243 出撃
準備を終わらせてセラの待つジェットの格納庫に向かうと、結祈、サラ、レミニアの三人がシルフィーと一緒にいた。まだシルフィーもここに着いたばかりのようで、話し始めのようだった。三人は近くにいるアレックスの存在にも気づいていたが、それが分かってかシルフィーにこんな質問をする。
「シルフィーは……アーサーが死んで悲しくないの?」
あるいはそれは、無遠慮な質問だったのかもしれない。シルフィーの気持ちを一ミリも考えていない質問で、今も戦い続けている少女に対しては最悪な言葉だったのかもしれない。
けれど、シルフィーは怒らなかった。
むしろ、儚げな笑みを浮かべて、
「……勿論、アーサーさんの死は悲しいです」
彼女にとっても、アーサーは国を救ってくれた恩人なのだ。
確認するまでもなく、彼女だってアーサーの死に心を痛めている一人だ。
自ら目を逸らしたい事実を確認するのは、悲しくないはずがない。心が揺らいでいない訳がない。
「ですが、それを理由に全ての科学を終わらせるなんて事は許せません。アーサーさんが死んだから動き出す事ができたなんて、彼の死をこんな形で利用させる訳にはいきません」
これ以上ないくらい完璧な答えに、三人だけでなくアレックスも思わず目を逸らした。シルフィーは彼の死を正しく受け止められていたが、アレックスはこうはいかなかった。彼の代わりに世界を救わなければならないと周りを見ずに走り続け、『機械歩兵』を作って逆に世界に牙を向けてしまった。
人の死を正しく受け止められる。言うだけなら簡単だが、それを実行したシルフィーはその力に気づいているのだろうか? もしかしたら、それは『ディッパーズ』で彼女が一番強く持っている力なのかもしれない事に。
ともあれ状況は動いてしまった。今は過去の後悔よりも、『フェアリーズ』を止めなければならない。
「だから私は行きます。アレックスさんや……『ディッパーズ』のみんなと一緒に、アーサーさんに任された明日の世界を守るために」
丁度、準備を終えたシャルルとアンナもこちらに向かって来ていた。セラとシグルドリーヴァはもう準備ができていたので、アレックスとシルフィーも三人から離れてジェットの方に向かう。
彼女達は何かを言い淀んでいる様子だったが、残念ながら覚悟ができるのを待っている時間は無かった。
結局、彼女達に見送られる形で『ディッパーズ』は決戦の地へと飛び立った。
◇◇◇◇◇◇◇
『キングスウィング』。それがセラの製造したジェットの正式名称だ。六人くらいなら優に乗れ、真っ黒な機体で形状は三角形に近く、翼にはプロペラも内蔵されておりホバリングもできて上下に離着陸する事も可能な優れもの。魔力と電力によるツインリアクターエンジンの導入により、電力を使用している時は魔力を、魔力を使用している時は電力を回復する事ができ、半永久的に飛ぶ事ができる。
目的地の『アクエリアス王国』までは、『サジタリウス帝国』と『カプリコーン帝国』を通る必要がある。無断でその領域に入るのは当然問題だが、この『キングスウィング』にはアレックスの『ヴァルトラウテ』と同じステルス機能が付いている。反射パネルにより周りの風景に溶け込み、彼らは気付かれる事なく数時間で二つの国を越えて『アクエリアス王国』に入っていた。
「着いたぞ。ここが『アクエリアス王国』だ」
自動操縦だが念のため操縦席に座っていたセラが全員に聞こえるように言う。このジェットには正面以外に窓が無いので、必然的に五人は前に集まる形になる。アレックスもずっと読んでいたアユムから渡された北欧神話に関する本を閉じ、前に集まる。
『アクエリアス王国』は『ゾディアック』の中で最も魔力が潤沢な土地に位置する。その主な理由として、この国は低い位置にあるのだ。例えば基準と言われている『ポラリス王国』からは三〇〇メートルも下に位置する。よってアレックス達が見ている光景は、大地に開いた巨大な穴だった。穴の底には光は届いているがほとんど見えない。それだけ深ければ一日の日照時間も短く、おそらく下はかなり寒いはずだ。
生活様式は『ジェミニ公国』に近い農業や狩り、『魔石』を用いた日常が基盤の生粋の魔術国。科学嫌いの彼らが潜伏するにももってこい場所だった。
「……ここに本当にヤツらがいるのか?」
「魔力は重力の影響を受ける。だからこそ、この『アクエリアス王国』は魔法を使うのに最適だ。まず間違いないだろう」
その言葉を確認と取ると、アレックスは手の甲を二回叩き合わせて『ヴァルトラウテ』を発動させ、全身にスーツを纏わせる。そして『キングスウィング』の後部に向かうと勝手にハッチを開ける。
「アレックスさん、何をするつもりですか!?」
「時間がねえ。空を飛べる俺は先に下に行く。お前らは着陸してから来い」
「具体的な作戦はあるの……?」
「戦って勝つ。それだけだ」
あと一歩踏み出せば空に飛び出せるくらい、ハッチのギリギリの場所に立った。するともう一人、自然にその隣に並んだ。
「わたしも飛べるので、ご一緒します」
「ああ、頼む」
「おい、待て!」
操縦桿を握ったまま、セラが二人を静止させるために叫んだ。
「敵の位置は分かっているのか!?」
「はい、魔力の反応は四か所に分かれています。先刻襲撃してきたフレイと言われていた人物は北に、嵐を起こした老婆は西に、他はそれぞれ東と南におり、一番魔力が強い相手は南にいます」
完結に答えたのはシグルドリーヴァだった。アレックスやシルフィーでは感知できない距離を容易く感知したのも『魔神石』の力なのか。とにかく敵の位置は分かったので、これでもう飛び出すのに躊躇する理由は無くなった。
「フレイは俺が一人で行く。リーヴァ、強いお前も一人で担当だ。セラ、聞こえてるな?」
「ああ、聞こえている。残り二ヵ所は私達が担当だな。私が東を、魔法使い三人組が一番強い南を担当だ」
「ああ、頼むぞ。魔法を発動してるヤツがいたら倒せ。『魔神石』を発見したら奪うか破壊しろ。互いの状況は連絡しあってフォローしあえ」
今の『ディッパーズ』のリーダーとして、アレックスは強い命令口調で五人に指示を飛ばすと再びハッチの外へと目を向けた。アレックスは『纏雷』を発動させ黄色い雷を、シグルドリーヴァは『雷光纏壮』を発動させて白い雷光をそれぞれ身に纏う。
「行くぞ『ディッパーズ』。表に出て世界を救うぞ!!」
そして今度こそ、アレックスはシグルドリーヴァと共に先に戦場へと飛び出していく。
彼自身、すでに因縁深い相手の元へ、三度目にして最後の戦いへと。
ありがとうございます。
今回は少し短めでしたが、次回から本格的な戦いの始まりです。
今回の章も、残すところあと五話です。




