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村人Aでも勇者を超えられる。  作者: 日向日影
第一二章 ようこそ安定世界の終わりへ Dawn_of_Justice.
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225 それで誰かを救えるなら

 まだセラの元に辿り着く前、アーサーは走り続けていた。ラプラスと共に、どうしようもない姉妹を助けるために。

 そこにはサラやセラを救いたいという思いだけではなく、自分を映している節もあった。かつて二度に渡り妹を救えなかった後悔を、なんとかして拭いたいという思いも確かにあった。

 だが、二人はただ走っている訳では無い。平行してこの国への対処法も考えていた。


「クロノを引きはがすとこの国は落下する仕掛けらしい。なんとかできないか?」

「正直きびしいです。システムへの干渉はクロノスのいる場所に行けばできるかもしれませんが、時間がどれだけかかるか分かりません」

「じゃあいっそ装置をぶっ壊すってのは?」

「根本的な解決ではありません。ただ壊すだけでは落下は止められず、被害は甚大です」

「なら、集束魔力砲で国を跡形もなく消したらどうだ?」

「ダメです。集束魔力砲で消し飛ばすには、この国は大きすぎます」

「だったら魔力が集まる限界まで待って、その魔力を利用して集束魔力の爆発を起こせば?」

「……おそらく、マスターの力だけでは足りません。せめて集束魔力砲がもう一つあればできるかもしれませんが、こちらでそれを使えるのはマスターだけです。それに仮にできたとして、中に残らなければならないマスターは確実に死んでしまいます」


 アーサーが提案し、ラプラスが確認する。おそらく『ディッパーズ』において問題への対応策を考えるなら最高の組み合わせなのだが、その二人で話し合ってもロクな解決策が出て来なかった。


「……それなら」


 今までのやり取りを踏まえ、もうこれしかないという考えをアーサーは口に出した。自分でも最悪の作戦だと分かっているそれに、ラプラスが良い顔をする訳がなかった。


「……正直、その策には賛同したくありません。マスターが死んでしまいます」

「でも、もうこれしかない。やらなきゃみんな死ぬ。俺もお前も、どっちみち」

「……」


 無言を返すラプラスも、それしかないと分かってはいた。自分が反対した所で、アーサーは結局その策を使うであろうという事も。

 そしてラプラスが決断を躊躇っていると、不意にインカムから声が聞こえてきた。


『……アーサー。この声、届いてる……?』

「っ、サラか!?」


 アーサーは動かし続けていた足を止めて、その声に集中する。


「今どこにいる? セラとは合流できたのか!?」

『……お姉ちゃんは、もう……』


 その声はあからさまに沈んでいた。言葉からしてサラは間に合わなかったのだろう。つまりセラはすでにダイアナと衝突している可能性が高い。思ったよりも時間が無い事に歯噛みする。


『……あたしはあんたを、あたし達の喧嘩に巻き込んだ。そのうえでこんなお願いをするのは、卑怯で最低かもしれないけど……』


 何かを噛みしめるような気配が伝わってきた。

 言いたくない、すがりたくない、責任を押し付けたくない。そんな無言の訴えがこっちにまで伝わってきた。


「言えよ」


 だからアーサーは背中を押す為に、彼女の言葉を待たずにそう言った。


「何度でも言ってくれ。お前が望むなら、俺はどんな困難も踏破してやる。お前の『ありったけの気持ち(ねがい)』を叶えてやる。お前が押し殺し続けてきた祈りを、俺が届けてやる。だから言えよ。遠慮なんかしないで、俺を頼れ」

『っ……あんたって、ホント……』


 まだ言い淀んでいた気配はあった。

 けれど息を吸う音が聞こえてくると、すぐにサラは涙声で言う。


『お願い……アーサー。あたしのお姉ちゃんを、お姉ちゃんが壊そうとしてしまった世界をたすけて!!』

「ああ、任せろ」


 ダイアナの『接続魔術』は単純だが強い。セラのように遠距離から攻撃するスタイルにも、サラのように近距離で拳を叩き込むスタイルにも対応できる。こちら側で最も彼女に対抗できる力は、アーサーの右手に宿る『魔力掌握(マナフォース・ワン)』の力だ。だからこそ、彼女と決着をつけるべきなのは色々な意味で自分が適任だとアーサーは確信している。


「セラは俺が救い出す。だからサラはレミニア達と一緒に先に地上に戻っていてくれ。セラは絶対にお前の元に送り届けるから」

『でも、あたしだってまだ……ッ!!』

「サラ、お前の魔力は掌握してるんだ。昨日から動き続けてるせいで魔力はもう底をついてるし、体力だって限界だろ。ここは俺を信じて任せてくれ」

『……分かったわ。でも、絶対に生きて帰って来てね』

「ああ、すぐに終わらせる」


 生き残るとも、帰るとも言わずにアーサーは通信を切った。その真意はサラに筒抜けになっているのかは分からない。けれどアーサーがこれから考えている策を伝えていたラプラスには通じていた。


