187 外側からの慟哭
すぐにアーサーが走り、セラがそれを迎え撃つ構図が出来上がる。
セラは宣言通り頭上の武器を流星のように落とす。アーサーの右手が対処しきれない量の攻撃が弱点という点は、セラにも看破されていた。
だがアーサーは最初に向かって来た瓦礫に右手を当てて所有権を奪い、それを操作して自分に向かって来ていた別の武器へと当てて弾く事で安全地帯を作っていく。
「クロノとの戦いでこの手の攻撃への対処は学んでるんだよ!!」
「だったらこの手の攻撃はどうだ!?」
セラはアーサーに飛ばす武器の制御を途中で切った。『武器操作』で勢いだけ付けて、魔術を解いて慣性の力だけでアーサーへと飛ばす。これをやられるとアーサーの右手の力は作用しない。
けれどアーサーにはまだ、経験則という彼自身も理解していない力がある。飛んでくる武器に魔術が作用されていないと看破すると、すぐに右手を下ろして走って躱す。身を捻り、小さいものなら普通に手で弾く。
上ばかりにも注視していられない。隙あらばセラは剣を飛ばして来るからだ。瓦礫を躱しながら『数多の修練の結晶の証』で創った軽くて振り回しやすい羽翼の剣で弾いていく。
(くっ……手数が多すぎる!!)
致命傷は無い。それでも体力はどんどん消耗していく。
だが辛いのはアーサーだけではない。セラの表情も苦しいものになっていく。
アーサーは武器をいなす度に体力を消耗し、セラは攻撃が外れる度に精神力を消耗していく。僅かに均衡が崩れれば一気に勝負が決まる状況。だからこれはどちらがこの均衡状態で我慢できなくなるかの戦いだ。
(使うか……!?)
集束魔力砲の事ではない。たしかにアレを使えばセラの武器を奪えるだろうが、全てではない。そして一切休みを取らずに戦い続けている中で、次撃てば体が動かなくなる確かな予感があったからだ。
使うかどうかで迷っているのは、つい二日前にできたばかりの奥の手だった。ただそれに伴うデメリットとラプラスとの約束を思い出して、使うかどうかで迷っているのだ。
その時両手の羽翼の剣が砕け散る。弾ききれなかった剣が頬を掠める。
(……くそっ、迷ってる暇は無い!!)
結局選んだのは使う方だった。
開いた右手を前に突き出し、叫ぶ。
「『その―――!?」
魔術を使うのに必要な言葉が途切れた。
理由は簡単、アーサーの真下にあった小さな小石群が上に弾け飛び、アーサーの腹部を襲ったからだ。
肺の空気が口から吐き出され、足が一瞬止まる。そしてその一瞬の停止で均衡が崩れた。この時を待っていたと言わんばかりに、頭上から捌ききれない量の武器が降り注ぐ。
「―――っそ……! 『人類にとっても小さな一歩』!! 『誰もが夢見る便利な助っ人』!! 『数多の修練の結晶の証』!!」
窮地を前にすぐに思考を切り替えた。
目の前に迫る武器を『人類にとっても小さな一歩』で躱し。
『誰もが夢見る便利な助っ人』によって手数を倍に増やし。
分身と一緒に『数多の修練の結晶の証』でユーティリウム製の直剣を創り出し、武器を弾きながら前に進む。
使える手を全て使い、逃げられない包囲網に針を通すような小さな逃げ道を見出す。
「―――『瞬時加速』!!」
その隙間へと体を滑り込ませる。とはいえ押し潰されるような量の武器を完全に退ける事はできないし、逃げ道だって人がギリギリ入れるかどうかという小さな隙間だ。体中が傷つけられ、切れた額からは血が流れる。
けれどアーサーは生き延びた。
手に力は入る。
足もまだ動く。
気力は萎えていない。
鋭い目でセラを射抜き、再び前進のための一歩を踏み出す。
「まだだ!!」
セラはまだこの好機を逃すつもりは無かったらしい。自分の背後に準備しておいた剣、アーサーが瓦礫などを退けている隙に数本ずつ飛ばしていたそれを、今度は全てアーサーへと差し向ける。
