184 届いた拳
戦闘態勢を整えた二人と同じように、セラも準備を整えていた。どこからか飛んで来た手甲と足甲がセラの両手と両足に装着され、手足だけだが鎧のように武装する。
「行くぞ」
短い一言だった。
けれど次の瞬間にはセラが二人の目の前に肉薄していた。
(はや―――)
「遅いぞ」
これまで遠くから武器を飛ばしてチマチマ攻撃していた彼女からは考えられない速度の拳が飛んできた。アーサーはそれを腕を交差させてなんとか受け止めるが、勢いは受け切れずに後方に飛ばされる。
サラの方は拳を受け止めたが、続けて高速で蹴り出された足は躱せず脇腹に食い込む。サラは苦痛に顔を歪ませながらもその足を掴み、拳をセラの顔面へと伸ばす。けれどセラは状態を逸らして拳を躱し、掴まれていない方の脚でサラの顎を蹴り上げる。サラは今度こそ受け切れずに掴んでいた足を離してしまった。
(明らかに無理な挙動……。手甲と足甲を操作して無理矢理肉弾戦をしてるのか!?)
セラの近接戦闘での強さのタネを暴いて、今度は『何の意味も無い平凡な鎧』を発動させてアーサーからセラに向かって走る。相手がどんなに強かろうと、それが魔術によるものなら右手で触れればそれで終わりだ。青騎士の時と難易度はそう変わらない。
「ふん」
けれどセラもアーサーに近寄られるのは嫌なのか、今度は手のひらを向けてきた。それに呼応するように空中で待機していた瓦礫や刃物、日用品などがアーサーに向かって飛んで来る。避けるついでにそれらに右手で触れてみたが、奪えたのは触れた分だけだった。やはり魔術で操られているものから魔術師本人の体内魔力までは操れないらしい。
「後ろがガラ空きよ!!」
アーサーが攻撃を受けている間に、ダメージから回復したサラが背後からセラに殴りかかる。
しかし、
「ああ、警戒する必要が無いからな」
セラはそれが分かっていたように半身になって拳を受け止めると、そのままサラの腹に足の裏を押し込むように蹴りを出す。そして肺の空気を吐き出して苦しむサラの体を巴投げのように足で押し上げたまま体を後ろに逸らし、もう一つの足でアーサーのいる方へと蹴り飛ばす。
「サラ!」
アーサーは飛んで来たサラの体を受け止める。が、その後方でセラが再び手のひらをこちらに向けているのが見えた。
「二人揃って圧し潰れろ」
「っ、集束魔力剣!!」
「『廻纏・焔』!!」
数えるもの馬鹿らしくなるほどの量の武器が飛来してくる中、アーサーは短剣から伸ばした集束魔力剣、サラは焔の渦を纏った腕を持って駆ける。二人共なるべく離れないように並走し、拳と剣で飛来する武器を退ける。
「アーサー! これに触れて『武器操作』の主導権を奪えないの!?」
「無理だ! このタイプは直接使用者に触らないと掌握できない!!」
「だったらあたしが道を作るわ。『廻纏空翔拳・焔!!』
突き出した拳から焔の渦が前方へと撃ち出され、焔と風が瓦礫や刃物を吹き飛ばす。そしてアーサーの腕を掴むとハネウサギの脚力でその渦の中を潜り抜ける。
「上手く拳に乗って。セラの所まで押し飛ばす!」
「分かった!」
アーサーの腕から離した手を握り、『廻纏』で風を纏わした拳をアーサーの足の裏に打ち込む。アーサーはその寸前に折った膝を伸ばして弾丸のように飛び立つ。セラとの離れていた距離が一気に縮み、集束魔力剣を横薙ぎに振るう。
瓦礫程度なら斬り裂ける自信があった。けれどセラは受け止めるのではなく、空中に飛ぶ事でその斬撃を避けた。
「なっ!?」
「驚く事か? 高速戦闘の応用で飛ぶくらいなら容易い」
セラの言葉に納得しながら、いつまでも驚いている暇はなかった。このままだと壁の端まで吹き飛んでしまう。
アーサーは『数多の修練の結晶の証』で左手に剣を逆手に持つように創り出すと、それをすぐに床に突き刺す。体の向きが一八〇度変わり、剣で床を傷つけながら失速して地に足を着ける。そしてすぐに『瞬時加速』を使って空中にいるセラへと接近を試みる。その時、丁度反対側でもサラがセラへと飛び掛かっているのが見えた。
「ふん、二人揃ってその程度か」
次にセラが操作したのは今まで足場となっていた床だった。それが拳大の石の礫となって下から弾丸のようにアーサーとサラに襲いかかる。サラはそれを『廻纏』で受け止め、アーサーは『数多の修練の結晶の証』で作った盾で受け切る。
(……まだ、だ……!)
だが下からの攻撃を受け切って、アーサーはまったく安心していなかった。
(打ち上げたって事は、次は落とすって事だ!!)
