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村人Aでも勇者を超えられる。  作者: 日向日影
第一一章 自由の代償はいつも高い Freedom_or_Peace.
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行間四:始まりの終わりとこれからの始まり

 凛祢(りんね)を抱えたままヘルトはすぐに孤立している『魔造』へと追いついた。隣には先程凛祢(りんね)を襲っていたような武装した男が並列して歩いている。どうやら捕まっていたという認識は間違っていないようだった。

 ヘルトは気づかれる前に手に集めた魔力を飛ばす。魔力を扱う者なら誰でも使えるようなごく普通の魔力弾だが、ヘルトが使うのとでは意味合いが違った。まだ細かい魔力の調整に慣れていないからか、魔力弾が着弾した男の体は重力に逆らうように遠くの壁まで吹っ飛んでいった。


(つい)ちゃん!」


 凛祢(りんね)が叫んだので下ろしてやると、すぐに(つい)と呼ばれた相手に向かって走っていく。

 一息ついたヘルトは先程殺した男から奪っておいたリストに初めて目を向ける。全部で一二枚あるそれは、一枚毎に『魔造』についてのそれぞれの詳細が書かれていた。とりあえずすでに顔が分かっている凛祢(りんね)の分は右手で分解し、他の一一枚の写真と目の前の少女の顔を比べてみる。すると一番後ろにその顔はあった。


師走(しわす)(つい)……えっと、彼女の能力は……)


 それなりの文章量があったが、これも『何か』による恩恵なのか、横文字を縦に流し読みする程度でも内容は完璧に頭に入って来た。それによると、師走(しわす)(つい)の能力は……。


「っ!? 凛祢(りんね)! 今すぐ師走(しわす)(つい)から離れろォ!!」


 ヘルトは叫んだが、一瞬遅かった。

 師走(しわす)(つい)は振り向きざまに持っていた銃を凛祢(りんね)に向けて発砲したのだ。こちらは名前まで呼んでいたのだ。決して誤射なのではないだろう。


「くそッ!!」


 一度地面を蹴るだけで、ヘルトは撃たれて倒れそうになっていた凛祢(りんね)の体を抱えて再び師走(しわす)(つい)の背後を取った。"ワタシの家族を助けて"。もし凛祢(りんね)のその言葉が無かったら、すれ違いざまに斬り捨てていたところだ。


凛祢(りんね)、おい! 生きてるか!?」

「……だ、だいじょ、ぶです……」


 見ると傷口から勝手に銃弾が排出され、みるみるうちに傷口が塞がった。理由は知らないが、おそらく師走(しわす)(つい)のように彼女にも能力があるのだと断定して今は疑問を保留する。

 傷口が完全に塞がった凛祢(りんね)はヘルトの腕から離れて立ち上がった。


「……(つい)ちゃん、どうしてですか……?」

「アナタを殺すためって言ったら、それで納得してくれるのかしら?」


 師走(しわす)(つい)はそれが当たり前のように撃ったのだ。家族が大切だと言った少女の事を、その家族でありながら。


「そんな、どうして……ッ」

「有体に言えばお金が貰えるから? そもそもワタシ達『魔造』は最初から処分される事が決まってたのよ? で、その処分役兼抑止力がワタシが生みだされた理由よ」


 パチン、と指を弾いて乾いた音を出しながら(つい)は続けて言う。


「ワタシは能力で全ての『魔造』の命を奪える。それこそ、こうして指を鳴らすくらいの手軽さで一一人を一度に殺せる」


 彼女にとってはその程度の話。一一人の命は驚くほどに軽いのだ。凛祢(りんね)(つい)の事を家族だと思っているのだろうが、彼女にとっては金ヅル程度の認識でしかないのだ。

 その事実に凛祢(りんね)の顔がくしゃりと歪む。


「……ワタシ達は、家族じゃ……」

「クドイわよ。現状がよく分かってないようだけど、ワタシはこうして話してる間にもアナタ達全員を殺せるのよ? ワタシの機嫌を損ねない方が良いと思うけど?」


 もはや和平の道は途絶えたと、傍らでそれを聞いていたヘルトが結論付けるには十分過ぎる内容だった。

 面倒くさそうに溜め息を吐き出しながら、凛祢(りんね)の盾になるように前に出る。


「……凛祢(りんね)の身とその家族の身を守る。両方守らなくちゃいけないのがぼくの理想の難しい所だけど……覚悟はもうできている」


 きっと意味は通じていないだろう。何を言っているのか、理解だってされていないと分かっている。そもそも最初から自分の理想を知って貰おうとも理解して貰おうとも思っていないのだ。

