221 そのための『ディッパーズ』
セラを見送った後、アーサーは急に手持ち無沙汰になった。吹き抜けになった教会の椅子に深く腰を下ろして、重い息を吐く。
思えば長い一日だった。まだ全てが終わった訳ではないのだが、素直にそう思う。
いや、良く思い返せば一日どころの話ではない。記憶を遡れば、最後に何のしがらみもなく休めたのは『アリエス王国』の防衛戦後の一時だけだ。その後は『ポラリス王国』『リブラ王国』『魔族領』『カプリコーン帝国』、そして今いる『スコーピオン帝国』に至るまで、ノンストップで動き続けてきた。
(でも……多分、それも今日で終わりだ……)
『未来観測』を使える訳では無いが、それでもアーサーには少なからず未来を見通す力がある。今回もそれは見えていて、この戦いの結末は何となく見えている。
『……ター、マスター!』
珍しくセンチメンタルになっていると、先程のように声割れしていないラプラスの声がインカムから流れて来た。
「ラプラス。良かった、通信が戻ったんだな」
『近づいたおかげですね、もうすぐ合流できます。他の皆さんは?』
「わからない。少なくとも通信はまだ繋がらない」
現状、会話ができているのはラプラスだけだ。共に転移してきたはずの結祈やレミニアを含め、それ以外の仲間とは一向に連絡が取れなかった。それは『天衣無縫・白馬非馬』を使って自然魔力感知を用いても同じだった。……いや、正確には一つだけ反応があった。
「……ラプラス。客が来た。一人じゃ持て余しそうだから、なるべく早く来てくれ」
最後にそれだけ伝えて、アーサーは椅子から立ち上がった。ほんの少しの安息を終えた彼の前に、一体の『機械歩兵』が空から降り立った。
「……ダイアナか?」
『ええ、そうよ』
前にセラがやっていたように、『機械歩兵』に内蔵されているスピーカーからダイアナの声が発せられた。
『こそこそ動き回っていると思ったら、教会に懺悔でもしに来たの?』
「どうだろう? まあ懺悔する内容に覚えはあり過ぎるくらいあるけど。一緒にどう?」
『悪いけど、私には覚えが無いわ』
「そりゃ残念」
アーサーは適当な返事をしながらユーティリウム製の短剣を取り出し、すぐさま集束魔力の剣を展開する。だがすぐに斬りかかるような真似はしなかった。カメラ越しとはいえ、向こう側にいるダイアナを睨みつける気持ちで見据える。
『……私はあなたに手を引くように頼んだ』
「ああ。そして俺はそれを断った」
『ええ、分かっていたわ。あなたは退かない、私も諦めない。この時点で戦う事になるのは決定していた』
そんなのは、互いに最初から分かっていた。
固い意志を持つ者同士、決して妥協はしないと。
『だからこそ、私はあなたが絶対に勝てなくなる手段を用意したのよ。セラ・テトラーゼ=スコーピオンとの戦いを利用したように』
「な、に……?」
問いただそうとした直後、それは起きた。
ズズンッッッ!!!!!! と立っている大地が揺れた。僅かに飛んでいた『機械歩兵』には被害が無かったようだが、地に足をつけていたアーサーは違った。椅子に手を付きながら床に膝をつける。
一瞬、またセラが『武器操作』の魔術を使ったのかとも思ったが、直前のダイアナの言動からして違うとすぐに分かった。
それに変化は揺れだけではなかった。上から強い力で押し付けられるような感覚があったのだ。
「そんな……これは、まさか……っ!?」
今度は教会の外側へと目を向ける。すると遠くに見える景色、山や森が地面に沈み込むように段々と見えなくなっていたのだ。
当然、山が沈んでいる訳ではない。ならば、結論は一つしかなかった。
アーサーはそれを確認するために、震える手をインカムへと伸ばした。
「……ラプラス、見てるか?」
『……はい、マスター。「スコーピオン帝国」が宙に浮きます』
それが事実。
『オンリーセンス計画』の要として、クロノに集束させた魔力をどのように宇宙に放逐するのかという部分。それの答えもこれだったのだ。全ての魔力を背負わせたまま、この『スコーピオン帝国』ごと宇宙へ放逐するつもりなのだ。
