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村人Aでも勇者を超えられる。  作者: 日向日影
第二章 奪われた者達と幸せな贈り物
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22 体内魔力と自然魔力と忍術と

 それからアーサーはアレックスの反撃を受ける前に、逃げるように外に出て結祈の後を追う。すると思ったよりも立ち直りの早かったアレックスが赤くなった鼻を抑えながら玄関口で叫ぶ。


「テメェアーサー! 後で覚えてやがれよ!!」

「発言が三下だぞアレックス。せめて覚えて貰えるような事を言え」

「二人っていつもこうなの……?」


 その言葉からは明らかな呆れが感じられた。

 流石にやり過ぎたかと若干焦るが、それは杞憂に終わった。結祈がすぐに破顔したからだ。


「ごめんごめん。別に責めてる訳じゃないよ? ただ少し羨ましいと思って」

「羨ましい?」

「言いたい事を言い合って殴り合いまでできる友達なんて、ワタシにはいなかったから」

「……姉妹とかもいないのか?」

「後で紹介するけど、お姉さん代わりの人はいるよ。だけど喧嘩とかはしないかな……」


 哀愁を帯びた結祈の表情に、アーサーは何も言う事ができなかった。

 近くに町があるのに、わざわざ森の中で暮らしている時点で複雑な事情があるのは何となく分かっていた。ただその事情は踏み込んで良いものなのかダメなものなのか、判断する事ができない現状では突っ込んで聞く訳にはいかないのだ。


「そういえばアレックスの方はおじいちゃんと二人っきりだけど、マズかったかな?」


 ただ当の本人はもうあっけらかんとしていた。そうなるといつまでもアーサーの方だけが暗い顔をしている訳にはいかないので、平静を装いつつ言葉を返す。


「いや、何だかんだ話は合うと思うぞ? あいつは常識人に飢えてたからな」

「アーサーは常識人じゃないの?」

「自称常識人、はたから見ると異常者らしい。アレックス談だけどな。まあその辺りは自分じゃ分かりにくいから何とも言えないし、全く気にもならないけど」


 結局のところ、本人がいくら訴えたところで個人の評価は他者からの客観でしかないので、当事者にはどうしようもない。

 例えば道端にゴミが落ちていたとして、好意で拾ってゴミ箱に捨てるとしよう。最初からその光景を見ていた人には良い評価を与えられるかもしれないが、途中から見ていた人にとっては自分で出したゴミを自分自身でゴミ箱に捨てているようにしか捉えられない。

 そんなものだ。世界はそうして回っている。そして意識的にしろ、無意識にしろ、誰だって他人から張られるそんなレッテルを気にして生きている。集団で生きる人間にとって、それは何よりも優先される事だ。人に好かれたい、褒められたいと思うのは当然の事なのだ。

 だからそれを気にしないと言っている辺りが、アーサーの異常性を表しているのかもしれない。


「……そうだね、例え傍目から見れば間違いでも、自分が正しいと思ってれば良いよね」


 そんな風に言ってしまえる結祈の心境をアーサーには計れない。

 だってその言葉は解釈によっては、とても危険なものになるのだから。


「……それで? わざわざ外に出てする話って何なんだ?」


 だから意図的に話題を逸らした。質問の内容も至極当然の事なので、特に何の疑いをかけられる事もなくスムーズに話は進む。


「アーサーが家の周りでエネルギーを感じたって言ったでしょ? その事についてちゃんと説明しようと思って」


 あっ、と間の抜けた声が出た。

 正直その事をほとんど忘れていた。アレックスとのいざこざや結祈の事を考えていたとはいえ、何とも不甲斐ない。


「もしかして忘れてた?」

「うっ!? い、いやいや忘れてないぞ! ちょっと色々とあれがこうなってそうなったから間の抜けた声が出ただけで、断じて忘れてはいない!」

「あはは……アーサーって嘘とか下手?」

「……別に嘘って訳じゃないんだけど」

「別に責めてる訳じゃないよ。それに本当に忘れてたならそっちの方が都合が良いしね」

「?」


 なかなかに不思議な話だった。わざわざ祖父に許可を貰うような重要な話、それもアーサーが言い出した事を忘れていたのだ。小言の一つや二つは覚悟していたのが拍子抜けだった。


