234 新たな始まり
『ディッパーズ』の復活。それは瞬く間に世界中に広がり、周知の事実となりました。そして同時に、アーサー・レンフィールドの死も……。
元々、『ジェミニ公国』で死亡扱いになっていた彼ですが、これまで通って来た国での事を考えれば、一部の人間の間でどれだけ有名人かは分かりますよね? 特に、彼のような人を邪魔に思っていた者はなおさらでしょう。
ある意味では、今は行動を起こすチャンスです。『担ぎし者』がいなければ、計画が阻まれるリスクはかなり落ちますからね。
世界から魔力を消滅させようとした『オンリーセンス計画』。あの計画で一番反感を買う相手は誰なのか、それさえ想像できれば次に動き出す相手も見えてくるというものですけどね。
では、今回はアレックス・ウィンターソンに着目してみましょう。彼はアーサー・レンフィールド以上に普通の少年です。『担ぎし者』なんていう呪いもなく、勇者なんていう肩書もなく、揺るぎない信念がある訳でもありません。世界の危機と親しい人達の命を天秤にかけたら、迷った末に親しい人達の命を取るような、そんな当たり前の感性を持った少年です。
世界を守る。
そんな彼は亡き親友との約束を、どこまで貫けるのでしょうか。
◇◇◇◇◇◇◇
アレックス・ウィンターソン。
彼は昏い荒れ果てた場所に立っていた。自身の手には根元の部分で折れたユーティリウム製の直剣が握られており、体中の至る所から出血していて、一目見て分かるほどボロボロだった。
しかし、それでも彼は軽症の方だった。彼の目の前では積み重なるように、幾人もの知り合いや仲間達が倒れているのだ。見た限り目は開いたまま閉じない者もいるし、呼吸をしていないのか胸は上下運動していない。
おそらく、全員もう死んでいる。文字通り死体の山だ。
「アーサー……」
アレックスはその内の一人、アーサーに近づいてゆっくりと手を伸ばす。すると突然、死んでいたと思っていたアーサーは目を見開き、伸ばしかけていたアレックスの腕を掴んだ。
ビクッ、と体が反応し、思わず手を振り払おうとするがアーサーは尋常じゃない力で腕を掴み、その目はアレックスの双眸を射抜いて逸らさなかった。
「……お前、なら……救えた、はずだ……」
それはまるで、地獄の底からの怨嗟の声だった。アレックスは糾弾されているような気分になり、心臓を鷲掴みにされているような痛みが胸に走る。
「……どうして、力を尽くさなかった……?」
「……違う、俺は……」
何かを否定するように弱々しく首を横に振って、アーサーから離れようとする。今度はあっさりと手は離れた。よく見るとアーサーは再び他のみんなと同じ屍のようになっていた。
乱れた呼吸を整えながら辺りを見回すと、それはすぐ傍にあった。
黒いオーラに包まれた、数えるのも馬鹿らしくなるほどの数の兵士。彼らが平伏しているのは身の丈以上の大きさの槍を持つ誰かだった。
そして、極彩色の光を放つ槍を持った誰かが、こちらに目を向けて―――
◇◇◇◇◇◇◇
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」
雄叫びを上げたアレックスがいたのはベッドの上だった。全身気持ち悪い汗でべっとりとしていて、寝起きだというのに息は絶え絶えだった。先程までの事が夢だったと分かり安堵の息を吐く。時計を確認するとまだ三時で外も真っ暗だった。というか眠ってから三時間しか経っていない。
今からもう一度寝ようにもそんな気分ではなかったので、とりあえずシャワーで汗を流す事にした。
ベッドにシャワー。今までの旅では考えられない好待遇。ここはサラの故郷である『スコーピオン帝国』だった。
あの事件から一週間、『ディッパーズ』は拠点を『スコーピオン帝国』に置いていた。城は吹き飛んでしまったが、この場所を離れようとしなかったのだ。今は高台にある城ほど大きくなく無駄を省いた五階建てほどの施設で生活していた。
理由としてサラの故郷でセラの支援があるというのが大きく、表向きは復興の手伝いがしたいとの事だったが、結祈、サラ、レミニアの三人は心のどこかでアーサーが生きているのを渇望しているのだろう。集束魔力の爆発のせいで肉片も残らず木端微塵になってしまったせいで、余計にそんな希望を与えてしまうのだ。
(……くだらねえ。アーサーの野郎は死んだ、それが現実だろうが)
汗を流したアレックスは着替え、部屋の外に出て行った。そして向かったのは研究、開発を主に行う部屋だ。それもセラが用意してくれたアレックス専用の開発室だ。彼が中に入ると自動で全ての機器に電源が入った。
「よう、ブリュンヒルド。起きてるか?」
『いつでも起きています。三時間ぶりですね、アレックス様』