「でも、こんな……ただ宇宙に放逐するだけなら、ロケットでも十分に事足りるだろ!!」
床に足を着けたまま、アーサーはダイアナに向かって叫ぶ。だが『機械歩兵』を挟んで向こう側にいるダイアナは平坦な口調で、
『この国には多くの人が乗ったまま。かといって安全に下ろす手段もない。あなたには何も救えない。そうしてあなたを絶望させるための手段よ、アーサー・レンフィールド。この国は魔力と共に宇宙へ向かう。世界に残るのは……科学だけよ』
こうしている今も上昇は進んでいる。明確に手遅れになるのはいつか、アーサーには分からない。宇宙に届く前に呼吸ができなくなる方が早いかもしれない。
どうあれ、確かではなかった制限時間に明確なリミットが生まれた。アーサーに今まで以上の焦りが生まれる。
「今すぐ上昇を止めろ、ダイアナ・ローゼンバウム!!」
『不可能よ。こうなった今、もう誰にも止められない』
「……っ、だったらもう良い! お前を倒してセラに頼む!!」
アーサーはダイアナが直接操作する『機械歩兵』に向かって地面を蹴った。横薙ぎに振るう集束魔力剣は鋼鉄製の『機械歩兵』も簡単に斬り裂けるが、ダイアナには『空間接続』の魔術がある。先のアレックスがそうだったように、剣の軌跡に沿わせて黒い穴が広がる。接続先が自身の背中だと察知したアーサーはすぐに集束魔力の刀身を消して短剣に戻し、その危機を退ける。そして今度は短剣を持ったままの右手で殴りかかる。魔力を消滅させながら殴りかかることで、『接続魔術』の穴を消滅させて鎧に短剣を突き刺した。
「集束魔力剣!!」
その叫びに呼応するように、突き刺した短剣から集束魔力剣が飛び出し、背中まで貫通した。オイルが血のようにひび割れた鎧から流れ出る。
だがアーサーの反撃はそこまでだった。背後から近づいていたもう一体の『機械歩兵』に気づけなかったのだ。
少し遅れたアーサーは、気づいた段階で目の前の『機械歩兵』の銅を斬り裂くように集束魔力剣を引き抜き、その勢いのまま後ろの『機械歩兵』へと斬りかかる。しかし今度は『接続魔術』を使う必要もなく、『機械歩兵』の左側から斬りかかった右手を左手で掴まれ、もう片方の右手で喉を掴まれた。
「が、ァ……ッ!?」
『右手の力も、戦闘勘も、あなたの重要な力が通用しない機械に勝てると、一瞬でも思っていたの? たった一人になった時点で、あなたがこの国で生き残れる可能性は0パーセントよ』
すでにダイアナの操縦はそちらに移っていたのか、真正面からその言葉は吐き出された。
『何もしなければこの国は多くの民間人と一緒に宇宙に向かう。かといって「時間」のクロノスを装置から引きはがすなどをして計画を狂わせれば、この国は「サジタリウス帝国」に落ちるように設定されている。どう足掻いてもあなた達に勝ち目は無い。大人しく科学だけになった世界を享受するなら、命だけは助けてあげるわ』
アーサーの右手から短剣が落ちると、ダイアナは『機械歩兵』の左手を銃の形に変形させてアーサーの顔に向けた。
『それでも、あくまで抗うと言うのなら、今すぐここで殺すわ』
銃口にエネルギーが溜まっていき、青い燐光を放つ。明確な死を眼前に押し付けられて、アーサーは自身の首を掴んでいる手を両手で引きはがそうとした。
「……俺、は……信じ、てる……っ」
僅かに緩んだ隙間で息を吸い込み、絞り出すように声を発する。
「まだ、俺達がいる……!!」
ビギビギビギッ!! と『機械歩兵』の腕から歪な音が響いた。それを聞いたダイアナは、すぐにエネルギー弾をアーサーの顔面に撃ち出そうとする。
だがその寸前、アーサーが機械の腕を左右に引き裂くように砕き、『機械歩兵』の拘束から脱出した。そしてすぐに地面に落とした短剣を拾い上げ、集束魔力剣で『機械歩兵』の腕を斬り飛ばした。
「俺が……俺達が、この世界を終わらせたりなんてしない!!」
ダイアナの操る『機械歩兵』から離れ、大きく息を吸ってどこまでも遠くに届くように大声で叫ぶ。
「『ディッパーズ』!! 集まれ、守り抜くために戦うぞッ!!」
