238 新生『ディッパーズ』
戻ってすぐにアレックスは特定の人物に召集をかけた。場所はセラの研究室で、アレックスが呼んだのは当然セラ、他にシルフィー、シャルルの三人だ。『ディッパーズ』を再結集すると決めたものの、これでようやく四人。とはいえ今のアレックスが頼れる数少ないメンバーだ。
アレックスは恥を忍んで、集まって貰った三人に向かって頭を下げる。
「『機械歩兵』の件は悪かった。そんな俺が頼むのはお門違いかもしれねえが、お前らの力を借りたい。『フェアリーズ』を倒す為に『ディッパーズ』が必要だ」
相手の反応は二つに分かれた。セラはやれやれといった感じで嘆息し、シルフィーとシャルルは驚いた顔をしていた。
アレックスは頭を上げてシルフィーの方を見る。
「みんなで戦う、だろ? シルフィー」
「……ええ、そうです。みんなで戦えば、世界を守れます」
アレックスの決断に納得したシルフィーとは別に、今だに驚きを抑えられないシャルルは遠慮がちに口を開く。
「えっと……ボクも良いのかな? 一応、キミ達とは敵対してたんだけど……?」
「ダイアナからは今後は好きにしろって言われたんだろ? お前自身はどうしたいんだよ」
「ボク自身……」
今までダイアナと一緒だった彼女は、おそらく初めて一人になっている。アーサーと死別したアレックスと境遇は同じなのだ。
元より似た者同士。アレックスはシャルルからの答えを分かっていて聞き返した。彼女もそれが分かっているのだろう。あからさまに呆れたような溜め息をついて、
「……ボクの友達は面倒くさくて、ほっといたら勝手に破滅しちゃいそうな人ばっかりで苦労するよ」
「同情してやる。気持ちは分かるからな」
「むー……人の気も知らないで。ボクは目が良いからね。キミがまた道を踏み外さないように近くで見守るよ。同じ『ディッパーズ』として」
「ありがとよ、シャル。俺は良い友人を持ったぜ」
そして最後の一人、セラに目を向けるが彼女はアレックスが何かを言う前に腕組をしながら、
「私の答えは言うまでも無いよな?」
「ああ、セラ。お前がいてくれて良かった」
彼女に対しては『機械歩兵』の件に引け目を感じる必要もないので、気兼ねなく適当な返事を返す。すると何故か、シルフィーが拗ねたように頬を膨らませた。
「……なんだかアレックスさん、長く一緒にいた私達よりセラさんとの方が親しくありませんか?」
「お前の負けず嫌いはこんな所でも発揮されんのか? 再結集早々亀裂を生まないでくれよ?」
とはいえこれで四人。始めの七人に比べれば半分ほど減ってしまったが、とにかく『ディッパーズ』再始動だ。
初対面の時もそうだったが、なんだか全てがアユムの思い通りになっているようで気持ちが悪くなってくる。アーサーは先代の『担ぎし者』として信用しているようだったが、アレックスは疑いを持っていた。
いや、そもそもそれで丁度良かったのだ。アーサーが信用し、アレックスが疑う。お互いに足りない部分を補うコンビだったのだ。ただ、アーサーが死んだ今となっては気づいても意味の無いことだが……。
「それで、どこから始めるんですか?」
「あー……そうだな」
正直、こちらにできるのは準備をするだけで具体的に『フェアリーズ』を探す手段は持ち合わせていないのだ。そもそも相手は魔族で、『ゾディアック』にいる可能性の方が低い。敵地なうえに広大な『魔族領』から探すのは不可能だった。
「ところでアレックス。実は客人が来ているんだ」
言い淀むアレックスに助け船を出したのはセラだった。普通に気になる内容の発言だったので、ありがたくそれに乗っかる。
「珍しいな。お前に客人なんていたのか?」
「……いや、正確に言えば私にじゃないんだが……まあ、会えば分かるだろう」
「?」
引っ掛かる物言いだったが、セラはさっさと開発室を出て行ってしまった。応接室に向かうのか、とにかくアレックス達も後に続いていく。
応接室といっても高級マンションのリビングのような作りだ。部屋の明かりは証明頼りで陽の光はほとんど無く、冷蔵庫や電子レンジなど一通り設備の整ったキッチンに、広いフローリングに縦長の机といくつかの椅子。天井からぶら下がった大型のテレビまである。完全にその部屋だけで暮らせる設備が整っていた。