部屋全体からAIのブリュンヒルドの声が反響して聞こえて来た。彼女だけはこの施設のあらゆるシステムに対する権限を持っているので、誰の専用開発室だろうと自由に行き来できる。アレックスは複数のディスプレイの配置されている机に座った。
『マニュアルをご用意致しますか?』
「いや、大丈夫だ。この一週間で操作は大体覚えた。これ以外やってねえからな」
言いながら、彼は机の上に置きっぱなしだったカロリーチャージを手に取って食べる。アーサーがいなくなって三時間睡眠と主食のカロリーチャージを受け継いでいる事に、自分の事ながら辟易としてきた。
「……『ヴァルトラウテ』の完成度はどれくらいだ?」
『「魔神石」からエネルギーの取り込みは終わっています。あとは先日からアレックス様が魔力を溜め込んでいる「留魔の魔石」を装着すれば概ね形にはなりますが、全身の完成にはまだ数日かかる予定です』
「……予定より遅えな。セラのヤツが同時並行で『ワルキューレシリーズ』に着手してるからか?」
『ええ、そうです。セラ様は現在「ゲルヒルデ」「オルトリンデ」「ロスヴァイセ」の開発を同時並行で進めています。特に「ゲルヒルデ」に関しては最も力を入れており、「ワルキューレシリーズ」以外にも別の兵器を作っています』
「『ゲルヒルデ』……。たしかお前と同じ言語インターフェースを改良してるって話だったな。二人になると作業能率は上がるのか?」
『いえ、作業能率に変化はありません。セラ様には何か他に考えがあるようです』
この一週間で、アレックスはすっかり科学に染まっていた。というよりセラと共に武器を作る事にのめり込んでいた。
その理由は一週間前から寝る度に見てるあの夢だ。"どうして手を尽くさなかった"。その言葉に逆行するように打てる手を打っているのだ。そのために今はセラと共に『ワルキューレシリーズ』の完成を目指している。
アレックスはキーボードを慣れた手付きで叩く。
「とりあえず、主武装になるグローブ部分だけでも完成させちまうぞ。全身は後で良い」
『よろしいんですか? 本来の機能の五パーセントほどの完成度にしかなりませんが』
「その残りの九五パーセントは後で良い。『留魔の魔石』はセットしとく。自動組み立てでどれくらいかかる?」
『四時間と一三分です』
つまり朝方には完成する時間だった。とりあえず後の事は自動で行われるので、アレックスは席を立ち部屋の外に向かう。
「四時間後にまた来る。寝てて良いぞ」
『ええ、起きてお待ちしておきます』
アレックスは完成までの間、二度寝する訳でもなく一度部屋に戻ってユーティリウム製の直剣を持ってから外に向かう。開発の間に鍛錬、これがここ一週間のアレックスの日課だ。
まずは前からやっていた剣術の鍛錬、その後に新たに始めた基礎魔力の向上トレーニング。こちらは実験段階で確証も無いのだが、ギリギリまで魔力を使って回復する、これを繰り返せば基礎魔力が増える可能性があった。無意味かもしれないがやらないよりはマシだ、くらいの気持ちで繰り返している。
「……はぁ、ったく。俺も忍術さえ使えりゃ話は簡単なんだが……」
結祈いわくアレックスには才能がないらしい。一応、使えないことは無いが会得するのに時間が掛かる割に見込める効果が薄いらしい。それならその時間を開発や特訓に使っていた方がマシだという。どっちみちアーサーと同じ道は歩けないのだ。あの夢と同じ未来に辿り着かないために、地道な努力を続けなければならない。
約束の四時間が経ったので開発室に戻らなくてはならないのだが、朝日が寝不足で重い体に気持ちいい。もしかすると仮眠ができるかもしれないと思い、倒れたまま目を閉じる。
「ふん、弱者が鍛錬とはご苦労なことだな」
「……あん?」
地面に寝転がって休んでいたアレックスのすぐ傍に、身の丈程の大きさのある真っ赤な大剣を携えた、燃えるような赤い髪の男が近づいて来た。鍛錬で魔力を使い果たし、魔力感知が使えないせいでここまで気付かなかったのだ。
「テメェは……? 民間人には見えねえが……」
「我をあんな愚者共と同列に扱うな、人間」
「人間……?」
よく見ると、男の耳は人とは違い尖っていた。つまり相手の正体は魔族だ。魔力を使い切ってしまった事に歯噛みしながら、左手はポケットの端末に、右手は剣の柄に伸ばして立ち上がる。
「ダイアナ・ローゼンバウム=サジタリウスの最大の失敗はアーサー・レンフィールドを計画から完全に遠ざけられなかった事だ。そして最大の功績はアーサー・レンフィールドを殺した事だ」
「……テメェ殺されてえのか?」
「調子に乗るなよ愚者め。質問するのはこちらだ、アレックス・ウィンターソン。万が一という事もあるから聞いておくが、『担ぎし者』アーサー・レンフィールドは本当に死んだのか?」
その質問が、アレックスの触れてはいけない部分に触れた。
