212 集結する七人
そして、今。
アーサーとサラは絶賛落下中である。
「「冗談じゃないっっっ!!!!!!」」
二人の声が大空に響く。
眼下に広がるのは先程まで死闘を繰り広げていた『スコーピオン帝国』。落下の感覚にはいい加減慣れてきたが、安全な着地の方法は未だに無い崖っぷち男、アーサー。一応『人類にとっても小さな一歩』は運動エネルギーをキャンセルできるので、地面に当たる直前に使えば助かるかもしれないが、タイミングは物凄くシビアだ。
とはいえ現状、それしか手が無い。アーサーは共に転移するためにサラに手を伸ばす。
「サラ、掴まれ! ダメ元で『人類にとっても小さな一歩』を使ってみる!」
「それよりアーサー! さっきの力をグリフォンに!!」
「っ!? ああ、なるほど!」
一瞬だけ言葉の意味を考えたが、すぐにそれを理解すると右手に意識を集中して叫ぶ。
「『獣化・制限解放』!!」
「大型版、グリフォンの魔力場!!」
アーサーの『カルンウェナン』の強化で、サラはグリフォンの能力である魔力の足場をいつもより大きく展開する。すでにそれなりの落下速度を持っているので、垂直にではなく滑り台のように最初は斜めに、それから徐々に曲線を描いて地面と平行するように作り出し、二人して透明な坂を滑って落ちていく。本来ならグリフォンの能力で作った足場は数秒で消えてしまうのだが、そこもアーサーの『カルンウェナン』で延長できていた。
やがて速度が落ちてきて、体重の関係で先に下で停止したアーサーがサラを受け止めて二人の体は止まる。
「な、なんとか今回も生き延びたな……」
「待って、それよりセラは? あたし達と一緒に移動してきたんじゃないの?」
「俺だって分からない。流石に転移の途中に右手で干渉したらどうなるか分からないからされるがままだったんだ」
まあ口ぶりからしてセラはダイアナと名乗った彼女の知り合いのようだし、そこまでの心配はしていなかった。もしかしたら今頃は治療されているかもしれないと楽観視すらしていた。
「そういえばその右手。未だに何の説明も無しなんだけど」
「そういえばそうか。まあ、時間が無いからざっくり言うと魔王の右手をくっつけたから、その力の一部が使えるようになったんだ。それが『魔力掌握』。体内魔力を掌握して動きを止めたり、回路を繋げばこの『獣化』みたいに強化できる」
「回路……? あたし、そんなの繋いだ覚えないわよ」
「俺だって無い。まあ、今はそれよりみんなが心配だ。ラプラス? 聞こえてるか、ラプラス」
インカムを人差し指でノックしながら呼びかけると、すぐに応答はあった。
『聞こえています。生きていた事に関しては今更驚きませんが、何がどうなっているんですか? 感知しているマスターの居場所が突然変わりました。もしかしてアレを使いましたか?』
「約束通り使ってないよ。(……まあ、使おうとはしたけど)」
『ボソッと言っても聞こえていますよ、マスター』
「……地獄耳かよ」
『インカムを付けているのを忘れてませんか? それでなくても、私がマスターの声を聞き逃すはずがありません。それより状況を教えてください。「未来観測」の補強情報にします』
「分かってる、でも話すと長いんだ。みんなは一緒にいるか? 一応サラは救出できたし、レミニアの転移で一旦で落ち合おう」
『待って下さい。結祈さんだけは別行動中なので、そちらと合流してから転移します。場所は……』
「あっ、ちょっと待ってくれ。マナフォンに着信が入った」
ラプラスに断ってからポケットのマナフォンを取り出す。表示されていたのは今し方話題に上がっていた結祈のものだった。アーサーはラプラスを待たせたまま通話に切り替える。
『あっ、もしもしアーサー? 今戦ってたエクレールが急に飛んで行ったんだけど、もしかして全部終わった?』
エクレール。今回の件で最大の敵だった雷の塊にして、なり損ないの『一二災の子供達』。それと戦って平然としている相変わらずの強さに呆れながらも言葉を返す。