「……本当に良いんですか、これで」


 何が、とは返さなかった。

 この先どういう結末が待っているのか、未来が見えなくても分かっていたから。


「マスターが提案した策では、今のが最後の会話かもしれないんですよ……?」

「ああ、これが最後だとしても後悔は無いよ。これが『担ぎし者』の……俺の使命だ」

「……私はマスターに従いますが、それでも少し、サラさんが不憫です。自分の願いのせいで大切な人が死んだら、サラさんはきっと自分を責めます」

「まあ、フォローは助け出したセラに任せるよ。謝る機会が無いのは、ちょっと悔やむけどね」

「謝って済む問題でも無いと思いますけど。だって皆さん、マスターの事が大好きですから。死んだら悲しみます」

「ああ……俺の方だってそうだ」


 そう認めて、


「だからこそだ」


 それでも決意は揺るがなかった。

 セラは助ければ高確率でアーサーは死に、サラは悲しむ。だからといってセラを助けられなければ、やはりサラは悲しむだろう。そんな選択肢しか残っていないなら、アーサーの答えは決まり切っていたから。





    ◇◇◇◇◇◇◇





 そして今、アーサーはセラを庇う形で立っている。

 丁度昨日、セラを前にサラを背に庇う形で立っていたのに、今はそのセラを背に庇う形で立っている事に奇妙な感覚に陥る。


「それが『担ぎし者』の性ね。運命を担うだけではなく、いつも誰かを庇わなくてはならない。呆れよりも先に憐れみが先に来るわ」

「でも俺はこの生き方に満足してる。……先駆者に"きみが護れ"って言われたんだ。何も失いたくないから、俺はそれに従って戦う。勿論、お前ともな!」


 話してる途中、アーサーは後ろに跳んでセラの頭の後ろ辺りに右手を振るった。何も無いはずの虚空だったが、アーサーが手を振るった瞬間に現れた『空間接続』の穴を即座に打ち消した。


「ナイスアシストだ、ラプラス」

「ええ、感謝して下さい。独走癖があるマスターに付き合えるのは、『未来観測(ラプラス)』を使える私くらいなんですから」


 アーサーが空けた大穴からラプラスが遅れて姿を現す。アーサーはインカムから彼女に警告して貰う事で、『空間接続』の穴が開く前に先んじて動く事ができたのだ。具体的に『空間接続』に対抗できるのはアーサーの右手だけだとしても、ラプラスの『未来観測(ラプラス)』も十分にダイアナの脅威となりえた。二人が協力してダイアナに立ち向かえば、かなり優位に戦闘を進められるのは自明だった。

 しかし。


「ラプラス、セラを連れてこの場から離れろ。ダイアナの相手は俺がするから、セラの避難が済んだら先にクロノの方に向かってくれ」


 アーサーはその優位性を自ら捨てた。自分の戦闘が優位になるよりも、セラとクロノの安否を優先したのだ。

 とてもじゃないが正気とは思えない思考。けれどラプラスは何かを見透かすようにスッと目を細めた。


「……()()を使う気ですね、マスター」

「どっちみち、使わなきゃみんな死ぬ。……セラやサラはこれまで十分に頑張った。アレックス達も今、別の場所で頑張ってる。それなら俺はここが正念場だ」

「……約束は覚えていますね? 『何の意味も無い平凡(42アーマー)な鎧』の使用は厳禁ですよ」

「……善処する」

「嘘をつかなければ良いという訳でもありませんよ……」


 それでもラプラスはアーサーの意志を尊重し、しぶしぶといった感じだが倒れたセラに手を貸して立たせる。だがセラはラプラスの方には見向きもせず、アーサーを睨むように見ていた。


「ふざけるな……」


 奥歯をギリッと鳴らしながら、セラは呟く。


「私を助けるつもりなのか!? 冗談じゃない!! これは私が背負うべき罪だ! アーサー・レンフィールド、お前に介入される覚えはない!!」

「ま、お前ならそう言うと思ってたよ」


 セラに激昂されて、ダイアナの方から視線を外してセラの方を見たアーサーの顔には、笑みが浮かべられていた。それを見てセラの顔がさらに歪む。


「どうして笑うんだ……。どうしてっ、()()()はこういう状況で笑う事ができるんだ!? これ以上関われば死ぬんだぞ、お前はこれから本当に死んでしまうのに、どうして!!」


 それはきっと、目の前のアーサーとすでに死んでしまったホワイトライガーのシロの事を言っているのだろう。

 別に馬鹿にしてる訳じゃない。嘲るのでも、憐れんでいる訳でも無い。それでも笑ってしまうのは、


「……俺には分かってる、お前が戦おうとする気持ちが痛いほど。だから多分、こうして笑えるのはお前が何をした過去があっても、その心が好きだからかな」

「だがこれは私が起こした事でお前達には関係ない。たかだかサラと一緒に行動していたからなんて理由で、なぜここまで体を張れる? サラと一緒だった時間だって、全部合わせたって数ヶ月程度だろう!? 狂ってる、完璧に狂ってるよ、お前はァ!!」


