224 罪滅ぼしのその先へ
城の中に甲高い靴音が響く。セラ・テトラーゼ=スコーピオンが真っ直ぐ向かった先は、アーサーとサラとの戦闘でボロボロになった不死鳥のいた闘技場だった。
そこへ辿り着くと、アーサーが集束魔力砲で空けた大穴から少し離れた場所に、ダイアナ・ローゼンバウムはまるで何かを待つように立っていた。セラはそれを確認して、彼女へと近づいていく。
ある距離まで近づいた所でダイアナがようやく動いた。
「意外ね。最初に来るのはアーサー・レンフィールドだと思っていたんだけど」
「どこかで聞いたような台詞だな」
元は同じ立場にいたとはいえ、今はもう別離した相手だ。わざわざ長話をする理由は無い。セラが軽く手を挙げると、アーサーと戦っていた時のようにどこからともなく大量の剣が飛んで来て、その切っ先をダイアナに向けて静止した。
「私達が始めたことだ。私達だけで終わらせよう」
「いいえ、終わるのはあなたの夢だけよ」
呼応するようにダイアナも同じように軽くて手を挙げた。その瞬間、ダイアナのすぐ傍に上下に空間が繋げられた穴が展開され、その中を延々と剣が落ち続けて加速していく。そして一つだけダイアナの方に向けた小さな穴を手元に展開し、そこから落下の力で限界まで加速させた剣がセラに向かって真横に突っ込んで行く。
だがセラは冷静に右手を前に突き出し、『武器操作』の力によってまごうことなき武器である剣を空中でピタリと止めて主導権を簒奪し、一八〇度反転させて今度は逆にダイアナへと向ける。ダイアナはそれを『空間接続』の魔術の穴を使ってどこかへと飛ばした。
「なるほど。あなたの『武器操作』は私の武器にも適応されるのね」
「使っている魔術こそ根本から違うが、私達は同じ攻撃手段を取っているんだ。簡単には倒されないぞ」
「ええ、普段なら確かにそうでしょうね。だけど純粋な魔術戦において魔力量の差は決定的よ。アーサー・レンフィールドと戦って疲弊しているあなたでは私に勝てない。死ぬと分かっていて本当に続けるの?」
中にはアーサーのような例外がいるが、基本的にお互いの魔術をぶつけ合う魔術戦では魔力量がものを言う。魔力の属性も関係してくるが、それだって魔力量が多ければカバーできる。例えばかつてアーサーが青騎士に押し付けた、使えば使用者が確実に死ぬ『世界で一番無意味な命』も、青騎士は膨大な魔力でその能力を押し潰した。膨大な魔力と才能が必要だが、魔法を使えれば世界の法則だって覆せる。この世界は元から魔力で全てを決められるようにできているのだ。
「……許されないと思っていたんだ」
世界の法則に従い、絶対に勝てないと分かっている戦いに向かおうとするセラは、薄い笑みを浮かべながらそう漏らした。
「妹を守るためとはいえ、私は妹を追放して親を殺したと嘘をついた。何度もあいつを傷つけ、欺き、ずっと辛い思いをさせてきた」
それを救ったのはアーサーで、自分はサラを追い詰めただけだと分かっている。アーサーはその想いだけは間違いではないと言っていたが、彼女自身は全てが裏目に出た失敗だと思っている。今からやる事だって、本当に正しい事なのか自信は無い。
それでも、彼女はやはり笑っていた。
「だからこれは罪滅ぼしなんだ。勘違いをするなよ、ダイアナ。私は残ってしまった命を使い切るために、今ここに立っているんだ」
「そのせいで、二度と最愛の妹と会えなくなると知っていても……?」
「あいつにはアーサー・レンフィールドがいる。それだけでサラは幸せなはずだ。私の居場所はそこに無い」
「なら後腐れは無いわね? これで容赦なく殺せる」
ドッッッ!!!!!! と同時に大量の剣が両側から射出された。
武器を操り飛ばして攻撃し、止めて防御するセラ。
武器を射出し、敵の攻撃は別の場所に飛ばすダイアナ。
戦闘手段において、互いに有利不利は無い。だから残りの魔力の少ないセラの方が不利なはずだった。それなのに、蓋を開ければ両者の実力は拮抗していた。それは別に精神論ではなく、単に後の事を考えて魔力を温存して戦う選択をしたダイアナと、ここで命を使い切るつもりで死力を尽くすセラの覚悟の差が、歴然だった今の二人の力を拮抗させているのだ。
(まだだ!! まだ、もっと! 命を燃やせ!! 全てを魔力に変えて、ヤツを倒すんだ!!)
