行間二:そして少年と少女は出逢う
問題自体はシンプルな状況だった。
『魔造の一二ヶ月計画』は、あくまで失敗前提の実験だ。つまり造られた時点でその目的の半分は終わっている。あとは経過を観察し、次の魔造へのサンプルとするだけだ。であれば、ある程度までそれが終わってしまえば、その先にある未来は処分だけだった。
「はぁっ……はぁっ!」
施設内に重火器で武装した集団が攻め込んできた時、一二人の『魔造』はちりじりになって逃げた。
そして魔造の一人、四人目の検体である卯月凛祢も息を切らしながら走っていた。最後まで一緒に走っていたはずの水無月紗世ともいつの間にかはぐれ、今は本当に一人っきりだった。
(どうして……どうしてこんな事に……っ!!)
走る事と思考に酸素を回す。それでも計画の片鱗も知らない凛祢では答えは導き出せない。
ほとんどの人が知らない事だが、この世界でこんなのは日常茶飯事だ。特に『ポラリス王国』では来る日も来る日もいずれ始まるとされる『第三次臨界大戦』に備えて、兵器の開発が進められている。そして生物兵器として生み出されると、用済みになった時点で処分される。搾取するか、あるいはされるかの二つの立場しかない中で、後者の立場になった者の末路はいつも決まっていた。
「対象がいたぞ! こっちだ!!」
「っ!?」
回り道をされていたのか、武装した男は前の道から現れた。そもそも少女の足で大の大人から逃げられるはずがなかったのだ。咄嗟に振り向いて来た道を戻ろうとするが、後ろからも追ってが迫って来ていた。
「大人しくしろ! お前にはもう逃げ場はない。暴れなければ楽に処分してやる!!」
武装した集団に挟み撃ちにされた以上、残された道は二つしかない。つまり諦めるか、戦うか。
とはいえ、この頃の凛祢は自分の能力を上手く扱えていない。戦闘となれば意識を手放して暴走状態になるしかない。そしてそれは、敵を殺し尽すまで止まらない。人を殺した事もない凛祢が躊躇するのは当然だった。
(でも……やらなきゃやられる! それにここで死んだら、みんなを守れない!!)
自分に守るため力が無いのは自覚している。持っている力は、自分の身を守るためと、相手を殺すための力だけ。
それでも凛祢は覚悟を決めて、長い前髪の奥に隠れた紅い瞳を大きく見開く。十指の爪が鋭く伸び、全力の戦闘に入るために徐々に意識を手放していく。
(ごめんなさい……それでもワタシは、アナタ達を殺しても家族を守りたいっ!!)
そして、彼女が意識を手放す、正にその直前だった。
ゴゥッッッ!!!!!! と。正面の武装した集団の横の壁を撃ち抜き、莫大な閃光が彼らを吹き飛ばしたのだ。
「……あれ? できそうだからやってみたけど、思ったよりも威力が強いな。これでも結構加減したんだけど……次からはもっと気をつけよう、うん」
今し方何人かの命を奪った事については何も感じていない様子の少年は、鋼色の剣を携えたまま自らが空けた大穴から施設内へと踏み込んで来た。前にいた事で一人だけ生き残った男は、先程まで凛祢に向けていた銃口を少年に移して叫ぶ。
「き、貴様は何者だ!?」
「うん? ……ああ、そういう訳ね。きみ達が襲撃者で、そっちの銀髪の子が襲われてるって感じか……なるほど」
場違いなほどに、どこまでも軽い調子だった。
それなのに、いやだからこそか、彼の動きを二人は目で追えなかった。一瞬の内に凛祢の隣を通り抜け、武装した男に肉薄し、斬れない程度に剣の刃を首元に押し付けた。
「ヒッ!?」
「理由も立場も知らないけど、きみは彼女を殺しに来たんだろ? つまり、すでに殺される覚悟もしてここにいるって事のはずだ。今更怯える事があるのか?」
「そ、そんな事……俺は任務でここにいるだけで……ッ!!」
「でも他の任務で、きみは多くの人を殺してきたんだろう? 因果応報、自分の番が来ただけだと諦めろ」
「そ、それなら、お前だって俺を殺したらいつか……ッ!!」
その叫びの最中、その言葉を切るようにさらに強く剣を押し付けた。浅く切れた男の首から血が流れて剣を伝う。
「ぼくはとっくの昔に覚悟しているぞ? この理想の為なら、この身が朽ちても構わない」
「……たっ、たす」
「悪いけど、きみの『たすけて』は聞けない。きみを逃がせば仲間を呼ばれるリスクがあるし、どうせまた懲りずに誰かを殺すはずだしね」
そして宣言通り、彼は躊躇しなかった。全てを斬り裂く剣のおかげか、まるで豆腐を切るようなスムーズさで男の首を落とした。
人を殺した直後の少年の様子はやはり変わらなかった。振り返った少年は何事も無かったかのように話しかけてくる。
「ところできみは大丈夫? ここから安全に連れ出す代わりって言ったら身も蓋も無いけど、ちょっと人を探してるんだ。とは言ってもぼくも声しか知らないし、きみに心当たりが無くても外には出すから、他にきみみたいに襲われてる人を知っているなら教えて欲しいんだ」
「……教えたら、みんなを助けてくれるんですか……?」
もしそうなら、例え目の前の少年が悪魔でも構わないと心の底から思った。
けれど意外な事に、少年は驚いた顔になってから、納得したように呟く。
「ああ……その声、きみがそうなのか」
「? それはどういう……アナタは一体……?」
そう問うと、先程まで男に放っていた威圧感からは想像できないくらい優しい雰囲気を纏わせて、凛祢の前に膝を着いて視線の高さを合わせてからこう言う。
「ぼくはヘルト・ハイラント。きみの願いの通りきみの家族を助けに来た、どこにでもいるごく普通の少年だよ」