「ッッッ、ブリュンヒルド!! 『ヴァルトラウテ』をこっちに寄越せッ!!」
ポケットの端末から『ブリュンヒルド』へ一方的に指示を飛ばす。するとすぐに施設から手のひらサイズの何かが飛んで来た。アレックスはその方向に手をかざし、残り少ない魔力を使って雷を発生させ、それを誘導して左手で掴み取る。その瞬間それは砕け、流れるようにアレックスの左手に纏わりついて手の甲に『魔石』のはまったグローブの形になる。
そしてすぐ、アレックスは男に向かって手のひらを突き出した。すると魔力の無いはずのアレックスの手のひらから、『雷』と『光』を複合させた光弾が撃ち出される。それはあらかじめ『留魔の魔石』に込めていた魔力を使っているからだ。
そのグローブの役割は、アレックスの魔力弾の威力を上げる事だった。『雷』か『光』のどちらかといった風に、一つずつの属性でしか撃てなかった魔力弾を今のように二つの属性を複合させて撃てるようになっている。さらに放射状にしか放てなかった雷を、『光』の力で光線として直線に放つ事もできる。
仲間にすら見せていない初めて使う手段での攻撃。しかし男の対処は迅速だった。背中に引っ掛かていた大剣を取り出し、それで光弾を受け止めたのだ。
「……テメェは、誰だ……?」
「……貴様ら『ディッパーズ』にちなんで『フェアリーズ』とでも名乗ろうか。全ての科学を終わらせる者の一人だ」
「『フェアリーズ』……? つーか、なんでアーサーの事を知りたがる? 科学を終わらせるってのはどういう意味だ!?」
「北欧神話は知らんのか? ま、元が異世界の産物ならそれも仕方ないか」
意味の分からない言葉が続けて放たれ、寝不足のアレックスの頭は混乱していた。
「『オンリーセンス計画』。あれはこの世界から魔力を消滅させる科学の凶行だった。だが見習うべき点はある。科学と魔術は相容れないという事だ」
「……は?」
「だから今度はこちらの番だ。貴様らは『オンリーセンス計画』を止めて世界を救った気でいるようだが終わりじゃない。科学と魔術の戦争は……『第三次臨界大戦』は始まっているんだ」
「……ッ!?」
それはアーサーが最も危惧していた事だった。彼は何度もその兆候と出会い、それを止めるために命懸けで戦って来た。文字通り、命を落とすまで……。
「さて、アーサー・レンフィールドの死も確認できたしここにはもう用は無い。貴様らでは驚異にすらならんからな」
「……待て」
呻くようにアレックスは呟いた。
体に活を入れ、剣を構え直す。
「『第三次臨界大戦』が始まってるって言うなら、これ以上は広げさせねえ。テメェはここで捕らえる。全部吐いて貰うぞ妖精野郎!!」
アーサーが残したものを、無駄にはできない。
アーサーが止めようとしたものを、彼の死が原因で進めさせるなんて認められない。
"明日を守れ"と言われた、あの時の約束通りアレックスは立ちあがる。
「『纏雷』!!」
左手のグローブから魔力を使って体に雷を纏う。次に剣と足に雷を集中させ、一気に駆ける。
突進と横薙ぎを合わせたアレックスの『固有魔術』の剣技『噛業』。
一瞬で男の懐に飛び込み、男を斬り捨てようとする。が、その直前で二人の間に小さな竜巻が生まれた。それがまるで壁のような役割を果たし、アレックスの剣と体を吹き飛ばした。
「な、ん……!? 新手か!!」
竜巻が晴れると、そこには腰をくの字に曲げた老婆が現れた。顔もしわくちゃで見た目だけではその老婆が今の攻撃を止めたとは信じられなかった。
「む、アニーか。もう時間か?」
「ええ、フレイ様。皆もう集まっております。すぐにお戻りを」
「……命拾いしたな、アレックス・ウィンターソン。どのみち貴様らでは『グレムリン』は止められん。特にアーサー・レンフィールドの腰巾着の貴様にはな」
「ッ、待ちやがれ!!」
アレックスの制止の声を相手が聞くはずがなかった。再び竜巻が起こり二人を巻き込むと、その風が晴れた瞬間にはもう二人の姿はなかった。もしかするとこの竜巻はダイアナの『空間接続』やレミニアの『転移魔法』のような効果があるのかもしれない。
(……『フェアリーズ』、フレイ、アニー、そして『グレムリン』か……)
一通り疑問点を頭に並べて、アレックスは奥歯を鳴らす。
(ちくしょう……止めてやる。『第三次臨界大戦』が始まってるってんなら、それが表向きに世界を巻き込む前に、俺がこの流れを止めてやる……ッ)
ありがとうございます。
という訳で始まりました、アレックスが主人公の章。今回は初っ端から敵が出てきました。
今回の章題にもなっている『全ての科学を終わらせる』は、前回までの魔力を消すための『オンリーセンス計画』へのカウンターになっている訳ですね。向こうをやったらこっちもやらないとフェアじゃないので。
次回は少し、アーサーがいなくなった余波について触れたいと思います。