右手はダイアナの方に突き出したまま、左手は掌を上に向けたまま何かを持ち上げるようにくいっと上にあげる。それに合わせてダイアナの足場が砕け、それが石の礫となってダイアナに襲い掛かる。
だがダイアナはそれに反応する。石の礫が向かって来る射線上に『空間接続』の穴を展開して全て防いだ。
「お返しよ」
セラの動きに対抗するためか、ダイアナはマウスをクリックする時のように人差し指をくいっと動かした。今度はセラの頭上に穴が開き、そこからサラが操っていた石の礫が降り注ぐ。
「チィ!!」
奪われたといっても、元はセラが操っていた武器だ。すぐに止める事はできた。
だが、その一瞬の隙がセラの明暗を分けた。頭上に意識を裂いている間に、ダイアナの操る剣への対処が間に合わなくなったのだ。
(くッ……こんな中途半端で終われるか! せめてあいつらが逃げる時間位は稼がないと……ッ!!)
飛んでくる剣の主導権を奪う時間は無い。だからセラはすでに掌握している剣が当たる事を祈って適当に飛ばし、自らも剣を取って迎撃にあたる。
だがダイアナの勝利は揺るがない。別におかしい事ではない。初めから約束されていた勝利へ向かっているだけだ。飛ばした剣では迎撃しきれなかったダイアナの剣が数本、セラに向かって行く。それを手に持つ剣で迎撃するが、物量に押されてセラの方が弾き飛ばされてしまう。倒れたセラに向かって、ここぞとばかりにダイアナは剣を飛ばす。
そうして、セラが絶命する数秒前。
まさに、その時だった。
ゴゥッ!!!!!! と。
莫大な閃光が、二人を分断するように闘技場の壁を突き破って剣を飲み込むように放たれた。
そうして、生まれた穴から。
右手を前に突き出した少年が、こちらに踏み出して来た。
「……なるほど。結局、ここまで来たのね」
その少年の登場に、ダイアナの余裕が消えた。明確に焦っている。攻防一体の『接続魔術』を扱い、今まさにセラを追い込んでいたダイアナは、たった一人の少年の登場に最も心を動かしていた。
「ふぅ……やっと追いついたぞ。ギリギリ間に合ったよな?」
その少年には分かっていた。この場に来る意味、この戦いの果てに待っているであろう結末。
ダイアナの登場。
クロノの関与。
『スコーピオン帝国』の浮上。
それらの情報を得る度に、死の予感が強くなっているのを如実に感じ取っていた。ラプラスのように未来を観る事ができなくても、おそらくこの戦いがどんな結果に辿り着こうと、自分は決して明日には向かえないと。
この『スコーピオン帝国』とそこに住む人々を守るために選んだ方法が、決してそれを許してはくれないと。
「覚悟決めてるところ悪いんだけど、アンタを死なせる訳にはいかないんだ。……あいつが悲しんでる姿は、ちょっと見てられないからな」
それでもここに来た。
アーサー・レンフィールドはそうやって、当たり前の事のように、誰かを救うために拳を握って歩いて来たのだから。今回もそれは揺るがなかった。
「お前……レンフィールド!? 何故逃げていないんだ、この国はもう終わりだぞ!! またいつもの自己犠牲か? いい加減にしろ!! 結局お前は、他人のために命を削る生き方しかできないのか!!」
「お前だって、折角サラと会ったのにまた背を向けてここまで逃げて来たんだろ。いい加減にしろってのはこっちの台詞だ。サラのヤツ泣いてたぞ、あれ」
やがてアーサーはセラの前に辿り着く。そこへ辿り着こうとしても、辿り着けなかった少女の代わりに。
「サラにはお前が必要なんだ。だからお前にはここから生きて、あいつの元に帰る義務がある。どんな言葉を吐かれたとしても、絶対に逃げたらダメなんだ! 今度こそお前は正面からサラと向き合わなくちゃいけないんだ!! そこに障害があるっていうなら、俺が全部ぶち壊す。お前とサラが再開できるなら、ここで命を懸けても良い!!」
明らかに普通の少年には備わっていない異常性。それを自覚して背負っている『担ぎし者』は、セラに言いたい事を言って視線をダイアナの方へ移した。
「ここまでだ。ここまでが、お前の罪滅ぼしの分」
言いながら、アーサーはセラを背中に庇う形でダイアナの方へと一歩踏み出す。
まるで線引きするように、セラを置き去りにして右手を強く握り締めながら叫ぶ。
「ここから先は、俺の戦いだ!!」