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村人Aでも勇者を超えられる。  作者: 日向日影
第一二章 ようこそ安定世界の終わりへ Dawn_of_Justice.
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216 初陣

 七人は―――『ディッパーズ』はすぐに行動を始めた。

 体力も魔力も回復しきっておらず、満身創痍のメンバーがいるのも確かな状況で、それでも戦場へと向かう。


「ここで良いんだな、アレックス」

「ああ、間違いねえ」

「ラプラス」

「大丈夫です、間違いなくエクレールは現れます。それより皆さんインカムの感度を確認して下さい。随時指示を出しますから」

「感度は良好だよ。慣れない科学製品で違和感は凄いけど」


 今、七人はシャルルが教えてくれた境界線の前に並んでいた。あと数歩で無敵のエクレールが現れるその位置で、一番最初に前に出たのはアレックスと結祈(ゆき)だった。向こうが雷速で動く以上、こちらで対処できるのは同じ雷速になれるアレックスと結祈(ゆき)、次いで未来を観測できるラプラスと魔力に対して絶対的な右手を持つアーサーだけだ。必然的にサラ、シルフィー、レミニアの三人はフォローに回る事になる。

 そして、変化はすぐに起きた。

 アレックスが踏み出した三歩目で、遠くの空に光が昇っていくのが見えた。


()()()()!!」

「ああ、『妄・穢れる事なきプロテクションロータス・蓮の盾(カルンウェナン)』!!」


 ラプラスがアーサーの呼び方を切り替えた所で、ついにエクレールとの戦闘が始まった。

 アーサーは目視できない速度の所撃を防ぐために、七人を覆えるほどの大きさで傘のように魔力の盾を展開する。

 そして次に目の前が光ったかと思うと、その盾に何かがぶつかった。その正体は勿論エクレール。アーサーは盾越しに視線を交わす。


「……お前もすぐに助けてやるからな、バベル」


 アーサーは呟くように良い、意図的に盾の魔力を爆発させてエクレールを弾く。開いた距離などエクレールの前には関係無い。弾くと同時にアーサーは叫ぶ。


「行くぞ、『ディッパーズ』!!」


 その号令で全員が同時に動き出す。アーサーとレミニアは後ろに下がり、サラは拳を引き絞って解き放つ。


「『廻纏空翔拳かいてんくうしょうけん』!!」


 ゴゥッッッ!! と竜巻のような豪風がエクレールに直撃する。これが当たるか当たらないかに全てが懸かっていたのだが、最初の関門はどうにか突破した。

 全身が雷とはいえ、そこには確かな実体がある。豪風により吹き飛んだエクレールの体を受け止めるように、今度はシルフィーの魔法が襲う。


「『氷焔地獄(コキュートス)』……っ! 次はラプラスさんです!!」

「分かっています!」


 パパパン!! と短い銃声が三発鳴る。

 シルフィーの魔法によって下半身を固められたエクレールに向かって、ラプラスは二種類の弾丸を使った。一発目の重力弾は直接エクレールに当て、もう二発の電磁弾をエクレールの左右の地面に撃ち込む。するとそこから電気がエクレールの両手にそれぞれ伸びて拘束した。このシルフィーとラプラスの連携により、エクレールの動きを短い間だが完全に止める事ができる。


「拘束時間は二秒です!」

「十分だぜ、結祈(ゆき)!!」

「うんっ!」

「行きますよ、兄さん」

「頼む!」


 そして残った四人がそれぞれ最後の行動に出る。『雷光纏壮(らいこうてんそう)』と『()雷光纏壮(らいこうてんそう)』をそれぞれ発動させたアレックスと結祈(ゆき)が左右からエクレールの体を斬り刻む。そしてレミニアの力でエクレールの頭上へと転移したアーサーが落下しながら右手を伸ばして迫る。

 これがラプラスの導き出した唯一の勝ち筋。動きを拘束したうえでアレックスと結祈(ゆき)が『魔神石』を露出させ、アーサーが右手で触れて魔力を掌握する。どれだけダメージを与えても最後にアーサーが右手で触れなければエクレールを倒すのは不可能だからこそ、それを確実に行えるように他の六人でフォローする形を取ったのだ。

 全員でその認識は共有してある。だから右手を伸ばすアーサーの動きを全員が固唾を飲んで見守る。


『―――ッッッ!!』


 だが直後に動きがあった。

 右手が触れるか触れないかという距離、まるで意志があってアーサーが近づくのを拒否するように、突然『魔神石』から閃光が迸った。

 その光の正体は魔力の爆発。魔力の衝撃波自体はアーサーの右手が防いだが、それでもアーサーより近くにあった拘束の魔法と銃弾は全て吹き飛んだ。自由を取り戻したエクレールの体が再生し、雷速の動きを再開する。

 誰もついて行けない速度域へ、『雷光纏壮(らいこうてんそう)』の発動時間が残っていたアレックスと結祈(ゆき)の二人だけは付いて行った。他の五人を守るために、二人でエクレールの動きを抑える。


