217 この身は祈りは届くと示す者 “Stardust_of_Dreams.”
それは一面が銀色の砂で覆われた荒野ではなかった。
どこかで見た事のあるような草原。それが地平線の彼方まで続き、空には満天の星空が広がっていた。
新たな世界が展開されと同時に、この世界の創造主はその全てを理解する。
アーサーが何も言わず星空に手をかざすと、その瞬間エクレールの頭上から一条の集束魔力砲が降ってきた。
これがアーサーの『断開結界』の力。世界全てにあるアダマンタイト製の砂を操る青騎士とは違い、アーサーの世界は全ての星が集束魔力砲の砲身となっていた。共に逃げ場が無く、世界全てが敵となる圧倒的な力だ。
だが流石というべきか、エクレールはそれを雷速で躱していた。だが戦闘中の三人から遠ざけるという目的だけは達成できた。
「これが……アーサーさんの『断開結界』……」
「まだ行くぞ」
続けて二発、三発と空から集束魔力砲が降り注ぐ。だがやはりエクレールには当たらず、全て躱された。
「……やっぱり直接当てるのは無理か。陽動して貰ってから当てるか、あるいはこれを陽動に使うかどっちかだな」
「マスター!」
アーサーが分析しているとラプラス達が駆け寄ってきた。『未来観測』を使い続けていたラプラスだけでなく、他の三人も雷速相手に神経を費やしていたからだろう。特にサラは酷く疲弊した様子だった。
「上手く行ったんですね、マスター」
「シルフィーのおかげで何とかね。見ての通り俺の意志で星から集束魔力砲を撃てる世界だ。これを使って新しい作戦は立てられるか?」
「持続時間は?」
「五分程度だ。集束魔力砲を撃ち過ぎるともっと短い」
「……それなら可能です。良いですか、まず結祈さんが―――」
その途中だった。別の事に意識を裂いていたせいか、ラプラスはその動きを予測できていなかった。エクレールが輪の中心に飛び込んで来たせいで、ラプラスの言葉が切れたのだ。
「くそ……ッ」
集束魔力砲を撃とうにも距離が近すぎるせいで巻き込みが怖かった。空中に吹き飛んだアーサーとエクレールの目が合う。
(こいつッ、『断開結界』を使ってる俺を狙ってるのか!?)
「くっ……『妄・穢れる事なき―――!!」
「アーサー!!」
魔力の盾でエクレールの追撃を防ごうとしたアーサーの体が結祈によって横からかっさらわれた。彼女は『偽・纏雷』を使っていて体には稲妻が走っていた。
「結祈、何を!?」
「アーサーが狙われてるなら離れた方が良い。それにさっき確信に変わったけど、ラプラスは絶対じゃないしサラとレミニアはエクレールに手も足も出ない」
「だったらどうやって!? みんなでやらないとエクレールは倒せない!」
「仲間と一緒なのは良い事だけど、いつも全員一緒が最善とは限らないよ。前に『タウロス王国』で適材適所ってアーサーが言ってたでしょ?」
「……お前、よく覚えてるな」
「アーサーの言った事は全部覚えてるよ。とにかく今度はワタシの作戦で行く。だからアーサー、力を貸して。『穢れる事なき蓮の盾』を使えるなら『雷光纏壮』は使えないの?」
「……自力じゃ無理だ。でも」
言い淀みながら、アーサーは右手を意識して握り締めて言う。
「アレックスがいればできるかもしれない」
「じゃあそれで行こう。雷速が三人いれば、今度こそエクレールを倒せる」
そんな風にまとめた結祈は闇雲に移動してる訳ではなかった。少し移動したところで前の方に人影が見えてきたのだ。
「……アレックスの所に向かってたのか」
「うん。アレックスも雷速になれるから」
遠くに見えたはずのアレックスとはすぐに合流できた。どうでも良い話だが、向こうも『纏雷』を使っていたので、相対速度の関係で早かったのだろう。
合流してすぐに、アレックスはアーサーに詰め寄る。
「おいアーサー、この世界は何だ!? いきなり飛ばされたのか? それともエクレールの奥の手か!? 対抗策は考えてんだろうな!!」
「ああ……そこから話さないといけないのか」
この状況でいちいち説明するのもめんどくさいので、とりあえずアーサーは俺の世界だから大丈夫だと言い、その後の問い詰めは全て無視した。というより、さらっとエクレールが追い付いてきたせいで無視する以外に選択肢がなかった。
「アーサー、早く雷速に」
「ああ、アレックス。何でも良いから俺に雷系の魔術を撃て、光は無くても良い。とにかく魔力は出来るだけ多めで頼むぞ」
「何が何だか分からねえが魔力弾で良いか?」
言いながら右手に雷の魔力弾を作り、アーサーへと投げようとする。が、当然エクレールはその邪魔をするために突っ込んでくる。二本の剣を構えた結祈がそれを受け止めようとするが、エクレールは体を斬られるのもお構いなしに結祈を吹き飛ばしてアーサーに突っ込んで来た。
