行間一:彼にとっての始まり
全ての物語に始まりがあるように。
その少年にだって始まりの物語がある。
「アーサーさんの原点は何ですか?」
それは『カプリコーン帝国』と『ポラリス王国』を抜けて、まだ『スコーピオン帝国』に着く前の道中。ラプラスの指南でアーサーとレミニアが絞られた夜、三人で焚き火を囲んでいるとラプラスはいきなりそんな風に切り出した。
アーサーはお馴染みのカロリーチャージをかじりながら、若干嫌そうな顔を彼女に向けた。
「……藪から棒に何だよ」
「いえ、私は晴れてアーサーさんと契約した訳ですから、アーサーさんの事を知りたいんです」
「あっ、それならわたしも知りたいです」
ここぞとばかりにレミニアも手を挙げてアーサーの逃げ場が無くなる。ますます苦い顔になるアーサーはレミニアを睨むが、彼女はアーサーの表情など見えていないように目をキラキラと輝かせて、
「知らないんですか、兄さん? 女の子は好きな相手のことは知りたくなるんです。今思えばわたし以外の妹さんの事もあまり聞いていないですし」
「それは私も気になります。資料としての僅かな話しか知りませんので、アーサーさんの口から直接聞きたいです」
「いや、お前らが俺の事を慕ってくれてるのは分かるし嬉しいんだけどさ……」
最後の一欠片を口の中に放り込みながら、アーサーはどうしようかと迷っていた。
自分の原点、と言われて思いつく話は一つだけだ。どれを話そうかと迷う事はない。
おそらく、この状況のように彼が彼女達にせがまれて話さないのは不可能だ。しかしいくら彼女達が相手とはいえ、進んで話したい話でもないのも事実だった。
「……それなら、話す代わりに俺からも一つお願いがある」
「はい、スリーサイズですね? 私は上から……」
「いやそういうのじゃないから!? 隣でレミニアも引かないで!!」
口元を覆って絶句しているレミニアに弁明しながら、アーサーはその元凶であるラプラスに睨むような目を向ける。
「……ラプラスも悪ふざけはやめてくれ。ただえさえあのキスからレミニアの疑念がまだ晴れてないんだ。それに、スリーサイズだってどうせ教えるつもりは無いんだろ?」
呆れながら言うと、ラプラスは急に目線を逸らしながらもじもじし出した。焚き火の光が無ければその顔は赤く染まって見えていたかもしれない。
「……いえ、その……アーサーさんがどうしてもと言うなら……」
「兄さん……」
「……俺はもう何も突っ込まないからな」
こいつら精神的に追い込んでうっかり喋らせるつもりなんじゃないか? とアーサーは割と本気で思った。とりあえず今まで飲んだ事すら無いが、今後も絶対に酒は飲まないと静かに誓った。彼女達の前で酔ったら何を聞かれるか分かったものじゃないからだ。
「……俺がお願いしたいのは『未来観測』の使用だよ。話が終わったら、その演算能力を使って欲しい」
「それなら条件に出すまでもなく別に構いませんが……一体何を観れば良いんですか?」
「それは話し終わってから伝えるよ。妙な先入観を与えて話の後の演算結果に支障が出て欲しくないし」
話すと決めてから、二人の視線を集めてアーサーは深く息を吐いた。彼自身気づいているのかは分からないが、平静を保つ時のクセで右手が胸のロケットに向かう。
「……正直、誰かにこれを話すのは初めてなんだ」
その少年の始まりは『どこから』なのか。
産声を上げてこの世に生まれ落ちた時か。
『ジェミニ公国』で魔族を殺して旅を始めた時か。
魔族の妹のビビを殺されて『魔族領』を目指し始めた時か。
『カプリコーン帝国』で停滞を超えて立ち上がった時か。
それとも、『ディッパーズ』として仲間達と立ち上がった時か。
きっとその全てが正解であり、その全てが否だ。
彼にとって一番最初の始まりは、これから未来でどんな事があってもあの瞬間だ。
つまり……。
「……八年前のあの日だ。あの日、俺の世界の全てが終わって始まったんだ」
頼りなさげに揺らめく炎の光に照らされたアーサーの顔は、何かの拍子ですぐに壊れてしまいそうなほど儚げだった。
そして彼はゆっくりと目を閉じる。
過去への追憶と、それを言葉に示すために。
ありがとうございます。
という訳で前回の章のヘルトの始まりの話に引き続き、今回の章の行間ではアーサーの始まりの話をしていきます。今まで意図的に触れて来なかった、最初の妹のレインの話です。