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村人Aでも勇者を超えられる。  作者: 日向日影
第一二章 ようこそ安定世界の終わりへ Dawn_of_Justice.
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227 その担い手は運命を踏破する者 “Fate_Horizon.”

『「その担い手は(フェイト・)運命を踏破する者(ホライズン)」について、現段階では私の方が理解しています。だから先にその恩恵とリスクについて説明しておきます』


 数日前、まだ『スコーピオン帝国』に入る前にラプラスに言われた事を思い出す。


『良いですかアーサーさん。「その担い手は(フェイト・)運命を踏破する者(ホライズン)」は物理法則は超えていませんし、原理上は可能ですが不可能に近い魔術。つまり「断界結界(だんがいけっかい)」と同じ限りなく魔法に近い魔術です』


 つまり使っても問題がある訳では無いが、使い過ぎるのはお勧めできない力といったところだ。


『恩恵は多いです。まず「何の意味も無い平(42アーマー)凡な鎧」をベースに使ったうえで身体能力の強化倍率は比べ物にならない一〇倍です。おそらくパンチ一発でもコンクリートの壁くらいなら簡単に壊せるでしょう。それに持続時間も一〇倍の四二〇秒、つまり七分間と伸びています。そして一番大きな恩恵が「天衣無縫(てんいむほう)」もベースに用いたおかげで魔術使用に伴う魔力消費を全て自然魔力で補える事です』


 今までロクな身体強化ができなかったアーサーにとっては最高の情報だった。けれど当然、良い事だらけではない。


『リスクは使用した時間だけ、元に戻った時に右腕の力が使えなくなる事です。そして体への負担が大きすぎます。七分フルで使用すれば、その後はまともに動けなくなるはずです。そしてベースに使ったとはいえすでに別の魔術に昇華しているので、「何の意味も無い平(42アーマー)凡な鎧」が使えます。アーサーさんが「旋風掌底(せんぷうしょうてい)」をベースに「瞬時加速(エアリアル・ドライブ)」を作っても「旋風掌底(せんぷうしょうてい)」が使えなくなった訳じゃないのと同じですね。ただしここが注意点です』


 この時、ラプラスは一層釘を刺すように目を細めたのを覚えている。


『「何の意味も無い平(42アーマー)凡な鎧」の正確な力は、使った魔力分だけ現段階の身体能力を強化するというもので、つまり重ね掛けができるんです。つまり「その担い手は(フェイト・)運命を踏破する者(ホライズン)」で一〇倍、そこから「何の意味も無い平(42アーマー)凡な鎧」で例えば一パーセントの強化しか使わなかったとしても、元のアーサーさんからすれば一〇パーセントの強化倍率になります。ですが、ただでさえ負担の大きい「その担い手は(フェイト・)運命を踏破する者(ホライズン)」にそんなものを重ねて使えば、内側から体が崩壊してもおかしくないんです』


 ゾッとする警告だったが、それでもアーサーが怖気づくのには足りなかった。正直、その程度のリスクなら当然だろう、くらいに思っていた。


『だから約束して下さい。「その担い手は(フェイト・)運命を踏破する者(ホライズン)」発動中は決して「何の意味も無い平(42アーマー)凡な鎧」を使わないと』

「……分かった。約束する」


 そう言った時のラプラスの表情が悲しそうな顔をしているのが印象に残っている。そんな顔をさせてしまったのが自分だという事実を正面から受け止めた。


「……本当に、マスターは嘘が下手くそです」


 その言葉は、本当に耳に痛かった。





    ◇◇◇◇◇◇◇





 強化倍率一〇倍。

 制限時間七分。

 新たな力を発動したアーサーは、すぐに行動へと移る。


「『幾重にも重ねた(ワンヤードステップ)小さな一歩(・カルンウェナン)』!!」


 元は約一メートルしか移動できない『無』の転移魔術。

 しかしアーサーの転移先は遥か先、ダイアナの背後だった。敵の視界から外れた一瞬の隙を突き、体を回転させながら右手をダイアナの背中に伸ばす。


(届け、届けっ!、届けぇ!!)


