181 予期していなかった可能性
「サラさん? 応答して下さいサラさん!! マスターはどうなったんですか!?」
サラが怒りに身を任せているせいで、ラプラスには何の情報も入らなくなっていた。そして『未来観測』の力は無制限に未来を観測できる訳ではなく、あくまで彼女が知りうる膨大な量の情報から未来を知り得るだけだ。遠く離れてまともな情報が入って来ない今では、アーサーの正確な安否までは分からない。
「ラプラスさん。兄さんは……」
「……分かりません。ですがマスターの事なら簡単には死なないはずです。こっちはこっちで必要な仕事を終わらせましょう」
無論、心配する気持ちはあった。けれどこちらが『機械歩兵』を止める事で、少しでも他のみんなの生存率を上げられるなら急がなくてはならない。もしかしたらこの行動がアーサーを救う事になるかもしれないから。
アーサーとサラのフォローをしながら、ラプラスとレミニアは何だかんだで『機械歩兵』の制御室に辿り着いていた。だからといってアレックスのように不用心にいきなり飛び込んだりはしない。『未来観測』を使って慎重に吟味してからふっと息を吐く。
「問題ありませんね。開けます」
先程までの躊躇いが嘘のように大胆に扉を開ける。中は暗かった。元々どのような用途で使われていたのかは分からないが、今ではこの城にセラしかいないからか、多くのキーボードとモニターがあっても人は一人もいなかった。
「凄いですね。電気で動いてる機械がいっぱい、って感じです」
「ユニークな意見ですね……。まあ、間違ってはいませんが」
レミニアの感想に応じながら、ラプラスは適当に選んだパソコンの電源を入れてキーボードを叩く。
「どれを使うか分かるんですか?」
「どれだろうと関係ありません。『機械歩兵』のシステムには侵入できます」
そこから先は『未来観測』の応用だった。彼女の前ではパスワードは何の意味も成さず、順調にシステムの中へと潜り込む。
「さて、『機械歩兵』の制御を奪いましょう」
カタカタと踊るようにラプラスの指はキーボードの上を動く。淀みのない動きで必要な手順を最短の距離で進んでいく。レミニアにはその動きや表示されている画面の意味がほとんど分からなかった。けれど数十秒ほどその光景を見た後、ラプラスの指の動きがピタリと止まると流石に怪訝な顔になった。
「ラプラスさん? どうしたんですか?」
「……何か変です」
先程までの動きが嘘のようにゆっくりと、画面を凝視しながら慎重にキーボードを打つ。
「……間違いありません。私達が来る前に『機械歩兵』のプログラムが書き換えられた痕跡があります」
「……? それが問題なんですか?」
「大問題です。この改変はセラ・テトラーゼ=スコーピオンにとって有利に働きません。という事は彼女以外の第三者が関わっています。根本的に『機械歩兵』の制御をしているのが誰なのかは分かりませんが、そもそもの問題として私はこの未来を観測していません」
説明されてもまだ状況を把握し切れていないレミニアとは対照的に、ラプラスは顎に手を当てて難しい顔になっていた。
(……何か、情報を忘れている……?)
まず最初に思い付くのはそこだった。
そもそもこの国に来てから『未来観測』がほとんど機能していない。アーサーと行動を共にして感覚が麻痺していたが、前はここまで『未来観測』が外れる事はなかったはずだ。となれば大事な前提条件が抜けていて観測が大きくズレているとしか考えられない。
ラプラスは一度思考を切ってパソコンへと向き直る。必要な情報を効率良く集めるならば、第三者の痕跡が残っているパソコンが一番可能性があると思ったからだ。
しかし、肝心の情報収集の時間が無かった。自分達が来た方から慌ただしい音が聞こえてくる。
「くっ……『機械歩兵』! もうここまで……っ!!」
「……いえ、ラプラスさん。周りも囲まれています。逃げ場がありません……」
『未来観測』で扉にばかり注意を割いていたラプラスは最初気づかなかったが、言われて耳を澄ますと慌ただしい音は部屋の全方位から聞こえて来た。
「転移はできません……よね」
「……はい。時間が足りません。準備している間にやられると思います」
「では迎撃するしかないですね」
ラプラスは肩に下げていたギターケースをおろして身軽になり、コートの内側から二丁の拳銃を取り出す。レミニアもそれに合わせて両手に『空間断絶』の力のある魔法陣を展開する。
「『機械歩兵』の突入まで三、二……ゼロ!」
扉が破られた瞬間、ラプラスは銃弾を発砲した。それは正確無比に装甲が薄い喉を貫く。続けて発砲した銃弾は床に反射させ、別の『機械歩兵』を顎下から脳天を貫く。
レミニアはラプラスのように攻撃される前に『機械歩兵』を潰す事はできないので防戦一方になる。『空間断絶』のおかげでダメージを食らう事はないが、実質的に数を減らせるのがラプラスというのは消耗戦でしかなかった。
「『空間断絶』ではなく『空間転移』です!!」
「っ!?」
放たれた短い言葉はラプラスのアドバイスだった。たった一日だがラプラスに教え込まれた『空間魔法』のノウハウを思い出し、普段はもっと大きな『空間転移』の魔法陣を小さくして、手のひらの『空間断絶』の魔法陣を『空間転移』の魔法陣へと切り替える。そうする事で左手で受けたエネルギー弾を右手から、右手で受けたエネルギー弾を左手から射出できるようになり、攻撃と防御を同時に行えるようになった。
(それでもジリ貧は変わりませんか……それなら!!)
