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村人Aでも勇者を超えられる。  作者: 日向日影
第二章 奪われた者達と幸せな贈り物
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16 人間が持つ当たり前の悪意

今回はグロテスクな描写があります。

 とても幸せな気分で眠った翌朝、事件は起きた。

 テントの中にも、その周辺にも、ビビの姿が見当たらなかったのだ。

 昨晩星を見た崖に行ってるのかと思い探しに行くが、そこにもいなかった。

 そうなると残りの可能性は一人で『魔族領』に向かったか、あるいは……。


「ヤバい、ヤバい……ッ!! まさかビビのやつ村に行った訳じゃないよな!?」

「一応見に行くぞアーサー! もしかしたら俺達が寝てる間に攫われたのかもしれねえ!! なんにせよこの状況は俺達にとってマズすぎる!!」


 むしろそちらの方が可能性が高かった。一人で『魔族領』に行ったのならまだ良い。突然いなくなったのは寂しいが、安心はできる。だがビビの性格から考えて、何も言わずに急に立ち去るような真似はしないと、彼らは短い付き合いの中でも分かっていた。


「くそっ! 昨日の男か!? ここまで追ってくるなんてどれだけ執念深いんだよ!!」

「グチグチ言ってもしょうがねえ! ビビがいなくなってどれくらい経つのかは分からねえが、十分や二十分の話じゃねえ。早く行かねえと手遅れになるかもしれねえぞ!!」


 手遅れ。その言葉が指す意味はアーサーにも分かっていた。

 だからこそ拘泥している暇はなかった。テントも片付けずにウエストバッグだけ腰に巻いて走り出す。


「ちくしょう、なんで……どうして!!」

「……いや、これが普通だろ」


 荒れるアーサーとは対極にアレックスは落ち着いていた。いや、落ち着いているというよりはどこか諦めたような感じだった。


「そもそも子供とはいえ、魔族と普通に接してるお前の方が異常なんだよ。人ってのは普通は自分達と違うものは受け入れない、自分の理解できないものは嫌悪する生き物だからな」

「だからって……ッ!!」


 言いかけて、アーサーは口をつぐんだ。

 今アレックスにどれだけ文句を言っても事態が好転する訳ではない。


「……アレックス、手を貸せ。すぐにビビを取り戻すぞ」


 呻くように呟くアーサーの言葉にアレックスは静かに頷いた。





    ◇◇◇◇◇◇◇





 ビビが目覚めた時、そこはテントの中ではなかった。昨晩は兄の腕を抱きながら寝たはずなのに、その温もりを今は感じられない。

 とりあえず起き上がろうと体に力を入れるが上手く動かない。というか両手と両足が縄で縛られたまま柱に繋がれており、自由に動かせるのは首しかなかった。仕方なく首を動かして周りを見ると、そこは四方を木の板で作られた壁に囲まれた小屋の中だった。

 だがおかしい。ビビは一応魔族だ。嗅覚や聴覚などの感覚は普通の人間よりも強い。だからこそ分かってしまった。

 この小屋は異様なまでに血生臭いのだ。まるで何か生き物を解体した後のような……。

 不吉な想像が頭を過ぎったその時、小屋の扉が開いて三人の男が入って来た。


「目が覚めたようだな」


 随分と冷えた声だった。入って来た男達の目は例外無く冷たい目でビビを見下ろしていた。

 その中の一人、見覚えがある男が一歩ビビに近づく。


「あなたは昨日の……!?」


 言葉を繋げる事は出来なかった。

 男の右足がビビの腹に深々と食い込み、ビビの言葉を強制的に切る。


「黙れ。魔族風情が話すな」


 そう言うと男はビビの顔面を蹴り飛ばし、頭を思いっきり踏みつぶす。


「あ……っ、がっ……!!」


 あまりの痛みに思わず声が漏れる。男はそんな声にすら反応して何度も何度もビビの体へ蹴りを打ち込む。


「喋るな動くな息をするな、ここにお前の人権は無い。まあ飽きたら楽にしてやるよ」

「なん、で……こんな……」

「なんで、だと……?」


 その言葉が男のどの部分に触れたのかは分からない。けれどただでさえ冷たかった男の顔はその言葉を切っ掛けに、もはや人のものとは思えないほど凍り付いたものに変わっていた。

 そしてビビの手を拝む時のように重ねて手首を踏んで固定すると、懐から取り出したナイフをその手に向けて貫通させるほど深々と突き刺した。


「ッ!?」


 鋭い痛みが手から全身へ駆け巡る。男は手首を踏んでいた足を退けると、そのまま突き刺したナイフを蹴り飛ばした。


「ァ―――――――――――っ!!!???」


 無理矢理傷口を広げられ、甲高い悲鳴が発せられる。

 暴力はそれだけに留まらなかった。両手の痛みに震えるビビに構わず、ずっと入口の近くにいた男の一人がビビの体を抑え、もう一人が踵を持っていた煉瓦ほどの大きさの台の上に乗せる。

