222 『ディッパーズ』 V.S.『機械歩兵』
ただ雪崩れ込むだけで、七人を押し潰して祭壇へと届く物量だった。
だが、あと数メートルが届かない。
たった七人の門番が、そこから先へは進ませない。
アーサーは集束魔力剣で。
アレックスは雷を纏わせた直剣で。
結祈は双剣と忍術で。
サラはホワイトライガーの四肢で。
シルフィーは数多の魔術で。
レミニアは『空間魔法』の応用で。
ラプラスは『未来観測』と二丁の拳銃で。
例えばレミニアが『転移魔法』で剣を振るっているアレックスの目の前に『機械歩兵』を移動させて切らせたり、結祈がシルフィーが放った風の魔術に火の魔術を加えて広範囲を焼き払ったり、サラの背後から迫る『機械歩兵』の顎の下からラプラスが放っていた弾丸が撃ち抜いたり、『ディッパーズ』は目の前の敵に集中しつつ祭壇とお互いを守りながら、迫りくる『機械歩兵』を一体も通さず蹴散らしていく。
その状況にしびれを切らしたのか、傍観していただけのセラが操る機体が動いた。彼女の個人的な感情なのか、それとも一番防御の薄い場所を狙ったからなのか、ダイアナはアーサーの守る場所に向かって飛んで来た。伸ばしてきた腕を集束魔力剣で受け止めるが、やはりユーティリウム製の装甲は斬れない。
『そこを退きなさい!!』
「退くわけ無いだろ、世界は終わらせないって言ったはずだ!! アレックス! 結祈!」
名前を呼ばれるだけで、二人はアーサーが何を求めているのかを理解した。アーサーが後ろに伸ばした右手に向かって、アレックスは雷弾、結祈は炎弾を放つ。それはエクレール戦と同じように、『魔力吸収・反攻適合』を使うためだ。
雷と炎を掌握した右手で再び剣の柄を握ると、集束魔力の刀身に雷炎が纏わっていく。
「解放―――『雷炎』!! 『ただその祈りを届けるために』ッッッ!!」
ただの集束魔力剣ではユーティリウムの装甲は破れない。
けれど、雷炎でブーストした集束魔力剣なら話は違った。先程までの拮抗が嘘のように、いとも容易くダイアナの操る機体を両断した。
地面に落ちた上半身、そこに付いている顔の目の光が点滅していた。
『……あなたは、知らないから……そんな事が……』
最後にそれだけ声を発し、光は完全に消えた。
それとタイミングを合わせた訳ではないのだろう。だがほぼ同時に周りの『機械歩兵』も糸を切った操り人形のように、いきなりその場に崩れ落ちた。一瞬こちらを油断させるための策かとも思ったのだが、本当に動きが止まってしまったようだった。
「……セラの方も上手くいったみたいだな」
集束魔力剣を短剣に戻してウエストバッグに仕舞いながら、アーサーはどっと息を吐いた。まだ全てを解決した訳ではないが、それでもずっと張り詰めていた緊張を解いたのだ。
「それで、これからどうするの? セラならこの浮いた『スコーピオン帝国』を安全に下ろせるの……?」
ただサラはまだ安心していなかった。目下最大の問題の答えをアーサーに問いかける。
「考えはある。レミニア、お前の『転移魔法』で上にいる人達を全員下に移せるか?」
「え? それは……可能です。一ヵ所に集められれば一度に移動できます。ですが、根本的にこの国をどうこうする事はできません」
「分かってる、だから二手に分かれるぞ。俺とラプラスとサラはセラと合流して、この浮いた『スコーピオン帝国』をどうにかする。他はこの国にいる人達を安全に避難させてくれ」
「本当に行くんですか? 兄さん達も私達と一緒に逃げた方が……」
「まだ『オンリーセンス計画』を止めた訳じゃない。クロノは助けてないし、セラとだって合流しないといけない。どっちみち行かないと」
あるいは彼自身が行きたかったのかもしれない。それは口には出さなかったが、彼自身は理解していた。心の中で深く、ダイアナ・ローゼンバウムに会わなければならないと思っていたからだ。
アーサーは祭壇を退かして地下へと通じる階段をあらわにした。
「アレックス、シルフィー、レミニアは今すぐ避難の準備を。結祈はちょっと力を貸してくれ」
「あ、ちょっと待って下さい、兄さん。その右手で『転移魔法』を保存できますか?」
「? まあ、多分できると思う。でもそれがどうしたんだ?」
レミニアの確認に頷くと、レミニアは魔力を練りながらアーサーの右手を両手で包み込んだ。
「兄さんは間に合いそうにないので、これで脱出して下さい。『魔の力を以て世界の法を覆す』」
ズッッッ!! と右手にレミニアの『転移魔法』が流れ込んで来た。一回だけだが、これでアーサーは疑似的に魔法が使えるようになった。とはいえ気絶などして右手から意識が途切れれば、それも使えなくなってしまうが。
「ありがとう、レミニア。気絶しないように頑張るよ」
「……できれば、使わないで間に合って下さいね、兄さん」
