20 変えられない性分
「つーか、この後どうするよ。前みたいに森に戻ってテントでも張るか?」
「そうだなあ……。ぶっちゃけ前と状況が違うから宿に止まっても良いんだけど、なにしろ金がなあ……」
現実的な問題、ここで支払いを済ませると宿どころか他に何も買えないほどのお金しか残っていない。最悪テントがあれば野生の動物と野草だけでも食い繋げはするが、なにしろ安定性がない。例えばでかい嵐でも来ればそんな生活は一瞬で淘汰されてしまうだろう。
「あれ? 二人ともこの町の人じゃないの?」
割と差し迫った危機について話をしていると、少女が会話に割って入る。
「ん? ああそうか、そういえば言ってなかったな。俺達はちょっと遠くの村から来たんだ。ここには『タウロス王国』に行くついでに寄っただけだよ」
「わざわざ『タウロス王国』に何の用?」
「別に『タウロス王国』に用があるって訳じゃなくて、とりあえず目指してるってだけなんだけど……」
口を濁したのは初対面の、それも少女に向かって『魔族領』に行く、とは言えなかったからだ。かといって嘘をつくのも憚られるため、なんとも中途半端な答えになってしまった。
「じゃあ今日はこの町に泊まるの?」
少女もその気配を感じ取ってくれたのだろう。深くは追随してこなかった。それに甘えてアーサーも話を進める。
「まあそうなるかな」
「宿は?」
「これから決める……と言っても、お金が無いから泊まれないだろうけど。何かこの辺で激安の宿とかってないか?」
中々の無茶ぶりに少女は少し唸るように考えてから、
「あるよ」
「マジで!? そこ安い!?」
「うん、タダだよ」
「……なんかタダって聞くと途端に胡散臭くなるな。寝てる間に身包み剥がれるなんて事ないよな?」
「あはは、それは無いよ。それに前金は貰ってるし」
「前金?」
首を傾げるアーサーに対し、少女は薄く笑って、
「ご飯のお礼に家に止まってくのはどう? つり合いは取れてると思うけど」
「……良いのか?」
「うん、おじいちゃんもいるけど絶対に断らないから大丈夫だよ」
懐が大分寂しい事になって来た二人にとって、それはとても助かる提案だった。情けは人の為ならずと言うが、それがこんな形で帰ってくるとは予想外だった。
アーサーとアレックスは一瞬だけ視線を合わせると頷き合い、少女の好意に甘える事にした。
「つーか家が近いならそこで飯を食えば良かったんじゃあ……?」
「何言ってんだアレックス? 帰る余裕も無かったから倒れてたんだろ?」
「そうだよ、本当に一歩も動けなかったんだから」
「だから普通はそうなる前に何とかするもんなんだよ異常者共! あーもう、早くお前のおじいちゃんって人に会いてえなあー! 絶対に俺の方が正しいって理解してくれるはずだぜちくしょう!!」
「アレックス、店の中だ。他の人の迷惑になるから叫ぶな」
「……大丈夫?」
突然のアレックスの叫びに少女は心配そうな顔で言うが、アーサーは適当な調子で答える。
「大丈夫大丈夫。アレックスはたまに情緒が不安定になるだけだから」
「誰のせいだ誰の!!」
◇◇◇◇◇◇◇
そんなこんなで、アーサーとアレックスは少女の家にお邪魔する事になった。町の中にあると思ったが、予想に反し少女は町から出て森の中を先導してくれる。まあ、そもそも着ている服が町とは合っていなかったので、当然と言えば当然かもしれないが。
「そういえば、まだ自己紹介とかしてなかったな」
今更ながらにアーサーが思い出したように呟く。
「そういえばそうだね。じゃあワタシから言う?」
「ん、じゃあ頼む」
突然始まった自己紹介タイムに、少女はわざとらしく咳をしてから言う。
「こほん。じゃあ改めて、ワタシの名前は近衛結祈。気軽に結祈で良いよ」
「このえゆき? 結祈の方が名前って事か? 何か俺達とは感じの違う名前だな」
首を傾げるアレックスとは対照的に、アーサーの方はその理由を知っているようだった。
「アレックスがそう思うのも無理はない。その名前は漢字が使われてるんだろ?」
「よく分かったね」
「かんじぃ?」
聞き覚えの無い単語にアレックスの首の角度がさらに大きくなる。
そんなアレックスを見かねてか、アーサーが説明を始める。
「主に『ポラリス王国』で使われてる文字だよ。『ジェミニ公国』じゃ馴染みはないけどな」
「じゃあなんでテメェは知ってんだよ」
「漢字じゃないと読めない本があったんだ。気になる本だったからどうしても読みたくてさ」
「そのためにわざわざ覚えたのか!?」
「そもそも字は違っても発してる言葉は同じなんだ。古代文字じゃあるまいし、少し勉強すれば誰でも会得できるよ。今度教えてやろうか?」
アレックスは遠慮しとくぜ、と言って首を左右に振った。
アーサーからしてみれば、いづれ『ポラリス王国』に行く事を考えると覚えてた方が便利だと思った訳だが、まあ無理して覚える必要も無いか、と思い引いた。
「それにしてもその服装といい名前といい、出身は『ポラリス王国』なのか?」
「……」
「結祈?」
「えっ? あ、うん、そうだよ。といっても子供の時にはもうこっちにいたから、向こうの事はほとんど分からないけど」
一瞬、結祈の目が鋭くなったような気がしたが、アーサーは気づかぬフリをした。
