176 それぞれの役割
「おーい、サラ。そろそろ起きてくれ。流石にお前を背負ったままセラと戦うのは勘弁だぞ。おーい」
「ぅ……ん、アーサー……?」
肩を揺らして呼びかけること数秒、ようやく反応が返ってきた。サラは頭を抑えながら上体を起こす。
「ここ外? あたし、一体何を……」
「覚えてないのか? セラがお前の『獣化』を暴走させたんだ。それを俺が右手で止めて、今からセラをぶっ飛ばしに行こうって話になってる」
「……ん、え……? 一ミリも話に付いて行けないんだけど……右手で止めたって、どういう……?」
「そこからか……。詳しい話は省くけど、この右腕って元は魔王の物だろ? だから魔王の力の一部が使えるんだ。それが魔力を操作できる力だから、サラの『獣化』の暴走を止められたって訳だ」
軽い調子でそう言いながら、今更だがこの右手の力が無かったらここまで来れていないという事実を確認する。そしてローグやレミニアやエレイン。こうして『カルンウェナン』の力を持つ事ができた理由を思い出して、三人に心の中で感謝をする。
「……なんか、あたしがいない間に色々あったのね」
「そういうお前こそ、いきなりお姫様って知ってビックリしたぞ」
「うっ、それは……」
そこを突かれる事は予想していたのだろうが、それでも改めて聞かれるとバツが悪い表情になって黙り込んだ。そうして僅かな時間沈黙した後、覚悟が決まったのか重い口を開く。
「……ごめんアーサー。あたし、みんなにずっと秘密にしてて……」
もし『獣化』で耳が生えていたら間違いなくしゅんと項垂れているような沈んだ表情で言うが、アーサーはキョトンとした顔で、
「あ、それは別に良いんだ。気にしてない、っていうかどうでも良いってのが素直な感想かな。誰にだって秘密くらいあるだろうし、俺だってあんまり人には知られたくない事もある。今さら出自で差別するような事はしないよ」
「……ま、あんたはそうよね」
最初は驚いた表情をしていたサラだったが、すぐに納得したように軽く笑みを浮かべた。アーサーもそれに釣られるように笑みを浮かべて、
「うん、やっぱりサラは笑ってる方が良いな。それを見れただけで、ここまで来て良かったって思えるよ」
「……ホントに戻ってきたのね。すっかり前のアーサーだわ。その空気の読まなさも、無茶を通り越した無謀ぶりも。あんた、あたしがどこにいても来るつもり?」
「そりゃ勿論。お前に助けを求められたら、俺は世界中どこにだって駆けつけるよ」
「助けって……あたし、今回あんたに何も言う暇もなくここに来たのよ? 助けなんて求めてないけど……」
「嘘ばっかり。アレックスから聞いたんだ。お前が大丈夫って言ってたって。だから約束通りここまで来た」
それは前に『魔族領』で『ホロコーストボール』の破壊を画策していた時の会話の一つ。アーサーはその些細な会話の中で約束していた事を果たしに来たのだ。
照れ隠しなのかサラは唇を尖らせながら意趣返しのように、
「……ふん、嘘ばっかり。それが無くてもあんたならどうせ来たでしょ?」
「かもね」
来ると信じていたとは恥ずかしくて言えないサラの強がりに、アーサーは気付かずさらりと返す。それにサラは諦めたように溜め息をついて、
「はぁ……呆れた。よくもまあ、あんな出会い方をしたあたしにそこまで入り込めるわね」
「あー……確かに今思い出してみても最初の出会いは最悪だったよな。なにせいきなり顔面パンチだからな」
軽く笑いながら、アーサーはどこか懐かしむ口調で言う。
「そりゃ、あんたが着替えてる所にいきなり入ってくるからでしょ」
「はははっ、悪い悪い。でも俺はあの時、お前に会えて良かったって今でも思うよ」
それは前に『タウロス王国』でドラゴンと戦ってる最中にも言っていた事だ。
あの時も、あの後の『アリエス王国』の時も、『魔族領』の時も、サラがいなければ解決なんて絶対にできなかった。それを抜きにしても、アーサーはサラという女の子を好ましく思っているのだ。会えて良かったと思うのは当然の事だった。
「実を言うとさ、ここに来る前、お前が望んで家族の元に戻りたいなら無理に連れ戻そうとは思ってなかったんだ」
