236 努力の全ては裏目に出る
アレックスとセラはすぐに動き始めた。ブリュンヒルドとも協力し、唯一シルフィーには何も言わずに新型『機械歩兵』の作製に取りかかる。主に『機械歩兵』の自立用への改良はセラが行い、アレックスはブリュンヒルドと共に『魔神石』から人工知能を作ろうと尽力した。
結果から言えば、思うようには進まなかった。『機械歩兵』の改良の方はすぐに終わったのだが、『魔神石』から人工知能を作る工程で何度も躓いた。徹夜であらゆる方法を試したのだが、三人がかりでも上手くいかなかったのだ。
「どうして上手くいかねえ……」
そんな事を何度か繰り返した後、焦りや苛立ちを含めた言葉がアレックスの口から洩れた。
「さあな。私も『魔神石』のほとんどが理解できていない。そもそも通常の『魔石』とは次元が違う代物なんだ。それこそ、道端に落ちている石ころと『魔石』くらいにな。ひょっとすると『魔神石』から人工知能を作るなど不可能なのかもしれん」
「諦めて、通常の兵器に運用した方が良いって言うのか?」
「……そうだな。いっそもう一度エクレールを作るのもありかもしれん。あれはあれで、しっかりとダイアナの言う事は聞いていたみたいだしな」
「だが意思疎通はできてなかった。それじゃ意味がねえんだ」
アレックスが欲しいの自立していて世界を守る機械だ。戦いを楽しむ事も、優越感に浸る事もなく坦々と戦闘をこなす兵器が欲しいのであって、こちらの指示待ち人形など求めていないのだ。
『私は引き続き別の方法で試しておきます。進展があったら報告するので、一旦お休みになられては? 特にセラ様の連続活動時間は五〇時間を越えており、作業能率に明らかな影響を与えています』
「ご指摘ありがとう。……しかし、ブリュンヒルドの言う通りだな。流石に少し仮眠を取るか……」
「俺は軽食を取ってから寝る。お前もどうだ?」
その言葉を待っていたと言わんばかりに、丁度セラのお腹がキューっと鳴った。流石に恥ずかしかったのか珍しく赤面したセラはアレックスから視線を逸らしながら、
「……そうだな。そうするとしよう」
「んじゃ、とっとと食堂に行こうぜ。俺も腹の限界だ」
二人して暗い廊下を歩く。ブリュンヒルドに頼めば電気を付けてくれるのだろうが、二人とも意図的に口にはしなかった。徹夜明けの目が明かりで痛くなるからという理由だけでなく、なんとなく今は暗闇が心地よかった。
ふと窓の外を見ると真っ暗だった。ずっと開発室に閉じ籠もっていたせいで時間感覚が狂っていたが、どうやら今は夜らしい。どちらにせよ寝るには良い時間だった。
軽食はパンにした。トースターで焼いたパンに雑にバターを塗っただけの料理とも言えない手抜き中の手抜き。ものの一五分もしない内に食事は終わった。腹を満たして襲って来る睡魔を味わいながら欠伸を噛み殺し、二人して廊下に出る。
「んじゃ、お疲れ。また明日……つーか数時間後にな。それまでにブリュンヒルドが結果を出してくれる事を祈ろうぜ」
「……なあ、アレックス」
後ろにいるセラから、初めて名前を呼ばれた。
その事実に驚いて思わず足を止めてしまいセラの方を振り返る。すると何故か、彼女は今にも泣き出しそうな顔をしていた。
「お前はよくやっているよ、本当に。今のお前をレンフィールドが見たって、文句は言わないだろう」
「……急に何だ?」
「別に、つい言いたくなっただけだ。今のお前はまるで、昔の私を見てるみたいだからな」
昔のセラ。
サラと敵対してでもサラを守ろうとしていた孤独の時代。
誰も頼らずたった一人で国をまわし、『機械歩兵』とブリュンヒルドだけを頼りにしていた頃。アーサーの介入でサラへの対応以外にも色々吹っ切れたようだが、今だって関わっているのはアレックスが主でたまにシルフィーという対人関係だ。アーサーの言葉で『ディッパーズ』を名乗ってはいるが、元居た七人と完全に馴染んでいる訳ではない。
「フィンブルがいるだけマシだろうが、中核のレンフィールドがいなくなってお前は肩身が狭かったんじゃないか? サラ、近衛結祈、レミニア・アインザーム。もう消えたがラプラスも、レンフィールドがいるから一緒に行動していた節があるからな。ヤツがいなくなって一番ダメージを受けているのはお前だろう?」
「……」
心の一番弱い部分を覗かれているような気分だった。シルフィーにすら見せていないその部分を、セラは的確に突く。
「私はずっと一人だったからよく分かる。だが『ディッパーズ』の誰もお前を認めなくても、私だけは認めてやろう」
「……そうかい。ありがたい言葉だ」
