213 『オンリーセンス計画』
戻った宿屋には先程の騒ぎのせいか人一人いなかった。どうやら店主も含めて全員がどこかへと避難したらしい。流石に七人となると部屋では狭いので、一階に隣接してある酒場の方に集まって話をする事にした。
「……つまり、いつも通り欲張りなテメェはセラも一緒に助け出してえが、向こうにはセラの他にもシャルルやエクレールや『サジタリウス帝国』のお姫様も関わっていると。しかもテメェとサラは転移させられて、情報も無くて手出しのしようがねえ、と?」
当然、落ち着いた話な訳がなかった。
七人と一匹の会議でアーサーが一通りの説明を終えると、アレックスの顔は確認と共にどんどん暗くなっていった。
「転移……『空間魔法』ですか。わたしの他にも使える人がいたんですね」
「いや、正確には『空間接続』って言ってた。あいつ自身も転移については否定していた」
「それなら『接続魔術』でしょうね」
感慨深げに呟くレミニアを否定すると、そこにラプラスが追加の説明を加えてきた。
「ラプラスさん。『接続魔術』というのは何ですか? わたしの転移とは違うのですか?」
「実際は疑似転移に使う魔術ではないのですが、今回のケースでは有体に言って『空間魔法』の劣化版ですね」
「劣化版?」
「はい。そもそも『空間魔法』は転移だけでなく色々な応用ができますし、転移も対象を別の場所に直接転移させられますが、『接続魔術』による移動は空間と空間を繋げるだけです。マスターは『ポラリス王国』で私達が出会った『造り出された天才児』を思い出して貰えれば早いですね。『接続魔術』は科学でも再現できますが、『空間魔法』は科学では再現できません。なにせ魔法ですし」
「空間を繋ぐ『接続魔術』か……」
「実際には離れた物と物との空間を繋ぐためのものなんですけどね。それで転移しようとするなんて、そのダイアナ・ローゼンバウム=サジタリウスという人物は相当思考が捻じれていますよ」
魔術に疎いアーサーからすれば、細かい事情など関係なく『接続魔術』も『空間魔法』も強力だ。むしろ常識から外れすぎていない『接続魔術』の方が身近に感じるくらいだ。使い道が空間を繋げる事しか無いのだとしても応用はいくらでも利く。それこそ『空間魔法』にはできない事も。例えば……。
「―――ッ!? 『天衣無縫・白馬非馬』!!」
何かに気づいたアーサーは疲労を推して魔術を使用する。そして辺りをぐるりと見回し、一つのテーブルをひっくり返した。
「この会話を聞いているな、ダイアナ・ローゼンバウム!!」
ひっくり返したテーブルの下、本来ならテーブルの下側辺りだった場所に小さな黒い穴が浮いていた。
「……よく気づいたわね」
その穴の中から女性の声が聞こえてきた。そしてすぐに穴は人と同じ大きさまで広がり、そこから話題の渦中の女性、ダイアナ・ローゼンバウム=サジタリウスがこちら側に踏み出して来た。
「こいつが……」
「ああ、ダイアナだ」
呟くアレックスにアーサーが答えると、その瞬間に他の五人も臨戦態勢に移った。
七人分の敵意を向けられている中で、ダイアナは何も気にしていない佇まいのままアーサーの方を向いた。
「どうして気づいたのか教えて貰っても良いかしら?」
軽い調子の元凶に、アーサーは警戒しながら口を開く。
「……『接続魔術』は転移とは違って大仰な魔法陣も無いし光を放つ事もなかった。小さな穴一つでも音が通るなら盗み聞きし放題だからな」
「普通はそう使うとは考えないものなんだけどね」
「残念だったな。そういう手段を考えるのが俺の十八番だ」
「……なるほど。同じ穴の狢って訳ね」
どこか納得したように呟くダイアナ。それに対してアーサーは怪訝な顔を浮かべた。
「同じ? 俺とあんたが?」
「私もあなたもただ勝つために思考し、最善手を導き出せる。ほら、同じじゃない」
「「「「同じじゃない(よ)(わ)((です))」」」」
ダイアナの断言を、即座に四人の少女が否定した。
「アーサーは勝つためじゃない、生き残るために思考してきたの」
「つまりあんたとは根本的に違うのよ」
「だから軽はずみで兄さんの事を分かった風に言わないで下さい」
「マスターの事になると、私達の引き金は驚くほど軽いですよ?」
彼女達は冷静なアーサーとは対照的に、今にも飛び掛かりそうなほど殺気立っていた。