誰にだって触れられたくない部分はあるし、移住の原因がそこら辺に絡んでいるような気がしたので、何か別の話題に変えようと口を開きかけたその時だった。隣を歩いていたアレックスがアーサーの首に腕を回し、結祈に会話を聞かれないように意図的に数歩後ろに下がる。
「それで? 後の事は考えてんのか?」
「?」
迷っている途中で話題を振ってくれた事には内心感謝するが、正直アーサーにはアレックスが何の話をしているのか理解できなかった。
その様子にアレックスはわざとらしく溜め息をつくと続ける。
「本当、行き当たりばっかりだなテメェは。今日は結祈のやつの家に泊まるとして、明日からはどうする気だ? まさかずっと世話になる訳にはいかねえだろ」
そこまで聞いて、ようやくアレックスの意図が分かった。アーサーの答え次第では結祈に聞かれるのはまずい部分がある。
そもそも一食奢ったくらいで一日泊めてもらう時点で恩が膨らんで返ってきているようなものなのだ。意図的では無いにしろ、考えてなかった=明日も泊めて下さいとは言えないし、本来の目的地の話をしようものならこの場で逃げられても不思議ではない。そこら辺はアレックスなりの配慮なのだろう。
「……正直考えてなかった。でも、できればしばらくはアイツの傍にいたい」
「なんだ? 惚れたのか?」
「茶化すなよ、そんなんじゃないって。ただ、あいつの目の奥に覚えがあるんだ」
「目の奥に覚え?」
「……よく分からないけど、何か嫌な感じがあったんだ。問題があるならなんとかしたい」
「なんとかしたいって……。お前なあ」
呆れを通り越してある意味感心していた。ビビの件からまだ数日、心に負った傷もまだ新しいものなのに、心配しているのは他人の事。それもあって間もない空腹で行き倒れるような少女のを、だ
「(余計な事に首を突っ込むと痛手を負うってのが分からねえのかねえ……。まあ、分からねえんだろうなあ)」
「ん? なんか言ったか?」
なんでもねえよ、と言ってアレックスはアーサーから離れる。いつまでもくっついているのも気持ち悪いので、内緒話は切り上げた。
「まあそいつは良いがよ、本題の方はどうなんだ? テメェそれからの事はちゃんと考えてんのか? 一応言っとくが、もう素寒貧だぞ俺ら」
「それは確かにマズいよなあ……。どっかで簡単に金が手に入る方法とかってないのか?」
「んなもんあったらとっくにやってんだろ」
と、ここで会話に入って来たのは前を歩く結祈だった。顔半分だけ振り返って歩いたままで話し出す。
「そもそも二人はここまで動物を殺してこなかったの?」
何とも意図の読み取れない質問だった。怪訝な顔でアーサーが答える。
「そりゃあ食う分と襲われた時くらいは殺してきたけど……」
「じゃあ素材を剥ぎ取って換金すれば、日々の食事くらいはまかなえると思うんだけど……もしかして知らなかった?」
聞き捨てならない台詞が飛んできた気がした。
「ちょっと待て。換金? できるのか!?」
「そりゃあ動物によって部位の値段は異なるけど、基本的に角とか牙とか毛皮は売れるはずだよ」
「嘘だろ……。じゃあ俺達は知らず知らずのうちに金を捨ててたって事かよ」
打ちひしがれる、というのはこういう感覚なのだろうと思った。
そもそもアーサーとアレックスは村での雑用がほとんどであり、動物の討伐は腹が減った時に仕事をサボって勝手にしていただけで食えない部分に関しては無頓着だった。しかも近くの村に行く事はあってもアレックスは料理店が食品店にしか行かないし、アーサーもアーサーで本屋か町に一人だけいた友人に会うぐらいで他の店の事など眼中になかった。だからまさか丁寧に埋葬までしていた動物達が金になるものだったとは夢にも思わなかったのだ。
「ま、まあこれから気を付ければ良いだけだし、そんなに落ち込まなくても……というかそんなにお金に困ってたならワタシを助けない方が良かったんじゃあ……?」
「いや、それとこれとは話は別。俺達の金の無さとお前の事情には何の関係もないからな」
そこだけは否定しなければならなかった。打算でする人助けほどみじめなものはないのだから。
「……そっか、随分お人好しなんだね、アナタは」
アナタ、と呼ばれて思い出す。大分話が脱線してしまったが、そもそもアーサーとアレックスの自己紹介が終わっていない事を。
「……悪い、素で忘れてた」
「あ、やっと思い出した? いつ言うか待ってたんだよ?」
少々バツが悪かったので、誤魔化すように頭を掻いてから改めて言う。
「アーサー・レンフィールド。遅くなったけどよろしく」
「アレックス・ウィンターソンだ。よろしく」
ようやく自己紹介を終えて、それから数分ほど歩いた所にそれはあった。
木々を切り倒して拓いたようで、いくつかの切り株に囲まれる形で少し大きめの家が一軒建っていた。家の前には小さい畑と田んぼがあり、狩りと合わせて自給自足の生活をしている事が伺えた。
森の中にこんな空間がある事に、いっそ幻想的なまでの美しさを感じた。それほどまでに、その家はそこにある事に違和感が一切ないのだ。むしろ無い方に違和感を覚えてしまうほどに、得体の知れない、けれどどこか馴染みのあるエネルギーのようなものを感じた。
「ようこそ我が家へ」