201 HELD_HEILAND:REBOOT
「嘉恋さんの父親を撃ったのは……ぼくの友人だ」
最初の一言目で三人は予想していたように驚いた顔になった。特に嘉恋は当然のように動揺が見て取れた。
「本名は天童涯。この世界の誰も知らない、ぼくと同じ世界からの異邦人だ」
「少年と同じ……」
「彼はぼくが殺される約一年前に殺された。彼は自殺っていう断定がされたし、親のいない彼には誰もその断定を疑う者はいなかった。……でも、ぼくだけは別だ。彼が自殺をしないのは誰よりも分かっているし、本当は殺されたのだって誰よりも知っている」
そこまで言い切って、ヘルトは重い息を吐いて嘉恋の方を疲れた目で見る。
「嘉恋さんからしてみれば親の仇だし、関係の無い話なんだろうけど『パラサイト計画』の話をする前に知っておいて欲しかったんだ。この計画は、ぼくらの世界の事が無関係って訳じゃないからね」
「……それで少年。君はどこまで掴んでいるんだ? どうして、君の友人は私の父さんを撃ち殺したんだ?」
「理由は長官の座を手に入れるため。そして目的はさっきから話してる『パラサイト計画』、そのアルゴリズムだ」
ヘルトは左手の掌を上に向けて、その上に例のUSBを作り出す。
「これは?」
「國帯さんが最後に残した、たった一つの手がかりだ。それで嘉恋さん、父親から貰ったっていうパソコンを見せてくれないか?」
「別に良いけど……きみパソコン使えたのか?」
「人なりにはね」
適当に返しながら、手渡されたパソコンにUSBを差し込む。すると案の定、自分で再構築したパソコンを使った時に現れた暗号は現れなかった。それを期待してわざわざ嘉恋のパソコンを借りたのだが、予想通りに行ってむしろ残念な気持ちになった。
どうしてこんな形でしか、娘に愛を示せなかったのか、と。
「……國帯さんの最期の言葉、途切れ途切れで『か、れん……そ……を、まも、れ』と言っていた」
「? それは嘉恋さんを守ってくれという意味ですよね?」
「うん、ぼくも最初はそう思ってたけど違ったんだ」
凛祢は益々訳が分からないといったように疑問顔になるが、ヘルトは確信を持って声で断言する。
「おそらく彼はこう言いたかったんだ。『嘉恋のパソコンを守れ』と」
最初から暗号の答えなんて無かったのだ。彼は嘉恋のパソコンに差し込んだ時にだけ中身を閲覧できるように設定していたのだ。
最期の言葉が娘を守ってくれという父親らしいものだと思ったら、実は『パラサイト計画』のアルゴリズムを守れという『W.A.N.D.』の長官としての言葉だった。人の愛情を疑う癖のあるヘルトでなければ、この違和感には気づけなかったかもしれない。そして逆に言えば、目下最大の敵である涯にも気づかれていた可能性があったという事だ。
「ここがゴールだったんだ。随分遠回りしたようだけど、パラサイトのアルゴリズムは最初からずっと、ここにあったんだ」
嘉恋の立場なら國帯の真の意図には気づけないかもしれない。私は愛されていなかったのだと、そう結論付けてしまうかもしれない。
だがその事には触れない。
ヘルトは説明を止めない。
「……これが、父さんが私に残した『パラサイト計画』のアルゴリズム……」
どんな感情で呟いたのか分からない嘉恋の声が耳に残る。
開いた『パラサイト計画』のアルゴリズムはほとんど意味が分からなかったが、詳細について書かれている欄があった。
「……涯の言っていた事は本当だった」
それはほとんど、先程長官室で涯の口から直接聞いたものと同じような内容だった。
「監視カメラや携帯端末、マイクロチップを通じて全ての人間を監視し続ける。つまりは超監視社会の形成。安心安全な社会ってヤツのために、自由とプライバシーを売り飛ばす訳か」
言いながら、ヘルトは歯噛みしていた。
(つまりは寄生眼……パラサイトは寄生って意味だけじゃなくて、Webサイトを視る事を人のプライバシーを覗き見る意味とかけてるのか……。全く以てふざけてる)
ただそのふざけているものでも世界を平和にする事はできる。それを止めようとしているのは、もしかしたら過去最高で最低最悪の罪なのかもしれない。