「ああ……一人は辛いからな。今はお前がいるから割と幸せだよ、私は」
ふわりと微笑んだセラの表情から逃げるように、アレックスは目を逸らした。
初めて名前を呼ばれて、初めて見る表情で、あの日からの頑張りを初めて認められたのだ。ガラじゃないのは分かっているが、思わず泣きそうになった。
「……一応、ありがとうって言っておく」
誤魔化すようにぶっきらぼうに言い放ち、アレックスは逃げるようにその場を離れようとする。
だが、それはできなかった。
暗い廊下の向こう側で何かが光っているのだ。しかもそれだけではなく、ガシャガシャと音を立てながらそれはこちらにゆっくり向かって来ている。
『……よく、やっている……? これで、ほんとうにせかいを、まもれていると……? かんがえが、たいないから……あやまちを、おかす』
「あん?」
よく見るとそれは『機械歩兵』だった。まだ人工知能は完成していないはずだが、まるで自立して話しているような姿だった。アレックスは前を向いて警戒したまま、後ろのセラに確認する。
「……おい、セラ。あれお前が改良した新型だよな。何かサプライズでも用意してたのか?」
「いや……私じゃない。ブリュンヒルド、一体バグがあったぞ。今すぐ止めろ」
『……ッ、さま……』
この施設ならどこからでもブリュンヒルドと会話できるし、指示を飛ばせるはずだった。それなのに、スピーカーから返って来たのは雑音の混じったブリュンヒルドの声だった。
「ブリュンヒルド? おい、返事をしろ!! 何があった!?」
明らかに何か異常事態が起きている。焦って叫ぶセラだったが、やはりブリュンヒルドから正確な応答は無かった。当然、目の前の『機械歩兵』が止まる事もない。
『……にげ……だ、さい……ッ』
「っ、アレックス!!」
「分かってんよ! 『纏雷』!!」
アレックスの体から雷が巻き起こり、正面から突っ込んで来た『機械歩兵』を抑え込んだ。そしてアレックスの後ろで手のひらを前に突き出したセラの『武器操作』の力で完全に動きを止める。
「今だ!」
「分かってる、『雷光纏壮』右腕版!!」
手刀の形にしたアレックスの右腕だけが雷光を発し、引き絞った腕だけが目にも止まらぬ速度で撃ち出され、『機械歩兵』の胸部を貫いた。人間でいえば心臓のその部分は『機械歩兵』にとって動力炉がある場所だ。弱点を的確に破壊された人形はその場に崩れ落ちる。
「どうなってやがんだ……」
「考察する必要もない。今すぐ私の開発室に戻るぞ! 十中八九『魔神石』が問題だ!!」
その言葉通りだった。
表向きには何も変わった様子はないが、セラが数回キーボードを叩いてそれは分かった。
彼らを陰ながら支えていた『ブリュンヒルド』が破壊されていたのだ。
だが拘泥している時間は無かった。セラは自分を律し、やるべき事に着手する。
「……ここから離れていく『機械歩兵』が一〇体。もし本当に自立した人工知能だとするなら、その目的は拠点の確保とインターネットへ繋がる事だろう。特に後者は急務のはずだ。こうなると直接接触しなければインターネットに入れないように設定していたのが功をそうしたな」
とはいえ猶予はあまり無い。ここは堅牢に守られていたし、ブリュンヒルドが命懸けで守ってくれたおかげでインターネットへの侵入は防げたが、他ではそうはいかないだろう。インターネットの無い『サジタリウス帝国』は警戒しないで済むが、ここからだと近いのは『ポラリス王国』か『リブラ王国』だ。当然敵は二手に分かれるだろう。
「GPSかなんかで追えねえのか?」
「今やってる……やはり五体ずつ二手に分かれているな」
「『ポラリス王国』ならとりあえず何とかするだろ。俺は先に『リブラ王国』に向かってるヤツらを追う。『雷光纏壮』を使えばすぐに追いつけるはずだ!」
すぐに開発室から飛び出ていこうとするアレックス。しかし、セラは声を張り上げてそれを止めた。
「待て、アレックス!」
そして何かを投げつける。空中で広がってバラバラになったそれを、アレックスは何とかして受け止める。そのほとんどは服だった。
「なっ、なんだこれ……?」
「その上着とズボンはユーティリウムを合わせて織った私の特性だ。ある程度まで衝撃をカットしてくれるし、フードを被って魔力を流せば周りの景色に溶け込むようにできている」
「そりゃありがてえが、今は着替えてる暇なんか……っ」
「ブリュンヒルドがお前のために完成させた『ヴァルトラウテ』だ。お前が望んだ機能は全て備わっている。それを使った方が効率は良いはずだ」
