175 『スコーピオン帝国』軍事国攻略戦
アーサーがサラを救出するために城の内部へと転移した後、外にいるアレックス達は襲って来る『機械歩兵』と戦っていた。
その中で二丁の拳銃で『機械歩兵』を蹴散らし続けているラプラスが唐突に呟く。
「私達は『機械歩兵』を止めましょう」
「ああッ、何だって!?」
それに反応したのはアレックスだ。彼も彼でユーティリウム製の直剣で『機械歩兵』を蹴散らしている。
「この『機械歩兵』は一体一体が自立して動いている訳ではありません。管制室か制御室のどこかに指令を出している所があるはずです。そこを潰せば……」
「潰すったってどうやって!? 後から後から湧いてくるこの木偶共をどうやって退けるってんだ!!」
確かに『機械歩兵』の一体一体は強くない。だが囲まれるとやはり厄介だ。体がいくつあっても足りない。
「そこは私が先導するので大丈夫です。集束魔力剣!!」
ラプラスは真後ろから襲いかかってきた『機械歩兵』の攻撃を見ずもせずしゃがんで躱し、銃口から集束魔力で作ったビームソードのような剣で体を両断する。
「付いて来て下さい。なるべく安全な道を選んで進みます」
「……何なんだろうコイツ。言動とか行動が要所要所でアーサーの野郎にそっくりなんだよなあ……」
頭痛の時みたいに頭を抑えながら、アレックスは呆れた溜め息と共にそう呟く。ラプラスはそれに構わずシルフィーの方を向いた。
「シルフィーさん。魔法は何回使えますか?」
「えっ、魔法ですか? その……実は昨日使った後から魔力が回復しきってないんです。おそらくあと一回撃てば私は動けなくなります」
「つまり打ち止めですね。では私が先頭、シルフィーさんとレミニアさんは真ん中、アレックスさんと結祈さんは後ろを守って下さい」
もう移動する事を前提で話しているラプラスだったが、誰もそこに突っ込まなかった。他の四人だってここで延々と『機械歩兵』と戦うなど御免だからだ。
少しでも攻撃を避けるために移動は走って行われた。ここで意外な働きをしたのがレミニアだった。彼女はエネルギー弾を『空間断絶』で防げるので、真ん中にいる事が幸いしているのだ。
そうして順調かと思えた移動。しかし結祈が突然声を上げる。
「ラプラス! アーサーが!!」
「……っ!?」
結祈が見上げた先、その声に反応した他の五人が見たものは……。
◇◇◇◇◇◇◇
運悪く外へと投げ出されたアーサーだったが、本人はそうは思っていなかった。
(窓……? 助かった、壁だったら潰れて死んでた)
かといって危機が去った訳ではない。現在進行形でアーサーの体は落下しているのだ。
いつもなら空を飛ぶ手段が無くて困惑する所だが、いい加減にアーサーも学習した。こういう時の事も考えて『瞬時加速』を作ったのだから。
すると突然、耳元に声が響く。
『マスター! こちらからも見えてますが、今飛び出して来ましたか!?』
「ラプラスか!? ナイスタイミングだぜグッドインフォメーション!!」
『落ちている最中なのに余裕がありますね。流石私のマスターです』
たかだか数十メートルの落下で無駄話をしている余裕も無いはずだが、二人にとってはこれくらい緊張感が無い方が余計な力も入らなくて良いのかもしれない。
とりあえずアーサーは今の状況の説明と打開策を求める。
「今サラが操られてる。科学の力で魔術を暴走させてるらしいんだけど、俺の右手で止められると思うか!?」
僅かな逡巡。
そしてすぐにラプラスは答える。
『……可能です。暴走させているのは科学の力でも、あくまで力のベースは魔術ですから。けれどアーサーさんが勝てる確率が一〇パーセントを切っていますが大丈夫ですか?』
「……相変わらずクールな現実だ。まあ一〇パーセントあるなら希望がある。サポートしてくれ」
『正確には九・二パーセントです。とりあえず〇・五秒後、サラさんが飛び出して来ます。準備を』
「正確なサポートありがとう!!」
ラプラスの言った通り、アーサーが出てきた場所から弾丸のように獣と化したサラが飛び出して来る。アーサーは吹き飛ばされるのを覚悟で右手を前に突き出す。ダメージを受けるとしても、触れる事さえできればサラの暴走を解けるはずだからだ。
しかし白虎はアーサーにぶつかる直前で静止した。そして尻尾で右腕に触れないようにアーサーの体を叩き落とす。
(くっ……グリフォンの力で空中で静止したのか? それにサラは俺の右腕の事を知らないはずだ。第六感で脅威を鋭敏に感じ取ったのか!?)