 そう言われて、さしものアーサーもスッと目を細めた。

 これまで何度も言われたその言葉を、今一度噛みしめているようにも見えた。


「……ああ、きっと俺は狂ってるんだろう。自分より他人が大切なんてのは、偽善だって分かってる。……でも、サラに頼まれたんだ。"あたしのお姉ちゃんを助けて"って。俺は答えたんだ。"任せろ"って」


 そもそもここまで来た理由がそれだ。

 サラを悲しませないために、セラを救う。アーサー個人の助けたいという思いがあるのも確かだが、一番の理由はサラのためだった。

 セラを救い、クロノを救い、『オンリーセンス計画』を阻止する。その一つも欠かす気がないから、アーサーはこうして立っているのだ。


「お前が悪いだとか、何をやったとか、そんなのはどうでも良い。お前はサラのためにずっと一人で戦って来たんだ。やり方は間違っていたのかもしれないけど、今だってその償いをしようと命を削って戦ってたんだろ? ……だったらもう良いだろ。一人っきりはもう十分だろ。サラを思う気持ちがあるならそれだけで良い。誰かを守りたいって思えるなら―――お前も『ディッパーズ』だ」


 そしてアーサーはポケットから『言語』のバベルの『魔神石』を取り出してセラに押し付けるように渡し、それから改めてダイアナの方に向き直る。


「サラを……俺の仲間と世界を頼む」

「……信じるのか? お前を殺そうとした私を!?」

「勿論。お前になら託せるって信じてるからな。ラプラス、行ってくれ」


 セラはまだ何か言いたそうな顔をしていたが、このまま残れば邪魔になってしまう事を理解する冷静さは残っていた。苦虫を噛み潰したような表情で、睨むようにアーサーを見ながらラプラスに引きずられるように集束魔力砲で空いた穴から闘技場の外へと出て行く。

 残された二人は睨み合ったまま、アーサーの方から口を開く。


「……今の会話の最中、攻撃して来なかったのは手心なのか?」


 アーサーはラプラスの指示で攻撃を先んじて潰す事ができるのは証明していた。だとしても、それがアーサーの対処が追い付かない量と速度で行えば有効だ。ダイアナがそれに気づかない訳がないと思ったアーサーは、半ば無意味だと知りながらそう質問した。それにダイアナは首を左右に振りながら答える。


「いいえ、あなたの考えを私も聞いてみたかっただけよ。でも分かった事は、やはりあなたが異常者という事だけだった。助ける相手を悲しませ、仲間を裏切り、自ら死へ向かう。なんて身勝手な行いだとは思わないの?」


 当然、思っている。

 そのうえで、


「身勝手でも良い、それで誰かを救えるなら」


 アーサーは答えた。

 もしこれを仲間達が聞いたらどう思うのか、その疑問からは全力で目を背けながら。


「……私はあなたとの戦いを遠ざけようとしていたけど……正直、最初からこうなると思っていたわ。あなたがどんな道を辿るにしろ、最後には必ずこうなると」


 そう言われて、アーサーは僅かに目を細めた。


「……つまり、関係無かったって言いたいんだな? 俺がセラを倒していようが倒せていなかろうが、『オンリーセンス計画』に気づこうが気づかまいが、最後にはこうして対面してたって訳か……」


 今更言われても後出しのような言葉だったが、アーサーはダイアナの言葉を信じた。思えば彼女は最初からアーサーを危険視していた。つまり本当に、この状況が見えていたのだと。


「だけど俺も……分かってた。お前と最後に戦うのは俺だって」


 ダイアナに対抗した訳じゃない。今までも、アーサーはいつもそうだった。常に自分が戦うべき相手を嗅ぎ取る嗅覚に長けていた。

 アーサー・レンフィールドとダイアナ・ローゼンバウムは根本的な部分で似ている。互いに知識に取り憑かれ、未来を見通す力を持っている者同士だから。


「ええ、でしょうね。だけどあなたは私の事を何も知らない。でも私はあなたの事は一通り調べたわ。『ジェミニ公国』での魔族殺し、『タウロス王国』でのドラゴン破壊、『アリエス王国』での防衛戦、『ポラリス王国』での『新人類化計画』、『リブラ王国』での立てこもり事件、そして今回……。あなたはどの事件でも多くの他者を助けるために行動し、結果あなたの行動で多くの人命が救われた。確かに世の中には自らの危険を顧みず、他者を救おうとする善人がいるわ。……()()


 ピッ、と。

 まるで糾弾するように、ダイアナは人差し指をアーサーに向けて。


()()()()()()()()()()()()()()


 まずい、とアーサーは直感的に思った。

 似た者同士だからこそ、次の言葉が鋭利なナイフのように自身の心を抉る確かな予感があった。

 だがアーサーが制止を呼びかける前に、ダイアナは決定的な一言を口にする。


「あなたは助けられなかった者達から許しを貰うために戦っている。それは妹だったり、母親だったり、恩師だったり、友人だったり。あなたは誰かを助けたいんじゃない、自分が助かるために戦っている偽物よ」


 ぐらり、と。

 意識が揺らぐ。

ありがとうございます。

という訳で、ダイアナとの直接対決が始まりました。次回はアーサーとアレックス、双方の戦いに触れていきます。

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