した合図だとすぐに分かった。
「先程の魔術、体にも負担がかかっているはずだ。たとえ万全だとしても『雷光纏壮』を使った所でもう間に合わん。使えたとしてもヤツには絶対に勝てん!」
「くそっ、無理矢理にでも……ッ!!」
「もう遅い、『グレムリン』が始まるぞ!!」
光の柱は見て分かる速度で巨大になっていく。
その瞬間、アレックスは後悔した。何故ヤツらの魂胆に気づく事ができなかったのかと。分かりやすい敵が目の前に現れただけで、それを倒す事が終わりに繋がると勝手に思い込んでいた。敵を倒しただけでは世界は救えないと『オンリーセンス計画』の時に学んでいたはずなのに、ここに来てまた同じ失態を犯してしまった。
(ちくしょう……)
アレックスは歯を食いしばり、『雷光纏壮』を発動させようとするがもう遅い。そもそも全身の筋肉が悲鳴を上げて、雷速の状態にすらなれない。
(……やっぱり俺じゃダメなのか? アーサーの野郎みてえに、全部救うなんて無理だったのか!?)
そして、限界まで広がった光柱の中から無数の小さな光が蛍のように四方へと散っていく。それが全ての科学を終わらせる、その核となる『グレムリン』の妖精だとすぐに分かる。
何も難しい事じゃない、その光の一つ一つが全ての科学を恒久的に破壊し続けるのだろう。倒しても倒しても無限に湧いてくる、対科学の魔法として。
「クソッたれ……」
絶望が広がる。
たった一つの魔法で、今まで培ってきた科学の世界が終わる。
もう世界は救えない。
少なくない犠牲者が出るのを止められない。
敵を打ち倒すのではなく、世界を守らなければいけないその本当の意味を見落としていた。新たな力である『雷神纏壮』や集束魔力砲の獲得、そして新生『ディッパーズ』の結成に全く心が浮かれていなかったと言えば嘘になる。そしてその心の隙を的確に突かれた。
……守れると思っていた。死力を尽くせば、アーサーが命懸けで守ったこの世界の明日を守れると思っていたのだ。
その結果は、こうして最悪の形で示された。
「クソッたれがァァァあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
絶望が脳を覆い、絶叫したその時、アレックスは気づいた。
今にも霧散して世界中に飛び立とうとしていたグレムリンの妖精たちの動きが急に止まったのだ。それからビデオの巻き戻しみたいに元通り中心へと集まり始める。
そして。
バッッッキャァァァン!!!!!! と。
ガラスを叩き割ったような甲高い音が鳴り響いて魔法は打ち砕かれた。
その瞬間、アレックスには何が起こったのか分からなかった。
しばしの間、呆然とその光景の意味を考えていた。
いや、正確には知っていた。かつて今目の前で起きた事をできる力を持っている少年がいたから。
しかし、それは有り得なかった。
だって、その少年は間違いなく死んだはずなのだから。
『おいおい寝ぼけてるのか、妖精擬き。ノイマンってのは言うほどの無敵少女でも無かっただろ。そもそも、お前達が最も警戒していたのは何だった?』
その思いを否定するように、仲間達との全ての回線を繋いでいたマナフォンからその声は吐き出される。
マナフォンからの声である限り、それはアレックスが登録してある人物の声に限られる。
しかし、その声は……!?
『確かに、ヤツの名に関した「予測演算」は強力だった。どんな魔術も攻撃も当たらず、未来を観測してもコンフリクトを起こすせいでどちらの攻撃も決定打にはならないし、ヤツ自身最強と言っても過言じゃない魔法を持っていた。……だけど、予測された未来に辿り着かない「時間停止」だけは凌げなかった』
まるで、すでに戦いは終わらせたような口調だった。
今のアレックスにとって脅威以外の何物でもなくて、ぽっと出のせいで弱点すら見出していなかったノイマンの弱点を、手品のタネ明かしのようにさらさらと述べていく。
『お前らの計画は確かに完璧に近かった。「ピスケス王国」での騒ぎも、この「アクエリアス王国」での「グレムリン計画」の実行も、どんな結果になろうと最後にはこうなると分かっていたんだろ? でも、俺達にも分かっていた。だからお前達が全ての成し遂げると仮定したうえで、さらにその先で止めるための機会を窺っていた。今の自分の立場を最大限に生かすために、戦いの全てを他の「ディッパーズ」に任せて、ただ息を殺してひっそりと。だから最後には俺達がこうして間に合った』
勝利の宣告のようだった。
この声はアレックスのマナフォンから発信されているだけではなく、他のみんなにも聞こえているだろう。ほんの十数秒前までは絶望に打ちひしがれていた『ディッパーズ』の心の中に、その言葉は光を注いでいく。
その気配を感じ取っているのかいないのか、マナフォンの向こう側にいる声の主は笑っているようだった。
『いくつもの事件に関わって来たから。世界を混乱に陥れるあらゆる事件を解決してきたら。だからそのリスクを負わないために彼が死んだこのタイミングで仕掛けましょう? ハッ、笑わせるなよ。お前達が恐れたのは、そんな確証の無い力の事じゃない』
そして決定的に。
突き付けるように、彼は言う。
『お前達が恐れていたのは俺に右腕の「カルンウェナン」だろ? 否定できるもんならしてみろよ。もし嘘でもそれが出来るなら腹抱えて笑ってやるよ、ピエロ共』
そこまで一方的に言い切って、通信は向こう側から切られた。まだ他の仲間との通信は繋がっているはずだが、誰も声を発さない。戦場は完全に静寂が支配していた。
「……本物、か……?」
その声の主は、俺の右腕の『カルンウェナン』と、確かにそう言った。
そもそも、長年連れ添った彼がその声を聞き違えるはずがない。
つまり。
「……本当の本当に、テメェなのか……。アーサー!?」
ありがとうございます。
事の次第は次回という事で。