行間三:少年にとっての優先順位
「あなたを信用する根拠がありません」
助けを求める声を頼りに折角ここまで来たというのに、少女から返って来たのは辛辣な言葉と敵意だった。まあ、今しがた目の前で多くの人を殺した人間に向けるものとしては妥当かもしれないが。
そもそもこういう扱いには慣れている。むしろ目をキラキラさせてすがりつきながら感謝される方が鳥肌が立つ。早い話、ヘルト・ハイラントはそういう人生を送って来たのだ。
「ま、信用できないのは当然だろうけどね。"誰でも良いからお願い、ワタシはどうなっても良いからワタシの家族をたすけて"―――誰の言葉かな? 心当たりはあると思うけど」
「っ!? ……それは、口にすら出してないはずです……」
「心からの助けを求める声を受信する、ぼくはそんな魔術を持ってるみたいだからね。とにかくきみの素性や事情は関係無い。どんな過去を送って来て、どんな人柄なんてのもどうでも良い。『たすけて』と、その言葉を聞いたからにはぼくはきみだけの味方だ。難しいかもしれないけど、そこだけは信じて欲しい」
と、言いつつもヘルトは信用される事はあまり期待していなかった。言い換えるなら、彼が目的を完遂するのに相手からの信用は関係ないとも言える。たとえこの場で凛祢が関わるなと叫んだ所でヘルトは無視する。無視したうえで、たとえ自分が恨まれる結果になろうとも、彼女にとって最良の結果に結びつける。それはこの世界に来る前からやっている当たり前の事だった。
「……本当に、ワタシの家族を助けてくれるんですか……?」
そんなヘルトの真意は知る由もなく、訝しむような目をヘルトに向けながら凛祢は確認する。それに対してヘルトはヘルトでさも当然の事のように、
「きみがそう望むなら。あっ、でも一つ聞きたい事があるんだけど、きみの家族ってどんな人達?」
「……それは必要な事ですか?」
「いや、別にただの確認だよ。これから助ける人達がどんな人柄なのか一応知っておきたくて。多少モチベーションの足しになるし。それに、きみが助けたいと思ってる相手を助ける事できみに害が及ぶなら、ぼくはきみの願いに反していてもそいつは排除する。たとえ恨まれても」
今のヘルトの中の優先順位は、卯月凛祢の安否、ついでその周りの世界、無関係の民間人への配慮、そして自分の中の理想と続き、最後に自らの命が来る。この順位がひっくり返る事は無い。例えばこの場合、自らの家族を殺さなければ凛祢の命が危険にされされるなら、ヘルト・ハイラントは迷わず自らの家族を殺す。当たり前の情を受け取って来なかった少年は、理想のためならそういう事を簡単にできる覚悟がある。
ヘルトの危険性はその言葉からだけで十分に伝わったのか、今度は訝しむ訳ではなく、必死な形相でヘルトを睨みつける。
「みんな優しい人です。本来なら、こんな風に追いかけ回されるいわれはありません」
「優しい人、ね……」
あくまで凛祢の主観では、という注釈をヘルトは心の中で付け足す。
助けを求めた彼女の事は信用している。疑う余地は一片もない。
だが、彼女が助けようとしている相手に関しては話は別だ。彼女の知らない所で彼女に害を成しているなら、ここで確実に始末しておく必要がある。
(……ま、その辺りは直接会って確かめれば良い、か……)
剣を握る手に不必要な力が入るのを自覚した。そしてその無駄な力を晴らすように、ヘルトは魔力感知を使う。
ちなみにここまでの道中で一度、できるかもしれないと安易な発想で魔力を広げた所、酷い車酔いのような症状が出たので、それ以降はソナー型でしか使っていない。今回もそれは例外ではなかった。
魔力感知には多くの魔力が引っ掛かった。中でも凛祢に似た魔力を放つ者が一一人。ほとんどが二、三人で固まって襲撃者を逆に撃退しながら動いているのに対して、二つだけ凛祢のように孤立して動いているものがあった。
(……いや、でも一つは別の魔力と一緒に動いてるな。もしかしてこれ、もう捕まってるのか?)
だとすると優先順位は決まった。まず捕まっていると思われる『魔造』、それから単独で動いている『魔造』を保護してから他を助けに行く。道中で向かって来る敵を殺し続ければ、敵の注意も自分に向けられるかもしれない。一瞬でそこまで考えたヘルトは、その目的のために一歩踏み出そうとして思い留まった。気が急いて凛祢を避難させるのを忘れていたのだ。
「……どうしたんですか?」
「いや……きみをどうしたものか考えてて」
『何か』が色々と弄ってくれたようだが、あいにく瞬間移動できる類いの魔術は使えない。かといってここに置いていくという選択肢は論外だった。
「ワタシは付いて行きますよ? 家族を置いて、ワタシだけ安全地帯に逃げる選択肢はありません。そもそもこれは、ワタシ達の問題ですから」
「……ま、それが一番無難か」
その提案に納得しながら、ヘルトは凛祢の小柄な体を脇に抱えるように持ち上げた。当然、いきなりそんな事をされた凛祢はジタバタと暴れる。
「なっ、何をするんですか!?」
「こっちの方が速いんだ。大人しくしてくれ、喋ってると舌を噛むぞ?」
「速いからってこんな体勢を!? こんな状態でみんなの前に行くのは恥ずかし過ぎます!!」
「でも遅いときみの家族の窮地に間に合わないかもしれない。まあ、ぼくの最優先はきみの命だ。どうしてもって言うならきみの速度に合わせるけど?」
「……我儘言ってすみませんでした。よろしくお願いします……」
了解が出たところで、ヘルトは一気に地面を蹴った。一応正面に魔力障壁を展開して風などは防いだが、傍らからは凛祢の悲鳴が絶えず聞こえて来た。
ありがとうございます。
過去の話なので仕方がありませんが、前回と違いすぎる様子の凛祢に戸惑いながらも書き上げた行間でした。次回は元の時間に戻ります。