174 辿り着いた先で現れる敵は……
◆現在◆
そして、来た。
いくつかの戦いを乗り越え、仲間を取り戻すためにここまでやって来た。
絶え間なく続く銃撃を避け続けながら、アーサーはサラの体を抱えたままインカムから聞こえてくるラプラスの声に耳を傾ける。
『一歩後ろに、左に半歩、首を右に傾げ、そこでジャンプ。着地してすぐ右に一歩―――今、「瞬時加速」です!』
「……っ」
両足から風のジェットが噴き出し、アーサーの体が天井近くまで跳び上がる。天井に両足を着け、普段なら見上げる姿勢で眼下を見下ろす。
『あとは分かりますね?』
耳元からラプラスの指示は無かった。
アーサーは手が空いていないせいで答えられなかったが、ここまで来ればこの後どうすれば良いのかは分かっていた。こちらの動きに惑わされずに銃口を逸らさず向けて来ている『機械歩兵』に対して、アーサーは白く輝く右手を引き絞り、すぐにそれを解き放つ。
「『ただその祈りを届けるために』!!」
その威力は流石に青騎士に撃った時よりも抑えめだった。
放たれた集束魔力砲はエネルギー弾ごと『機械歩兵』を蹴散らし、城を貫く形で床を貫く。そうして出来た大穴がラプラスとアーサーが導き出した逃走ルートという訳だ。
「ちょっ、全体的にその力は何なの!? あんたこの一週間何してたのよ!!」
「それはまた後で説明する。それよりまた加速するぞ。『瞬時―――」
『マスター!!』
しかし加速をする前に耳元で大きな声が響いた。それが警告だと理解したのとほぼ同時、自分で空けた大穴の奥からキラリと光る何かが飛来してくる。それは……。
(剣!?)
真っ直ぐ顔面に向かって来るそれを、顔を逸らして避ける。剣の刀身は半分以上が天井に突き刺さっていた。もし避けなかったら即死だったかもしれない。
ラプラスの指示も関係無く、自由落下で足が天井から離れる前に自ら蹴って『瞬時加速』も使い穴の上空から逃げるために横に駆ける。すると一本目に遅れて大量の剣が次々天井に突き刺さる。
アーサーは床に着地してすぐインカムに付いたボタンを押しながら、
「ラプラス! 逃走ルートがダメだ、別のルートは!?」
だが答えが返ってくるよりも向こうの攻撃の方が早かった。
天井に突き刺さっていた剣が自力で刀身を引き抜き、再びアーサーに向かって刃が飛んでくる。
「くっ、『数多の修練の結晶の証』!!」
サラから手を離して創った武器は、先程も使っていた羽翼の剣だった。向こうの手数が多いので、脆くても軽くて振り回しやすい剣を選んだのだ。
両手に握った剣で飛んでくる剣を弾き、サラの盾になって守る。
しかし手数が違い過ぎる。弾いた剣も何度も向かって来るせいで本当に終わりが見えない。剣劇の音のせいでラプラスの声も聞こえない。次第に数に押され、弾きそこねた剣で体が斬り刻まれる。
(そもそも俺の剣の腕なんてたかが知れてる。今は真っ直ぐ向かって来る剣を弾いてるだけだからなんとかなってるけど、このままじゃジリ貧だ! ……くそっ、さっき大穴にさえ入れていれば……!!)
とはいってもダメだったものにいつまですがっている時間は無い。さっさと突破口を思い付かなければ串刺しは必至だ。
そこでふと、唐突に思い至った。
逃げる手段は、ある。
(我ながら本当にロクでもない事しか思いつかない頭だ。問題は床の厚さだけど……よし、大丈夫だ!)
