183 『ごめん』じゃなくて何だっけ?
たった一人の魔術でこの規模。まるで現実に展開された時間無制限の『断開結界』のようなイメージを受けて思わず身がすくんだ。
「覚悟はしていただろう? これが一国を相手にするという事だ。今更降伏は受け付けないぞ?」
魔術を使う要素は大まかに分けて三つある。
まず外せないのが魔力。これがなくてはそもそも魔術を使う事ができないが、先天性のもので体内魔力を増やす方法は無く、自然魔力を扱う忍術が使えない限り運に作用される。
次に魔力制御の力。これは個人の技術の問題だし、この力が無くても魔術の発動はできる。だが使う魔力を上手く扱えないという事なので、魔術が暴発して事故死するリスクは避けられないし、一回に使う魔力量が多くなりすぎて効率が悪くなる。
三つめはイメージ力。これが不十分だと使う魔術の形が曖昧になるので、そもそも魔術の発動はできない意外と大事な力だ。
以上が大まかな三つの要素だが、実はもう一つだけある。それはその魔術に何の意志を込めるかという事だ。イメージ力に似ているし無視されがちだが、これは『固有魔術』を作るうえでもとても重要になる要素だ。
そしてセラ・テトラーゼ=スコーピオンの使う魔術がここまでの規模という事は、魔力量、魔力制御、イメージ力、そして込められた意志の力がそれほど大きい事を示している。今までアーサーが出会って来た人の中で比べるなら、やはり青騎士が『夢幻の星屑』を使っている時が一番近いような気がした。
「それにしても、人間というのは本当に不思議だな。それが誰かのためになると言い訳ができるなら、人を簡単に殺せる武器や技術にどこまでも寛大になれるのだからな。常に隣に武器がある状況で生きるなんて、それこそ狂気の沙汰としか思えん」
これが一国を治める王女の本気。
その覚悟も、その意志も、これまで出会ってきたどの王族とも違う。
だがアーサーが一番気になったのはそこじゃなかった。視線をセラから外へと少し移す。
こんな状況でも、いやこんな状況だからこそ、これだけの惨事に外にいる人達がどうなっているのかが気になった。多くの怪我人が、もしかしたら死人が出ているかもしれないと。
「……」
この時アーサーはクロノの言葉を思い出していた。
戦いの規模が変わるぞ、と。
今までのような一人でも何とかできたガキの喧嘩レベルは卒業だ、と。
(……俺のせいなのか)
握り締めていた拳から力が抜けた。
(俺が『担ぎし者』だから、色んな力を身に付けたから、詳しい事情も知らないのに勝手に首を突っ込んだから、こんな事態を招いたっていうのか……?)
もしかした最初から正しかったのはセラの方で、間違っていたのは自分の方なんじゃないかと思ってしまう。彼女の言う通り、『担ぎし者』がいなくなって『第三次臨界大戦』を人為的に引き起こした方が被害は最小限に抑えられるのではないかと納得してしまいそうになる。
「大丈夫よ」
けれど。
右手を包み込んだ温もりで、そんなマイナスな思考は全て吹き飛んだ。
「こんなのいつもと変わらないわ。今回はあたしもついてる。いつも通り踏破するんでしょう?」
言いながら、サラは絡ませるようにアーサーの指の間に自分の指を滑り込ませた。ただ握られるよりもずっと強い密着感が手のひらに広がる。それがアーサーには一人では無いと伝えてきているように思えて、サラの存在をいつもよりも身近に感じる。
魔力が使われている訳でもない、普通の人間なら誰でもできるありふれた行動。
けれど今のアーサーにはそれだけで十分だった。たったそれだけで、抜けかけていた力が戻ってきた。
「……ホント、お前がいてくれて良かったよ」
「それは光栄ね。まあ、そもそも今回の件に責任を取らなくちゃいけない事があるなら、それは全部あたしの責任よ。アーサーが引け目を感じる必要はないわ」
「サラ……?」
自嘲的に笑いながら言うサラは、どこか申し訳なさそうにもしていた。
「……本当にごめん、アーサー。あたしの個人的な事情に関わらせちゃって。本当ならあたし一人で決着をつけなくちゃいけなかったのに……」
気づくと、握っているサラの手は僅かに震えていた。こんな状態なのに自分を奮い立たせるための気遣いまでしてくれたのかと思うと胸が締め付けられるような痛みが走るが、次にアーサーが行ったのは感謝の言葉を述べる事ではなかった。
「ていっ!」
「痛っ!?」
言葉が尻すぼみになっていくサラにアーサーが行ったのはデコピンだった。少し涙目になって額を抑えるサラにアーサーは呆れたように溜め息をつく。
「俺が言うのもアレだけど、お前も大概自虐的な所があるよな」
え? と驚く声を上げるサラに、アーサーはふっと笑う。
そして何かの意趣返しのように、得意げな表情でこう言った。
「こういう時に言うのはごめんじゃなくて何だっけ? これはお前が教えてくれた事だぞ?」
「ぁ……」
それは前に『タウロス王国』でドラゴンと戦っている時、謝るアーサーに対してサラ自身が言った事だった。それを言われた事に少しの恥ずかしさと嬉しさを伴って、サラは言い直す。
「そうね……ありがとう、アーサー。あたしはあの時、あんたと会えて良かったわ」
「俺の方こそ。お前と会えて良かったっていつも思ってるよ」
お互いに握り合っている手に力を込める。
アーサーはもう迷わないように。
サラはもう一人じゃないと確認するために。
「それじゃ、気合い入れてお前の姉さんを止めようか」
「ええ」
そうして手を離す。
残った僅かな温もりを感じながら、魔力を練って遠くない決着へと備える。
「『天衣無縫・白馬非馬』!!」
「『獣化』ホワイトライガー!!」
ありがとうございます。
今回の少し短めですが、第三章の時から書きたかった話でキリも良かったのでこういう形にしました。
次回、セラとの決戦です。