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村人Aでも勇者を超えられる。  作者: 日向日影
第一二章 ようこそ安定世界の終わりへ Dawn_of_Justice.
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行間二:星に願えば祈りは届く

 それは八年前、当時九歳だったアーサーがまだオーウェンやアンナと出会う前の物語。

 否、物語というにはあまりにも一方的に始まり、終わってしまった過去の出来事。

 全てが手遅れで、だからこそ今もアーサーの中心に残り続けている後悔。

 すでに壊滅し、今はもう地図にも載っていない村。それがアーサー・レンフィールドとアレックス・ウィンターソンが生まれ、九年間育って来た場所だ。


「おい、アーサー」


 今は夜の森の中、傍らにいる少女と共に座って夜空を見上げながら、もう一人の少年アーサー・レンフィールドは彼の方も見ずに答える。


「……遅かったな、アレックス」

「別に約束してた訳でも時間を決めてた訳でもねえだろうが。ほら、むしろ果汁水を持って来てやったんだから感謝しろ」

「そりゃどうも」


 軽く礼を言って、アーサーは木製のカップを二つ受け取る。そして一つを隣に座る少女に手渡した。


「ほら、()()()

「ん……ありがとう、()()()()()()


 レイン、とアーサーが呼んだその少女。

 本名はレイン・レンフィールド。正真正銘、アーサーと血の繋がった妹だ。彼と同じ明るい色の茶髪で、本当に彼の妹かと疑うくらい整った顔立ちの少女。アーサー以上に星に見惚れていた彼女は、両手でカップを受け取りながらようやくアレックスの存在にも気づいたようでそちらに目を向ける。


「アレックスも来てたんだね」

「二人のデートを邪魔して悪かったな」


 適当に言い捨てながら、アレックスはアーサーの隣に腰を下ろす。

 三人で横並びになってもやる事は変わらなかった。揃って星を見上げるだけ、そもそもそれだけの集まりだ。誰かが言い始めた訳でも、示し合わせた訳でもない。ただ空に雲一つない夜はここに集まると、無言の約定がそこにはあった。


「にしても、毎回見てて飽きねえのか? 様子が変わる訳でもねえのに」

「かもね、だけどロマンがある」


 アーサーは夜空から視線を切って、アレックスの方を見て楽しそうに言う。


「考えてもみろよ。何百光年も離れた場所の光が、何百光年の時を超えて、今の俺達の瞳を照らしてるんだ。九年ちょっとしか生きてない俺には想像もつかない世界だよ」

「それをロマンって言ってのけるテメェは本当に九歳なのか疑問になってくるがな」


 言いながら、アレックスは欠伸を噛み殺した。アーサーは嘆息してそれを眺めていたが、レインは集中して星を見上げていた。隣から見ると、今にも彼女が夜空に吸い込まれてしまいそうで少し怖くなった。


「また祈ってるのか、レイン?」

「うん……そうだね」


 返答はあった。

 少女は星から少年の方に視線を移して、ふっと儚げな笑みを浮かべる。


「―――星に願えば祈りは届く。ワタシはそう信じてるから」


 その言葉はアーサーの胸の中心に深く突き刺さり、永遠に残り続けた。

 レインがいつも祈りを捧げているのは神ではなく、目の前に広がる満天の星空だけだった。そんな彼女が望むたった一つの祈り。二人の少年は何度も聞いているから既に知っている。

 つまり。


「人と魔族が本当の意味で手を取り合える、そんな日が来たら―――それはとっても素敵なことだって思うから」


 おそらくそんな事を考えているのは、世界中で彼女くらいだろう。ほとんどの人は人間と魔族は相容れない存在だと諦めている。憎しみ合って、殺し合う事しかできないと、二度の大戦がそれを告げているのだから。


「……それなら俺も、祈っておこうかな」


 妹のレインに続くように、兄であるアーサーは続けて言う。


「その祈りが届く事を。……レインの望みが全て、あの星屑に」


 そのためだったら何でもしよう、とアーサーは心の中で付け足す。それにつられるようにレインは優しく微笑み、アーサーはそんな彼女の頭に手を置いて撫でた。

 この時代のアーサーにとってはレインが世界の全てだった。彼女が笑っていられるなら、それだけで十分だと言えた。

 愛している、と。

 臆面もなく彼女に抱いている感情だと断言できた。


「それなら……欲張りだけど、もう一つだけ祈りがあるの」


 頭に置かれた兄の手に自分の手を重ねて、その隙間からアーサーを見上げながら、レインは少し恥ずかしそうに頬を赤らめて、


「大人になっても三人でこうして星を見上げていたい。些細かもしれないけど、それだけあればワタシは幸せだって言えるから」


 だが、その祈りは叶わなかった。

 その日が当たり前のように繰り返してきて、今後もずっと続くと思っていた天体観測をする最後の夜になった。

 ……この三人の内一人が、その後まもなく死んでしまったからだ。

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