「アレックス! もう『雷光纏壮(らいこうてんそう)』が切れる!!」

「チィ―――だったらこうだ!!」


 決断から行動まではスムーズだった。アレックスはエクレールの喉元の掴むと、そのまま地面を蹴って六人からエクレールを遠ざける。

 そして、結祈(ゆき)の時間が元に戻る。


結祈(ゆき)……アレックスは、エクレールはどうなった……!?」


 何も見えていなかったアーサーはすぐに確認を取る。しかし結祈(ゆき)は首を横に振って、


「今はアレックスが引き付けてるけど時間が無い。どうにかしないと……」

「でもどうするのよ。ラプラスの話じゃ今の方法以外じゃ倒せないんでしょ!? もうどうしようもないじゃない!!」


 サラの絶望するような叫びはこの場にいるみんなの総意だったのだろう。

 だがラプラスは首を横に振る。


「いえ、もう一つだけ方法はあります。エクレールが自由に動けない場所に捕らえれば良いんです。……内と外を隔絶する、『()()()()』の中に」

「『断界結界』の中ですって!?」


 驚きの声を上げたのはシルフィーだった。どうやら魔術や魔法に詳しい彼女はそれを知っていたらしい。


「あれは結界系の魔術を極めた大魔術ですよ!? 私達の中に使える人はいません!」

「……分かっていますよね、マスター」

「え……?」


 ラプラスの返答にシルフィーは驚きの声を漏らしながらアーサーの方を見る。彼は浮かない表情だった。


「……無理だ。一昨日だってこれだけは成功しなかっただろ」

「無理でもやらなければここで全滅です。あれは精神世界の具現化ですから、心さえ定まればマスターには使えるピースは揃っているんです。青騎士から託されたんですよね?」

「だけど……」


 それ以上、言い争っている時間は無かった。

 アレックスの限界が来たのか、エクレールが再び彼らの前に現れたのだ。


「……時間がありません。レミニアさんはマスターを守って下さい。シルフィーさんは指導をお願いします。あと少しくらいなら私達で時間を稼げますが、なるべく急いで下さい、マスター」


 二丁の拳銃を構えたラプラスはそれだけ言い残して結祈(ゆき)とサラと共にエクレールへと向かって行く。

 時間が無いと言われた通り、シルフィーは焦った様子でアーサーに詰め寄る。


「アーサーさん。問題点を言って下さい。私が解決します」

「ああ……俺の持ってる『断界結界』は少し特殊で、他人から託されたものなんだ。でもそいつと同じ詠唱をしても途中で弾かれる。そのせいで発動以前に最後まで詠唱できない」


 躊躇いがちな答えにシルフィーは顎に手を当てて考え込む。

 彼女の頭で今どれだけの思考が回っているのかアーサーには分からない。だがすぐに彼女は宣言通りに答えを見つけた。


「……魔術には本来、詠唱はいらないんです。ただ魔術に必要なイメージ力を強化して、魔術の成功率と出力を上げる事が目的です。特に『断界結界』にはそのイメージ力が不可欠で詠唱が必要になりますが、アーサーさんと譲ってくれた方の世界はおそらく合っていません。精神世界を譲り受けたという事はよほど波長が合ったのでしょうが、完璧な訳ではありません。似ているのだとしても、やはりどこかでアーサーさん自身の心が必要になります」


「つまり、詠唱を自分専用に改変しろって言うのか?」

「はい、この短い時間では難しいかもしれませんが。一応ポイントは頭を空っぽにして心を穏やかにする事です。あとは魔力に身を委ねれば、自ずと答えが出るはずです」

「心を穏やかに、ね……戦闘中だっていうのに無茶な話だ」


 ふっと息を吐きながら戦闘へと目を移す。サラはやはり速度について行けてないようだが、その穴をラプラスと結祈(ゆき)が上手く埋めていた。とはいえ時間が無いのは事実だろう。おそらく一瞬の判断ミスで、この均衡状態はすぐに壊れる確かな予感があった。

 アーサーは落ち着くために一度深呼吸すると、左手を腕に添えて開いた右手を前に伸ばす。


「この身は届かぬ……」


 口に出す言葉の途中で、ピリッとした感覚があった。このまま続けたら間違いなく弾かれてしまう予感があった。

 そもそも原因自体は分かっているのだ。

『この身は届かぬ願いを示す者』。それが青騎士が生きてきた人生の答えなのだとしても、アーサーはこの言葉に納得しきれていなかった。本当に願いは届かないものなのか、と。


(……ああ、つまり、ここから改変を始めれば良いって訳か)


 傍らで事の成り行きを見つめるシルフィーの存在を意識しながら、一度大きくゆっくりと呼吸をして、改めて言葉を口に出す。


「―――()()()()()()()()()()()()()


 その瞬間に悟った。

 弾かれる予感は無い。このままいけると心の深くから訴えかけてくるものがあった。


「この手は柄杓(ひしゃく)。この(かいな)(つるぎ)


 その想いに従い、彼は言葉を連ねていく。


「その(つるぎ)は立ち塞がる闇を斬り祓い、その柄杓は全ての希望を掬うもの」


 青騎士の時は青い魔力の瘴気が漂っていたが、アーサーの場合は青い稲妻が体からバチバチと周りに広がっていく現象が起きた。

 しかし彼はその変化に気づかないほど集中しているのか、止める事なく言葉を吐き出し続ける。


「この身に刻むは全ての人々が今際の果てに抱く夢と願いと祈りの結晶。朽ちる事なき永久(とわ)の誓約。天翔ける星々の彼方から再びここに誓おう」


 青騎士とは違う志を持って。

 アーサーは彼の世界を踏み越え、大きく声を上げて叫ぶ。


「この身の全ては誰かの祈りの為に―――『夢幻の星屑』スターダスト・オブ・ドリームス!!」

ありがとうございます。

今回は『ディッパーズ』の初戦の相手としてエクレールとの戦闘が始まりました。あまり長く続けるつもりはないので、アーサーの『断界結界』の発動に合わせて次回決着します。

『この身は届かぬ願いを示す者』へのカウンターとなる、アーサーの『この身は祈りは届くと示す者』。この言葉がアーサーのこれまでとこれからを表していると受け取って貰えれば。

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