「終わったっていうか始まったっていうか……とにかくサラは取り戻したけどまだ全部は終わってない。とにかく昨日泊まった宿屋に来てくれ。話は全部そこでする」
『分かった。じゃあまた後でね』
切れたマナフォンを仕舞い、もう一度ラプラスとの通信に戻る。
「という訳でラプラス。そっちも宿屋に転移してくれ。俺も向かう」
『分かりました。では後ほど会いましょう』
結祈と似たような言葉を残して通信は切れた。小さな事でも目標が決まると心が安らぐのは、それほど今の状況が酷い事の証明のように思えていっそ笑えてきた。
「じゃあ俺達も行こうか」
「一応聞くけどどうやって?」
「まあ、道も分からないしとりあえず落ちてみる? 困ったらラプラスに聞けば良いし」
『すみませんマスター。言い忘れてました』
「あれ、ラプラス?」
切れたはずの通信が戻って来た。何かと思い耳を傾けると、ラプラスはこちらの状況が全て見えているかのように告げる。
『そこは宿屋の真上なので、落ちれば最速で着けますよ?』
「……」
それだけ言い残して通信は再び切れた。
いや、分かっている。彼女はあくまでアーサーの身を案じているだけで、決してストーカーの類いではないと。……ただ、まあ、居場所がバレているうえに観測によって未来まで見られているとなると、流石に色々言いたい気分になってくる。
「……じゃあ落ちるか」
「待ってあんた今の一瞬で何があったの!?」
今のラプラスとの会話を聞いていなかったサラの疑問の声にアーサーは答えなかった。サラの手を掴み、右手で行っている『獣化』の強化を止める。
その直後、足場が消えてすぐに落下が再開する。
突然足場が無くなって悲鳴を上げるサラを掴んだまま、アーサーは地面に激突する直前に『人類にとっても小さな一歩』を使って運動エネルギーをゼロにして無事に着地する。高度が低かった分、難易度は低くなっていて助かった。
「っと、よし、無事に着地できた。無事かサラ?」
「……ぶ」
「ぶ? う、げぇっ!?」
俯いて息を荒らしていたサラの様子を心配して窺うと、彼女はアーサーの襟を掴んで睨むように涙目を向けてきた。
「無事な訳ないでしょ!? あんた、あたしが高所恐怖症って忘れたの!? 心臓が飛び出ると思ったわよ!!」
「わ、忘れて、ないけど……っ」
「ないけど!?」
「いざと、なったら、一人でグリフォン……足場、出すかと……」
今にも意識が持ってかれそうなアーサーが言葉を絞り出すと、サラはキョトンとして襟から手を離した。
「なるほど。盲点だったわ」
「げほっ、げほっ! ま、まったく。さっきは機転が利いたのにバランス悪いな……」
「それ、あんたにだけは言われたくないわ」
何とも不毛な争いを続けていると、すぐ傍の地面に魔法陣が浮かび上がる。そしてそこからレミニア、ラプラス、アレックス、シルフィーの四人が出てきた。
「あとは結祈か」
「うん、お待たせ」
話していると彼女はすぐに来た。アレックスの『纏雷』を使って来たのか、体に稲妻を迸らせていた。
結祈はサラの姿を捉えるとニコリと微笑む。
「おかえり、サラ」
「ええ、ただいま。心配かけてごめん。それと、助けに来てくれてありがとう」
「ううん。無事に戻って来てくれて何よりだよ」
親友二人の再会は微笑ましい光景だった。これだけで、ここ数日の苦労が報われるような思いだった。
ただし、それに納得しつつもどこか疲れた表情の男が一人。
「俺達も頑張ったんだがなぁ……」
「水を差してはいけませんよ? アレックスさん」
「分かってるよ。……ったく、いつもこんな役回りだ」
そこから目を逸らすように、アレックスは自分とは違う種類の納得しきっていない顔のアーサーへと目を向けた。
「で、アーサー。テメェはサラを取り戻すっつう目的を果たしたってのに、これ以上何を語るってんだ?」
「宿屋の中に戻ったら話すよ。なんだかんだ、この七人が一堂に会するのは初めだし一旦落ち着こう」
「俺は本当に落ち着いた話が来る事を祈るばかりだぜ……」
ありがとうございます。
という訳で、始まりました第一二章。今回の章は今後全てに関わる結構重要な章になります。
では次回から一日一本投稿に戻ります。