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村人Aでも勇者を超えられる。  作者: 日向日影
第一〇章 最悪の事態を避けるために Throw_Away_Everything, But_One….
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180 手負いの獣

「……『希望』なんて、この世界のどこにもありはしないのにな」


 誰に聞かせる訳でもなく、セラはポツリと呟いた。

 彼女はアーサーの体から引き抜いた剣を手に持ち、それを動かなくなったアーサーに向かってトドメを刺すために振り上げる。


「そんな不確かなものを信じるから、こんな結末にしか行き着けなかったんだ」


 その声音は敵の息の根を止めようとする者の声では無かった。まるで大人が自分の失敗談を子供に語るような口調。けれど彼女の目に迷いは無かった。残った仕事を完遂するために、セラは手に持つ剣を振り下r


「ええ、でもあたしは信じてるわ。アーサーの言うその『希望』が、あたし達の未来を照らしてくれるって」


 その直後、声が響いた。

 声に主は腹を刺されて倒れていたはずのサラ・テトラーゼ。彼女はセラが剣を振り下ろすよりも先に、ホワイトライガーの拳を彼女の顔面に向けて放っていた。


「くっ……!?」


 セラは反応できていた。しかし防御する暇がなく腕を上げて防御の姿勢を取る。サラはその上から構わず拳を叩き込む。ようやく入れた一撃に全体重をかけて、セラを突き放すように思いっきり殴り飛ばす。


『サラさん! マスターの容態は!?』


 サラはアーサーが落としたインカムを拾っていた。そこから聞こえてきたラプラスに言われるまでもなく、サラは倒れて動かないアーサーに駆け寄る。


「アーサー!? しっかりして、アーサー!!」


 呼びかけながらアーサーの体をゆすろうとして手が止まる。死にかけている人間の体をゆすって良いものか迷ったからだ。

 結局サラはゆするのではなくアーサーの手に自分の手を重ねて傷口を押さえる。そしてもう片方の手はインカムへと伸ばす。


「ラプラス! アーサーの意識がないし、呼吸もしてない。対処方法を教えて!!」

『呼吸……。刺突による出血でまず間違いなくショック症状を起こしてます。魔術で傷口を塞いだとしても血液が戻らなければ命の危険は変わりません。せめて生理食塩水でもあれば……』


 まるで手遅れだと言っているようなラプラスの口調にサラは叫ぶ。


「そんな事はどうでもいい!! 早くアーサーを助ける方法を教えてっっっ!!!!!!」

『……分かっています。分かっているんです! でも……ッ!!』


 ラプラスの声は今にも泣き出しそうなものだった。

 彼女は堪えていたものを吐き出すように叫ぶ。


『見えないんです! どうしても、マスターを救う手段が見えないんです!!』

「……っ、もう良いわ!!」


 サラはインカムと傷口から手を離す。アーサーの胸の真ん中に掌を当てて、規則的なリズムで自分の体重をかけていく。どうすれば良いか分からないので、とにかく呼吸を取り戻させようと思ったのだ。

 アーサーの口から肺に空気を送り込もうとして一瞬だけ躊躇する。数日前ならともかく、今はアーサーに対する自分の気持ちを自覚してしまっている。だから寝込みを襲うような真似に躊躇いがあったのだ。

 けれどやらなければアーサーは絶対に死ぬと分かっている。だからこれは医療行為だと、そう自分に言い聞かせながら、サラは頬を赤くしたままアーサーの唇に自分の唇を押し付ける。初めての好きな異性の唇の感触にドキドキしながらも、目覚めて欲しいと心の底から願って大きく息を吹き込む。