念を押すように言い残して、レミニアはアレックス達に続くように教会の外に向かった。そして力を貸してくれと言われた結祈はアーサーの後ろに付いて下に降りる階段に近づく。
「結祈、この中の構造が分かるか?」
「……うん、凄い複雑だけど道順は分かるよ」
「教えてくれ。ラプラス」
「はい、私が覚えて『未来観測』の情報源にします」
三人で話を進めていく後ろで、サラが声をあげた。
「それなら結祈に付いて来て貰えば良いじゃない。それなら覚える必要はないわ」
「ダメだ。結祈の自然魔力感知は人を探すために使って貰わないと。だからラプラスが覚える」
「……でも、それならラプラスだって救出に回った方が良いんじゃ……」
「それもダメだ。ラプラスにはまだ役目がある。それは結祈じゃできない事だ」
「それって……」
「この国を安全に下ろす方法を考える手伝いをして貰う。良いよな、ラプラス」
「はい、任せて下さい」
それはアーサーなりに最善だと思っての決断だろう。だが視界の端で結祈が自分よりラプラスを頼りにしているアーサーの言動にムスッとしている事に、馬鹿野郎は当然のように気づいていない。それどころか馬鹿は催促する。
「それで、中はどうなってるんだ? 時間がないから早く教えてくれ、結祈」
「……それは、教えるのは良いけど……根本的にこの中に人はいないよ? 本当にセラはこの中に入って行ったの?」
不機嫌になりつつ答えた結祈の言葉に、アーサーはしばしの間声を失ってしまった。
「……待ってくれ。だって、あいつはここが唯一の入口だって……」
「マスター、それが本当の事だという根拠はあるんですか? そもそも、入口が一つでも出口が別に用意されていた可能性は? ここはセラ・テトラーゼ=スコーピオンの庭ですよ。私達やダイアナ・ローゼンバウムの裏をかいて行動するのは容易いはずです」
「……じゃあ、セラはどこに行ったんだ……?」
その呟くような疑問には、結祈が自然魔力感知に集中して結論を出す。
「……城の方にセラの反応があるよ。多分、ダイアナ・ローゼンバウムの方に近づいてる」
「っ!? まさか、あいつ一人で片を付けるつもりか!?」
「……多分、そうだよ。どこかの誰かにそっくり」
それが誰を差して言っているのかは分かっている。でも『ディッパーズ』を組織した今は違うと断言できる。
だからこそ、自分に似た彼女の決断が間違いだと伝えなくてはならない。
「すぐにセラのいる場所に向かうぞ、サラ、ラプラス!」
振り返りながら叫んで気づいた。
そこにいるべき人物が、一人いなかったのだ。
「……ちょっと待て。サラはどこに行った……?」
「……大変、アーサー。サラが一人でセラの元に向かってる! それも凄い速度で、多分ハネウサギを使ってる!!」
「なっ……!?」
ここに至るまで、誰も気づけなかった。セラの行方にばかり気を取られて、アーサーはおろか結祈もラプラスもその行動を予測できなかったのだ。
「ああもう! 姉妹揃って勝手すぎる!!」
「マスターが言うと自分を棚に上げてる感が凄いですね……」
言い合いながら、アーサーとラプラスは再びとなる城の方へと走り出す。速度ではサラに絶対追いつけないが、こちらにはラプラスがいる。最短の距離でセラが通るルートに先回りできるはずだ。
「アーサー!」
ただ走り出して一歩目で、結祈がその背中に向かって叫んだ。こんな時だというのにアーサーは思わず足を止めて振り向いた。
「何だ!? できるだけ短く頼む!!」
焦ったまま催促したが、結祈の様子がどうも変だった。何かを言いたいのに上手く言語化できないような、そんなもどかしさすら感じた。
「……アーサーはまた、危険に飛び込んでいくんだね……」
「結祈……?」
「俺達が『ディッパーズ』だって言ってくれたのは嬉しかった。でもやっぱり、最後はアーサーが行くんだね。ダイアナも、クロノも、世界も全部救うために命を懸けて……」
アーサーに話しているようで、まるで自分に向かって言い聞かせるように話しているようだった。
静かに目を瞑った結祈は、やがて覚悟を決めたのか目を開き、アーサーの両目と視線を交差させる。
「……この戦いが終わったら話があるの。とっても大事な話が……」
ふわり、と優しく微笑んで結祈は告げた。
初めて見るその表情に、アーサーの胸がドキリと高鳴った。
「……今じゃ、ダメなのか……?」
なるべく平静を装って、アーサーはそう聞き返した。だが結祈は身を翻してアーサーに背を向ける。
「……うん、ダメ」
「すごく、気になるんだけど……」
「なら早く帰ってきてね?」
それだけ一方的に告げて、結祈はアレックス達と共に救出へと向かって行ってしまった。
気になる事は多かったが、それでも今だけはその疑問を頭の端に追いやった。そしてアーサーもラプラスと共に、自分の次の目的に向かって走り出した。
ありがとうございます。
次回はこの章の三話目の行間になります。