 触れるだけ相手の魔力を掌握し、戦いを終わらせられる『カルンウェナン』を届かせようと必死に伸ばす。だが狙いに気づかれたのか、ダイアナの体が真下に落ちた。『空間接続』の穴を足元に展開し、そこへ落ちる事でアーサーの奇襲を躱したのだ。


(くそっ、やっぱりダメか! 転移後の運動エネルギーがキャンセルされる『人類にとっても小さな一(ワンヤード・ステップ)歩』系の不意打ちじゃ、体を動かして右手を叩き込むまでの間に対処される。何か別の手を考えないと……!!)


 アーサーの右手が空を切った直後、アーサーの全方位に無数の『空間接続』の穴が展開される。そしてセラと戦っていた時と同じように、そこから剣が射出される。


「―――『鐵を打ち、(ウェポンズスミス)扱い統べる者(・カルンウェナン)』!!」


 全方位から迫る死に、アーサーは武器を創り出す魔術を叫ぶ。それも十数本、穴の分だけ創り出し、宙に浮かぶ剣を操って飛んでくる剣を迎撃した。

数多の修練の結晶の証(ウェポンズ・スミス)』は魔力で武器を創る魔術、そこで『カルンウェナン』の魔力操作の力で手では無く直接剣を操っている。つまりこの状態は『天衣無縫(てんいむほう)白馬非馬(カルンウェナン)』のように受け取った魔術を全て使えるだけではない。全ての魔術を『カルンウェナン』で強化された状態で使えるのだ。


(とはいえ、この状態で戦えるのは七分ジャスト。それまでに決着(ケリ)をつけないと右腕は使えなくなるし体も動かなくなる、待ってるのは必敗だ。それに後の事を考えたら六分以内に済ませないと……っ)


 時間に追われるアーサーは宙に浮かぶ剣を左右の手で一本ずつ取り、移動したダイアナの方に向かって走る。

 遠くでダイアナは手を前に伸ばした。再びアーサーの周りに先程とは比べ物にならない量の『空間接続』の穴が展開される。すでに『スコーピオン帝国』の高度がかなり高いものになっている事もあってか、ダイアナの方も時間に余裕が無いのかもしれない。どうあれ長期戦に持ち込まれないのは今のアーサーにとっては僥倖だった。迫りくる剣を今度は無数の剣で迎撃するのではなく、足を止めずに二本の剣のみで対処し、さらに『天衣無縫(てんいむほう)』の感知能力を使ってほとんどは体に掠らせる事もなく躱しながら進んでいく。

 そしてダイアナとの残りの距離が半分になったところで、アーサーは再び『鐵を打ち、(ウェポンズスミス)扱い統べる者(・カルンウェナン)』を使って無数の剣を創り、それらを全てダイアナへと飛ばす。


(……ああ、分かってる。こんなのは決定打にはならない。どうせ『空間接続』で対処される)


 その予想通り、剣が飛んで行く先には『空間接続』の穴が開く。だがアーサーはその穴を迂回するように剣を操作してダイアナに届かせようとする。すると剣を別の場所に飛ばすのを諦めたのか、ダイアナは先程のように足元に穴を作って別の場所へ飛ぶ。

 当然、ここまではアーサーにとって想定内。

 だからこそ、その先に行く。


(ここだ! 『幾重にも重ねた(ワンヤードステップ)小さな一歩(・カルンウェナン)』!!)


