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村人Aでも勇者を超えられる。  作者: 日向日影
第二章 奪われた者達と幸せな贈り物
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23 結祈の抱えていたものは……

 日が傾いてきたくらいでアーサーは動けるようになった。といっても再び忍術を使う余裕はとてもなかったので、この日は帰る事にした。

 どんどん暗くなっていく森を抜けて帰ると、丁度夕ご飯の準備ができていたところだった。

 扉を潜った瞬間アレックスの拳が飛んで来たりして、一悶着あってからみんな揃って囲炉裏の周りに座る。アーサーの左右に結祈(ゆき)とアレックス、そのアレックスの隣に國彦(くにひこ)と続き、もう一人アーサーの見覚えの無い女性が結祈と國彦の間に座っていた。


飛騨(ひだ)久遠(くおん)です。この度は結祈がお世話になったようで、ありがとうございます」


 そう言った女性は長い黒髪を後ろで一つに束ねてポニーテルにしていた。その凛とした佇まいから何となく、結祈のお姉さんのような印象を受けた。


「アーサー・レンフィールドです。こちらこそ今回は泊めていただきありがとうごさいます」


 お互いに頭を下げて挨拶を交わすと、横からアレックスが割り込んで来た。


「堅苦しい挨拶はそこまでしてさっさと食おうぜ。せっかくの飯が冷めちまう」

「そうだな、せっかくアレックス君が頑張って取って来たんだ。美味しい内に味わおう」


 國彦の声で食事が始まる。

 アレックスの方は久遠との挨拶をすでに済ませていたようで、特に会話はない。ただアレックスの失礼とも取れる態度に何も言わない所を見ると、アーサーが結祈と忍術の特訓をしている間に良好な関係を築けていたらしい。

 それを確認するとアーサーは隣にいる結祈だけに聞こえるように耳の近くで囁く。


「(な? 上手くやってただろ)」

「(うん、そうだね)」


 あまりくっつき過ぎているとまたアレックスが絡んでくるので、すぐに離れて座り直す。


「ところで結祈と久遠さんは姓が違うみたいだけど親戚か?」

「そうだよ。久遠さんはワタシのはとこに当たる人で、お姉さんみたいなものかな」


 そんな当たり障りのない会話をしながら食事は進む。

 思えばこうやってまともに食事を取ったのも久しぶりのような気がした。前はアレックスとアンナと長老と一緒に毎日食卓を囲んでいたのに、それも随分遠い昔のような気がしてくる。

 珍しく感傷的になっている自覚はあった。それは目の前の光景を過去の自分と重ねている部分があったからだろう。

 そんな感覚を覚えながら、妙に暖かい夕食を味わった。





    ◇◇◇◇◇◇◇





 食事を終えると特にやる事もないので、お風呂を借りてから寝床に案内され、アレックスと並んで寝る。

 余談だが、アーサーは不眠症だ。妹を殺されたショックからまだ完全に立ち直れておらず、ここ数年は一日に三時間も寝ていない。しかも追い打ちをかけるようにビビも殺され、治るどころか悪化していた。

 けれどその日は魔力が切れた事もあってか、珍しく睡魔はすぐに襲って来た。


 ………………。

 …………。

 ……。


 数時間は熟睡していた。しかしまだ月の高い時間、アーサーは何かの気配を感じて目を覚ました。夢と現実が曖昧に感じる頭で障子の方を見てみると、廊下を歩いている誰かの影が月明かりに照らされていた。注視してみるとその影が誰のものかはすぐに分かった。


(……結祈?)


 何か嫌な予感を感じた。上手く言葉にできないが、トイレに行くために起きたのとは少し違うような印象を受けたのだ。

 夜中に歩いている事がその正体なのかは分からないが、アーサーは結祈の後を付ける事にした。いつものようにバッグが腰の後ろにくるようにウエストバッグを巻き付け、なるべく音を立てないようにして障子を開け、外に出て行く結祈の後ろを靴を履いて遠すぎず近づきすぎずの距離で追う。

 魔力がほぼゼロのアーサーは魔力感知には引っ掛からないので、その辺りは安心して付いて行けた。


(こんな夜中にどこに行く気だ……?)


 そんなシンプルな疑問が頭の中を回っていた。

 昼間とは違い、不気味な印象を受ける森の中を小一時間ほど歩いた頃だろうか。ようやく町の中に入った。繁華街の多い感じは昼間にいたの町と同じだった。しかしこの町は深夜が書き入れ時らしく、やっている店は酒場や賭博場など、結祈どころかアーサーの身なりでも入れない所ばかりだ。案の定、結祈はその類いの店には見向きもせずにどんどん歩いて行く。

 気が付いた時には繁華街の喧騒から離れた普通の家や宿の立ち並ぶエリアに来ていた。


(知り合いでもいるのか……? でもこんな時間に?)


 何かが分かると思い付いて来たのに、疑問は増えるばかりだった。

 そんな事を思っていると、結祈が曲がり角を曲がった。アーサーは見失わないように、足音の立たない程度の小走りで壁際まで行き、顔だけ曲がり角の向こうへと出す。

 しかし。


(……?)


 そこには誰一人としていなかった。

 また別の角を曲がったのかと思い、すぐに結祈が歩いて行った方を小走りで辿る。しかし道はしばらく一方通行で、あの短い時間で見失うとは思えなかった。


(もしかして尾行がバレて撒かれたか?)


