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村人Aでも勇者を超えられる。  作者: 日向日影
第一〇章 最悪の事態を避けるために Throw_Away_Everything, But_One….
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177 サラ・テトラーゼとセラ・テトラーゼ=スコーピオン

 アーサーとサラは城の中を走っていた。

 セラの言動からして、てっきり大量の『機械歩兵(インファントリー)』が襲って来るものかと思っていたのだが、実際は拍子抜けするほどセラへと近づいて行く。『天衣無縫(てんいむほう)白馬非馬(カルンウェナン)』による体力の消費が抑えられるのは助かるが、気味の悪い感覚がずっとへばりついているような不快感が拭えなかった。


「アーサー。ちょっと止まって」

「どうした? 第六感(シックスセンス)で何か感じ取ったのか?」

「そういう訳じゃないんだけど……セラと戦う前に話しておきたい事があるの」

「?」


 足を止めて乱れた息を整える。一応、周りを警戒してみるが特に変化は無い。油断はできないが、一先ず話をする時間くらいはありそうだった。


「それで話って?」

「これから会うセラについてよ。数日前、セラは両親を殺したって言ってたわ」

「それは……流石に冗談じゃないのか? 例えばお前を動揺させるためとか」


 割と良い線を突いていると思ったのだが、サラは真面目な顔で首を横に振って、


「多分本当よ。あいつはシロ……あたしの家族を殺したんだから」


 そう言ったセラの口調は、彼女が心の底から優しい少女だと知っていても底冷えするような冷たいものだった。


「それに、セラは両親が死んでもあたしが動揺しない事を知ってるはずよ。……その証拠に、あたしは両親を殺したって言われた時、薄情って思われるかもしれないけど何も感じなかったのよ。シロを殺された時の方がずっとショックだったわ」


 シロ。

 かつてアーサーが『タウロス王国』で性格が似ていると言われ、肉親に殺されたと言っていた、サラの『獣化(じゅうか)』にも登録されているホワイトライガー。彼女の過去に何があったのか、正確な事はアーサーには分からない。けれどサラのとってシロという存在が、アーサーにとってのレインやビビと同じくらい大切な存在だというのは言葉の端々から伝わってきた。


「あたしはね、アーサー。あんたやみんなの事を家族同然に思ってるわ。だから正直怖い。このまま戦えば、セラにまた奪われるんじゃないかって気が気じゃない」

「……」


 サラの言葉は、掛け値なしに嬉しい。

 嬉しい、のだが……。


(……なんだろう。この言いようのない不安……)


 何かが引っ掛かる。

 何かを忘れている気がしてならない。

 例えるなら長い計算問題を解いた後、何度も見直しをして間違っていないと確認しても、答えを確認するまでは不安が拭えないようなそんな感覚。とても大事なことを見落としている予感が付きまとって消えない。


「だからアーサー、手加減はしないで。全力でセラを倒して」

「……サラ、俺は……」


 返答をしようとは思っていなかった。

 感じた不安をそのまま伝えようと思った。

 それなのに、それを阻むように床が隆起してサラとの間に壁ができる。突然の事に反応が遅れる。もしかしたら床が天井に上がり切る前に向こう側に行けたかもしれないのに、体が驚きから回復した時には完全に遮断されていた。


「なっ……!? サラ、大丈夫か!!」

「こっちは大丈夫よ!」


 壁が厚いのか僅かにしか聞こえてこなかったが、無事なサラの声に一先ず安堵する。


「アーサー! あたしは先に進むわ。あとで追いついて!!」

「っ!? おい待て! すぐに壁を壊すから待ってろ!!」


 サラを一人でセラの元に行かせてはならないという直感に従い、アーサーは右手に魔力を集める。集束魔力砲なら簡単に壁を壊せると思っての事だった。

 ただし一つ問題がある。アーサーの集束魔力砲は一発撃つと体力も使うが右手に負担がかかる。試した事は無いが、おそらく五、六発くらいで限界が来ると見ている。一発目は抑えているとはいえ、今日はもう二回使っている。できれば無駄撃ちをしたくないのが本音だったが、サラと合流するためには仕方が無いと割り切る。


