189 一つの戦いが終わりを告げ、次なる戦いが目を覚ます
第一〇章最終話!!
今回はあとがきが長いですが、あとがきの後にも話が続いているので最後までお楽しみ下さい。
セラを右手で殴り飛ばした事で、アーサーはついに『武器操作』の主導権を掌握した。その力で降り注いでいた武器を空中で静止させ、自分達に当たらない場所に静かに下ろす。それから自分が殴り飛ばしたセラに近寄った。
「動けるか?」
アーサーが声をかけるとセラは最初ムッとしたが、やがて諦めたように長い溜め息を吐いた。
「……誰のせいでこうなっていると?」
「それだけの減らず口が叩けるなら大丈夫そうだな。ま、肩くらいなら貸すからサラの所に行こう」
「貴様の肩を借りるくらいなら這って進んだ方がマシだ。しばらくすれば歩けるようにくらいなる。それまで放っておけ」
「そうかい」
頑固なセラに苦笑しながらサラの方を見る。すると彼女の方はある程度回復したようで、向こうからこちらに歩いて来ていた。
アーサーはそれを待ちながら、倒れるセラの隣に腰を下ろした。
「おい」
「ちょっとくらいは良いだろ?」
「……チッ、少しは敗けた方の身にもなれ」
心底嫌そうだったが体が動かないからか、それ以上は否定する言葉はなかった。
沈黙が流れる中で、アーサーはセラの方は見ず、正面を向いたままゆっくりと口を開く。
「……なあ、セラ」
応答は無い。
けれどアーサーは言わなければならない事のように続ける。
「何かが違っていれば、俺はお前の側に立っていたかもしれないな」
「……」
僅かに動く気配があった。アーサーの言葉の真意を測っているのかもしれない。
だがここまでのやり取りでアーサーにそんなものは無駄だと悟ったのか、重く息を吐いてからようやく応答する。
「……ふん、くだらない。どう考えたらそうなるんだ」
「いや、ほら、色々あったけど、俺もお前もサラを護りたいって想いに変わりはなかっただろ? それにお前に散々言った俺も、さっき言ったようにいつも暴力で解決してきた。根本的に似てるんだよ、俺達は。だからそう思ったんだ」
セラはアーサーの横顔に視線を移してから、彼が見ている方を見る。そこには彼女が護りたかった唯一の家族の姿があった。
「きっとサラもそれは分かってる」
「……はぁ。何となくだが、私がお前に勝てなかった理由が分かった気がする」
セラは天を仰ぐように手のひらで顔を覆った。
アーサーはその様子を見て、これでサラの願いを叶えられたのではないかと、この時ようやく安堵していた。……それはきっと、セラの方も。
「それで、アンタはこれからどうするんだ? サラの誤解も解けたみたいだし、やっぱり一緒に暮らすのか? 俺達としても今後の予定は未定だし、サラが残るならこの国にしばらく厄介になろうと思うんだけど」
今が終われば当然先の事にも目も向けなければならない。セラを止めた事で『機械歩兵』も止まっているだろう。詳しい事はアレックス達と合流してから決める事になるだろうが、おそらくそうなるのではないかと思い口に出していた。
しかし。
「……悪いな、アーサー・レンフィールド」
セラから返って来たのは、意外にも謝罪の言葉だった。
思わずアーサーも驚く。
「急にしおらしくなってどうしたんだよ。失礼かもしれないけど、今更謝罪なんて似合わないぞ?」
「いや、そういう意味で言ったんじゃない」
「???」
ますます意味が分からなかった。けれど疑問を返す前に、セラは核心に触れる一言を放つ。
「今となっては本当にすまないと思っている。だが、私を止めようと意味が無いんだ」
「……なんだって?」
嫌な予感がした。
体中から嫌な汗が噴き出るのが止められなかった。
「お前も知っているように、私の目的は『第三次臨界大戦』を起こす事で混乱を招き、サラを偶発的な戦争から護る事だった。だがヤツの目的は私とは違う、この世界を直接潰すものだった。けれどヤツの目論みはこの国にとってそこまで痛手ではなかったし、どちらにせよ私の目的は完遂できる内容だったから、いけ好かないが協力する事にしたんだ」
呼吸が浅くなっているのが分かった。
そして、右手はこの場に使われている新たな魔力を感じ取っていた。
「……? どうしたのよ、アーサー」
