196 殺害動機
そこから先、両者は足を止めて攻防を繰り広げた。
互いに互いの尾で攻撃し、それを防ぐ作業が繰り返される。同じ四本同士、集中力を切らした方が先にやられる構図。
「……おまえの尾の数が四本なのは、魔力が足りないのと制御できる魔力量の限界が四本分しかないからだ」
首の横に右手を当てて頭を左に傾けると、コキリという軽い音が首から成る。そして、その音に合わせるように、ヘルトの腰の下から五本目の尾が現れた。
「おれの魔力量にも限界はある。でも四本以上でも魔力は完璧に制御できるし、消費するよりも早く魔力を回復できる。尾の再生はともかく維持には魔力を使わないから、その間は魔力の回復ができる。これもこの尾の長所だね。特におれの場合は戦闘が長引けば長引くほど尾の数は増やせる」
今度は首の横に左手を当てて頭を右に傾け、再び首の関節を鳴らす。先程と同じように、それと同時に六本目の尾が出現する。数の均衡が崩れれば、集中力の有無に関係無く水無月紗世は押されていく。
「おまえは一体、何本まで耐えられるんだろうね」
こうなると水無月紗世が優っているのは尾の操作だけだった。それでも数の不利を覆せる訳ではない。体にはいくつも傷が刻まれていく。
気づけばヘルトの尾は一二本になっていた。水無月紗世からすれば一本で三本を対処しないといけない差。
その時点でヘルトは剣を片手に駆けた。四本の尾以外に攻撃手段が無い事は分かっていたので、それを一二本の尾で防ぎながら地面を滑るように弧を描いて移動し、水無月紗世の尾の根元を斬り裂く。
魔力で出来ている尾には当然痛覚が無いので、失ってもすぐに生成しなおす事ができる。
しかし。
「その肝心の魔力が無ければ、意味が無いんだよ」
作り直されたばかりの尾をもう一度斬り裂く。これで計八本、それが水無月紗世の限界だった。九本目を生成しようとして、それが途中で霧散するように消えた。ヘルトはそのタイミングで一二本の尾を水無月紗世の周りに柵のように突き立て、どこにも逃げられないようにする。そして新たに出した一三本目の尾の先を切っ先のように向けて止める。
「睦月陽羽は能力上、殺さないと止められなかった。でもおまえは魔力が切れればおれには勝てない。だから追って来ないなら殺さない。けれど言い換えるなら殺さない意味もない。自ら行き止まりに来るなら容赦なく殺す」
「……なら教えて下さいよ」
ヘルトの言葉から差すような威圧感は消えていた。戦意も殺意も解いた証であり、もし水無月紗世が不意打ちで襲って来ても平気だという余裕の表れでもあった。
そしてヘルトには勝てないと彼女も分かっている。睨むようにヘルトを見て忌々しげに口を開く。
「どうして椎を殺したんですか? どうして!! 凛祢はそんなアナタの事を慕っているのですか!?」
「……ああ、そういえばおまえは特に凛祢と仲が良かったんだっけ。それにしてもどうして、か……。説明する理由は無いんだろうけど、説明しないとおまえは納得しないんだろうね」
「当然です」
ヘルトは一三本の尾を消した。仮に彼女に襲われても負けない自信があったからだろう。瞼の上の傷口はすでに塞がり、目に入った血も涙の跡のように頬を伝って流れて視力も取り戻していた。
「師走椎の役割は『魔造の一二ヶ月計画』の管理だ。能力もそれに準ずるように、他のみんなの命を好きに奪えるというものだった」
ヘルトは一度息を吐く。かつて凛祢がこの理由を知った時、彼女は信じられないと言って涙を流した。けれどヘルトに水無月紗世の事を考える理由は特に無い。躊躇せずに真実を告げる。
「師走椎は他の一一人を能力で殺そうとしていた。それが彼女を殺した理由だ」
「……っ、嘘です! 椎がそんな事をするはずがありません!!」
「おれは真実を伝えただけだ。信じる信じないはおまえの自由。ま、その答えが凛祢が今も師走椎を殺したおれと一緒にいる理由だよ」
「……ッ!!」
彼女はまだ何か言いたげな様子だったが、心のどこかでヘルトの言葉を認めているのだろう。その表情には明らかな葛藤があった。
ヘルトとしてもいつまでも彼女との話に付き合っている暇は無い。ポケットに手を突っ込み、踵を返して彼女のいる方とは反対側に向かう。
「……最後に一つだけ教えてください」
水無月紗世は答えは返って来ないかもしれないと思いながらも、足を止めないヘルトの哀愁漂う背中に言葉を投げる。
「どうして、勝ったアナタの方が悲しそうな顔をしているんですか……」
ヘルトは足を止めた。
ポケットに手を突っ込んだまま、僅かに上を見上げて重い息を吐く。
「……ホント、どうしてだろうね」
その答えは、彼自身にも分からない。