ダイアナは嘆息してアーサーへと視線を移す。
「愛されているわね、死神」
「まったく、ついに死神ときたか。その呼ばれ方は初めてだけど、妙に的を得てるから笑えない」
「どうでも良い」
だがこの中で一番殺気立っていたのはアレックスだった。静かにユーティリウム製の直剣を鞘から抜いて構える。
「つまり、テメェを倒せば全部終わりって事だろ!!」
「っ!? 待てアレックス! ヤツに手を出すな!!」
しかしアーサーの制止は虚しく、アレックスは『纏雷』を発動させてダイアナへと斬りかかってしまった。
肩から斜めに斬る軌道で振るわれた剣が間近に迫る中、ダイアナは微動だにしなかった。かといって黙って攻撃を受けるような相手でもなかった。
結論から言えば、アレックスが振るった剣はダイアナには届かなかった。その切っ先はどういう訳か、アレックス自身の背中を斬りつけたのだ。
アレックスが影になってよく見えないが、おそらくこれは『接続魔術』の応用だ。自分の体の前に黒い穴を剣の軌道に沿わして縦長に展開し、その先をアレックスの背中に繋げたのだろう。
シンプルだが強力な防御法だ。アーサーだってこの魔術が使えたら同じ手段で使っている。だからこそアレックスを静止させようとしたのだから。
「アレックスさん!?」
アレックスがやられたのを見てシルフィーが声を上げた。そして反射的に攻撃用の魔術を発動させる。そして今にもそれを撃ち出そうとした直前、今度こそアーサーの方が先に行動を終わらせた。
「全員動くなァ!!」
アーサーはシルフィーの魔術に右手で触れて破壊してから声を上げた。その声にシルフィー以外にも反撃しようとしていた四人の動きが止まる。
「動くなって……こっちは今、アレックスさんがやられたんですよ!?」
「先に仕掛けたのはこっちだ。それに、ダイアナのヤツはその気になれば接続先を他の人の首元に移す事だってできたんだ。それをアレックス本人に返したって事は、こいつなりの誠意って事だ」
「ですが……」
まだ何か言いたげな表情だったが、シルフィーは倒れるアレックスに目を移して治療を優先させた。足元に駆け寄るシルフィーをダイアナは一瞥したが、特に手出しをしようとはしなかった。
「とりあえず話合いがしたいっていうならこっちも応じる。それで良いか?」
「ええ、話が通じて何よりだわ。やっぱりあなたは頭がキレる」
一応は話合いという体を保つためか、ダイアナは倒れている椅子の下に黒い穴を作って落とし、腰の高さあたりに作った接続先から椅子を出して四本脚を立たせてそこに座る。わざわざ椅子を直すだけなら手を使えば良いと思うが、あえて力を使う事でアレックスのように攻撃されないようにしたかったのか。
応じると言った以上、アーサーの方もいつまでも突っ立ったったままという訳にはいかない。こっちは普通に手を使って椅子を直して座る。
「で、何の話から始める?」
「ちょっと待って。もう一人来るわ」
もう一人、と言われれば彼女以外にいなかった。ダイアナが生みだした『空間接続』の穴を通ってサイドテールの少女がこの場に現れる。その人物を見てアレックスは倒れたまま睨みつける。
「シャルル……」
「裏切ったな、なんて安い台詞は言わないでよ? ボクは最初からこっち側で、キミ達とは相容れない存在だったんだから」
「利用しただけだっていうのか……」
「アレックスだってボクをそこまで信用してなかったでしょ? だから城に入るために利用した。お互い様だよ」
「……俺は」
「話はそこまでだ、シャル。本題に入ろう」
アレックスの顔は色々な思いで歪んでいたが、ようやく情報を得る機会がやってきた事に、アーサーは内心でガッツポーズをしていた。ここでダイアナの目的と、最低でもセラの安否については聞いておきたかった。
「セラは?」
「生きてはいるわ。彼女は私達の賛同者なのだから、当然でしょ?」
「そうか……」
どこまで信用できるかは分からないが、セラが無事だという事についてはほっと安堵する。ただし気は抜かずに、頭は次の質問に回す。
「……セラ・テトラーゼ=スコーピオンはあんたがこの世界を直接潰すと言っていた。あんたの目的は?」
「よく聞いてくれました……なんて言って、よりにもよって『担ぎし者』のあなたにそれを教えると? リスクが高すぎるわ」