ざっと数えて二〇本程度。それらが全てアーサーの体を貫かんと向かって来る。
◇◇◇◇◇◇◇
アーサーとセラの最後の衝突が始まった直後。
サラ・テトラーゼは傷口を不死鳥の焔で回復しながら、二人が戦う光景を見ている事しかできなかった。怪我の事もそうだが、『獣化・制限解放』の反動なのか、体が上手く動かなかったからだ。
けれど同時に万全の状態であっても、この戦いには割り込めなかったような気がしていた。
この戦いはアーサーとセラのどちらが強いのかではなく、どちらの信念が相手よりも固いのかを示す戦いだったからだ。それも、たった一人の少女の運命を左右するために。
だからだろうか。
セラは二人の死闘を見て、涙が流れるのを止められなかった。
「……本当は、心のどこかでは分かってた」
座り込んだまま、サラは絞り出すような声で呟く。
「思い出したわ……。両親を殺したのはあたしだった。そしてきっと、セラがシロを撃ったのだって両親のせいだって分かってる。……確かにセラはこの一〇年間、汚い手を使って来たのかもしれない。多くの人を騙して、傷つけて、それより多くの人の命を奪う事も容認していたのかもしれない。軍事力を強化して戦争を起こそうとしてたのだって擁護はできない。この世界の全てが悪意と凶器に満ちてると思ってるような、どうしようもなく手遅れで救いがない人なのかもしれない」
戦いの外からの言葉が聞こえているはずがなかった。
二人共、そんなものに気を割けるほど余裕はなかった。
「でも、それがセラの本質って訳じゃない」
けれど聞こえているかどうかが問題ではなかった。
その言葉は溢れてきて止められない。
「昔からずっと、セラはあたしを両親から庇ってくれてた。シロみたいに直接優しかった訳じゃないけど、陰からあたしを護ってくれてた」
最初は分かっていた。
それなのに、いつの間にか憎しみに変わっていた感情。
サラはそれを後悔しながら、言葉を紡いでいく。
「今セラを支えてるのは、国の方針とか過去の決意とかじゃない。あれは執念の塊。引き返せない道を歩いてきてしまったせいで、片道切符を握って死ぬまでああして、世界の全てを兵器と見なして動き続ける。あそこにいるのはセラ・テトラーゼ=スコーピオンじゃない、ただ執念だけで動く機械でしかない!」
声を大きくした所で絶対に届かないと分かっていても。
呟くような言葉は、叫びへと変わっていく。
「そんなのは嫌だ! 世界を『第三次臨界大戦』の争いに突き落とした極悪人なんて、歴史に刻まれて欲しくない!! あの人は誰よりも優しい人なんだって、そう知って貰いたい!!」
情けないのは分かっていた。
無関係のはずのアーサーに、一番重要な最後の役割を担わせてしまっているのも分かっていた。もう自分は最後の戦いには参加できず、中心人物でありながら部外者になっているのだって理解している。
けれど躊躇はしない。
情けなくとも、それが恥ずべき事ではないと分かっているから。
「だからお願い、アーサー!」
そして、サラは叫ぶ。
「こんな生き方しか選べなかったあの人を、一〇年以上もあたしのために執念に取り憑かれてるあの人を、セラをっ、あたしのお姉ちゃんを! お願いだからたすけてっっっ!!」
その叫びの直後、アーサーの正面から二〇本に及ぶ剣が襲いかかる。
アーサーは今無手。セラの目から見ても回避も『数多の修練の結晶の証』による武器の精製も間に合わないのは明らかだった。その好機をセラが逃すはずが無い。最高の一手でアーサーを殺しにかかる。
けれどその直前、『獣化』によって強化されているサラの聴力は確かにその声を聞いた。
完全に外側へと投げ出されたサラへ、お前はまだこの場にいると告げているような少年の短い一言を。
「任せろ」
短い返答の直後。
アーサーが地面を強く蹴る。
ありがとうございます。
次回、遂にセラとの戦いの決着です!(今度は嘘ではありません)