 考えられる話だった。仮に結祈が頻繁にここを訪れているとすれば、土地勘は結祈の方がアーサーより勝る。もしかしたらアーサーに気付かれずに撒ける裏道のようなものが存在するのかもしれない。

 そう考えるとこの行動に意味を失ってしまう。


(……まあ正直、尾行なんて最初から気持ちの良いものでもなかったし、途中からただのストーカーみたいな気分で微妙だったし、ここらが引き際かな)


 諦めて元来た道を引き返そうと一歩踏み出したその時だった。

 どこからともなく、男の野太い悲鳴が暗い町に響き渡った。


(なんだっ!? 誰だ!? 何があった!?)


 アーサーは軽くパニックになっていた。

 特に後ろめたい事はないのに急に声をかけられてビックリしたように。あるいは脅かしてくると分かっているお化け屋敷で、突然飛び出して来たセットのお化けに体がピクリと反応してしまうように。

 しばらくは壁際で身を小さくして次のアクションに備える。しかし十数秒ほど経ち、続きが無い事を確認するとすぐに悲鳴のした方へと走り出す。

 アレックスがいたらまた小言を言われるだろうが、今回に関してはちゃんと理由があった。

 悲鳴を発した男の方も心配だが、何よりも結祈が心配だった。男の悲鳴が何に対するものなのかは分からないが、仮に誰かに襲われていた場合、近くにいるはずの結祈にまで危険が及ぶのはなんとしても避けたかった。

 やがてアーサーは一つの宿屋に辿り着いた。そこに辿り着いた理由としては、悲鳴のあった方向で一番近くにある宿屋がここだったのだ。

 アーサーは何も言わずに扉を開けて中に入る。鍵は開いていなかったが、中にも誰もいなかった。どうやら悲鳴があっても誰一人として起きなかったらしい。あるいは襲撃者によって先に口を封じられているのかもしれないが、そちらの可能性については極力考えないようにした。

 アーサーは異変を感じ取れるように耳を澄ませる。すると階段の上、二階からゴソゴソという何かを漁っている物音が聞こえて来た。ウエストバッグからユーティリウム製の短剣を取り出して握りしめ、生唾を飲み込みながら一段一段慎重に階段を上がって行く。

 二階に上がりきると、一室だけドアが開きっぱなしになっていた。アーサーは浅い呼吸を繰り返しながら慎重に部屋の中を除き込む。

 そこには誰かが立っていた。その足元にはぐったりとして動かない男の体が転がっていた。

 つまりは事件現場だ。普通なら逃げ出すか、大声を出すか、こんな時に取れる選択肢はほとんど決まっている。それなのにアーサーは最も愚策である、部屋の中に入るという選択肢を取った。

 普通なら口封じのために殺されてしまうだろう。しかしアーサーにはそうならない確信があった。

 月明かりに照らされている犯人の顔はよく見えない。

 けれどそれが誰であるかは容易に分かった。


「お前……結祈、か……?」


 アーサーの呟きに目の前の少女はゆっくりと振り返る。


「撒いたと思ったんだけど、来ちゃったんだ。……油断したなあ。こんな事なら家を出た時から魔力感知をしておけば良かった」


 姿はよく見えなくても、その声を聞き違える事はなかった。目の前の少女は間違いなく結祈だった。予想が当たった事に微妙な気分になる。外れていて欲しかった、というのが本音だった。


「お前、これ……」


 足元にあるピチャリとした感触に、鼻を突く血の匂い。この感触は忘れたくても忘れられないものだった。

 間違いなく、今この場で男が殺害された事を証明するものだった。


「……お前がやったのか?」


 その質問をしたのは、まだ目の前の光景が信じられていなかったからだろう。結祈も自分と同じように声を聞いてこの現場に来たのではないかという淡い期待を寄せる。


「心配しなくても良いよ。こいつらに家族はいないし、そもそも生きていて良いような価値もない人種だから」


 けれど結祈の口から発せられたのは、どうしようもなく男の殺害を認めるものだった。


「……こいつは誰なんだ?」

「『魔族信者』だよ。アーサーも聞いた事くらいはあるでしょ?」

「……」


『魔族信者』とは人間でありながら魔族をこそ最良の種族と信じている、いわゆる狂人だ。その思想の元、普通の人達にとって害である事はよくするし、最悪の場合殺人を犯す事もある。だから実際『ゾディアック』の中では疎まれているし、殺人事件が起きた時の被害者が『魔族信者』でしたなんてのも日常茶飯事だ。

 結祈がここでやった事も何かしら『魔族信者』に恨みを持っての事だろう。だからその事については言及するつもりはなかった。ただ一つ気になるのは、


「……お前はこんな事をずっと続けてるのか?」

「そうだね、もう二年になるかな。まだ目的の人には辿り着けてないけどね」

「……」


 ようやく結祈の抱えているものの片鱗が分かった。けれどこんな形では知りたくなかったのも事実だ。それほど結祈の抱えていたものは、アーサーの想像を超えていた。


「じゃあまた後でね。アーサーも早くここから離れた方が良いよ。じゃないとアーサーが捕まっちゃうから」


 そう言い残して、結祈はさっさと窓から出て行った。

 考える事は多かったが、上手く頭が回らなかった。ふらふらとした足取りでアーサーも部屋を出る。階段をゆっくり降りて普通に玄関から外に出るが、周りに人の気配はない。まるで何もなかったかのように。


「……」


 考える事は多かった。

 結祈はまた後で、と言った。つまり家には帰ってくるのだろう。そこで問い詰めるのか、見なかった事にするのか、アーサーはすぐに答えを出せなかった。

 けれど今はとりあえずあの家に戻る事にする。

 相棒の馬鹿面でも見れば、この何とも言えない気持ちも少しは拭えると信じて。

ありがとうございます。

抑えたつもりですが、殺害現場のシーンで不快な思いをさせていたらすみません。

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