渡された服以外にもよく見ていると、先日形だけ完成させていた手の甲に『魔石』が埋め込まれている指貫のグローブに、こちらもくるぶしの辺りに『魔石』が埋め込まれたブーツも入っていた。それはアレックスがここ一週間ずっと着手していた『ヴァルトラウテ』に他ならなかった。
「完成させてたのか……」
「あいつからの最後の贈り物だ。無駄にするな」
「……ああ!!」
再びアレックスは走り出す。今度はセラも止めなかった。とりあえず部屋を出てすぐにズボンとブーツだけはさっさと履き、あとは走りながら上着のパーカーを羽織り、グローブを指に通す。そしてすぐに両手の甲の『魔石』部分を素早く二回叩き合わせる。それを合図にグローブとブーツから黒いユーティリウム製のナノマシンが、まるで皮膚をコーティングするように体全体に広がっていく。やがて首まで覆った所でそれは止まった。
それから外に出て『リブラ王国』の方を向くと、アレックスは地面を思いっきり蹴った。『ヴァルトラウテ』の機能の一つとして、『魔神石』からパワーを抽出した事で『一二災の子供達』と同じように『言葉』がなくても魔法に近い事は行えるようになっている。それにより魔石から雷の魔力を全身に帯電する事で、飛翔が可能になっているのだ。
跳躍ではなく飛翔。そこに『雷光纏壮』の速度を加えればすぐに『機械歩兵』に追いつけるはずだった。
しかし、そう全てが上手く行く訳ではない。そもそもアレックスは生まれてから一度も空を飛んだ事が無い。練習しないと自転車に乗れないのと同じ、それがいきなり上手くいく訳がなかった。飛んですぐにアレックスは地上に墜落してしまったのだ。
「ちっ、くしょう……練習しないと、飛行は難しいな……」
『そんな時間は無い、ここは教習所じゃないんだ! あの時、空にいるあいつを助けられなかったから飛ぶ力を求めたんだろ? 使いながらさっさと慣れろ!!』
「言われなくても……っ!」
幸い、全身をユーティリウムでコーティングしているおかげで墜落の痛みはほとんど無かった。いっそ墜落してしまうのを考慮して、今度は空中で体勢を立て直す時間を得るために高く飛んだ。
(落ち着け、こんなのバランスボールと変わらねえ。墜落の痛みが大した事ねえのは確認したんだ、恐れず飛べ!!)
大体サラのように高所恐怖症という訳でもないのだ。ここで飛べなければ『機械歩兵』を逃す。そうなれば世界中のインターネットを掌握され、『フェアリーズ』を動く必要もなく科学は終わる。その当たり前の事実を思い起こし、アレックスは必死に魔力の調整を体で覚える。
(よし……慣れてきたぞ、ここだ―――『雷光纏壮』!!)
ドッッッ!! とアレックスの体がロケットのようにかっ飛ぶ。一直線に『リブラ王国』へ向かうと、すぐに『機械歩兵』を視界に捉えた。とりあえず追いつくために数秒を使い切り、二度目の使用は『ポラリス王国』に向かうために残しておかなければならないので『雷光纏壮』は打ち止め。代わりに『雷魔纏壮』を発動させ、スーツと同じようにユーティリウム製のナノマシンで作った愛用の剣によく似た直剣を一振りして、以前シャルルの矢を吹き飛ばした放電の技、『黒の慟哭』で四体は壊した。が、一体だけ黒雷を避けて飛び続ける機体があった。アレックスは剣を持った腕を折りたたみ、その一機に向かって突き出した。
「絶対に逃がさねえ、『雷魔一閃』!!」
ズドンッ!! と重たい音が空に響いた。
アレックスの剣から槍のように伸びた鋭い黒雷が『黒の慟哭』を逃れた『機械歩兵』を貫いたのだ。
「どうだセラ! とりあえず五体破壊したぞ、反応は消えたか!?」
『そっちのはな。次は「ポラリス王国」の方に向かえ!』
セラの指示に従い、すぐさま二度目の『雷光纏壮』を発動してもう片方の『機械歩兵』の集団の元へ向かう。そして五つのジェットの光を捉えた時だった。丁度彼らの頭上辺りが明るく光り、一条の光がまるで流星のように落ちた。
(まさかあれは……シャルの『先端ヨリ出ル不可避ノ星矢』か……?)
今の一撃で五体の『機械歩兵』は跡形もなく大破したようだった。
アレックスが魔法の爆心地に降り立つと、すぐにそれを引き起こした少女の声が耳のインカムから聞こえて来た。
『もしもしアレックス。話す余裕はある?』
「……やっぱお前の仕業か、シャル」
『その様子だと上手くいったみたいだね。セラに言われて協力したのは良いけど……ちゃんと説明は貰えるんだよね?』
妙に威圧感のある言葉だった。もしかすると簡単な事情くらいはセラに聞いたのかもしれない。
今回ばかりは、言い訳のしようが無かった。