ようやくこちらに合流したサラは、アーサーの様子を見て何かを感じ取ったのか疑問顔を浮かべていた。アーサーは何も無い一点から目を逸らさず、サラに手を伸ばす。
「サラ、インカムをくれ。すぐにラプラスと話がしたい」
「え? ええ……」
何が起きているのか分からず困惑しているサラから手渡されたインカムを、アーサーはすぐに耳にはめてボタンを押す。
「……ラプラス、聞こえるか?」
『っ、マスター!? やはり無事だったのですね。国中の物が浮かび上がった時はどうなるかと思いましたが……無事で本当に良かったです』
安堵のニュハンスが込められた応答はすぐにあった。けれど向こうもこちらと同じように慌ただしい様子が伝わってきた。
「ラプラス。セラは倒したけど終わらない。何かが起きてるぞ」
『やはりそうですか……』
元々こうなる可能性があると分かっていたかのように、ラプラスはどこか納得した様子で呟いた。
『そもそもこの国に入ってから未来が外れすぎていました。マスターと一緒だからとあまり重要視はしていませんでしたが、いくらなんでも『未来観測』がここまで外れるとは考えられません。となれば観測に必要な前提条件が抜けている訳ですが……色々な状況証拠から一番すんなりいく理由は第三者の存在でした』
「……ああ、つまり」
『はい、まだ終わりではありません。警戒を、マスター』
ラプラスとの会話はそこで一旦終わらせた。
アーサーが見ている先、その空間に直径二メートル近くの黒い円が現れたからだ。
「……何、あれ……」
「……サラ、警戒しろ。何かが来る」
黒い円の向こう側。そこから二人、こちらに踏み出して来る。
一人は肩より少し長いウェーブのかかった金髪の少女と、こちらは少し紫がかった長い黒髪をサイドテールにまとめている少女だった。
「……」
「えっ、うそ……」
その人物にアーサーは目を細め、サラは驚きの声を漏らした。
金髪の少女には二人とも見覚えが無い。けれど黒い髪をサイドテールにまとめている少女には見覚えがある。
だって、その少女は……。
「シャル、良くやったわ。予定通り乗っ取り完了よ」
「むー……。簡単だったみたいに言うけど大変だったんだよ? 予定通り接触したと思ったら肝心のアーサー・レンフィールドがいないし、ようやく現れたと思ったら『ポラリス王国』の演算装置もいるし、バレるかと思ってヒヤヒヤしてたんだから」
「だからこそよくやったと言っているのよ。こんな役割、あなたにしか頼めない」
サイドテールの少女の正体はシャルル・ファリエール。この城に潜入する際、エクレールを食い止めていたはずの少女が全く知らない少女と一緒に目の前に現れたのだ。
しかも登場したのは二人だけでなかった。二人の近くに雷が落ち、それが人の形になる。シャルルが戦っていたはずのエクレールが彼女と同じ位置に並び立ち、さらに頭上にはセラが制御していたはずの『機械歩兵』が彼女達に付き従うように滞空している。
……思えば、違和感はずっとあったのだ。
『不思議なのはここが魔術と縁遠い「スコーピオン帝国」だという事です。この国が「魔神石」を進んで使うとは思えないのですが……』
そもそもこの国に入った直後にエクレールに襲われた時、ラプラスはそう言っていた。
セラにその事は言及しなかったし、エクレールについての話も聞かなかった。この国がセラ一人で回しているからといって、無意識に他の協力者がいる可能性を排除してしまっていた。
「……私がお前に倒されるという事は、この国の防衛レベルが最低ラインにまで下がる事を意味している。そして、私と協力していたヤツはある程度城の中を好きに回れていたし、根回しは済んでいたんだろう。まさかブリュンヒルドの目まで掻い潜るとは思っていなかったがな」
セラは坦々と語っているようだが、その表情は悔しそうだった。ここまで侵食に気づけなかった自分に心底腹を立てているのだろう。一国の王女として、実質国を征服されたようなものなのだから。
「こうなって初めて分かった。ここまで全て読んでいたんだよ、ヤツは。お前が戦う相手の心までを救おうとする甘い性格だという事も踏まえたうえで、私が全力で戦ってもお前が勝つと賭けていたんだ。つまりどう転ぼうとお前が笑えない結果になるように、最初から全て仕組まれていたんだ」