 そうして何度も、何度も、機械のように同じ動きを繰り返す。

 確かにサラの行動でアーサーの胸は呼吸しているように上下している。しかしそれは決して呼吸ではない。あくまでサラが吹き込んだ息で肺が風船のように膨らんでいるだけだ。

 サラの顔が今にも泣き出しそうなものになっていく。

 インカムの向こうにいるラプラスは何も言わない。

 誰に言われなくても分かっていた。アーサーはもう、目を覚まさないと。


「うぅ……お願い、だから……目を、覚ましてよ……っ」


 何度目かの息の吹込みが終わった所でサラの心が折れた。唇を離しても胸を押す事をせず、アーサーの顔を覗き込む。


「アーサー……っっっ!!」


 サラの瞳から落ちた涙がアーサーの頬に落ちる。けれど最後まで、アーサーが動く事はなかった。


「……死んだか」


 サラの嗚咽だけが響く中で、そんな呟きが聞こえて来た。

 セラ・テトラーゼ=スコーピオン。彼女はサラの拳を受け止めた腕を押さえながら、軽い足取りでこちらに向かって来た。


「セラ……」

「不死鳥の回復力に期待してお前を刺した訳だが……まさかここまで復活が早いとは思っていなかった。少々お前の『獣化(じゅうか)』を見くびっていた」

「セラァッッッ!!!!!!」


 ゴウッッッ!! とサラの魔力が吹き荒れる。

 彼女はセラの言葉を全く聞いていなかった。両手足を『獣化(じゅうか)』でホワイトライガーのものへと変化させ、怒りと憎しみの込もった目でセラを睨んで叫ぶ。


()()はまた、あたしの家族を奪ったなッッッ!!!!!!」


 魔力やホワイトライガーだけではない。まるで彼女の怒りを表しているかのように、体からは不死鳥の焔が噴き出ている。それを『廻纏(かいてん)』で風と共に両手足に渦巻かせて纏わせていく。


「……」


 それに対してセラは無言で剣の切っ先をサラに向ける事で応えた。

 さしずめ『廻纏空翔拳かいてんくうしょうけん(えん)』といったところか、サラは拳を突き出してドリルのように渦巻く焔の風をセラに飛ばす。同時にハネウサギの脚力を使ってセラの背後に回り、グリフォンの力で足場を作って焔弾が当たるのと同時にセラに拳を振るう。

 怒りをあらわにして拳を振るうサラに対して、セラの方は冷静だった。焔弾もサラの拳も無表情のままユーティリウム製の剣を操って受け止める。


「あんたのそういう所が気に入らない!!」


 右の拳を戻しながら、左の拳を斜め下からの軌道でセラに放つ。それもユーティリウム製の剣で防がれると、今度は右足を前に出して右拳のフック、次は左拳を真っ直ぐ突き出し、それも防がれると再び軸足を入れ替えて右拳の真っ直ぐ、左拳のアッパー。前に進みながら防がれてもお構いなしに絶え間なく拳を叩き込み続ける。


「いつも知った風な顔をして、あたしから大切なものを奪っていくあんたが気に入らない!!」


 嵐のような怒涛のラッシュに、高い硬度を誇るユーティリウム製の剣にヒビが入っていく。


「チィ……ッ!」


 流石に少し焦ったセラは床に転がっていた剣も操り、それらをサラに向けて射出する。だが怒りに震えるサラはそんなもので止まらなかった。体に剣が突き刺さってもセラへの攻撃を止めず、不死鳥の回復力に任せて突貫を続ける。


「死ぬ気かサラ!!」

「今度の今度こそ絶対に許さない!!」

「そこまであの男が大事か!?」

「ええ、大切よ。あんたには分からないわよね!!」


 そしてついに、サラの拳がユーティリウム製の剣の真ん中を叩き折った。だが武器を直接操るサラに対して武器破壊は悪手だ。砕けて二本になった剣が、それぞれサラの腕の付け根に突き刺さる。両腕を上手く使えずバランスを崩したサラは両肩を思いっきり押されたような衝撃を受けて地面に仰向けに倒れる。

 そこへ追撃が来る。両腿と二の腕に剣が床まで深々と突き刺さる。


「しばらく大人しくしてろ」

「……っ! だれ、が……ッ!!」


 ぶちぶちぶちぶち!! と嫌な音がサラの右腕の付け根から鳴る。それは彼女が強引に腕の筋を引き千切っている音だった。


「お前そこまで……!?」

「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!」


 骨は砕けていた。神経も切れていただろう。頭の中を熱いスパークが駆け抜ける激痛と引き換えに、不死鳥の回復力任せで右腕の自由を取り戻す。

 その手で左腕に突き刺さっている剣を引き抜き、それから両足の剣を引っこ抜く。傷口はすぐに治して四肢を床に付けて低い姿勢からセラを見上げる。


「ここであんたを殺す!! 今度はあたしが殺してやるッッッ!!」

ありがとうございます。

この第一〇章はサラ回なので当然かもしれませんが、他のメンバーを置いてサラがどんどんヒロイン力を上げていっているような気がしてきますね。とはいえ今回の話にも要所要所で重要な部分があります。特に今回の章はそういった部分が多いのですが、いつも通り随時回収していきます。

次回はラプラス側の話です。こちらも先に繋がる重要な話なので、お見逃しなく。

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