通信機も何も使っていない声。
誰にも届くはずのない慟哭。
どこにいるとも知れない仲間達が、それだけで集まる道理は無かった。
けれど、そんな道理に逆行するように、すぐにそれは来た。どこからか放たれた弾丸が壁と床の二ヵ所で跳弾し、ダイアナの操っていた『機械歩兵』の喉から入り込み頭部を内側から撃ち抜いたのだ。
「遅れてすみません、マスター」
銃弾の後に教会の中にラプラスが踏み込んでくる。その登場にアーサーは心の底から安堵する。
「いや、最高のタイミングだ、ラプラス。良すぎて惚れそう」
「ほっ、惚れっ!? ま、マスター! 一体何を言って……!?」
安堵からそんな軽口が漏れる。珍しく赤面して慌てるラプラスが言葉に詰まっていると、突然刃のような木葉が飛んできてアーサーの鼻先を掠めた。
「……随分面白い話をしてるね、アーサー。『空間接続』でどこかへ飛ばされた時は心配したけど、その必要は無かったかな?」
「本当です。兄さんはどこにいても兄さんですね。それにラプラスさんはやっぱり愛人なんですか……?」
ラプラスからやや遅れて、結祈とレミニアの二人も教会の中に入って来た。ただアーサーの誤爆発言で若干殺気立ってはいたが。というか結祈に至っては手に巨大な風の手裏剣を作り出すという初めて見る忍術まで使って、今にも投げてきそうだった。
「……あんたはホント、いつも楽しそうね……」
「楽しいとは別のものの感じもしますが……」
「皮肉で言ってるからよ。それよりアーサー、セラを見なかった? もう一度ちゃんと話したいんだけど……」
「それよりまず俺をこの状況から助けてくれない!? ちなみにセラには会ったから!!」
結祈達とイチャついてる(?)間にサラとシルフィーも合流していた。そもそもはアーサーの自業自得なので助ける必要はないのだが、例のごとくサラに仲介して貰い、とりあえず結祈を宥めて貰う。
「……と、ところでマスター。先程の言葉は本気ですか……?」
「ん? 何の話だっけ???」
首を傾げて素でそんな事を言うアーサーに、照れていたラプラスはうって変わって蔑むような目を向けてきた。
「はぁ……どうせそんな事だろうとは思ってました。……マスターのばか」
ラプラスはぷいっとそっぽを向いて呟いたその言葉は小さくて、アーサーの耳にまでは届かなかった。
問題の馬鹿野郎はぐるりと辺りを見回して、最後の一人を探す。
「それよりアレックスは? サラとシルフィーは一緒じゃなかったのか?」
「こっちに来てすぐに『空間接続』でバラバラにされたのよ。ま、すぐに追いついてくるんじゃないかしら?」
適当な調子で言うサラはアレックスの心配はしていないようだった。それはアーサーも同じようで、むしろ呆れにも似た溜め息をつく。
「まったく、どこで油売ってるんだか。雷速になれるくせにビリなんて」
「あはは……大目に見てあげて下さい。アレックスさんもエクレールとの戦いで使って、雷速を無駄打ちには出来ないんでしょうし」
「普段ならそれでも良いけどね。……でも時間切れだ、敵が来る」
シルフィーのフォローは適当に受け流し、アーサーは外へと目を向けた。同じタイミングで結祈とラプラスもそれに気づいたのか外へと意識を向け、他の三人も引きずられるように戦闘態勢に入った。
「『機械歩兵』の反応が全方位……来るよ!」
結祈の声と同時に彼らは姿を現した。いつの間にか多くの『機械歩兵』が教会を取り囲んでいて、それらが一斉に襲いかかってきたのだ。
「全員目の前の敵に集中しろ! お互いと祭壇を守れ!!」
アーサーが簡単に指示を飛ばし、再び集束魔力剣を手に握る。根本的に他の五人は機械相手ならアーサーよりも強い。戦闘力の低いレミニアだって『空間魔法』の応用で十分戦える。となるとネックになるのはアーサーだった。ここまでの戦闘で動きは学習されているし、剣一本で雪崩のように襲いかかる『機械歩兵』全てを対処しきる事はできなかった。少しずつだが押されていく。
(くそっ、冗談抜きにあと一本くらい手が欲しい!!)