「……これ、止める意味があるのか?」
ぽつり、と嘉恋は呟いた。
「君だって分かるだろう、少年。これで世界は平和になるぞ……?」
「嘉恋さん……」
その考えは國帯の死が関わっているからだろう。
凛祢やアウロラも嘉恋の心情を察して、静かに次の言葉を待つ。
「それに元はと言えば、この計画を進めていたのは父さんなんだろ? だったら、私はその意志を継ぎたい。もう私のように突然の家族の死に悲しまなくて良いように、世界を平和にしたいんだ」
「……ヘルトさん」
嘉恋に続くようにアウロラは、
「もしせかいがへいわなら、わたしのような人が生みだされることもないんでしょうか?」
「……否定はしない」
おそらく生みだされる前に、その機関が『W.A.N.D.』によって潰される。仮にもっと前から『パラサイト計画』があったら、アウロラが生まれる事は無かっただろう。
そう、ここに存在する事すら。
「……本当に、そうなんでしょうか?」
否定意見が多い中、唯一凛祢だけはそう漏らした。
「平和でも自由が無ければ、それは息苦しいだけだと思います。現にヘルトさんと出会う前、施設にいた時はそうでした。自由を知らないまま育って、顔も知らない誰かの思惑で搾取されるだけなのは……本当に辛いです」
そこで息を詰まらせたのはアウロラだった。彼女は凛祢以上に過酷な環境で捕らわれていた過去がある。自由が無いという言葉に何か思う所があったのだろう。
凛祢はヘルトの目を真っ直ぐ見つめて、
「これは平和を取るか、それとも自由を取るか、そういう話なんですよね?」
「そうだ。そしてぼくと國帯さんは自由を選んだ。理由は分かるだろう? 嘉恋さん」
「……」
ヘルトと出会う前から嘉恋はハッキングを繰り返していた。別に覗くだけで違法な事に手を出していた訳ではないが、それでも『パラサイト計画』のアルゴリズムでは危険分子と断定されてもおかしくない。國帯も途中でその可能性に気づいていたのだろう。つまりは、そういう事だ。
「人は間違いを犯す、誰だってそうだ。それは無自覚に他者を傷つけているかもしれないし、時はそれが自分に返ってきて苦しむ事もあるだろう。それでもその全てが血肉になるんだ」
だから間違いだと気づいていても、この生き方を止めないんだろうな、とヘルトは思った。
「ぼくはきみ達に否定されても『パラサイト計画』を潰す。自由に殺されたぼくだけど、それでもこの世界から自由は奪わせない。止めたいなら今、ここで止めてくれ」
卑怯な言い方だとは自覚していた。仮に三人が束になってかかってきても、ヘルトには誰も傷つけずに無力化するだけの力がある。
それでも嘉恋はまだ悩んだ表情だったから、言わなければならないと思って言った。
「でも『パラサイト計画』を潰すのに協力してくれるなら、ぼくにはきみ達の力が必要だ。手を貸してくれ」
ヘルトは手の甲を上に向かたまま前に出す。それに凛祢は躊躇わずに手を重ね、アウロラは少し躊躇しながらも手を重ねた。
三人の視線が、動かない嘉恋に向けられる。
「……父さんは、最後まで長官だった」
「うん」
「……だから、死ぬ間際に『パラサイト計画』を阻止するためのメッセージを君に残した」
「そうだね」
「……それは、私のためだと思っても良いのか?」
「正直に言って、ぼくには死者の気持ちは分からない。でも他に、殺されるリスクがあったのに國帯さんが『パラサイト計画』を否定する理由が見つからない」
「……そうか」
まだ納得しきっている様子ではなかったが、それでも最後に残った彼女も三人の手の上に自らの手を重ねる。
「それなら私は父さんの行動の意味の真実を確かめる。そのために少年、君の力を貸して貰う」
各々に思う所はあれ、こうして改めて四人揃う事になった。
けれど決して、今までと同じではない。
「それじゃあ始めよう。『W.A.N.D.』との全面抗争だ」
孤独な少年は、もう一人じゃない。
だから胸を張って向かう。もう一人の孤独な少年の元へと。
ここから全てを、やり直すために。