「客人に会う前に一つだけアドバイスだ」
部屋に入る前、扉が開きかけている途中でセラはアレックスに向かって言う。
「歯を食いしばれ」
「は……? ぶぎゃらちゃっ!?」
扉が開いた瞬間だった。
アレックスの鼻っ面、顔面の真ん中に固く重い衝撃が走った。
殴り飛ばされたのだ。突然、何の前触れもなく、扉が開け放たれた瞬間に。
「アレックスさん!?」
吹き飛んで尻餅を着いたアレックスにすぐシルフィーが駆け寄り、赤く腫れあがった鼻を魔術で治療する。
セラは客人と言っていたが、誰であれいきなり殴り飛ばされる覚えが無い。例え他国の王様だろうと殴り返してやろうと熱り立つ。
「エルフのお姫様に介抱して貰えるなんて、随分と良いご身分になったわね、アレックス?」
「……は?」
聞き覚えのある声だった。
その声を聞いて、頭に昇っていた熱がすっと冷めていくのを自覚した。
ゆっくりと視線を移すと、そこに立っていたのは赤い長髪を後ろで束ねたアレックスと同じくらいの歳の少女だった。
見覚えがあると言われれば、おそらくこの中で一番長い時を過ごした相手だ。いきなり殴り飛ばされる覚えもあった。なにせ公王からの交換条件だったとはいえ、『ジェミニ公国』の一件から連絡一つしていないのだから。
つまり。
「アンナ!? お前、どうしてこんな所にいるんだ!?」
その少女の名は、アンナ・シルヴェスター。
アレックスにとって恩師であり親代わりのような存在だった、長老ことオーウェン・シルヴェスターの養子にして、アーサーとアレックスの幼馴染。『ジェミニ公国』に住んでいた頃はアーサーを除けば唯一の友人で、ほとんど家族同然だった間柄だ。
「それはこっちの台詞よアレックス。死んだって聞いてたけど、幽霊になったって訳じゃないのよね?」
驚きのあまり、アレックスの怒りはすっかりしぼんでいた。むしろ怒っているのはアンナの方だった。
「どうしてここに……」
「知らないの? 『ディッパーズ』を作ったあんたらは、今『ゾディアック』で有名人よ。だからわざわざ会いに来たの」
確認のためセラの方を見てみるが、彼女は頷いた。『英雄譚』の『ディッパーズ』結成が公表されたのは知っていたが、一週間で辺境の『ジェミニ公国』にまで轟くとは思っていなかった。この辺り、情報の流れというものを侮っていたのはまだ科学国に染まりきっていない証かもしれない。
「それで、アーサーはどこ? どうせあいつも生きてるんでしょ?」
「ッ、……あいつは」
『ディッパーズ』の結成は発表はされたようだが、先の戦いでの死者については公表されていないのか。アンナはアーサーの死について知らないようだった。
アレックスは気分は進まなかったが、それでも言わない訳にはいかないので重い口を開く。
「……一週間前、正式に死んだ。世界を守ってな」
「いや、流石に冗談よね? 殴られた仕返しっていうなら、タチ悪いわよ?」
そう言って最初は笑い飛ばしていたアンナだったが、アレックスが曇った顔で俯き続けているのを見て、顔から次第に笑みが消えていった。
「嘘じゃない」
さらにアレックスの言葉の真意を補強するように、セラが言葉を放つ。
「アーサー・レンフィールドは空に浮いた『スコーピオン帝国』と共に消滅した。遺体も残っていないが、それが事実だ」
「……アレックス、あんたが付いててダメだったの?」
「……言い訳はしねえよ。俺はあいつを見殺しにした」
それはもう一度殴られる覚悟を決めて放った言葉だった。
「だから今も『ディッパーズ』をやってる。あいつが命懸けで守った世界を、俺も命懸けで守るために」
「……、あっそ」
簡素な返事だった。
まるで納得したかのようで、アレックスはむしろ不安になった。
「……怒らねえのか?」
「だって無駄でしょ? あんたが付いててダメだったって事は、誰が一緒にいても止められなかったって事なんだろうし」
だから、と続けてアンナは言う。