「単刀直入に言うとね、アーサーが感じたものは魔力なんだよ」

「……は? いや、それは有り得ないだろ。アレックスは何も感じてなかったんだぞ。魔力感知もできない俺の方が魔力を感じ取れるなんて……」

「あそこに満ちてるのは普通の魔力じゃないからね。魔力感知で感じ取れるのはあくまで体内魔力だけで、自然魔力までは感知できないはずだから」

「自然魔力……?」


 聞き覚えのない単語だった。

 長老からも聞いた事がないし、本で読んだ事もない。

 アーサーの困惑は結祈にも伝わっていたのだろう。


「まず大前提に通常の魔術の発動からおさらいしよっか」


 急に長老以来の魔術講座が始まった。


「通常、魔術使いは体内魔力を使って自身の魔力適正に合った魔術を発動できる。ここまでは良い?」


 アーサーはこくりと頷く。それは魔術を使う上での基本事項だ。長老からも魔術を教わる際に一番最初に教わった事だった。

 アーサーの反応を確認すると結祈は話を進める。


「ただ魔力っていうのは人や魔族、獣みたいな動物だけじゃなくて石や木、大地や大気みたいな自然物全てに備わってるの。生物じゃない魔石とかをイメージすると分かりやすいかな」

「それが自然魔力なのか? でもそれって常に身の回りにあったって事だろ、俺は今まで自然魔力なんて感じた事はないぞ?」

「それはあの場所の魔力濃度が濃かったからだよ。アーサーだって魔力感知が無くても、魔術を使われた時は相手の魔力を感じ取れるでしょ? あれは体内にある魔力を開放する事で魔力濃度が上がってるからなんだよ」

「……」


 結祈の言う通りだった。あの日、莫大な魔力を何の疑問もなく長老のものだと断言できたのは、普段の手合わせの時に長老の魔力の質を感じ取っていたからだ。そうでなければ魔力感知の無いアーサーに魔力で人を識別できる訳がない。


「……つまり、あの場所じゃ自然魔力を使った魔術が使われてるって事か?」

「うん、ワタシ達は忍術って呼んでるけどね。おじいちゃんが人払いの結界と野菜の成長促進の忍術を使ってるよ」

「ん? 忍術???」

「ワタシの祖先が忍者ってものらしくて、自然魔力を使った魔術はそう呼ばれてるの。まあ名称の差異でしかないからあんまり気にしなくて良いよ」


 自然魔力や忍術と呼ばれるものの存在について、当然の驚きはあった。

 けれど話はここで半分。アーサーにはどうしても聞かなくてはならない事があった。


「それで、話してくれたのは嬉しいんだけど何でわざわざ外に? 実際に見せた方が早いって言ってたけど、今の説明でも十分に理解できたぞ?」

「普通は受け入れがたいものなんだけどね……」


 あはは、と乾いた笑いを浮かべた後、結祈は先程とは違って真剣な顔になった。アーサーもその気配に中てられて背筋が伸びる。

 一つ間をおいて、結祈はゆっくりと唇を開く。


「アーサーにね、この忍術を教えようと思ったの」

「………………え?」


 一瞬、思考が止まった。それほど結祈の言葉は衝撃的だった。外に出た理由だって、てっきり実演してくれるんだろう程度にしか考えていなかった。


「待ってくれ、それは話が繋がらない。俺は自然魔力ってのを感じただけだ。お前にそこまでしてもらう理由はないはずだ」

「そうだね。確かにワタシには道理は無い。でもね、自然魔力はアーサーを選んだんだよ」

「選んだ……?」


 アーサーの疑問に一つ頷くと結祈は続ける。


「いくら魔力濃度が高くても、普通は自然魔力を感じ取れるようになるのに一年以上の修行が必要なの。ゆっくり時間をかけて、自分が自然魔力に受け入れて貰えるように。そして受け入れて貰っても、アーサーみたいに違和感を拭えるようになるには数日から一週間はかかるはずなんだよ。それをアーサーはものの数十分で到達した。それは自然魔力がアーサーを望んでるって事なんだよ。だからワタシはアナタに教えたいと思ったの。アーサーがこれからどの方向に進むとしても、きっと自然魔力はアーサーの力になってくれるはずだから」

「……」


 不思議な話だった。

 普通、魔力には使うという表現が使われる。それは人が魔力を便利な道具として見ているからだ。それなのに目の前の少女は『受け入れられる』という表現を使った。つまり結祈の認識では、人は魔力を使わせてもらっている立場なのだ。


