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村人Aでも勇者を超えられる。  作者: 日向日影
第一〇章 最悪の事態を避けるために Throw_Away_Everything, But_One….
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186 そして最後の勝負へ

 セラを殴り飛ばしたサラは魔力が尽きたのか、グリフォンの力を使う事もできずに落ちて来た。アーサーはその下に移動して落ちて来たサラの体を受け止める。


「よっ、と。お疲れサラ」

「あ、アーサー……。ありがとう、助けてくれて」

「こっちこそ。無事で良かったよ」


 とりあえず受け止めたサラの体を下ろす。すると床に足を着けた途端彼女はその場に崩れ落ちそうになった。アーサーはすぐに両肩を支える。


「大丈夫か?」

「え、ええ。魔力は残ってるはずなんだけど、体がちょっと気だるいかも」

「だったら今回は俺が背負うよ。いつもとは逆だな」

「ありがと。でも恥ずかしいし肩で良いわ」

「了解、お姫様」


 首の後ろに回されたサラの腕を掴み、腰に手を回して体を支える。すぐ近くで見るサラの顔は浮かない表情だった。


「……セラは」

「流石にこのままって訳にもいかないし、ちゃんと拾っていくよ」

「そうじゃなくて」


 土煙が舞い上がっているセラを撃ち落とした方を見ながら、そう続けるサラは少し悲しそうな表情をしていた。


「どうしてあたしを連れ戻すためにここまでしたのかしら……? どうにも、あたしは今回の件の中心人物なのに、何も知らないみたいね。さっきのあんたとセラの会話だって、あたしにはほとんど意味を理解できてなかったし」

「っ、お前聞こえて……」


 よく考えてみれば当たり前の事だった。サラの『獣化(じゅうか)』は発動していなくとも第六感(シックスセンス)などサラ自身に影響を及ぼしている。他に視力、嗅覚、聴力などが普通よりも強くなっていても不思議ではない。


「……お願いアーサー、誤魔化さないで教えて。セラは今まであたしのために全部やっていたの……?」

「それは……」


 すぐには答えられなかった。

 そうだ、とも。

 違う、とも。

 誤魔化そうとも思った。セラが守り続けて来たものを部外者の自分の口からサラに話すのは道理に合わないと思ったから。

 けれど、セラの事を考えると不憫に思う気持ちもあった。

 他でもない彼女自身が望んだ事とはいえ、世界でただ一人護りたい相手にさえ目の敵にされる必要はどこにもないと思ったのだ。もし自分がその立場に立ったらと思うと、それだけで心が割れそうになった。


「……そうだ」


 だから思わずそう答えてしまった。

 そして、一度漏れ出すともう止まらなかった。


「あいつはずっとお前を護ってた。子供の頃、両親からずっとお前を護り続けて、本当はお前がやった両親殺しの罪や、両親がやったシロの殺害の罪も背負って、まだ小さな子供なのに国の悪意と責任を全て向けられる位置に立って、唯一護りたいお前にさえ嫌われる道を選んでも、今日まで一〇年間、あいつは死に物狂いで誰も頼らずお前のためだけに頑張り続けてきたんだ。不死鳥を登録させて回復手段を与えて、俺を殺す事でお前を『担ぎし者』の呪いから護って、『第三次臨界大戦』を誘発して戦争の動乱から護ろうとした。それも全部、お前のために」

「……そう」


 セラの真実を告げられて、サラはそれだけ呟いた。薄情な気がするかもしれないが、彼女は一〇年間セラに感じていたものが一八〇度勘違いだったと告げられているのだ。少しは考える時間が必要だろう。


「……色々分からない事はあるけど……とにかく虚しいわね。この戦いに意味なんてあったのかしら……」

「それは分からない。戦う意味なんてのはいつも後付けで、その時はいつも自分が正しいと思って拳を握ってる。それは他人の正しさを踏みにじりながら。……誰かと戦うっていうのは、そういう事だ」


 最期に青騎士に言われた事を思い出しながら言う。結局対立構造が生まれた時点で、どちらの方が正しいのかなんて意味が無いのかもしれない。

 よく言うではないか。正義は必ず勝つ、と。

 つまりはそういう事だ。

 勝った方が正しいのだから、いつだって勝者が正義の位置に立つのだ。


「とにかくセラを連れてみんなと合流しよう。無事だと良いけど……」

「……待って、違うアーサー」


 それは今までとは違う、平坦な口調で放たれた。

 何が、と聞こうとするとサラは上空を見つめていた。

 遅れて見上げたアーサーも、その異常な光景に気づいた。


「どうしてセラを倒したのに、瓦礫は宙に浮いたままなの……!?」


 つまり。

 つまり!

 つまり!!