「代わりに私を『ディッパーズ』に入れなさい。命懸けで世界を守るあんたを、私が傍で守るから」
突然の申し出だった。
『ディッパーズ』としては、この話は悪くない。四人しかいないのだから、借りられる手なら何でも借りたい。
しかし、アレックスは苦い顔をしていた。
「……いや、お前は帰れ。危険すぎる」
「危険は承知よ。それに今更帰る家なんて無いわ。私の日常は中級魔族に全部ぶち壊されたんだから。それにあんたの方だって戦力不足に見えるけど?」
色々看破されているようだった。まあ、考えてみればこの大きな施設で人間がこれしかいないのだ。一度中を見れば、人員不足は馬鹿でも分かる。
「私に残った家族はあんただけなのよ。今まで騙してたのを少しでも悪いって思うなら、大人しく私に守られなさい」
「……」
アレックスはまだ答えを渋っていた。
『ディッパーズ』の事も家族のように思ってはいるが、アレックスだって心から家族と言えるのはもうアンナだけだ。彼女が守りたいように、アレックスだってこれ以上失いたくはないのだ。
「……やっぱr
改めて断ろうとした瞬間だった。
ビィィィッ!! と施設中にけたたましい警告音が鳴り響いたのだ。
『敵襲、敵襲!』
次いで、部屋どころか施設全体から声が響く。以前までブリュンヒルドの口になっていたそこからは、彼女のものとは違う別の声が流れて来た。他から質問が来る前にセラは先に答える。
「『ワルキューレシリーズ』の『ゲルヒルデ』だ。まだ細かい調整が残っているが、最低限ブリュンヒルドの代わりにはなる。ヒルデ、敵襲の規模は?」
『規模……敵襲、敵襲!』
セラの質問に返って来たのは先程と同じ文句だった。それにセラは顎に手を当てて小首を傾げる。
「ふむ……漠然とし過ぎだな。やはりまだ調整が必要か……」
「タイミング的に件の『フェアリーズ』ですよね……? ですが何故再びこの国に来たのでしょう? アーサーさんの安否を確認し終えたなら、襲うのは別の国でも良いと思うのですが……」
「全ての科学を終わらせるって言ってたんでしょ? 『スコーピオン帝国』は科学国で、今は『オンリーセンス計画』のいざこざでボロボロだから、一番攻め込みやすいって思ったんじゃないかな?」
「どうでも良い」
アレックスはシルフィーとシャルルの考察をどうでも良いと切り捨て、両手の甲を二回叩き合わせて『ヴァルトラウテ』の全身スーツを起動させて身に纏う。
「侮って向こうから来たなら好都合だ。返り討ちにするぞ」
「待て、アレックス」
シルフィーに預けていたユーティリウム製の直剣を出して貰い、すぐにでも敵に突撃しようとしたアレックスをセラが呼び止める。
「敵がわざわざここに来た理由なら大体察しがつく。『言語』のバベルだ、ヤツらは『魔神石』を狙っている」
「『魔神石』……?」
唯一、アンナだけは首を傾げていたが他のみんなはその意見に納得のようだった。アレックスの頭にも冷静さが戻ってくる。
「それで、どうする?」
「『魔神石』を守るのが最優先だ。機動力を考えて私とアレックスで取りに行く。フィンブルとファリエールで敵を押し留めてくれ。ただし、深追いはするなよ。情報が少ない今、優先すべきは『魔神石』の確保だ」
「ああ、それとどっちでも良いからアンナを守ってやれ」
お荷物扱いされた事がムカついたのか、あからさまに不機嫌になる。
「自分の身くらい自分で守れるわよ。あんたらがいなくなって、ただ遊んでただけだと思ってるの?」
「だったら生き延びろ。それで少しは認めてやる」
時間が惜しい今、アンナに付き合っている時間は無かった。アレックスはセラと共に開発室へ、シルフィーはシャルルとアンナと共に襲撃者のいる場所へ向かう。
何はともあれ、新生『ディッパーズ』の初陣の始まりだった。
ありがとうございます。
という訳で久々の登場の、アンナ・シルヴェスターでした。彼女の再登場はずっと考えていたのですが、出すタイミングは凄く迷い、最終的にここに決めました。今のアレックスに必要な彼の味方という点を見れば、彼女以外に適任がいなかったからです。
次回はアレックスとセラに焦点を当てていきます。