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村人Aでも勇者を超えられる。  作者: 日向日影
第二章 奪われた者達と幸せな贈り物
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24 それでも助けたい

 宿屋から出た後の記憶は曖昧だった。気付いた時には夜が明けており、家の前に戻ってきていた。

 翌朝、というかアーサーが家に着いた時にはもう全員が起きており、朝食の準備までされていた。


「テメェどこ行ってたんだ?」


 扉を開けて入るとすぐにアレックスに問い詰められる。まあ同じ部屋で寝てた人が朝起きたらいなくなっていて、急に玄関から入って来たら驚きもするだろう。


「……別に、ただの散歩だよ」


 アーサーの答えにアレックスは納得していないようだったが、それ以上は追及せずに席に着いた。そこには当然の事のように結祈も座っていた。まるであの光景は全て夢だったかのような奇妙な感覚を覚える。

 アーサーも席に着いて食事を始めるが、結局味も分からずにただ口に物を運ぶだけの作業になってしまっていた。


(結祈自身を問い詰める? でもさっきの様子じゃロクに話そうとはしないだろうし……)


 他に相談できそうな人はいないかと思い、食卓をぐるりと見渡す。


(アレックスは相談したところでほっとけの一点張りだろうし、そうなると國彦さんか久遠さんだけど、やっぱり勝手に秘密を探るってのもなあ……。そもそも二人は結祈のやってる事を知ってるのか?)


 悩んだ結果、その辺りから問い詰めようと、一番結祈との関係が深い人物に聞く事にした。

 食後で一人になる瞬間を狙って話しかける。


「國彦さん、少し話を良いですか?」

「……? 何の話だ?」

「すみません、できれば誰にも聞かれない所で話したいんですが……」

「ふむ……。ではこちらに来なさい」


 そう言って連れて来られたのは昨晩借りた部屋だった。玄関からも離れているし丁度良いのだろう。

 向かい合って座ったところでいきなり話を始める。


「それで話なんですが……」

「昨晩の事か?」


 言おうとしていた事を先に当てられ、アーサーは驚きを隠せない。


「……國彦さんは結祈の事を知っていたんですか?」

「孫の事だからな」


 当然だと言わんばかりの國彦の態度に、アーサーは怒りが込み上げてくるのを止められなかった。


「では知っていて放置していたと? 結祈が命のやり取りをしているのを黙って見ていただけだと、そういう事ですか!?」

「そういう事だ。それで、聞きたい事はそれだけか?」


 アーサーが怒りを露わにしても表情一つ変えずに切り返した。

 あまりにも完成され過ぎた所作。その対応にアーサーは怒りを通り越して不気味ささえ感じていた。

 けれど話は続けなくてはならない。アーサーはできるだけ怒りを抑え込んで続ける。


「……あなたは結祈のやってる事をどう思ってるんですか?」


 そう問うと國彦は少し驚いた顔で、


「意外だな。私に聞きたかったのは動機ではないのか?」

「それをあなたに聞くのは卑怯でしょう? それは本人から聞きますよ」

「……」


 國彦はどこか吟味するようにアーサーの顔をじっと見つめる。


「っ!?」


 たったそれだけの事で、アーサーは蛇に睨まれた蛙のように動けなくなった。数秒か数分か、そのままの状態が続いてから、國彦はふっと表情を緩めた。それを合図にアーサーも溜め込んだ息を吐く。


「私が答えを言うには、少しだけあの子の話をしなくてはならない。それでも良いか?」

「……はい」


 そう答えると國彦は結祈を動かす、一番深くにある動機を語り出した。


「あの子の母親、つまり私の娘は『魔族信者』に殺されたんだ。まだあの子が八歳の時だった。それから結祈は四年という速さで忍術の全てを体得し、二年前から『魔族信者』狩りを続けている」

「それを止めようとは思わなかったんですか?」

「……」


 國彦は苦虫を噛み潰したような表情になった。しかし決心がついたのか、重々しく口を開く。


「……私も許せなかったんだ。けれど自分では何もせず、全てをあの子に任せたんだ。……卑怯な大人だと思ってくれて良い」


 目の前に座す國彦は、本当に申し訳ないという顔をしていた。

 そこまで理解していてなお、止める事ができなかったのだ。

 それはきっと、当たり前の事だったのだろう。家族を理不尽に奪われて何も感じないようなら、そこに愛情はなく、形式的な家族という枠組みでしかないのだろう。

 だから彼らの思いは普通で、当然で、当たり前のものでしかなかったのだ。


「君は人の感情についてどう思う?」

「……不合理だけど素晴らしいもの、でしょうか」


 國彦からの突然の質問。けれどアーサーはさして迷う事もなくさらりと答えた。

 そんなアーサーの答えに國彦は軽く笑う。國彦はアーサーの答えを認めながら、今度は自分の思いを言う。


「私も人の感情は素晴らしいものだと思う。人は感情によって際限なく強くなれる。だが今あの子を支えている感情は母親を殺された怒りや恨み、憎しみだけだ。そういったマイナスの感情は、プラスの感情である愛に似ていてその力は凄まじい。だが、その強さの本質は諸刃の剣だ。心が憎しみに染まれば染まるほど、あの子の心は傷つき、摩耗していく」


 國彦の言う事はアーサーにもなんとなく理解できた。それはアーサーが選ばなかった力の事だろうから。


「だから私と同じように、人の感情を素晴らしいといった君に、恥を忍んで頼みたい。どうか……どうかあの子を復讐の渦から救ってやってくれ」


 孫のために遥か年下の少年に頭を下げる祖父を目の前にして、アーサーは胸が締め付けられる思いだった。家族に何もしてあげられない辛さは、アーサーにも痛いほど分かってしまったから。


「……俺には誰かを助ける事なんてできません」


 けれど一つの記憶が頷く事を拒否させる。

 母親も、レインも、長老も、そしてビビも。大切な誰かを助けられた試しはなかった。助けたいと思った人を助けられた試しはなかった。そんな人間が誰かを助けられるなど、アーサーには到底思えなかった。

 だけど。


「だけど間違った道に進もうとしてる友達を止める事くらいならできる……と思います」


 それでも助けたいと思ってしまうのは、力が無くても望んでしまうのは、ごく普通の少年であるアーサーの本質であり、仕方のない事だったのだろう。

 その言葉を聞いて、國彦は安心したように微笑んだ。

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