172 久しぶりの再会は円卓を囲んで
◆一日前◆
「で、今に至るって訳だ」
アーサーが失踪した後からの長い話を、アレックスは全て語り終えた。
サラがお姫様だった事や、王女である姉のセラ・テトラーゼ=スコーピオンの事。そして彼女が無理矢理にではなく、アレックス達を助けるために命懸けで自らセラの元へ行ったという事も。
「なるほど……」
アーサー、アレックス、結祈、シルフィー、ラプラス、カヴァス、レミニア、シャルルの七人と一匹の大所帯となった彼らは、アーサー達が『機械歩兵』に襲われる前に休んでいたカフェにやって来ていた。
つい先程騒ぎを起こした身としては気まずい気持ちもあったが、アレックス達が泊まった宿の部屋では七人と一匹が入りきらないので仕方が無かった。それに門前払いを食らう事も無かったので良しとする。
「次はテメェの番だぞアーサー。そいつは誰で、お前は今まで何をしていた?」
アレックスはアーサーの隣に座っているラプラスに視線を向けながら言う。
「ああ、そうだな。俺は―――」
そしてアーサーは話した。
五日前、レミニアと失踪してから起こった事を。
森で出会ったクロノの事。集落で出会ったエレインの事。『サジタリウス帝国』で救出したアナスタシアの事。集落にいた『魔族堕ち』の子供達と、彼らから貰った『無』の魔術の事。戦って殺した上級魔族の青騎士の事。そして『ポラリス王国』から連れ出したラプラスの事や、無事に立ち直れた事も全て。
「……なんつーか、テメェもたかだか五日程度で色々あったんだな」
アレックスは呆れた溜め息をついていた。
アーサーの話は長く、気付けば辺りは真っ暗になっていた。
「だけどそのおかげで強くなれた。でもあれは……」
「出来損ないの『一二災の子供達』、皆さんはエクレールと呼んでいましたね……」
ラプラスは呟いてから僅かに沈黙する。他のみんなには何かを考えこんでるようにしか見えないだろうが、アーサーにはそれが『未来観測』を使っているのだとすぐに分かった。
「どうだ、ラプラス?」
「……そうですね。正直に言うなら戦いは避けたい所です。ですが仲間の救出のためには戦いは避けられないでしょう」
「アレに右手で触れたら消し飛ばせたりはしないのか?」
「核となっている『魔神石』に直接触れられれば可能でしょう。ですが一瞬とはいえ『魔神石』を露出させる必要がありますし、そもそもの話としてアーサーさんにはエクレールに触れられるだけの速度がありません」
と言っているラプラスだったが、アーサーにも分かっているのだから彼女にも分かっているはずだった。アーサーがエクレールと同等の速度になれる手段は、実を言うと二つほどある。
しかし。
「ダメですよ、マスター」
考えを読まれていたのか、ラプラスはピシャリと言い放つ。
「約束を忘れてはいませんよね?」
「……分かってるよ。だからいざとなったらもう一つの方を試す」
「それも不完全なので使わないので欲しいのですが……」
「おい、いつまで二人だけで話してんだよ」
アレックスの言葉で周りを見ると、それぞれがそれぞれの反応を示していた。
アレックスは呆れ、シルフィーは苦笑い、レミニアは普通でシャルルはご飯を食べ続けている。そして一番マズかったのが結祈だ。
「非常時だったから許しても良いって思ってたんだけど、それを改めた方が良いのかなあ?」
「ちょ、ちょっと待って。ラプラスについてなら『ポラリス王国』から出た時にやったよな……? それに今のは必要な話だったし……」
「言い訳はそれだけ?」
彼女は見た目だけなら笑みを浮かべていたが、その目が全く笑ってなかった。
(そ、そういえばサラが誘拐されてるって知らずに弁明を頼もうとしてたんだ……。今更だけど援護無しって事じゃないか……?)