 アーサーは跳ぶ。

 まだダイアナが移動するよりも前に、ダイアナが出てくる場所で待ち構える形で、右手を引き絞り解き放つ。


「っ!?」


天衣無縫(てんいむほう)』では説明できない、不自然なくらいに先を読んだ動きに初めてダイアナの顔に困惑が浮かぶ。だがそこは流石というべきか、彼女は一旦疑問を頭からおいやり、致命となるアーサーの右手へと意識を集中させる。ダイアナはアーサーの拳の延長線上に剣が来るように『空間接続』の穴を上下に作り出す。本来ならアーサーの拳は剣の腹を叩き、それを吹き飛ばしてダイアナに拳を届かせる事ができたはずだった。しかしダイアナが作り出した上下の穴の間隔は剣の長さよりも小さく、吹き飛ばされるはずの剣は『空間接続』の穴の縁に引っ掛かりアーサーの拳を止めたのだ。


(こんな方法で俺の拳を……っ!?)


 今度驚く事になったのはアーサーの方だった。とはいえこちらもいつまでも驚いている暇は無い。転移のインターバルが必要で突然の攻撃が躱せないアーサーと、一撃でも食らえば致命の右手の射程から逃れたいダイアナは同時に後ろへと飛んで距離を開く。

 互いに安全になってから、先に口を開いたのはダイアナの方だった。


「『未来観測装置』はいないはず……まさか、あなた自身が未来を観測しているの?」

「ああ……『未来観測(ラプラス)()逆流演算(カルンウェナン)』っていうんだ。ラプラスと回路(パス)を繋いだ影響で、この状態だと俺自身で未来を観測できるんだ」


 リスクはあるけど、という言葉までは続けなかった。一度、ほんの一瞬先を観ただけで頭痛が鳴り止まなかった。『魔神石』無しにその力を行使するというのはリスクを承知で使ったが、そう何度も使えるものじゃない。できれば今ので決めたかったのが本音だ。


(でも未来を観てあと一手足りないのか……『未来観測(ラプラス)()逆流演算(カルンウェナン)』の負荷から考えて使えるのは後一回が良い所だ。奇襲じゃもう使えないし、他に策を重ねないと……)


 アーサーにとっては『空間接続』もさることながら、そこから出てくる剣が最も厄介だ。なんとかしてそれを奪えないかと考えてみるが、そうそう思い付くものでもない。そもそも破られない自信があるからこそ、主な攻撃として使っているのだろうから。


「分かるわよ。未来を観れるのはあと一回がせいぜい、そこへ何らかの策を講じて右腕を届かせたい。そのためには右手で打ち消せる『空間接続』より、そこから出てくる右手では対処できない剣をどうにかしなければならない。そう考えてたでしょ?」

「よく言う。そういうお前だって今、どうやって俺の右腕や魔術を潜り抜けて剣を突き刺すか考えてるくせに」

「ええ、でもその強化は見ただけで魔法に限りなく近い魔術、つまり灰色の力だって分かるわよ? その状態はあとどれだけ持続できるの? 一○分、あるいはもっと少ないのかしら? どちらにせよ、こっちはその時間を生き延びるだけであなたに勝てる」

「……っとにやりづらいな」


 まるでこちらの行動が全て読まれているような気分だった。アーサーに残された時間は六分ほど。浮いた『スコーピオン帝国』を止める事を考えると五分程度しか時間は残っていない。


(……ごめん、ラプラス)


 心の中で謝り、


「……『鐵を打ち、(ウェポンズスミス)扱い統べる者(・カルンウェナン)』」


 それならば出来る事をやろう、とアーサーは思った。

 両手にそれぞれ盾を、それ以外に三〇本近くの矢を創り自身の周りに浮かばせる。

 一度だけ浅く呼吸し、覚悟を決めて禁止されていたそれを使う。


「―――『意味を求め(42アーマー)て手を伸ばす(・カルンウェナン)』!!」


 ラプラスの懸念していた自己崩壊は今回は起きなかった。それを確認した直後、アーサーは地面を蹴る。

 今回の強化倍率は一〇パーセント。身体強化が一〇倍の状態で使った今、元からすると一〇〇パーセントの強化。つまり通常時の一一倍の身体能力でダイアナへ向かって一直線に駆ける。足の裏で『瞬時加速(エアリアル・ドライブ)』を使い、さらに加速して突き進む。