それはアレックスからサラが大丈夫という合言葉を言っていたと聞いた後も同じだった。もしかするとサラが言っていた大丈夫というのは本当に大丈夫で、全て自分達の思い過ごしなのではないかとずっと思っていた。
「でもこうして再開してハッキリした。俺はやっぱりお前が好きだよ。お前とこんな風に話をするのが好きだ。だから俺の身勝手だけど、お前には帰って来て欲しい」
「す、好きって……」
サラとしては先程自分の気持ちを自覚した手前、物凄く恥ずかしいし嬉しい一言だったのが、その時頭に浮かんで来たのは親友の顔だった。
「……あんたはそういう勘違いさせるような事を言わないように気をつけた方が良いわよ」
「うーん、あながち勘違いって訳でもないと思うよ? サラが前に俺が結祈を好きなのかどうか訊いてきたけどさ、正直サラと結祈に抱いてる感情って同じような気がするんだよね」
「だからそういう事を……」
言いかけて何かに思い至ったのか、再びサラは諦めたように溜め息をついた。
「もう良いわ。そっちの話はこっちだけでするから」
「???」
そこら辺鈍い馬鹿野郎は首を傾げるだけだったが、分からない事は気にしても仕方が無いと諦めたのだろう。よしっ、と気合を入れて立ち上がる。
「さて、いつまでも話してる訳にもいかないし、そろそろお前の姉ちゃんに会いに行こうか」
「ええ、そうね」
何だかんだ『ジェミニ公国』を出てからは誰よりもコンビを組んだ事のある者同士だと、こういう戦いへの切り替えも早い。
アレックスとは違うこういう部分が、サラと一緒にいる時の安心感にも繋がっているとアーサー自身も何となく理解はしていた。
◇◇◇◇◇◇◇
管制室か制御室のどこかに指令を出している所があるはずです、とのラプラスの言葉に従ってやって来たのは先にアーサーが入った城。その中でも一番高い場所を目指す。ラプラスによれば、国中に指令を出せるなら電波を出している場所は高い所のはずとの事だった。
「何か曖昧だな……。つーか、テメェの能力でそこまで調べらんねえのか?」
「何か勘違いしているようですが、私の能力は全てを知れるという訳ではありません。あくまで既知の情報から過去と正しい現状を予測し、未来を限りなく事実に近い形で観測できる演算力が私の力なだけです。それに全能ではありません。外れる時は外れますし、事前の情報が足りなければ観測結果は大きく外れます」
「……その妙なポンコツさもアーサーの野郎そっくりだ」
「さっきからちょくちょく嬉しい評価ですね。とにかく何が言いたいのかと言うと、ここから先は私にも未知の領域という事です」
高い塔を見上げながら、若干的外れな感想と共にラプラスのそう白状する。
「この城にいるのがセラ・テトラーゼ=スコーピオンだけというのが主な原因でしょうが、最近は情報が入って来にくいんです。元々マスターと出会ってから精度の落ちている『未来観測』ですが、情報不足のせいでこの国に入ってから観測結果が外れてばかりです」
「例えばどんなのが外れてるの?」
「最初の襲撃は予測できませんでした。エクレールの存在もシャルルさんの存在も、エクレールが誰の元に向かうのかもシャルルさんがエクレールを足止めできた事も、何もかもです」
結祈の質問に答えてから、ラプラスは何かに気づいたように顎に手を当てて考えこんだ。
「(考えすぎでしょうか……)」
「ラプラスさん?」
「……いえ、何でもありません。それより」
レミニアが呼びかけてようやくラプラスはハッとした。それから扉に触れる。
「城の中には当然『機械歩兵』が待っています。覚悟は良いですか?」
「今更そんな確認必要ねえだろ」
ラプラスの確認を半ば無視し、アレックスは引き抜いた剣で扉を斬って中に入る。
「さて、いきなり襲われる事は無かったな」
「……不用心すぎます。そういう所はマスターに似てませんね」
「余計なお世話だ。似てたら俺達はとっくに全員死んでる」
適当な調子で奥へと入っていくアレックス。だがラプラスの懸念通り、すぐにぞくぞくと『機械歩兵』が飛んで来た。
「見て下さい。言った通り不用心です」