「俺は……」


 だから何となく、アーサーにも思う事があった。


「俺は魔力がロクに無くて、力が欲しかった時にそれが分かって絶望したりもした。力が無くて歯痒い思いをした事もあるし、力が欲しいと何度も思った。こんな強欲な人間が自然魔力なんていう壮大なものに認めてもらえるなんて何かの手違いなのかもしれない」


 言葉が溢れる。それは魔力が無いからこその言葉で、魔力から縁遠い者だからこそ吐き出せた思いなのかもしれない。


「それでもやっぱり、力が欲しい。大事な場面で大切な人を守れるように。だから俺の方から頼む。俺に忍術を教えてくれ」


 当たり前のものを持っていない。人はたったそれだけで心のどこかに穴が開いてしまうほど脆いものなんだろう。だからその穴を埋めたいと思ってしまったアーサーを、誰が責められるというのか。

 結祈はアーサーの言葉を聞いて、どこか納得したような顔で頷いた。





    ◇◇◇◇◇◇◇





 そうして結祈による忍術講座が始まった。


「さっきも言った通り、通常の魔術は体内魔力だけで魔術を使う。だけどワタシ達、忍は体内魔力と自然魔力を練り合わせて魔術を使う。これを忍術って呼んでるの」

「それは何が違うんだ?」

「色々と違うよ。まず魔力消費を劇的に減らせる。通常は半々、錬度が増せば威力は同じでも体内魔力の消費は一割以下で済むようになるし、忍術は魔力適正に依存しないよ。まあ魔力適正に合ってる方が使いやすいのは確かだけどね。アーサーの魔力適正は?」

「魔力適正か……」


 少し考えてしまう。一応長老に魔術を習う時に調べたはずなので知ってはいるはずだが、いかんせん魔術と関わりが無かったのでいまいち思い出せない。

 必死に頭を捻って考えると辛うじて思い出せた。


「『無』と『風』……だったはず?」

「疑問形の辺り本当に魔術と縁が無かったんだね……。まあ『風』は想像しやすいから比較的簡単だよ。早速やってみよっか」


 そう言うと結祈は手のひらを上に向けて前に出した。


「基本は魔術と同じでイメージが大事で、風が手のひらに渦のように集まるのをイメージして」


 聞きながら結祈の手のひらを凝視する。すると次第に結祈の手のひらが不規則に歪んで見えるようになった。魔力の風が集まってきているのだろう。アーサーにも結祈の手のひらから魔力を感知できるようになっている。


「これが『旋風掌底(せんぷうしょうてい)』。『風』系統の忍術なら一番基本のものだよ」

「それはどういった魔術なんだ?」

「簡単に言うともの凄い力で押すって感じかな? クマくらいなら簡単に吹き飛んでいくよ」

「……お前が普通にクマと戦ってる方がびっくりだよ」


 とりあえずアーサーも実践してみる事にする。結祈のように手のひらを上に向けてイメージしてみる。しかしどうにも上手くいかない。最初から上手くいくとは流石に思っていなかったが、魔術を使う機会がほとんど無かったのが影響しているのかもしれない。


「アーサーは魔力がほとんどゼロって言ってたけど、魔術は何も使えないの? 一応『無』の適正はあるんでしょ?」

「一応『何の意味も無い平凡な(42アーマー)鎧』っていう魔術が使えるけど、ほとんど使えない魔術だからまったく使わないな」

「どんな魔術か聞いても良い?」

「魔力消費に応じた身体強化だよ。まあ大体一パーセントくらいの強化かな?」


 自嘲気味に笑ったアーサーとは対照的に、結祈は驚いた顔をしていた。


「それって凄い魔術なんじゃ……」

「まあ魔力が大量にあればね。俺の魔力量じゃ……」

「そうじゃなくて自然魔力。アーサーが忍術を極めれば、魔力消費のほとんどは自然魔力で補えるようになるから、十分使えるものになると思うんだけど……」

「……あれ? そうなるのか?」


 といってもあくまで極めればの話なので今は関係ない。忍術に対するモチベーションが一つ上がった所で、本題に戻る。


「話が逸れちゃったけど、言いたかったのはイメージの話。アーサーはその魔術を使う時にもちゃんとイメージをしてるはずだよ。それを基盤にしてイメージするのが一番効率が良いはず」