「アーサー!?」
アレックスの叫び声はすぐに遠くなって聞こえなくなった。アーサーの首を掴んだまま移動を続けるエクレールは口を開け、形容できない雄叫びを上げた。そこに込められた感情は右手への恐怖というよりは憤怒に近いとアーサーは感じ取っていた。
「そん、なに……これが憎いのか……!?」
「―――ッッッ!!!!!!」
そしてアーサーは躊躇わなかった。自身が射線に入っているのにも関わらず、星から集束魔力を魔力弾を射出したのだ。エクレールはすぐにアーサーを離して躱し、アーサーは右手で自身の集束魔力弾を打ち消して草原に転がる。
「……バベル。もしかして、お前の意志が残ってるのか? そこまで憎むなんて、ローグ・アインザームに何をされたんだ……?」
「―――ッ、―――!!」
意志の疎通ができているとは思っていなかった。
けれど、憎悪の感情が濃くなるのだけは感じ取れた。
雷槍とでも名付けるべきか、エクレールは初めて会った時と同じように手に魔力の槍を作り出し、それをアーサーに向かって投擲する。
(―――来た!)
その時アーサーは素直にチャンスだと思った。この雷槍は『雷光纏壮』になるための条件を満たす魔術だと一目でわかったからだ。そしてアーサーの方もあの時と同じように右手を突き出す。
直後、右手と雷槍が正面からぶつかった。
「『魔力吸収・反攻適合』!!」
右手で受け止めた魔力を吸収する『魔力吸収』。それはアーサーが自ら見つけたものだった。だが、本来の持ち主であるローグ・アインザームはその先を行っていた。
そもそも、彼が元から使えた力は『魔力掌握』と卯月凛祢も使う『損傷修復』、そして集束魔力の応用技だけで、基本的な魔術は何も使えない。
けれど彼は魔王と呼ばれるだけあり、あらゆる属性の魔術を使っていた。この矛盾の答えはこれだ。
雷槍を右手で受け止め切って、アーサーは叫ぶ。
「行くぞ! アレックス、結祈!!」
寸前までエクレールに相対するアーサーを心配していた二人は、その言葉ですぐに行動を切り替えた。アーサーを守る事ではなく、エクレールへ攻撃する方へと。
「『雷光纏壮』!!」
「『偽・雷光纏壮』!!」
二人が雷速に入ってから少し遅れ、アーサーは右手を握り締めて叫ぶ。
「解放―――『雷光纏壮』!!」
そして、少年もこの場で四人目の雷速へと至る。
これがローグ・アインザームのカラクリ。右手で掌握した魔術を純粋な魔力に変換して取り込むのではなく、その属性を保ったまま魔術として使う。これがラプラスとの修行で至った右手の一つの使い方だった。
そして結果的に三者三様、それぞれ別々の方法で同じ魔術を発動させ、エクレールを含めた四人が同時に雷速の領域に入る。
流石に数の不利を悟ったのか、エクレールは逃げ出そうとするが三人はそれを許さない。即座に同じ速度で追いかけ、アーサーは逃げる方向に空から集束魔力砲を落として疑似的な壁を作ってエクレールの逃げ道を塞ぐ。
「こっちだって同じ速度なんだ。逃がしてたまるか!」
「―――ッ!!」
逃走を諦めたエクレールが両手の十指を刃へと変形させる。集束魔力砲の壁のせいで逃げ道を失ったエクレールと三人が正面からかち合う形になる。
アレックスは直剣、結祈は二本の剣、アーサーは短剣と全員が黒いユーティリウム製の剣を手に取る。
「『魔纏咬牙』!!」
「『偽・魔纏双牙』!!」
アレックスと結祈はアーサーより先に、それぞれの剣に黒い稲妻をまとわせて左右からエクレールに斬りかかる。
『闇』と『雷』を合わせた複合魔術は通常の雷をまとった剣よりも威力が高い。エクレールの手の刃の数は確かに多いが、そんなものに構わず突っ込んで両腕を二人で吹き飛ばし、結祈はもう一本の剣ですれ違いざまにエクレールの胴体を斬り裂いた。
上半身のみになったエクレールは、向かって来るアーサーに対して口から雷撃の魔力砲を吐いて応戦した。初めて見る攻撃手段で悪足掻きにしては良い手だったが、『雷光纏壮』のおかげで思考まで加速しているのか、自分でも驚くほど動揺は無かった。冷静に右手の短剣に魔力を通して長剣の集束魔力剣へと変化させ、雷撃を刀身で受け止める。
そして、身動きの取れないエクレールの射程距離へと一気に踏み込む。
「『ただその祈りを―――!!」
叫びながら剣を左下に構える。
一際大きな輝きが刀身から放出される。
「―――届けるために』ッッッ!!!!!!」
そして、一気にそれを右上へと斬り上げた。
魔力砲として放出するのではなく、膨大な魔力の全てを敵を斬り裂くために使う技。剣が直接触れていない場所も、その余波だけで雷の体は吹き飛んだ。
そして再び、黄色い『魔神石』が姿を現す。今度の今度こそ、魔力の爆発などで拒絶される前に雷速のまま右手を伸ばす。
(今度こそ!!)
