228 力に取り憑かれた者達
黒い雷を纏ったアレックスは雨のように降り注ぐ光の矢に向かって剣を一度だけ横に振るう。すると黒い稲妻が放射状に放たれ、それが空高くまで伝播していき矢の全てを撃ち落とした。
「……『黒の慟哭』。もう、お前の矢は俺には効かねえぞ」
一応、忠告のつもりで言ったのだが、シャルルは攻撃の手を緩めなかった。今ので『光』は無意味だと悟ったのか、今度は全てが『土』の属性の矢なのだろう。横に走り出し、足を動かしたまま連続で矢を地面に放つ。
「シルフィー、俺の足場を飛ばせ!!」
「はいっ!」
シルフィーは地面に両手を付けると、アレックスの立っていた場所だけがマンホームのような形になって上に吹き飛んだ。アレックスはその勢いのままさらに叩く跳ぶ。シルフィーはすでにアレックスの頭上に長い尾のような岩の塊を操って足場を作っており、アレックスはそこへ足を着けて蹴り、今度は地面の方に急落下する。
その瞬間、地面を突き進んで来た矢が地上に出てきた。追尾性能が付いているのか、それは真っ直ぐアレックス目掛けて飛んで来る。アレックスは両手で剣を握り、黒雷を纏わせたそれを横薙ぎに振るう。すると剣から放出された黒い稲妻が狼の顔のような形になり、口を大きく開いて矢を飲み込みながら地面へと着弾して稲妻を撒き散らしながら爆散した。
『噛業』を黒雷で行う技、『黒獣雷牙』。だがすでに別物と化したそれの威力は、元の技とは比べ物にならなくなっていた。
「……なるほど。雷光を纏うと速度が上がって、黒雷を纏うと威力が上がるんだね。それに有効時間も『雷光纏壮』より長いみたいだ」
確認するように言いながら、彼女は魔力の弓を持つ手とは逆の手を天に突き出すように伸ばす。
「普通の魔術の矢が使えないなら、これを使うしか無いけど……今度はこっちが言わせて貰うよ?」
そして、何かの意趣返しのように。
「手加減できないから死なないでね? 『魔の力を以て世界の法を覆す』!!」
「ッ!? その言葉は……っ!!」
魔法を使うための鍵となる言葉。よくよく考えれば、彼女達は魔術大国の『サジタリウス帝国』の出身者なのだ。魔法を使えるのも当然だろう。
「標敵設定、待機状態」
連なるように発せられた言葉に呼応するように、空の一点が眩い光を放った。
マズい、とアレックスの本能が叫び声を上げる。
「アレックスさん、魔法です!!」
「分かってるよ! 効果は分かるか!?」
「魔法は基本的に固有なんですよ!? 分かる訳ないじゃないですか!! 『雷光纏壮』で逃げて下さい!!」
「無駄だよ」
逃げられるのが嫌だから、という意図の発言ではなかった。
言葉通り、避けても無駄だと告げるような口調だった。
「この矢は放った時にはもう対象に当たってる、因果反転の魔法。飛んで行って当たるんじゃなくて、当たった結果が確定してから飛んでいく、そういう魔法の矢だから」
本来なら全てを諦めてもおかしくないような内容。
しかし、それを聞いたシルフィーは勝機を見出した。
「因果反転系……アレックスさん!!」
「ああ、分かってる。対処法は前にお前が言ってた通りで良いんだよな!?」
ここまでの道中、同じ時間を無駄に過ごしてた訳ではないのだ。アーサーはもちろん、アレックスも魔術に詳しいシルフィーから可能な限り魔術の基礎事項と考えられる魔法の類いについて聞いている。ほぼ無限の選択肢のある魔術や魔法を全て読み切るのは不可能だが、因果反転系についてはシルフィーの予想の内にあった。
だがアレックスが次の行動に移る前、シャルルの方が先に動いた。魔法の発動中だというのに魔力の弓を空に向け、先刻と同じ『天空ヨリ舞イ降ル流星ノ矢』を放つ。さらに続けて上下左右に矢を放ち、アレックスの左右と上から追尾性能のある矢が、そして地中からもこちらに向かってくる。
「シルフィー! 地面からの矢は頼んだ!!」
アレックスは一方的に叫び、シルフィーの返事も待たずに最後の行動に移る。
体中に『雷魔纏壮』の黒雷だけでなく、いつもの『雷光纏壮』の雷光までをも纏っていく。
『雷』と『闇』と『光』の複合魔術。『雷光纏壮』よりも速く、『雷魔纏壮』よりも力強く駆ける。たった数秒しか持たない最強の状態を、アレックスは行使する。