その想像通りになった。
先程は盾で受け止めた時に押し上げられるような感覚があったが、今度は雨のように降り注ぐ石の礫に撃ち落とされる。空中から床へと戻されたアーサーをセラは見下ろしながら、片手を軽く上げていた。
「お前の右手にだけは触れられる訳にはいかないからな。こうして遠くから安全に潰させて貰う」
セラは上げていた手を下ろす。すると今度は石の礫だけでなく大量の瓦礫や刃物、日用品がアーサーに向かって降り注いでくる。
今度は盾では受け切れない量に歯噛みして、アーサーは走って避けながら目線はサラへと向けていた。彼女は『廻纏』で上手く石の礫を逸らしたのか、高度は下がっていてもまだ空中にいた。
「サラ!! セラに向かって飛べぇ!!」
簡単な指示を飛ばしながら、手に持っていたラウンドシールドを手順変更で飛びやすい形状に少し変形させ、フリスビーのようにセラに向けて投げる。一応は『何の意味も無い平凡な鎧』で強化していた力で、シールドは真っ直ぐセラの元に届いた。セラがそれに対処している僅かな時間に、サラはグリフォンの力で作った足場を蹴って跳躍する。
「無駄だ! お前らの手は私には届かない!!」
セラはアーサーへと落としていた武器の一部を自分とサラとの間に集めて壁を作る。急造の盾などドラゴンの拳があれば容易に破壊できただろうが、サラもここまでの戦いで魔力を消費しすぎたのか、腕はホワイトライガーのままだ。このままではまず間違いなく壁に阻まれてサラの拳は届かないだろう。
アーサーはそれを瓦礫等の雨から走って逃げながら見ていた。それと同時に右手が何かを訴えかけてくるようにピクリと動く。ここで攻撃が阻まれて落ちてしまえば、次にセラに近づけるチャンスがいつ来るのか分からない。もしかするとこれが最初で最後のチャンスなのかもしれない。
それはアーサーとサラにも当然分かっていた。だからこそ、このチャンスを生かすために思考を回す。
(―――まだだ! まだ、手を貸す事はできる!!)
アーサーの右腕、『カルンウェナン』にはいくつか使い方がある。
まずはいつも使っている魔力操作。これは人の体内魔力、魔術に使われている魔力以外に自然魔力にも作用し、『天衣無縫』を使う事ができるようになっている。
そして特殊な使い方だが、ラプラスが魔力の回路を繋いでアーサーの位置を常に探知できるようになったように、アーサーも他人と回路を繋いで相手の魔術を強化する事ができるのだ。
(そして理由は分からないけど、サラとの回路は既に繋がっている!)
ラプラスと回路を繋いだのが契約時のキスだったように、サラもアーサーが重傷で倒れた時に呼吸を取り戻そうと人工呼吸をしている。用途は違えど結果は同じだ。アーサーの意識があろうとなかろうと、右手は繋がった魔力を覚えている。
「サラ―――ッ!!」
叫びながらアーサーはサラへ右手を向ける。
別にアーサーは姉妹のしがらみを完全に理解している訳ではない。サラにはサラの、セラにはセラの考えがあるのも分かっている。もしかしたらサラの仲間だからという理由だけでは侵してはいけない深い事情があるのかもしれない。本当に正しいのはセラの言い分の方で、ただの私情で全てを台無しにしようとしているだけなのかもしれない。
だが。
それでも。
アーサーは真っ直ぐ手を伸ばす。
今この瞬間、互いにどんな思いがあれ、サラの手がセラに届くように、その最後の手助けとして手を伸ばす。
「『獣化・制限解放』―――!!」
その瞬間、サラのホワイトライガーの右腕に白い何かが布のように纏わりついていく。それが形を変え、サラの手を大きくしたように手のひらと五指を形成していく。
それは本来のサラの力だけでは不可能な現象だった。アーサーの『カルンウェナン』の補助があって初めて成立する異形の右腕だった。
その力をサラも理解して、右手を伸ばして叫ぶアーサーの声に続く形で、セラへと飛び掛かりながら鋭い爪を向けてその続きを叫ぶ。
「―――『断魔絶爪』!!」
そうしてサラの右手が触れた途端、壁の結束が崩れた。それは力で突破したのではなく、『武器操作』の影響を『カルンウェナン』のように打ち消したからだった。つまりサラの今の右腕には『カルンウェナン』の魔術を打ち消す効果まで引き継がれているのだ。流石に魔術の所有権までは奪えないようだが、それでも遮る壁が無くなった二人の距離が近づいて行く。
「やっちまえ、サラ!!」
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
真っ白な光が解けた右手を握り締め、ホワイトライガーの拳がセラへと迫る。
長く、大きく開いた二人の距離がゼロになる。
そして遂に叩き込まれた拳によって、頂点に座していた一国の王女は床へと叩き落とされた。
ありがとうございます。
今回標された『カルンウェナン』の新たな使い方によって、アーサーの戦術の幅はまた広がりますね。その辺りは今回のフェーズ3のタイトルを思い出して頂ければ。
次回はアーサー、ラプラスとは別に、もう一つの戦いの話をやります。