「その通りよ。アーサー・レンフィールドがセラ・テトラーゼ=スコーピオンを倒してくれたおかげで、私達の計画の方が無事に上手く行くわ。二人にはお礼を言ってあげる」
アーサーは今の状況を冷静に見る。
向こうは万全。こちらはセラはまともに動けず、自分とサラは満身創痍。仮に戦いになるとしたら、この場ではどう足掻いても勝てないのは明白だった。まずは安全に離脱する方法を考えなくてはならない。
となると情報が必要だった。何か知っていそうなセラの方を見ると、その視線を感じ取ったのか何も言わずとも語り始める。
「ヤツの名は―――ダイアナ・ローゼンバウム=サジタリウス。隣国の『サジタリウス帝国』の亡国の姫にして、戦闘に関しても絶大な力を誇る天才だ」
「自己紹介は必要ないわよ、セラ・テトラーゼ=スコーピオン。どうせ、あなた達とは二度と会う事はないんだし」
彼女がそう言った直後だった。
アーサー達の足元に、ダイアナ達が現れた時のような黒い円が広がる。
「これは……レミニアと同じ『空間転移』!?」
「『空間接続』よ。魔術に無知な哀れな少年」
アーサーとサラとセラ、三人の体が抗う事もできずに暗い穴の中に落ちていく。水に入った時みたいに手足をバタつかせても無駄だった。
そしてここまでの全てが無意味だったと叩きつけられるように、暗い闇の底に視界は埋もれていく。
ありがとうございます。
一応、今回で第一〇章は終わりです。今回の章では割と色々な情報を出しました。
第三章から伏線だけは張っていたサラの過去。第五章の終わりに約束したラプラスの救出。人工知能にそれを使った兵器。『魔神石』のエネルギーの塊であるエクレール。そして新たな敵でありお姫様、『サジタリウス帝国』のダイアナ・ローゼンバウム=サジタリウス。敵が連続して女が続いてますが、理由があるので仕方ないのです。とりあえず、次章の敵は男という事だけは明記しておきます。青騎士の存在は忘れないでね♪
さて、中途半端な形で章が終わるのは今回が初めてですが、続きは第一二章に舞台が移ります。ついに前々から存在だけは明かしていたアレが登場し、この物語が大きなターニングポイントを迎えます。期待していて下さい。
ではでは、その間の第一一章は何をやるのかというと、前に言っていたように初めて一章まるまる使ってヘルト・ハイラント側の話をしようと思います。一応こちらも主人公なので。
あらすじはこちら。
五〇〇年前、アユム達が『ディッパーズ』を結成する原因になった元の計画、『イニシアティブ計画』。その提唱者、ブルース・スミスが作り出した組織、世界先進国防『W.A.N.D.』。ヘルト・ハイラント達はとある理由からその本部へと赴くが、そこで待っていたのは凶弾と最悪の敵だった。卯月凛祢が生まれた『魔造の一二ヶ月計画』、『W.A.N.D.』が推し進める『パラサイト計画』。仲間と共に戦うアーサーとは違う、一人で孤独に戦うヘルトがその事件に関わっていく時、彼を生前の過去から連なる絶望が包み込む。
次回のテーマは『自由』と『平和』、そして『正しさ』と『悪』です。
物語の始まりの時間軸は少し戻り、アーサー達がセラと決着をつける前の時間です。
今回はあとがきが長いから読み飛ばしてそうで怖い!
とりあえず、この下から先の話に繋がる、もう一つの話をどうぞ。
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混乱の波は広がっていた。
「……なんなんですか、これ……」
ラプラスは戦闘をアレックス達に任せ、改めてパソコンの画面に目を向けていた。そして画面に書かれていたものを見て、ラプラスは動かし続けていた手を止めた。
「プロジェクト:オンリーセンス……」
歯噛みしながら呟き、ラプラスはそのパソコンをネットから遮断してコードから引っこ抜いた。
「おい、どうなってんだ……?」
そのすぐ傍で、アレックスは呻くように呟いていた。
そしてそれは、すぐに大きな叫び声へと変わる。
「セラはもう倒したんだろ? どうしてヤツらは止まらねえんだ!!」
いつだって思惑が一つとは限らない。
疲弊した彼らでは、不足の事態を止められない。
「今回はこれで終わりじゃねえのか!?」
そして始まる。
思惑の外側、予定調和から外れた本当の戦いが。