「セラはまだ……っ!!」


 それに気づいた時には煙の中から真っ直ぐ剣が飛んできた。

 アーサーがその前に出ようとする前に、先に気づいていたサラの方がアーサーの体を後ろに突き飛ばして前に出た。盾になるように両手を広げて立ったサラに、剣は容赦なく突き刺さる。


「サラ!?」

「だい、じょうぶ……不死鳥の力で、回復できる……から」


 剣を引き抜いた傷口からすぐに回復を促す焔が熾るが、体力の方は限界だったようでサラの体は後ろに倒れる。アーサーはそれを抱き留めながら、視線だけは剣の飛んで来た方に向けていた。


「……なあ、教えてくれよ、アーサー・レンフィールド」


 低い声が煙の内側から聞こえてくる。


「この世界で家族以外に、自分の全てを懸けてでも守りたいと思うものがあるのか?」

(……そうか。体を動かして、サラの拳が当たる直前に自ら後方に吹き飛んで威力を殺していたのか……)


 それでも無傷という訳にはいかないようだった。足取りは頼りない。おそらく手甲と足甲を操作する事でギリギリ立っているだけなのだろう。


「……お前、まだ……」

「当たり前だ。……他の誰かに敗けるのなら、良い。だが……私は! サラにだけは敗ける訳にはいかないんだっっっ!!」

「なんでそんな……もうこんな無意味な事は止めよう! お前だって立ってるのがやっとだろ!?」

「……確かにもう一歩も動けそうにない。けどな」


 セラは手を上に掲げる。

 それと同時に、滞空していただけの彼女の武器が再び不気味に蠢く。


「宙に上げた瓦礫を落とすくらいなら動かなくてもできる」


 彼女のその一手で全てが終わる。

 アーサーもサラも死に、『第三次臨界大戦』によって多くの人間と魔族が死ぬ。たとえ人為的に引き起こして被害を最小限にしたとしても、戦争を始めた時点で終わりに待っているのは地獄だ。決して誰も幸せにならない。

 けれど、アーサーが感じていた不安は()()ではなかった。


「……あのさ、サラ」

「……なに?」

「お前には勘違いさせちゃったかもしれないけど、俺、あいつが周りのもの全てを操作した時に、まったく絶望してなかったんだ」


 思い返せば最初からそうだった。

 セラの真の力を目の当たりにしても、アーサーの頭に思い浮かんだのは自分の行いに対する疑問だけで、絶望の文字は浮かばなかった。本来ならセラの能力の規模に驚き、すぐにでも対抗策を練らなければならない状況だったはずなのに、何故かアーサーの心は悲哀に満ちていた。

 ほとんど魔法の域にまで達したセラの魔術を前に……いや、そんな強大な魔術を前にしたからこそ思った。『武器操作』なんていう使いにくい魔術をここまで、身の回りにある物全てを凶器とみなさなければ生きていけなかった彼女の人生を思うと、どうしても悲哀が一番最初に来てしまったのだ。


「やっぱり俺は、甘いのかな……」

「ま、甘いのは否定できないわね。……でも、それがアーサーなんだから仕方ないんじゃない? どんなに偉い人がそれを悪いと言っても、あたしはそのままのアーサーが好きよ?」

「……そっか」


 アーサーはふっと頬をほころばせながらそう返した。

 当たり前のようにサラは言う。だからこそ、サラも結祈(ゆき)も分かっていないだろうが、彼女達の何てことのない言葉にはいつも救われているのだ。それは今も例外ではなかった。

 彼女達がアーサーに救われたと言うように、アーサーだっていつも彼女達に支えられているのだ。それが無ければ、今もこうして立っている事はなかっただろうから。


「じゃあ、俺はお前の忠告を無視して、思った通りにやってみるよ」


 サラに背を向けてセラの方へと足を向ける。

 セラの魔術の本当の力を目の当たりにした時、自分の行いへの後悔と共にあったもう一つの感情を思い出す。

 あらゆる人間を切り離し、孤独にならなければ生きていけなかった少女。

 きっとセラ自身も気付いてる。自分を憐れむ事だってしただろう。自分の運命を恨んだ事もあるだろう。それでもなお進むしかなかったセラの心境はアーサーには計り知れない。


(救おう)


 だからだろうか。アーサーが最初に抱いた感情はそれだった。

 瓦礫に空が覆われた戦場の中で、アーサーは改めて拳を握り締める。


(こんな道にしか進めなかったあいつを、絶対に救い出そう)


天衣無縫(てんいむほう)白馬非馬(カルンウェナン)』の反動で体には倦怠感が蓄積されてきている。サラはもう動けない。時間をかけるだけパフォーマンスは落ちるし、セラへの勝率は下がっていく。