 それからスイッチを切り替えるように、首に手を添えながら傾けてゴキリと鳴らす。


凛祢(りんね)は家族は優しいと言っていた。()()()()()()()()()()()()()()凛祢(りんね)の家族を殺そうとする以上は敵だ。たとえ後で凛祢(りんね)に恨まれる事になるとしても、ここでその芽は摘む」


 その宣言から行動までは早かった。

 一瞬、消えたかと思うくらいの速度で駆けると(つい)の首を掴み、そのまま壁をぶち破って外に出た。そしてすぐに空高くへと(つい)の体を投げ飛ばす。


「野球はやった事が無いんだけど……っ!」


 銀色に輝く剣を虚空から取り出したヘルトはそれを両手で握り、落ちてきた(つい)の体をバットみたいに振った剣で思いっきり斬り飛ばした。胴体を両断するつもりで振ったのだが、やはり剣の扱いには慣れていないのが良くなかったのか、斬り裂けたのは脇腹だけで(つい)は鮮血を撒き散らしながら吹き飛んで行った。

 それでも致命傷のはずだった。死亡を確認するためにヘルトは近づいていくが、そこで奇妙なものを見た。今しがたつけたはずの傷が、みるみるうちに塞がっていたのだ。


「……なるほど、凛祢(りんね)と同じ能力も持っているのか。資料、最後まで読んでおくべきだった」

「『損傷修復(オートヒーリング)』よ……とはいえ、痛みはあるんだからね……」


 そんな事を言っている内にヘルトがつけた傷は完全に治っていた。(つい)はゆっくりと立ち上がりながら、


「ご覧の通りワタシは殺せない。これは文字通り自動で発動する。体内魔力を使っている訳じゃないから魔力が尽きる心配もいらないけど、素直に痛いのは嫌だから全力で逃げるわよ?」

「……きみがいる限り凛祢(りんね)達は危険だ。だけど好き好んで殺したい訳でもない。『魔造』を殺す能力を消す術は無いのか?」

「無いわね。ワタシが使わないって確約しないと。でもアナタはワタシを信じないでしょ?」


 期待は最初からしていないようで、別に説得するつもりもないようだった。

 だがヘルトはその予想に反して首を横に振って、


「いや、信じるよ? 根拠は凛祢(りんね)はまだ死んでいないから。きみだってどうせ本当は殺すつもりなんてないんだろう? もしかして、最初から死を偽装して彼らから助けるつもりだったとか?」

「それは……」


 そうして、(つい)が内に秘めていた真実を語りそうな、正にその寸前だった。

 強襲してきたのは赤黒い巨大な尾。それが(つい)の背中から体を貫いたのだ。それは正面にいたヘルトにまで飛んで来たが、彼は寸での所で剣で防いだ。尾が(つい)の体から引き抜かれると、腹に大きな穴を空けた(つい)がヘルトの方に倒れて来た。ヘルトはそれを受け止める。


「おい、『損傷修復(オートヒーリング)』はどうした!? なんでさっきみたいに傷が塞がらないんだ!!」


 ちゃんとリストに目を通しておけば、回復を封じるその力を分かっていただろう。だがどうあれ師走(しわす)(つい)は手遅れだ。この深手では、もう数秒と持たず絶命するだろう。

 彼女自身、それが分かっているのかヘルトの耳元にか細い声で最期の言葉を残す。


「……せめ、て……りんね、は……たす……け……」

「……ッ」


 その言葉だけで、先程聞き損ねた彼女の言葉はもう全て分かった。

 ヘルトは彼女を殺した尾が飛んで来た方を睨む。そこに立っていたのは、なんてことの無い一人の少年だった。その顔だけなら、ヘルトは知っていた。


霜月(しもつき)琲琉(はいる)か……ッ!!」


 リストの上から一一枚目にあった写真の少年だった。

 能力までは知らない。だが『損傷修復(オートヒーリング)』を無効化する何かがあるのは分かっているので、ヘルトは警戒心を最大まで高めていた。


「どうして君のようなヤツが突然乱入して来たのかは知らない。でもおかげで、僕を脅かす唯一の力を確実に処分できた」

「……()()()師走(しわす)(つい)を殺して何とも思っていないのか?」

「おかしな事を言うね。生物が生き残るのに天敵を殺すのは自然の摂理だよ。弱肉強食って言葉を知らないのかい?」

「……」


 一方的な物言いだったがヘルトは何も言い返せなかった。心のどこかでは彼の言葉を認めていたからかもしれない。あるいは体感時間で数時間前に、自分が天敵を殺さなかったせいで死んだからか。