「悪かったな! 望み通り馬車馬のように働いてやるよ!!」
やけくそ気味に叫んで『機械歩兵』へと突っ込んでいくアレックス。その背中を見ながらシルフィーは頷きながら納得したように呟く。
「……なるほど。確かにいつものアレックスさんとアーサーさんのやり取りに似てますね」
「呑気なこと言ってる場合じゃないよシルフィー。『機械歩兵』が迫って来てる!!」
珍しく慌てた声を上げた結祈も両手に剣を持ち、アレックスに続く形で『機械歩兵』との戦闘を始める。その後にシルフィーが魔力弾で援護を始め、ラプラスが両手の持った銃で応戦する。そしてレミニアはというと、『空間断絶』を使う時と同じように展開した魔法陣を高速回転させて投げる。空間を断絶する魔法陣の断面はそのまま全てを斬り裂く刃と化していて、触れた傍から『機械歩兵』が両断される。正直一番えげつない攻撃だった。
「人間型以外にも虫型や動物型が混じっています。用心して下さい!」
「何だそりゃ!?」
アレックスの疑問にラプラスが答えるよりも早く、ラプラスが前に遭遇した蜘蛛型とは違う犬型の『機械歩兵』がアレックスに向かって飛び掛かる。アレックスは反射的に斬りかかるが犬型は四肢の先からジェットを噴射してアレックスの頭上に避ける。そして開いた口からエネルギー弾を飛ばして来る。
「―――『纏雷』!!」
咄嗟に発動した身体強化の魔術のおかげでエネルギー弾を寸での所で躱し、雷を纏わせた剣で犬型を斬り裂く。
「人型よりも厄介だぞ!?」
「ですからそう言ってるんです!」
ラプラスはそっぽを向きながら下向きに撃った銃弾を床に反射させて『機械歩兵』の頭を吹き飛ばしながら答える。
何だかんだ言いつつ、五人はかなりの数の『機械歩兵』を破壊しているが、それでも数が多すぎる。後から後から湧いてくるせいでこちらの体力の方が先に尽きてしまいそうだ。
「チィ……! 限りがねえ。おいラプラス、レミニアと一緒に先に行け! テメェが『機械歩兵』を止めればそれで終わりだ!!」
「私達が抜けて大丈夫ですか?」
「下に見てんのか? こっちにはシルフィーと結祈が残ってんだぞ。そっちよりよっぽど戦力はある。とにかく早く行け!」
「そういう話ではありません」
それはやけに強い口調だった。
グリップを握り締める力を強くしながら、ラプラスはアレックスの背中に声を投げる。
「私はあなたにとってはほぼ初対面の相手です。裏切って逃げ出すとかは考えないのですか?」
アーサーに出会って人を信用する事ができるようになったとはいえ、全てが解消される訳ではない。
それは裏切られて、使い捨てられて、五〇〇年もの間誰も信用して来なかったラプラスだからこその疑問だった。
「ああ? 今更何言ってやがる」
しかしアレックスは『機械歩兵』を切り捨てながら、それが当然だと言わんばかりに、
「アーサーが信じて連れて来たヤツだ。それだけで信じるに値すんだよ」
「……それ、だけ」
ラプラスは思わず目を大きく見開いた。
そして、思う。
やっぱり彼らはアーサーの仲間なんだな、と。
「……分かりました。行きましょう、レミニアさん」
アレックスがレミニアを同行させようとしたのは、単純な戦力という意味以外に『機械歩兵』を止めた後にすぐ戻って来れるようにという意味合いもあった。
レミニアを連れて行く事でアレックス達に危険が及ぶ事は『未来観測』で分かっていたが、それを察したラプラスはレミニアを同行させる事を迷わなかった。
走りながらレミニアは前を走るラプラスに声をかける。
「どうですかラプラスさん。新参者のわたしが言うのもなんですけど、兄さんの仲間を良い人ばかりですよね?」
「そうですね……。仲間からの信頼の厚さ、流石私のマスターです」
「あはは……。今のやり取りでも株が上がるのは兄さんなんですね……」
そしてルーキー二人は『機械歩兵』を止めるために走る。
その先で待つ未来すら定かではないまま。
ありがとうございます。
今回はアーサー、アレックス側でそれぞれ話を進めました。次回はセラとの戦闘が始まります。
それにしても、ようやくサラがヒロイン枠に食い込んできたぞう!