214 開戦に繋がる閃光
一番最初に気づいたのは犬のカヴァスだった。
自然魔力感知を使える結祈も、第六感を持つサラも、謎の戦闘勘を持つアーサーも、未来を観測できるラプラスもそれに気づくのが遅すぎた。
そして、その光を認識した時には全てが遅かった。次の瞬間には体が吹き飛び、宿屋が内側から爆破されたように吹き飛んだのだ。
それがエクレールによる雷速突進だと気づいたのは何人いたのだろうか。
即座に『纏雷』を発動させた二人、アレックスは近くにいたシルフィーとレミニアを、結祈はサラの体をそれぞれ抱えて宿屋が完全に倒壊する前に外へ逃げた。だが『雷光纏壮』ほどではなくとも速度が上がる『纏雷』に比べて、アーサーが使える『天衣無縫・白馬非馬』や『何の意味も無い平凡な鎧』では大きな速度アップは見込めない。さらに他の四人よりも宿屋の内側にいたのも運が悪かった。出口に向かって走っている途中に間に合わないと悟ったアーサーは、外に逃げるのを諦めてラプラスの体を抱きしめて守る事を決断した。
「マスター!? ダメです!!」
その考えが伝わったのだろう。ラプラスは逆にアーサーを突き飛ばして助けるために胸を押すが、対格差でアーサーの方が力が強い。死ぬかもしれない衝撃に備えてぎゅっと目を瞑る。
そして、それは諦めかけた時に起きた。
ドンッ、と。
ラプラスを抱きしめるアーサーの体が誰かに押されたのだ。
瓦礫の落ちる危険地帯から外へと突き飛ばされる直前、目を開いたアーサーが見たのは白い毛並みだった。
「カ……ッ!?」
手を伸ばしても届かなかった。
最後に見たのは笑みにも似た表情。それを最後にカヴァスとの間に宿屋だった瓦礫が無慈悲に降り注いだ。
「カヴァスッ!!」
倒壊した直後の建物はまだ崩れる可能性があるという危険は理解していた。それでもアーサーはラプラスから離れてカヴァスのいた場所に向かい、邪魔な瓦礫を退かす。周りから何かを言われているような気がしたが、そんなものには耳を傾けず一心不乱に瓦礫を退かす。
アーサーの頭に冷静さが戻ったのは、皮肉にもカヴァスの姿を見たからではなく、退かした瓦礫の下から赤い血が流れているのを見た時だった。
「ま、マスター……」
名前を呼ばれても振り返れなかった。どんな顔で彼女と向き合えば良いのか分からなかったのだ。
「カヴァスは……?」
「……、助けられた……カヴァスがいなかったら、俺達は今頃……」
「……答えに、なっていませんよ……」
アーサーに対して使うには、珍しく棘のある言葉だった。
ラプラスはアーサーの横を通り抜け、続きをやるように血の上の瓦礫を退かしていく。『未来観測』の力を使っているのか、瓦礫が崩れないように上手く退かして中へと進んでいく。やがて目的の場所に辿り着くと、ラプラスは体の動きを止めた。
五人からはラプラスの背中に隠れたそれは見えない。けれど、隣に立っていたアーサーには見えていた。
二人の命を救ってくれた小さな英雄。白く綺麗な毛並みは自らの血で赤く染まり、忙しなく動いていた姿は見る影もなく、ぐったりと倒れていた。
「……家族、だったんです」
ぽつり、と。
それこそ近くにいたアーサーにしか聞こえない程度の声量でラプラスは呟く。
「五〇〇年も幽閉されて、それからマスターに出会えて、カヴァスにも出会えました。マスターを送り出した後もずっと一緒にいて、毎日少しずつ成長していくのを見守って、寝る時ですら離れずに……小さくてもようやく掴んだ幸せだったんです」
「ラプラス……」
ラプラスは血が付くのも気にせずにカヴァスの亡骸を胸に抱き寄せた。肩を震わせながら小さな嗚咽を漏らすラプラスを見ていられなくて、アーサーは彼女の傍らに腰を下ろして頭を撫でながら抱き寄せた。
後ろから見れば傷ついた少女を慰める優しい少年の姿。しかし、正面からなら同じ人が見ても違った印象を受けたはずだ。その目が優しい手付きとは対照的に憤怒の色を帯びていたのだ。
(ああ……分かったよ。これがお前のやり方か、ダイアナ・ローゼンバウム)
敵対者には容赦しない。
必要なら殺す事も辞さない。
世界中の魔力を消滅させる。その過程でどれだけの人と魔族が死んでも構わない。
どんな考えがあるのか、どんな人生を歩んで来たのかは分からない。もしかしたらセラと同じように大きな想いを抱えているのかもしれない。
だけど。
(……認められない、認められるかそんなもの! たとえ世界から魔力を消すのが絶対的に正しかろうと、命を奪う権利なんかアイツには無い! 私怨だろうと何だろうと知った事か、この借りは必ず返すぞ!!)
アーサーよりも物が見えているのかもしれない。
アーサーよりも多くの世界を見てきたのかもしれない。
けれど、彼女達は重要な事を分かっていなかった。人が大切なものを奪われたら、理性などかなぐり捨ててブチ切れる、と。つまり彼女達は『担ぎし者』のアーサーを遠ざけたいなら、絶対にやってはいけない事をやってしまったのだ。
それに気づいているのかいないのか、どうあれ今回の戦いの火蓋はこうして切られた。
ありがとうございます。
遂にアーサーの仲間に死亡者(?)が出てしまいました。
そして次回、この物語の今後にとても重要な回になります。