「―――『雷閃乱舞』!!」
アレックスが叫んだ直後、シャルルが捉えたのは黒い線が空中を駆け巡る様だけだった。時間稼ぎのつもりで放った矢が一秒と経たずに全てかき消され、それを確認した次の瞬間にはシャルルの目の前に剣の切っ先を突き付けるアレックスが現れた。
「……因果反転系の魔法は絶対に避けられねえ。だから真正面から受け止めて防ぎきるしかねえが、俺はアーサーみてえに魔力を直接操作できねえからな。因果を乗り越えるほどの強度で防ぐ魔術はねえ。だから俺にできるのは、発動前に止める事だけだった」
だからこその『雷光纏壮』だった。オーウェンの時や最初に住んでいた村が襲われた時、そしてアーサーほど心に傷を負っている訳ではないがビビの時も、もっとスピードがあれば救えたのではないかと思っていたのだ。
アーサーが知識に取り憑かれたのなら、アレックスは速さに取り憑かれたのだ。
「……キミは、そういう力を選んだんだね。ボクはどこにだって手が届くように、この魔術と魔法を選んだ」
「俺は仲間の窮地に間に合うように『雷光纏壮』を作って、困難をぶち破るために『雷魔纏壮』を作った」
アレックスは剣を下げた。もうこの距離なら魔術を使わなくてもアレックスの方が速い。それに何となく、シャルルはもう攻撃してこないと思ったのだ。
シャルルはふっと息を吐きながら天を仰いだ。
「……アレックスの言う通り、覚悟が足りなかった。ボクはボクなりに頑張って来たけど、結局はダイアナに引っ張られてただけだった……」
「……ああ、俺だって同じだ。あれだけ偉そうに言ったが、俺だってアーサーに引っ張られてる。自分の意志だって信じてえが……あの野郎の語る理想が眩しく見えて、つい力を貸しちまう」
「やっぱり似た者同士だね、ボク達。……もっと違う出会い方をしていたら、ボクらもキミ達の仲間になれたのかな……?」
「たらればの話はあんまり好きじゃねえ。時間は巻き戻せねえからな」
感傷的になっているシャルルを他所に、アレックスは突き放すように言った。
どうあれ、こうして敵同士で出会った。全てに意味があるなんて言うつもりはないが、それが結果の全てだ。他に道は無かった。
「確かにお前は俺達の仲間じゃねえが……」
だけど、相手の事をどう思っているのかは、それとは関係無い。
「少なくとも俺は友達くらいには思ってる。だからダイアナの目を覚ます手伝いぐらいならしてやるよ、シャル」
「っ!?」
ビクッ、とシャルルの体が震えた。
前に親しい相手にはそう呼ばれると言っていた略称を、意図的に呼んだアレックスの真意はシャルルにしっかりと伝わっていた。
「……このタイミングで、そうやって呼ぶのは卑怯だと思う……」
「卑怯だろうと関係ねえ。お前の魔法の力を貸せ。それだけで後は俺の親友がダイアナを止めてくれる。お前が協力してくれれば、アーサーもダイアナも両方救えるんだ!」
ほぼアーサー頼りの策だったが、成功するであろう期待はあった。別に相談した訳でも、あらかじめ示し合わせた訳でもないが、アーサーならこの一手の手助けで、なんとかするという確信があった。
「……本当に、ダイアナを助けてくれるの……?」
「俺じゃなくて他人頼りになるが、アーサーの野郎がな。根本的に助かるか助からないかはダイアナ次第だが、あいつはそのために死力を尽くす。ただ倒すよりも困難な道だってのに、本当に面倒くせえ性格してやがるからな。……それに」
がりがりと頭を掻きながら、照れ隠しなのかそっぽを向きながらアレックスは断言するように続けて言う。
「"明日を後悔して生きるくらいなら、後悔しないで今日死にたい"。そう言ってヤツは戦いを始めたんだ。今回だって、絶対にハッピーエンドに持っていく。そう信じてる」
最初に『ジェミニ公国』で、魔族に向かおうとしていたアーサーを止めようとした時に言われた言葉だった。それはアレックスの心の奥に深く残っていた。おそらくは、それを発言した本人よりも深く。
やがて、目を瞑って考え込んだシャルルは軽く頷いた。
「……分かった、アレックスを信じるよ」
目を開き、再び天に手をかざす。
「矢はすでに、放たれている!」
そして、魔法の続きの詠唱がシャルルの口から放たれ……。