「いつか、君と遊びに来るよ。それまでは死なないでよね、()()()()()()()()

「……待て。どうしておまえがぼくの名前を知っているんだ……!?」


 数時間前にここに来たばかりで、自己紹介といえば凛祢(りんね)にしたくらいだ。初めて見る彼に名前を知られているのはどう考えても不自然だった。


「それが知りたいなら翔環(とわ)ナユタ。彼女の事を調べる事をお勧めするよ」


 質問への答えと受け取れなくもない言葉だけ残して、霜月(しもつき)琲琉(はいる)はここから逃げるように離脱した。すぐに追いかければ捕える事もできたのだが、それでは凛祢(りんね)を含め、他の『魔造』を見捨てなくてはならなくなる。

 ヘルトは歯噛みしながら、霜月(しもつき)琲琉(はいる)が逃げて言った方向から視線を切って施設の方へ急いで戻った。

 そして、そこから先は語るまでも無いほど呆気なかった。

 ヘルトが介入した事で襲撃者の思惑は完全に失敗。彼は全員を殺す事でこの場は治め、助けた『魔造』達はそれぞれ散り散りに外の世界へと逃げて言った。

 そして最後までヘルトに付き合って残っていた凛祢(りんね)は、ずっと我慢していた聞きたかった事をヘルトに尋ねる。


「それで……その、(つい)ちゃんはどうなったんですか……?」

「……」


 答えない訳にはいかない質問だった。

 もしかすると、凛祢(りんね)はヘルトの答えを分かっているのかもしれない。つまり彼が戻って来て『魔造』が誰も死んでいない事が、師走(しわす)(つい)が死亡している証だと。

 その気配を感じ取りながら、ヘルトは必死に頭を回していた。


("ワタシの家族をたすけて"……誰の言葉か思い出せ、ヘルト・ハイラント! 凛祢(りんね)が願った結末が、こんな救いの無いものであってたまるか!!)


 救いたかった家族が救いたかった家族を殺した。そんな残酷な真実を目の前の助けたい少女に突き付けるという選択肢はヘルトの中には無かった。しかし、どうあっても霜月(しもつき)琲琉(はいる)師走(しわす)(つい)を殺した現実は変えられない。

 では、どうやってこの事実を誤魔化す?


「……ぼくが師走(しわす)(つい)を殺した」


 すぐに出てきた答えはそれだけだった。

 霜月(しもつき)琲琉(はいる)の代わりに(つい)を殺した罪を背負う。今までも何度もそうしてきたように、ヘルトは慣れた様子でさらりと言った。


「恨むなら、ぼくを恨め」


 表情も変えずに言い放ち、ヘルトは内心で溜め息をついていた。

 どんな道を通っても、彼の人助けはいつもこうなる。誰かの代わりに罪を背負う事でしか、誰かを助ける事ができない。せっかく異世界に来て大きな力を授かっても変えられない現実に心底辟易としてくる。


「……(つい)ちゃんがみんなを殺そうとしたからですよね?」

「……ごめん。謝って済む問題じゃないけど、きみや他の家族を救うにはこうするしかなかった」


 素直に頭を下げる。

 謝罪の意味は(つい)を守れなかったこと。言葉には出さないが、心の底から凛祢(りんね)に申し訳なく思って頭を下げたのだ。

 凛祢(りんね)の方は今にも泣き出しそうなのを必死に堪えながら、


「……いえ。そもそもヘルトさんが来てくれなければ、みんな死んでいたんです。だからワタシ達を助けてくれて、ありがとうございました。ヘルトさん」


 もしかしたらそれは口だけの気持ちの込もっていない感謝の言葉だったのかもしれない。仕方が無かったとはいえ、助けて欲しいと願っていた家族を殺した事になっているのだ。それは当然だろう。

 だけど、ヘルトはそんな言葉に感動していた。思わずその言葉を頭の中で何度も反芻してしまうくらいに。


(……ありがとう、か……)


 思えば人を助けて感謝されるのは初めての経験だった。

 だから殺されて異世界に来たことに、それだけでも十分に価値はあったと納得しておくことにした。

ありがとうございます。

第一一章もあと四話で終わりです。そこで時間はズラしますが、三回ほど一日二話投稿したいと思います。次の二話で涯との決着、その次の二話で今回の戦いの後日談というか終わり。そして次の二話で主人公をアーサーに、舞台を『スコーピオン帝国』に戻した一二章を始めたいと思います。

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