ラプラスは両手に持っていた銃を空中へと高く投げ、コートの内側から新たに滑らかな形状の二丁の銃を取り出す。
「伏せて下さい、レミニアさん!」
指示通りレミニアが伏せたのを確認して、すぐに新しい拳銃のトリガーを引く。今回は銃弾ではなく、金属程度なら簡単に斬り裂ける一条の赤いレーザーカッターが飛び出す。照射時間は二秒ほどしかなかったが、ラプラスはその場で回転しながら撃ったので、周りにいた『機械歩兵』の体を全て両断した。
「……凄いですね」
「ですが今のでエネルギー切れです。相変わらずこれは燃費が悪いのであまり好きじゃありません」
驚くレミニアに適当な調子で返しながら、使い物にならなくなったレーザー銃を懐にしまい、先程投げて落ちてきた拳銃をキャッチして握り直す。
けれど戦闘が終わった訳ではなかった。破壊された分が追加されるように、新たに『機械歩兵』が湧いて出てくる。
「ゾロゾロ湧いてきますね……」
「モテるのは辛いですね。心底面倒です」
軽い調子で応じながら、ラプラスは内心で歯噛みしていた。
(本当に最悪です……未来観測装置の名が泣きますね。まさか『機械歩兵』の制御システムへのアクセスがそのまま罠になっていたなんて……)
ラプラスは二人揃って生存できる未来を観測できていなかった。
けれどそれでもう諦めたりはしない。だって彼女はもう知っているのだ。未来が観えなくても可能性は掴み取れると、命懸けで教えてくれた少年がいるから。
(……ええ、だから私も信じています)
『機械歩兵』は無慈悲に迫りくる。
未来は暗い。けれどラプラスは強い眼差しで敵を見据えていた。
(マスターの信じる仲間が、こういう時にどう動くのかを!!)
その瞬間、一つの閃光が視界の先に輝く。
それは『機械歩兵』のものではない。その光は一直線に、こちらに向かって突き進んでくる。
「―――『噛業』!!」
そして雷と一緒に一人の少年が二人の少女の列に加わる。『機械歩兵』を蹴散らしてこの場に来た彼は、黒い直剣を携えて言う。
「よう、デカい口叩いて出てった割には手こずってやがんな」
「いえ、来ると思っていました。普通では有り得ないとはいえ、こちらが一定数の『機械歩兵』を引きつければ、そちらが若干手薄になるのは分かっていましたから」
「チッ、可愛くねえな。こういう時は普通泣いて抱きついて来るもんだぜ」
「アレックスさんの普通は分かりませんが、私にはマスターがいるのでそういうのはちょっと……」
「おい軽いジョークにマジで引くのは止めろ! 俺がスベッたみたいになるだろうが!!」
こんな状況だというのに馬鹿みたいなやり取りをしているその時だった。
ズズンッッッ!!!!!! と自分達の立っている床が縦に大きく揺れた。
一瞬だが体が浮きあがるほどの大きな揺れ。ラプラス達は思わず膝を着き、周りにいた『機械歩兵』も倒れはしないがたたらを踏んだ。
「な、なんだ!? 欠陥住宅か!?」
「いえ、違います。これは……」
ラプラスは外で何が起きたのかを知るためにカヴァスに付けたカメラの映像を確認していた。
そこに移っていた事実、それは……。
ありがとうございます。
次回はセラとの戦いへと話が戻ります。