白虎は『獣化』の暴走によって全ての力を扱えている。特に脅威を感じ取る第六感は面倒以外の何物でも無かった。
とにかく今は地面への落下をなんとかしなければならない。アーサーはスピードが出ている事も考えて『瞬時加速』による着地は諦めた。代わりに別の手段を取る。
「『人類にとっても小さな一歩』!!」
それは一メートルの転移だった。この『人類にとっても小さな一歩』の一つの特徴として、転移した後は運動エネルギーがゼロになる。これで落下の速度を打ち消したのだ。
今まで何度も経験のある落下で一番安全に地上へと戻れた。しかし上からは変わらずに脅威が迫っている。
「くっ、『数多の修練の結晶の証』!!」
アーサーは再びユーティリウム製の盾を創り出す。今度は腕で殴るのではなく、爪で引っ掻く攻撃をしてきた白虎の爪痕が盾に刻まれる。
「―――っ、手順変更! アダマンタイト製の直剣!!」
仲間に、それも女の子に剣を向ける事に罪悪感を感じる。
アーサーは心の中で謝罪し、続けて爪で攻撃しようとしていた白虎の腕を斬りつける。
しかし、幸いだったというか不幸だったというか、白虎にダメージを負わせる事はできなかった。斬った傍から血の代わりに炎が噴き出て傷口が塞がったのだ。
(聞いてないぞこんなの!?)
両手を躱してもまだ尻尾が残っていた。突然の回復に驚いていた事もあって、その攻撃は防げず腹の中心に尻尾の先が突き刺さる。息が詰まり、腹に穴が空いたのではないかと思う衝撃が響いて吹き飛ばされる。鈍痛に耐えながらすぐに腹に手を当てて、そこに穴が空いていない事に安堵する。
『マスター! どうやらサラさんは新しく不死鳥を登録したようです。傷つけても回復しますからご注意を』
「……ああ、こっちも今確認した」
インカムからの声に答えながら立ち上がり、アーサーは歯噛みした。
「……くそ、早くしないと時間が無いな」
アーサーが言っているのは『何の意味も無い平凡な鎧』の事ではない。それくらいならもう一度使えば済む話だ。
ここで言っている時間というのは、『天衣無縫・白馬非馬』の方だ。これには『何の意味も無い平凡な鎧』のような時間制限がある訳では無いのだが、とにかく体力を食う。一応は『ジェミニ公国』にいた時からオーウェンに鍛えられていたし、森の中を動き回る労働だってしていた。これまでだって休む間もなく戦い続けてきた。だからアーサーは体力には自信があったのだが、それでも周りの自然魔力を集め続けるというのは馬鹿にならないほど体力を使うのだ。
(まだ大丈夫だって言っても、長期戦はやっぱり避けたい。そろそろ決めないと……)
おそらく、もう少し時間をかければ安全にサラを戻す方法もあるだろう。
しかしこれで戦いが終わる訳では無い。『機械歩兵』や下手をすればエクレールを越えて国外へと逃げなければならないのだ。ここで無駄に体力を使う訳にはいかない。
という訳で、結局いつもの賭けに出る。この辺りは力を得ても変わらなかった。
先程までと同じように飛び込んでくる白虎。その開かれた顎に対して、アーサーは避けるのでもなく盾を創り出すのでもなく、ただ右手を突き出す。ただし今度は避けられないように右手の力を使おうとはせず、ただ普通の右手を差し出すように目に出す。
丁度右肘の辺り、獰猛な牙が今度こそアーサーの体に突き立てられる。
「……悪いな、白虎」
しかしアーサーの腕は噛み千切られなかった。
困惑しているような呻き声を上げる白虎の耳元で、アーサーは呟くようにこう言う。
「俺の右腕は細胞で繋がってるんじゃなくて、正確にはレミニアが切断面同士の空間を繋いでくれたんだ。つまり丁度傷口の上だと噛み切れないって事だ」
理解されているのかは分からないが、その言葉と共にアーサーは残った左手で白虎の首筋の辺りを優しい手付きでそっと撫でる。
「……おやすみの時間だ。『カルンウェナン』」
白虎の口内にある右手の力を使い、サラの魔術である『獣化』を解除する。
その瞬間、白虎の姿が人間のサラの姿へと戻る。意識を失っているのか、倒れそうになるその体を抱きとめる。幸いといってはなんだが、外傷も無いし忌々しい腕輪も壊れていた。とりあえずはこれで『獣化』が暴走する事はないだろう。
『……「獣化」の暴走を止めた、か……。カラクリはその右手か?』
「セラ……っ」
どこまでも能天気な調子のセラの声が聞こえてくる。彼女の姿は見えない。ただ近くに一体の『機械歩兵』がいた。そこからセラの声が発せられているのだ。