「『ただその祈りを(エクス)―――!?」


 だが今回は撃つまでに至らなかった。

 今度は立っていた床が下に沈む。体が一階分下に落ち、背中を強く打ちつける。そのせいで折角集めた右手の魔力が霧散して消えてしまった。


「なんだよ、もう……!」


 ダメージが回復する頃には落ちてきた穴は塞がっていた。しかも『天衣無縫(てんいむほう)白馬非馬(カルンウェナン)』を発動させて自然魔力感知を使うと、一つ上の階からサラの魔力が感じられなかった。どうやらアーサーの制止は聞こえておらず、先にセラの元に向かって行ってしまったらしい。


「くそっ、ラプラス。聞こえるか? ラプラス!!」


 こうなると頼れるのは彼女しかいなかった。

 インカムに手を伸ばして呼びかけると、応答はすぐにあった。


『マスター、どうしました?』

「手は空いてるか? 聞きたい事がある」

『分かりました。ちょっと待って下さい。……もう、本当にしつこいですね!」


 銃撃の音が聞こえてくる。『機械歩兵(インファントリー)』のエネルギー弾の銃声とは違うので、おそらくラプラスのものだろう。どうやら手は空いていなかったようだった。


『お待たせしましたマスター。それで聞きたい事とは?』


 しかし何事も無かったようにさらりとそう言ってのけるラプラスはやはり凄いのだろう。アーサーは彼女に内心で感謝しながら、手早く要件を伝える。


「サラとはぐれた。セラの所まで行く道を知りたい。サラはセラが両親を殺したって言ってたんだ。できれば二人っきりで接触させたくない」

『……ちょっと待って下さい。それはおかしいです』


 何が、と問いかける前にラプラスは逆に質問してくる。


『……確認しますが、セラ・テトラーゼ=スコーピオンが両親を殺したと、サラさんに言っていたんですか?』

「ああ、そう言ってたけど……」


 そう答えるとまたラプラスは考え込んでいるのか黙り込む。

 何か不安になったアーサーがラプラスの名前を呼ぶと、息を飲む気配が伝わってきた。


『……マスター。前に話した事があると思いますが、私はマスターと出会うまで「ポラリス王国」の中心にあるビルに閉じ込められていました。そこで来る日も来る日も資料に目を通し、演算を繰り返してきました』

「ああ、覚えてる。でもそれが一体……」

『つまり、私は「スコーピオン帝国」で何があったのかを知っているんです。前国王の死についての資料に改竄(かいざん)されている形跡があったので、自分で真相を調べました。だからよく覚えています。セラ・テトラーゼ=スコーピオンの言葉には嘘があります』

「嘘? じゃあ真実は……」

『……聞かなければ良かったと後悔しても良いのなら教えます。覚悟はできていますか?』

「……ああ」


 珍しく言い淀んでいたラプラスの最後の確認に、アーサーは少し躊躇しながら答えた。

 そして、ラプラスの口から真実が語られる。





    ◇◇◇◇◇◇◇





 サラはアーサーの声が聞こえていた。待っていればアーサーはすぐに合流できる事も分かっていた。

 けれど。


(……ごめんアーサー。好都合なんて言うのは不謹慎だけど、やっぱりあんたをセラと合わせたくない)


 もしもこれがアーサーへの想いに気づく前なら一緒に行く選択肢を取っていただろう。

 しかし、今は違う。

 アーサーと出会う前、『スコーピオン帝国』を出て一人っきりで旅をしていた頃はシロと一緒だった頃の記憶だけが心の支えだった。それが今のサラにとって、アーサーの存在はそのシロと同じくらい大切なものになっている。