「といっても『何の意味も無い平凡な鎧』は魔力を支払った恩恵ってイメージなんだ。魔力が集まるイメージってのは縁がないんだ」

「……ちょっと手を貸して」


 結祈はアーサーの話から少し考えるとアーサーの手首を掴んで、手のひらの中心に人差し指を乗せる。


「ゆ、結祈!?」

「集中して」


 とは言ったもののアーサーには女性経験はほとんど無い。触れる機会があったといえばアンナや妹達くらいだ。あって間もない少女、それもアーサーから見てかなり可愛い少女にいきなり触れられたりすればドギマギだってしてしまう。

 けれど真面目に忍術を教えようとしてくれている結祈に対していつまでも動揺しているのは失礼だと思った。だから必死に感情を押し殺して手のひらに意識を集中する。

 結祈が人差し指で渦巻を描くようにゆっくり動かす。


「この人差し指の動きに合わせて魔力を集中させて。最初はゆっくり、ちょっとずつ早く渦を形成していくイメージを―――」

「……」


 集中するにつれ、結祈の言葉がどんどん遠くなっていく感覚があった。その代わりに自然魔力を今までの比ではないくらいに近くに感じる。

 感じるエネルギーを巻き取るようなイメージで結祈の指の感触の残る手のひらに集めていく。


「っ!?」


 そしてその時は突然来た。アーサーの手のひらが先程の結祈と同じように不規則に歪んで見えるようになった。


「やったよアーサー! それを維持したまま木に向かって撃ってみて!」


 言われるがまま、近くにあった木に手のひらを押し付ける。

 その瞬間、バンッ!! と重たい音が響いた。

 手を押し付けただけだった。たったそれだけの動作のはずなのに、アーサーの手のひらから生まれた衝撃波が木の幹に手のひら大の穴を穿った。


「これが忍術……」

「そうだよ、錬度が上がればもっと威力が出せるようになるけど、初めてでこれなら上々だよ」


 今までの人生で初めてまともに撃った魔術。言葉にできない感慨深さと同時に、恐ろしさも感じていた。

 もしもこの威力を人にぶつけてしまったら? そう考えると背筋が凍る。今までは自分は使われる側で、村で中級魔族と戦った時も抱かなかった感情だった。

 使うか使われるか。そしてその力をどう使うのか。

 殺人鬼が使う包丁と料理人が使う包丁が違うように、魔術も使う人間の心が問われるのだという事をしみじみと感じた。


「じゃあ感触を覚えてる内にもう一度やってみよっか」

「わ」


 かった、と続けようとしたところでアーサーの体が地面に倒れた。力を入れても金縛りにあったように体は動かない。この症状をアーサーは知っていた。かなり前に長老に対して無理な『何の意味も無い平凡な鎧』の使用をした時と同じ症状。つまり……。


「……もしかして魔力切れ?」

「……ごめん、そうみたい」


 付き合ってもらってこの有り様は申し訳ない気持ちになる。しかし結祈は嫌な顔一つせずにアーサーの傍らに腰を下ろす。


「ごめんね」

「?」

「魔力が少ないって聞いてたのに無理させて。つらいよね?」


 ……何と言うか、申し訳なさが増すとともに、とても温かい気持ちになるのを感じた。


「それは結祈が謝る事じゃないだろ。教えて貰ってるのは俺の方なんだ。少し休めば歩けるくらいには回復するし大丈夫だよ」


 だから違うと伝えたかった。目の前の優しい少女に、お前は何も悪くないんだと伝えたかった。

 アーサーの言葉で、結祈は少し驚いた顔をした後、ふっと軽く笑った。


「その恰好で強がられても説得力ないよ?」

「……それは言わないでくれ」

「膝枕でもしてあげよっか?」

「そういうのは好きな人ができた時にやってやれよ」


 そんな軽口を叩き合いながら、アーサーが動けるようになるまでしばらくそんな時間を過ごした。

ありがとうございます。今回は忍術という新しい魔術の手法を登場させました。まともな魔術を撃てたアーサーの心情は、今までできなかった逆上がりが生まれて初めてできた時のような感動を思って頂ければ。ちなみに私は小学生の時、一度も出来ませんでした。

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