「それじゃ対話にならないな」
「そちらばかり質問攻めでも対話になっていないと思うけど?」
お互いがお互いの腹を探り合うように、鋭い目線で睨み合う。ただ座っているだけなのに緊張感のせいで酷く疲れる。今すぐ右手で触れればこの戦いを終わらせられるのではないかと、無意味な思考すら浮かんで来た。
「……プロジェクト:オンリーセンス。いいえ、『オンリーセンス計画』と呼んだ方が良いですか?」
その緊張状態を突き破るように、アーサーの隣に移動してきたラプラスが言う。アーサーには何のことだか全く分からなかったが、その発言にダイアナの方は大きく目を見開いた。
「……なるほど、あなたは『ポラリス王国』の演算装置ね」
「ラプラスです。科学に慣れていない魔術国出身者にしては中々でしたが、データを完全に消去しきれていなかったのは失敗でしたね。私は城で『オンリーセンス計画』についての詳細を見ました」
「……それで?」
「そのうえで聞きます。この世界から魔力を消すなんて正気ですか?」
「……ぁ?」
その声は誰の口から洩れたものだったのか。いや、もしかすると全員が感じていた事だったのかもしれない。
「……おい、冗談だろ? 今この世界がどれだけ魔力に依存してると思ってるんだ!?」
対話に臨むアーサーは思わず叫んだ。
「科学があるわ。そこまで問題ないじゃない」
「だから、その移行期間にどれだけの混乱が広がると!? そんな単純な話じゃない!!」
「いいえ、至極単純よ。これで魔族は力を失い、『第三次臨界大戦』は起きない」
「っ、そもそもあんたは『サジタリウス帝国』のお姫様だろ!? それも『ゾディアック』でも随一の魔術国の!! そのあんたがどうして魔力を捨てようとするんだ!?」
「だからこそ、よ」
そこだけは。
その言葉にだけは、余裕の無い強い意志が込められていた。
「あなたもあの国に住んでみればきっと分かるわ。魔術国なんて名前だけで、実際は時代遅れの荒廃しきった国だと」
「……それは、魔法の失敗で豪雪地帯だからか?」
「いいえ。人そのものが、よ」
「……」
今まで戦って来た誰もがそうだったが、彼女にも譲れない信念があるのが見えた。
思い返せば、戦う前にこうして話し合うのも初めての経験だった。そのせいでいつもより相手に感情移入してしまっているのかもしれない。
「セラ・テトラーゼ=スコーピオンの安否については教えたわ。今度はこっちのお願いを聞いて。アーサー・レンフィールド、お願いだから私達の邪魔はしないで。『担ぎし者』のあなたがひっかき回して、これ以上私達の幸せを奪わないで」
「……俺だって、何の意味もなくお前達の幸せを奪いたくはない」
幸せを奪うな、というその言葉の具体的な真意は分からなかったが、誰だって不幸になりたい訳ではない。もし彼女達が世界中の魔力を消さなければ幸せになれないというなら、そこだけは譲れないのだろうと思い理解はできた。
しかし、
「でも、やっぱり俺はお前達の前に立ち塞がる。魔力が無くなれば、俺が大事に思ってる人達にも被害が及ぶから。天秤にはかけられないけど、だからといって黙って見過ごす訳にはいかない」
理解はできても、それを受け入れられるのかは別問題だった。
少なくともここまで訪れた場所、『ジェミニ公国』『アリエス王国』『魔族領』『カプリコーン帝国』の集落は魔力に依存していた。突然魔力が消えてしまえば、犠牲者が出るのは避けられない。
ダイアナ側には僅かに落胆の色が見られた。
ここで話が終われば良かったのに、と心の底から思っているようだった。
「……ええ、どうせこうなると分かっていたわ。そうなると対話はここまでかしら」
「そうだな。次に会う時は正真正銘、敵同士だ」
「待ってるのは命の獲り合いね。……あるいは、あなた達に次なんて無いのかしら?」
「……? それはどういう……」
その言葉の真意を問いただすよりも前に、ダイアナとシャルルは足元に展開した黒い穴に落ちていく。まるで、何かから逃げるように。
「―――わんッ!!」
そして次の瞬間、カヴァスの叫び声が響いた直後だった。
ズガァンッッッ!!!!!! と。
意識が無理矢理破り捨てられるような感覚と共に、莫大な閃光が七人を強襲した。