 それを自覚しながら、サラは走る。不死鳥の獲得によりストーカードッグの嗅覚は失われていたが、目指す場所は分かっていた。

 サラが辿り着いた場所は不死鳥を登録した場所と同じ場所。数日前に不死鳥のいた辺りには数本の剣が突き刺さっており、セラはその中心に立っていた。腕を組んだまま目を閉じているセラに向かって足を進める。


「……来たな」


 残りの距離が五メートル程になった所で、セラは目と口を開いた。それに反応したようにサラも足を止める。


「敵意むき出しって面だな。随分嫌われたようだ」

「そんなの今更確認するまでもないでしょ」


 言いながら、サラは右手をホワイトライガーのものへと変化させる。


「……これが最後の警告だ。素直に帰って来い」

「ここはあたしが帰る場所じゃないってさっきも言ったわよね?」


 地面を蹴る。

 右の拳を引き絞る。

 サラの拳がセラに向かって放たれ、セラはそれを地面に突き刺していた剣を束ねて受け止めた。


「この感じ……まさかユーティリウム製!?」

「私の場合は切れ味や見た目より硬さが重要だからな。本来ならアダマンタイトを使いたかったが……まあそこまで贅沢は言えん。『バルゴ王国』とは今馬が合わないしな」

「何の話を……!」


 叩きつけた方とは逆の左手、今度はそれをドラゴンのものに変化させて叩きつける。


「してるのよ!!」


 今度はホワイトライガーの拳をぶつけた時よりも大きな音が鳴った。利き手では無かったとはいえ、サラの『獣化(じゅうか)』の中で一番の力を持つドラゴンの拳。それでもユーティリウムは砕けなかった。


「お前じゃこれを砕けないって話だよ」

「……それはどうかしらね。『廻纏(かいてん)』!!」


 サラの『固有魔術(オリジナル)』。手足に高速で渦巻く風が生まれ、それが再び引き絞った右拳に集まっていく。

 右手をドラゴンに、右足をハネウサギのものに変化させ、三度拳を叩きつける。


「三度目の正直よ。ドラゴンジョルトスクリューブロー!!」


 バギィッッッ!!!!!! と先程までとは違う歪な音が響いた。

 セラのユーティリウム製の剣が砕けた音だった。拳自体は届かなかったが、それでも武器を奪えた事に不敵な笑みを浮かべる。


「……まさかユーティリウムを砕くとはな。どうやら『獣化(じゅうか)』だけが取り柄という訳でもないらしい」

「当然でしょ。あたしだってただ世界を歩き回っていた訳じゃないのよ」

「だがな」


 機嫌が良くなったセラを抑えつけるように、セラが強い語気で言い放つ。

 サラがそれに気づいた時には遅かった。

 何本かの砕いた剣は全て中心から真っ二つ。

 つまり。


「砕いたのは失敗だったな。剣を扱うのではなく武器を操る私にとっては、こっちの方が都合が良い」

「……ッ!?」


 普通の剣士が相手だったら武器を奪って終わりだっただろう。けれど今回に限っては相手の武器を増やすだけの結果に終わってしまった。

 ハネウサギの脚力を使って大きく後ろに下がる。が、これも失敗だった。そもそもロクに遠距離からの攻撃手段を持たないサラが、近遠距離をカバーできる力を持つセラと距離を取ったのが間違いだった。

 向かって来る無数の剣。アーサーのように弾こうと『廻纏(かいてん)』を纏った拳を構える。

 だが、そこで変化が起きた。

 一対一の姉妹喧嘩のはずだった。その二人の間の地面を突き破り、下から剣を吹き飛ばして莫大な閃光が噴水のように噴き上がった。ビリビリと肌に伝わってくる感覚にサラは覚えがあった。彼女自身は一度しか体感した事はないが、この光の正体は……。

ありがとうございます。

次回、第一〇章最後の行間でサラとセラが決別した話をやります。

ここから最後までは戦いじゃーっ!!

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