「……ふん、道具の力は所詮道具か」
「……っ!! セラァッッッ!!!!!!」
きっとカメラ越しにこちらを見ているのだろうと、そう思いながらアーサーは怒りを込めて叫ぶ。仲間を道具扱いされた事に耐え切れなかったのだ。
「テメェ降りて来やがれ! 俺の前に姿を見せやがれ!! ぶん殴ってやる! サラの姉だろうが『スコーピオン帝国』の王女だろうが関係あるか! この手の骨が砕けるまで徹底的にぶん殴ってやる!!」
『……、だったらここまで来い。私を殴り飛ばしたいのなら、もう一度ここまで上がって来い』
「そんな面倒な事をしなくても、すぐに撃ち落としてやる!!」
そう叫ぶのと同時、白い光を放つ右手をそのまま解き放つ。
今度は手加減などしていない、青騎士の半身を吹き飛ばした時と同じ威力の『ただその祈りを届けるために』が城に向かって放たれる。
狙ったのは城の中腹部分。一応はセラに当たらないように考慮して撃つ。
しかし莫大な閃光が晴れた後、アーサーは思わず自分の目を疑った。
「な、ん……!?」
無傷。
集束魔力砲を受けて、城には傷一つ付いていなかったのだ。
『残念だったな。これは他国からの侵攻対策の「反魔力障壁」だ。ま、流石に城の内部にまでは手が回っていないから床は抜かれたがな」
その動揺を察してか、セラはそう言って外部からの攻撃は無駄だと暗に告げて来る。アーサーはその言葉に隠されたもう一つの真実に気づきながら訊き返す。
「……アンタは他の国と戦争でもするつもりなのか?」
『さあな。だが戦う覚悟はいつでも必要だ』
もしもこれが国の防衛手段としてだけなら別に良い。だが『タウロス王国』のようにどこかへ攻め込もうと言うなら問題だ。なんとしても、ここで止めなければならない。誰もがアリシアやフェルトのようにはいかないのだ。
『さあ、どうする。サラを置いて行くというなら全員見逃してやっても良いぞ?』
「ふざけるな。俺はお前をぶっ飛ばして、みんなでこの国を出ていく」
『はっ、それがやれるものならな』
それで話は終わりだと言うように、『機械歩兵』はこの場から飛び去っていく。それを見送りながら、アーサーは手を耳へと伸ばす。
「……ラプラス、予定変更だ。俺はこれからセラのヤツを殴りに行く」
馬鹿な事を言っている自覚はあった。
流石のラプラスでも、今回ばかりは呆れられると思った。
しかし。
『そう言うと思ってましたよ、マスター。だからこちらはもう行動を起こしています。だからマスターはマスターで好きに暴れて下さい』
帰ってきたのはそんな言葉だった。
その返事にアーサーは少し驚いて、
「流石ラプラス。俺の事が分かってるな」
『当然です。なんといっても私はあなたの所有物で、あなたは私のマスターですから』
そこには呆れの色など一切無く、むしろ嬉しそうな声だった。
『おいちょっと待て。テメェら何不穏なこと言ってんだ!? そのインカム貸しやがれ!』
インカムの向こうから慌ただしい音が聞こえてくる。声の感じからおそらくアレックスだろう。それが正しかったと示すように、すぐアレックスの怒声が飛んでくる。
『おいアーサー! サラはもう連れ戻したんだろ? だったらさっさと退散しようぜ!!』
『その場合は先程も言った通り、「機械歩兵」に追われる羽目になります』
「ついでに言うとエクレールもな。悪いけどアレックス、今回も選択肢は無いんだ。諦めてくれ」
『……クソッたれ、いつもそんなんばっかりだ。俺達に休息は無えのか!?』
「俺だって上級魔族との二連戦からまともに休んでないんだ。文句言わずに手伝ってくれ」
『ホント毎度思うけど頭おかしい人生だなオイ!! 今回も仕方無えから手伝ってやるけどさーもう!!』
再び雑音と慌ただしい音。おそらくインカムがラプラスの元に戻ったのだろう。鮮明になった音でラプラスの声が聞こえてくる。
『とにかくこちらは「機械歩兵」をなんとかします。エクレールは置いておくとして、マスターはセラ・テトラーゼ=スコーピオンの方をお願いします』
「分かった」
これから一国を相手にしようとする者達の会話にしては緊張感が無いものだったが、彼らにとってはこれが通常運転なのでむしろ良いのかもしれない。
……それはきっと、これからの戦いで何が起きるか知らないからこその調子だった。
ありがとうございます。先週は忙しくて一週間空いた投稿になってしまいました。随分と久しぶりな気がします。
……それにしても、アーサーはいつも落下しているなあ。