そして『カルンウェナン』はそれに触れた。
その瞬間、頭に電流が走るような感覚があった。
最初は雷を生み出しているものに触れたせいで、それが流れてきたのが原因だと思った。
けれど、どうも様子がおかしい。電流のせいで一瞬だけ白んだ視界が晴れると、星空の下の草原は黄昏の草原へと変わっていた。そして視界の先で、黄色い短髪の少女がこちらに微笑んでいた。
「もしかして……バベル、か……?」
『ええ、アーサー・レンフィールド。利用された私を助けてくれて、ありがとう』
それはエクレールとは比べ物にならないくらい普通の反応だった。むしろ好意的すぎて不安になった。
「……あんたは、その……この右手が憎かったんじゃないのか?」
『エクレールの激しい敵意の話ですね……。あれはローグ・アインザームの右手ではなく、その力を授けた者への恐怖です。私達「一二災の子供達」の多くはリンク・ユスティーツやリーベ・ヴァールハイトには恨みを持っているでしょうが、ローグ・アインザームへは感謝している者が多いはずです』
過去、彼らに何があったのか、アーサーはラプラスに詳しく聞いていない。
気にならないと言ったら嘘になる。だが踏み込んで良い話でも無いように思えたのだ。
『あなたの右手のおかげで……これで、ようやく私も眠れます』
それは、不眠症のアーサーでも計り知れない安堵が含まれた言葉だった。
……ああ、何故気づけなかったのだろう。そもそもこちらが雷速で動ける時間はたかだか数秒なのだ。ずっと雷速で動ける敵に、苦戦できる訳がなかったのだ。本来なら瞬殺、いくら運が良くても嬲り殺される結果しかなかったはずだ。
「お前だったのか……お前が、エクレールの力を抑えてくれてたのか……」
『……私達「一二災の子供達」は、人の幸せを願って造られたものですから……』
アーサーが今まで会って来た『一二災の子供達』は『未来』と『時間』、そして少し特殊なレミニアを除けば目の前『言語』の三人だけだ。一二人いる彼ら彼女らが何を思っていたのかは分からない。けれどそれぞれ与えられた役目があり、アユム達に造られた願いがあったはずだ。
この世界は素晴らしいと、ラプラスは言った。
もう死にたいと、クロノは言った。
人の幸せを願って造られたと、バベルは言った。
同じ者に造られたのに、それぞれが別々の考えを持った彼女達。
その時アーサーは素直に、絶対に叶わない願いだと分かっていても、他の九人にも会ってみたいと思った。
『アーサー・レンフィールド。残った私の姉妹を……ラプラスとクロノスの事を頼みます。そして私の力を、今度こそ上手く使って下さい』
それがバベルの最期の言葉だった。
そして光が晴れる。一瞬だけ大きくなった輝きに思わず腕で目を覆った。
次に目を開いた時、黄昏の草原でも『夢幻の星屑』の中でもなく、『スコーピオン帝国』の街へと戻っていた。当然そこにバベルの姿は無く、代わりに黄色い輝きを放つ『魔神石』がいつの間にか手の中に握られていた。
それを強くに握りしめて、アーサーは呟く。
「……俺は、お前達にこそ、幸せになって貰いたかったよ……」
それは彼の信念に反する、届かぬ祈りだった。
そう。今は、まだ……。
ありがとうございます。
エクレールとの戦いが終わり、次回はあまり話の進まない休息回になります。
今回の話、特に終盤でバベルの口から不穏な話がありました。大分先になると思いますが、これは今後、回収していきます。