 アーサーはセラが人類の悪意の塊と言った、日常にありふれた凶器を見上げる。


「……確かに人の本質は悪意なのかもしれない。俺にはそれを否定する事はできない」


 セラと一定の距離を開けて止まる。

 攻撃は届かないが声は届く距離で、最後の時を予感しながらセラに言葉を投げる。


「この旅を始めてから、俺は色んな人達に出会って来たよ。中には何の理由もなく人の住む場所を奪うヤツらもいた。そいつの事を知らないくせに魔族だからって理由だけで人の妹を虐殺するヤツらもいた。自分達の思想に合わないからって何の罪もない親子を殺そうとする狂人もいた。不老不死とダークエルフを求めて臣下も家族も裏切って、国のみんなを殺そうとするヤツもいた」


 セラからの応答は無い。けれど構わずアーサーは続ける。


「世界中の人を幸せにするために、自分で作った命を自ら消そうとするヤツもいた。家族を殺された恨みを『ゾディアック』全てに向けてたヤツもいた。世界をリスクから護るために人質をテロリストごと吹き飛ばすヤツもいた。人知れず『魔族領』を使って大量破壊兵器を運用してるヤツらもいた。自分達が死ぬために、多くの人を巻き込んだヤツらもいた。……そして、身近な人を死に近づける『担ぎし者』だからって、自分が傷つきたくないから停滞したクソ野郎もいた」


 それはここまでのアーサーの道のりだった。

 セラとはベクトルが違うが、それでも決して楽な道のりではなかった。いつ命を落としてもおかしくない状況の連続だった。世間一般の目から見れば、何度もそんな状況に陥っているのは不幸としか言いようがないだろう。

 けれどアーサー・レンフィールドは、そんな道のりでも貴重な事を学んできた。


「それでも……それでもさ、こんな腐りきった汚泥みたいな世界の中にもいるんだよ、本当のお人好しってヤツらがさ。何の打算もなく息をするように困ってる人に手を差し伸べる事のできる人達だって確かにいたんだ。人が武器を持つ理由だって一つじゃないだろ? 中には大切な人を守るために、震える手で武器を掴んだ人だっていたはずなんだ」


 それは彼自身が救われてきた誰かの勇気。自分がどこか普通の人とは違う異常者だと自覚しながら、それでも周りにある勇気を見て、自分はまだまだなのだと言い聞かせられた魂の根幹。

 アーサーは今まで何度も握り締めた拳を目の前に持ってくる。


「人の本質は悪意なのかもしれない。でもそれが人の全てって訳じゃない。俺は人のそういう部分を大切にしていきたいと思ってる。誰だって綺麗に道を歩いてる訳じゃないんだ。ふらふら寄り道したり、時には転ぶ事もある」


 アーサーだって数日前までは塞ぎ込んでいた。

 もし仲間のみんなやクロノ、エレインやアナスタシアがいなければ今もこんな所には立っていなかったはずだ。自分が関わらない方が良かったと、全てを諦めていたはずだ。


「それでも人は前に進める。自分の過ちを理解して、反省して、その思いを未来に繋げていける生き物なんだ。だから、お前が人のそういう部分を全部否定して進むっていうなら、俺は全力でそれを止める」


 自分が答えた問い掛けを相手にも問うように、アーサーは握った拳を自分からセラの方に向ける。


「お前はどうする、セラ・テトラーゼ=スコーピオン。たった一度の出来事で全ての人を見限るのか? 人には悪意しかないって言い切ってしまうのか? 全てを犠牲にして戦争を引き起こして、そんな世界でお前は本当に自分は正しかったって胸を張って言えるのか!?」

「……」


 アーサーに問われてセラは押し黙った。きっと彼女なりに思う所があったのだろう。それを見てアーサーはふっと息を吐いた。


「すぐに言い返せないようなら、お前はやっぱりこんな事は止めるべきだよ。お前自身を含めて、今回の事に納得してる人なんて誰もいないんだから」


 しばしの沈黙があった。

 やがて重い息を吐き、セラは答える。


「……それでも私は止まる訳にはいかない。ここまで来て、ここまでやってっ、ここまで巻き込んで! 今更全てを無かった事になんてできるか!! もう後戻りする道なんて私にはないッッッ!!」

「……っか野郎が」


 分かっていた。

 アーサーが止まれないように、セラも止まれないと最初から分かっていた。だからこそ衝突は避けられなかったのだから。

 だからもう、この場に言葉は不要だった。

 互いに選択を済ませた者同士、次は言葉ではなく行動で示さなければならない。


「だったら全部持ってこい! 『スコーピオン帝国』の軍事力も、『武器操作』の脅威も、お前の抱える想いも残さず踏破して、俺がお前を止めてやる!!」


 そして最初から決まっていた事のように。

 互いに譲れない信念を持つ少年と少女は、最後の勝負に挑む。

ありがとうございます。

という訳で第一八三話のあとがきが虚偽という事が明らかになりました。ネタバレを防ぐためだったのですが、一応すみません。

今回の章の戦いは少し特殊でした。セラとの戦闘と離脱を繰り返して、いつも倒せない状況が続いて来ました。しかし今度こそ本当に決着がつきます。

そして、第一〇章も残り三話です!

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