その問題は自分で開けた大穴の縁を見て解決した。もう一つ問題がある訳だが、それはやってみない事には分からないので賭けだ。まあそこは慣れたものである。
そこから先の動きは迅速だった。アーサーは両手の剣を捨て、背後にいたセラに触れる。そして剣に突き刺される前にさっさと魔術を使う。
「『人類にとっても小さな一歩』!!」
それはたった一メートルだけの転移の魔術。しかし今回はそれで十分だった。アーサーが転移したのは床の下、つまり下の階の天井部分へと移動したのだ。
「こ、今度は転移!? もう何がなんだか……っ」
「混乱するのは分かるけど、着地は自力で頼むぞ」
身体能力を強化しているアーサーはともかく。魔力を封じられているサラにとって一階層一〇メートルはあるこの高さは正直キツイ。しかしそこは流石と言った所か。サラは俊敏な動きで猫のように音も無く床に着地する。
「うっ……」
「ちょっ、大丈夫!?」
むしろ膝を折ったのはアーサーの方だった。急に膝の力が抜けたようにガクッと倒れ込みそうになる。しかしそれは着地に失敗した訳ではなく、
「大丈夫、四二秒経ったんだ。単純に『何の意味も無い平凡な鎧』が切れただけだから」
「それなら良いけど……」
サラが心配するのも仕方が無かった。なにしろ今まで『何の意味も無い平凡な鎧』を使った後にここまで脱力する事は無かったのだから。
それはアーサー自身も驚いていた。今までは一から三パーセント程の強化でしか使って来なかった『何の意味も無い平凡な鎧』だが、今回は振り下ろされる大剣に動揺してかなりの魔力を使って強化してしまった。だから突然大きく力が抜けたせいで体が追い付かなかっただけだ。
「それより今はあの剣だ。なんだって追尾してくるんだ?」
「あたしだって知らないわよ。多分魔術だろうけど、あたしがまだこの国にいた時にはセラはあんな魔術は使えなかったわ」
「じゃあラプラスは?」
『私は当然知っています。セラ・テトラーゼ=スコーピオンの魔術は武器を操作するという「無」の魔術です。固有名はそのまま「武器操作」。刀剣だろうと拳銃だろうと竹槍だろうと、彼女が武器だと認識しているものは何でも操れます』
「武器……それって俺の『カルンウェナン』みたいに魔力も操れるのか?」
『いえ、魔力はあくまで魔術を使うための動力源なので無理です。たとえば火炎瓶は紛れもない武器ですが、それに使われるガソリン等の燃料は武器とは言い難いですよね? それと同じです』
言われてみると確かに、と納得できた。こういう時、ラプラスは他の人には分かりにくいかもしれないが、アーサーに分かりやすいように説明してくれる。色々見透かされているという事だろう。
『そもそもマスターの右腕は特殊なんです。魔力操作なんてそうそう有り得ません』
「まあそうか……」
そもそもアーサーの『魔力掌握』は魔王であるローグ・アインザームの力だ。そう何人も同じような魔力操作を使えていたら、そこら中にポンポン魔王クラスの人間がいる事になってしまう。正直考えたくない状況だ。
『それより今はセラ・テトラーゼ=スコーピオンについてです。一応訊きますが戦いますか? 私としては逃げる事をお勧めします』
一応、戦うとして考えてみる。
飛んでくる剣に対して右手を当てれば、おそらく地面に落とす事はできるだろう。しかしアーサーの『カルンウェナン』のように触れたら掌握できるのではなく、武器と判断しただけで操作できるというなら、落とした次の瞬間にはもう立ち直って再び襲いかかってくるだろう。もしかすると『魔力掌握』の方が優先されるかもしれないが、それでも数え切れない数の内の一本だ。どう考えても割に合わない。
「無理だ。セラとは戦わない。そもそも俺達は目的を果たし終えてるんだ。さっさと逃げよう」
「ほう……。それがこの国から逃げるという意味の発言なのだとしたら、笑いが堪えられんな」
アーサーは声をした方をバッと振り向く。見るとその声の主はセラだった。彼女はアーサーが空けた大穴から、何本かの剣を扇のように並べて作った足場に乗って降りてきたのだ。
「……ところでお前のその口調、知り合いに似てるから止めて欲しいんだけど」
「ふん。そんな減らず口もすぐに叩けなくなるぞ」
こちらに手のひらを向けてくるセラにアーサーはサラの盾になるように前に出て身構える。再び『何の意味も無い平凡な鎧』を使って両手には比翼の剣を創り出し、どこから攻撃が来ても良いように気を張り巡らせる。
「……ッ、ガァァァああああああああああああああああああああああああああ!?」
「っ、サラ!?」
しかし変化が起きたのはセラの方ではなく、アーサーの後ろにいるサラの方だった。
ただ絶叫を上げて俯いているのではない。いつものように局部的ではなく、体全体が獣のモノへと変化していく。白い毛並みを持つ獣、ホワイトライガーへと。
「セラ……!」
雄叫びを上げる獣に向けていた視線をセラへと移しながら、アーサーは叫ぶ。
「お前サラに何をしたァァァああああああああああああああああああああああ!!」
答えは聞かなくても分かっている。
これはサラの持つ『獣化』だ。人の言語を話していないのは、彼女が前に言っていたように全身の『獣化』を制御できずに暴走しているからだろう。
しかし、サラは両手の腕輪のせいで魔術が使えないと言っていた。という事はこの暴走はサラの意志によるものではなく、セラにやられたと見て間違いないだろう。
「見ての通り、サラの魔術を暴走させた。といっても暴走というのはあまり適切な表現ではない。正確には私の意志で操作できる訳だからな」
「なに……!?」
その真意を聞き出す暇は無かった。
セラの言葉通りかは分からない。けれどホワイトライガーとなったサラはセラには目もくれず、アーサーへと飛び掛かってくる。
アーサーは咄嗟にユーティリウム製のラウンドシールドを創り出し、振られた腕を受け止めるが威力に耐え切れずに吹き飛ばされる。そして不運な事にアーサーが吹き飛んだ先にあったのはガラス窓だった。速度を持ったアーサーの体は簡単にガラスを砕き、窓の外へと投げ出される。
ありがとうございます。
時間軸も追いつき、助け出した矢先の戦闘。アーサーはサラに勝てるのでしょうか?
話が軌道に乗ったので、ここから先は戦闘ラッシュです!