ほとんど願いに近い心の中の叫びだった。けれど意外な事に、求めていた手は雷と共にすぐに来た。そしてその雷は、アーサーに襲いかかっていた『機械歩兵』を全て一瞬で蹴散らした。
アーサーはその突然の現象に特に驚く事はせず、口角を上げてそいつに話しかける。
「……遅いぞ、アレックス。昼寝でもしてたのか?」
「うるせえ、そりゃテメェの方だろ。それより状況は?」
それは他のみんなにも詳しくは説明していなかった。『機械歩兵』の勢いが少し弱まった時点で、アーサーは祭壇の方を指さす。
「セラが『機械歩兵』を止めるために祭壇の下の階段からマザーコンピューターのある場所に向かった。セラしかその場所を知らなくて、その唯一の入口がここだ。ここを通られたら俺達の敗け、だから死ぬ気で守るぞ」
「分かりやすい状況だが、根本的に敵が多すぎるんだよなぁ……。あれ全部相手にすんのか?」
「セラが止めるまでの辛抱だ、堪えるぞ」
ともあれ再び七人が一ヵ所に揃った。それに合わせるように、ダイアナが直接操縦する一機の『機械歩兵』が七人の前に現れた。
その機体が本命なのだろう。セラが造ったものと比べても少し大きく、ユーティリウム製の体が真っ黒に輝いていた。そしてその機体が軍隊の将のように軽く片手を挙げると、大量の『機械歩兵』が地面を走ったり空を飛んだりして彼女の後ろに集まってきた。
「冗談じゃねえぞ……」
アレックスが全員の心の声を代弁するように呆然と呟く。アーサーとサラがセラと戦っていた間も『機械歩兵』と戦っていた彼の方が、その脅威も骨身に染みているのかもしれない。
おそらくこの国にある『機械歩兵』の全機が集まって来ていると、アーサーは何となく感じ取っていた。ダイアナが『接続魔術』を使って再び七人を分断しようとしないのも、ここで片を付けるつもりなのだろう。つまりここが最後の決戦地になってもおかしくないのだ。
『これで終わりよ』
その時、『機械歩兵』の大群の最前列に立つダイアナが操る機体から声が飛んできた。
『信じてるとあなたは言ったわね? だけど『機械歩兵』全機に対してあなた達はたったの七人。エクレールを倒せたのは正直驚きだったけど、仮にここを切り抜けたとしても、まだ私とシャルがいる。これだけの戦力差を前に、それでどうやって私達に勝つつもり?』
「そりゃ……まあ、俺はどこぞのクソッたれの勇者様みたいに一人でなんでも出来る訳じゃないからな」
チラリと周りに目を向ける。そこには自分が最も信じる六人の仲間が、同じようにこちらに目を向けていた。その目にはアーサーと同じ、信頼の色が灯っていた。
仲間だけにしか分からない視線だけの会話で意思の疎通を交わし、アーサーは自信満々にダイアナに向き直って告げる。
「みんなで戦う。そのための『ディッパーズ』だ」
『なら一緒に死んでも本望ね?』
ダイアナが挙げた手を下ろしたのを合図に、全ての『機械歩兵』が一斉に祭壇へと向かって来る。
それを迎え撃つのは、たった七人の少年少女。
『ディッパーズ』対『機械歩兵』。その戦いの火蓋はこうして切られた。