 突然の急接近にダイアナの反応が一瞬遅れた。慌てて放たれた迎撃用の剣では今のアーサーは止められない、その程度は両手の盾で簡単に弾ける。しかもダイアナはアーサーが飛ばした三〇本近い矢の方にも対応しなければならない。

 拳の届く射程圏内に入ったところで、アーサーは両手の盾を消した。両手の拳を握り締めてダイアナに殴りかかる。右に警戒しているのは承知なので、裏をかいて右拳で殴りかかると見せかけて途中で止め、本命の左拳を叩き込む。それは今までの苦労が何だったのかと思うほど、簡単にダイアナの頬に突き刺さった……が、


「……策を弄し、死力を尽くしてこの程度なら、あなたは私には勝てないわ」

「っっっ!?」


 アーサーの左拳は確かにダイアナの頬に突き刺さっていた。……そう、突き刺さっていたのだ。陥没しているわけでも、拳に感触がある訳でもなく、アーサーの拳は手首ほどまでダイアナの頬に埋まっていたのだ。

 そこから導き出される結論は『空間接続』。アーサーの高速のフェイントにも付いて来たという事は、つまりダイアナは裏を読んだはずのアーサーのさらに先に行っていたという事だ。


「さて、あなたの身体強化の有効時間は四二秒だったわよね? 残り時間は空の旅に案内するわ」


 その瞬間、アーサーの体がその場で落ちた。体が穴に落ち始めた時点で右手での消去はもうできない。下手したら自分の体が真っ二つになってしまうかもしれないからだ。

 空の旅と言ったように、ダイアナはアーサーを遥か上空へと追放した。四二秒という時間制限があるので、すぐに『幾重にも重ねた(ワンヤードステップ)小さな一歩(・カルンウェナン)』を使って地上に戻ろうとする。が、そういう訳にもいかなかった。周りには自分が出てきた穴の他にも多数の穴が開いており、そこから剣が落ちてきたのだ。

 このまま無視すれば、下の『スコーピオン帝国』にいる人達に当たるかもしれないし当たらないかもしれない。そして僅かにでも当たる可能性があるなら無視はできなかった。


「ちくしょうっ、『鐵を打ち、(ウェポンズスミス)扱い統べる者(・カルンウェナン)』!!」


 アーサーは降って来る剣と同数の鎖を創り出し、それを操ってそれぞれの剣にまとわりつける。そして『スコーピオン帝国』に落ちないように遥か遠くへ飛ばす。


(よし、とりあえずこれで大丈夫なはずだ。『幾重にも重ねた(ワンヤードステップ)小さな一歩(・カルンウェナン)』!)


 今度こそ転移を使って無事に『スコーピオン帝国』へと戻るアーサー。しかし、そこで限界が来た。強化時間の四二秒を過ぎてしまったのだ。途端に重りを付けられたみたいに重い疲労感が体中にまとわりつく。まるで長距離走を全力で走り切ったあとみたいだった。


「これで元通り……いえ、むしろあなたの状態は悪化したようね。それで、まだ打つ手はあるの? アーサー・レンフィールド」


 息を切らして肩で呼吸するアーサーはそれに答えられなかった。そもそもここまで行動が読まれているなんてのは全くの予想外で、本来なら今の四二秒で決めてしまわなければならなかったのだ。当然、次の策なんて何も無かった。


(それでも負けられないんだ! 頭を回せ、この状況を打破する何かを探すんだ!!)


 残り時間は四分。

 それまでにダイアナを倒さなければならない。どう見ても無理難題だが、これをこなさなければ世界の魔力が消えてしまう。

 どうあれこの時間に、世界の命運がかかっている。

 すぐに行動に移ろうとするアーサー。

 しかし、


「……ねえ、アーサー・レンフィールド。どうせいつか失うと、全部無駄に思う事はない?」


 それを抑えるような一言をダイアナは放つ。

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