 そこまでやられればビビにもこれから起きる事が理解できた。

 静止を求める声を上げる間もなく、自ら蹴り飛ばしたナイフを拾った男がビビの膝に全体重を乗せて踏む。


 ボギンッ、と鈍い音が鳴った。


 ビビの喉から声にならない悲鳴が小屋中に響く。

 そして。

 そして。

 そして。


 人間の悪意はこの程度では治まらない。





    ◇◇◇◇◇◇◇





 テントを張った場所から走って約三〇分。アーサー達はようやく町へと辿り着いた。しかし辿り着いたからといって終わりではない。この大きい町の中から攫われたであろうビビを探さなくてはならないのだ。


「ちくしょう、どう探す!? あんまり時間はかけられない。そこら辺の人に聞き込むか!?」

「馬鹿野郎! やってんのは誘拐でも対象は魔族だぞ! どいつだって黙認してるに決まってんだろ!」

「だったらどうしろってんだよ……!!」

「少しは冷静になれ、魔力を放出してんなら魔力感知で探せる」

「でもあれはそんな長距離はダメなんだろ!? 結局手当たり次第に走り回るしかないのか!?」

「どっちにしろそれ以外の方法は無えだろ!」

「……くそ」


 吐き捨てながら、二人は順番に家を探る。探ると言っても直接除く訳ではなく、アレックスが近づいて魔力を感知すれば良いだけだから効率は良いはずだが、それでもビビの魔力は中々見つからない。

 焦りばかりが募る。特に魔力感知のできないアーサーは言いようのない不安が自身の中を支配していくのを感じ取っていた。


「――――――ゃん」

「……っ」


 だから幻聴かと思った。

 自身の弱さが生み出した期待でしかないのかと思った。

 それでもアーサーは動き出す口を止められなかった。


「アレックス、今声が聞こえた」

「ああ!? 声なんざ何も聞こえねえぞ!!」

「いや、確かにビビの声だった」


 もしかしたら空耳なのかもしれない。その方が現実的で、声が届くなど有り得ない事なのだろう。それでもアーサーには確信があった。ビビが近くにいる確かな感覚があった。


「で、その声はどこから聞こえる!?」


 アレックスもその可能性に懸けた。半ば詰め寄るようにアーサーに問う。けれどアーサーの方の反応は芳しくなかった。


「……分からない」


 そう。聞こえたのは声だけで、正確な位置も方向も全く分からなかったのだ。


「分からねえだと!? じゃあ意味ねえだろ!!」

「いや、近くにいるのは分かった。アレックス、魔力探知で人のいない建物を教えろ」

「それを知って何になる!?」

「簡単だよ」


 彼はウエストバッグから『モルデュール』を取り出しながら、凍えるような低い声で言う。


「分からないから向こうに教えて貰う」


 その数秒後、爆発が起きた。





    ◇◇◇◇◇◇◇





 小屋の中にいた男達にもその異変は伝わっていた。地震とも違う断続的な地響きが小屋を震わせているのだから当然と言えば当然だが。


「大変です!」


 三人とは別に女が小屋に飛び込むように入って来た。


「何が起きた!?」


 先程まで中心的にビビをいたぶっていた男も流石に焦ったらしい。その声は半分上ずっていた。


「襲撃です! 何者かが町を爆破して回っています!!」

「な……っ!?」


 襲撃という単語で最初に男の頭に浮かんだのは魔族の襲撃だった。それは噂話が理由ではなく、彼は身をもって体験していたからだ。

 元々長老とアンナ以外との村人の交流がほとんどなかったアーサーとアレックスは気付かなかったが、男はアーサー達と同じ村で暮らしていたのだ。だから当然、魔族の襲撃を噂などではなく実体験として知っていた。

 しかし男の不安は杞憂に終わった。


「いえ、それが二人組の少年でして……誘拐した少女を出せと叫んで回っています」

「二人の少年……あいつらか」


 ぎちり、といっそ殺意すら込めて歯軋りをする。

 男の二人の少年に対する憎悪は襲撃に対するものだけではなかったが、それは周りの男達と女には伝わらなかったようだ。


「どうしますか?」

「……殺せ」

「は?」


 だからだろう。その指示は女の予想の範疇を越えていた。


「殺せと言ったんだ! どうせそいつらは魔族に加担している!」

「ですが相手は人間ですよ!?」

「……ッ」


 男は女の胸倉を掴んで引き寄せ、ごく至近で叫ぶように言う。


「貴様、魔族にどんな目に遭わされたのか忘れたのか!? その怒りを思い出せ! 人だろうとなんだろうと魔族の味方をしているなら敵だ!! つべこべ言ってる暇があったら殺して来い!!」


 ほとんど逃げ出すように女は小屋を飛び出ていった。


「お前らもだ! さっさとガキ共を殺して来い!!」


 残る二人の男にも怒声を飛ばし、少年の殺害を命令する。

 そして小屋に残ったのは男一人とビビの二人だけ。


 ……そこから先にあったのはただの八つ当たり。

 二人の男もいなくなって本当の意味で遠慮無しに暴力の限りを尽くせる環境になった小屋の中で、これから起きる事は当事者の二人にしか分からない。

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