ヤバいと思ったアーサーは再びラプラスの方を見る。
しかしそれがいけなかった。結祈から殺意とも取れるようなプレッシャーが飛んでくる。
「はあ……ま、今回は良いよ」
しかし結祈は溜め息と共にふっとプレッシャーを解いた。
「それより今はサラの方だね。どうやって忍び込む?」
「どうやってつってもなあ……エクレールを倒さなきゃ無理だろ。当初の予定通り倒せるまで毎日通うか?」
「お前らそんな非現実的な方法取ってたのかよ……」
「だったらテメェは何か案があんのか?」
「勿論」
当然の事のように言うアーサーにアレックスは割と本気でイラっと来た訳だが、彼はその感情を押し留めた。アレックス達ではまともな対抗策を用意できなかったから、一応聞いてみようと思ったのだ。
「エクレールは速いし強いけど弱点がいくつかある」
「弱点?」
直接戦ったうえでそんなものを見つけられなかった結祈が首を傾げる。それに応えるようにアーサーは話を続ける。
「まあ正確に言えば欠点かな。とにかくアレックスの話を聞いた限りエクレールはある一定範囲以上は追って来ないんだよな?」
「ああ」
「だったら話は簡単だ。ヤツは一人で俺達は七人、その利点を生かそう。ラプラス、地図があれば頼む」
「はい」
アーサーに呼ばれたラプラスは(アーサーのウエストバッグ並みに色々と入っている)コートの内側から手のひらサイズの機器を取り出して机の真ん中に置く。するとそこから光が出て立体ホログラムの街が現れる。
「どうぞ、アーサーさん」
「お、おう……。自分から頼んでおいてなんだけど、普通に紙の地図が出てくると思ってたよ……」
「同じ地図ですしこっちの方が分かりやすいです」
そう言い切るラプラスにこんな物をどこで手に入れたのかとか訊きたい事はいくつかあったが、とりあえず地図には変わり無いので本題を進める事にする。
「まず俺達が分かれる。一人でも良いけど万が一を考えて二人一組が良いな。それで多方向から一斉に城に向かえば、ヤツは一ヵ所にしか対処できない。その間に他は城に忍び込むって寸法だ」
「メンバーは?」
「とりあえずヤツに対して具体的な対抗策がある俺とアレックス、結祈は別れた方が良いな。だから俺はラプラス、アレックスはシルフィーとシャルル、結祈はレミニアと組んでくれ。カヴァスは危ないからお留守番だ」
「くぅ~ん」
「悲しそうに鳴くなよ、こっちが悪いみたいだろ……」
「ではカヴァスにはカメラを背負わせて外側からの様子を撮って貰いましょう。『未来観測』の助けになります」
「わんっ!」
へこんでいたカヴァスはラプラスの提案ですぐに元気になった。アーサーは安堵してから他のみんなにも目を向ける。
「じゃあ作戦はこれで良いか?」
「あ、ちょっと待って」
カヴァスの配役も決まって話がまとまりかけた所で、突然シャルルが声を上げた。
「ボクはさらに一人に分かれるよ。その策ならある程度バラけた方が良いし、ボクもそっちの方が動きやすいから」
「……大丈夫なのか?」
「むしろ一人の方が良いかな? それにボクは元々一人で何度もエクレールと戦って来た訳だしね。この中じゃ一番安全じゃないかな。むしろ……」
アレックスの心配に応えながら、シャルルが見ていたのはアーサーだった。
「彼の方が心配かな。今日以外で、エクレールがあんな行動を取ったのを見た事がない」
「確かにエクレールは現れた瞬間からアーサーさんを狙っていましたね。出現させたのが私達だとしても妙です」
シャルルに続いてシルフィーまでアーサーを見てそんな事を言う。それに続く形でみんな注目が集める中、アーサーは顎に手を当てて、
「うーん……。心当たりがあるとすれば……『天衣無縫』?」
「ああ、なるほど」
アーサーすら自信の無い答えだったが、結祈だけが納得したように頷いた。
「結祈は理由が分かるのか?」
「うん。アーサーが『天衣無縫』を使えるようになってたのはビックリしたけど、あれは周りにある自然魔力を味方に付けるからね。自然魔力の塊みたいなエクレールも呼び寄せられたんだと思う」
「つまり『天衣無縫』を使うとアレを呼び寄せるって事だから……もしかして俺、城に近づく時に『天衣無縫』を使えない?」
「使えない、というよりは使ったらエクレールが飛んでくる、という認識ですね。大丈夫ですよ、アーサーさん。移動中は私がアーサーさんを守りますから」
とは言ったものの、アーサーにとって『天衣無縫・白馬非馬』は全力で戦うためのトリガーとなっている。貰った魔術はあの状態でないとほとんど使えないし、さらに『機械歩兵』のエネルギー弾には右手の『カルンウェナン』が効かない。つまり戦闘力が一気に落ちる。ほとんど『モルデュール』しか使えるものが無い。
「……なんか俺急に」
「役立たずにはなっていませんからね? 勘違いしないで下さい、アーサーさん」
「……『未来観測』で俺の言葉を先読みしたのか?」
「いえ、使うまでもなく私のマスターは分かりやすい人ですから」
そんなに分かりやすい人間なのか、と疑問に思わなくもなかったが訊くのは止めておいた。なぜなら……。
「まーたイチャついてやがるよ、こいつ」
「懲りないですね、アーサーさん」
「うーん、これはやっぱりお説教が必要かなあ?」
三人の視線が冷めたものになっていたからだ。
その辺り鈍いアーサーでも流石に分かる。これ以上は本当にマズイと!
「兄さん兄さん」
すると今まで沈黙を守って隣に座っていた救いの天使、レミニアがアーサーの服をくいっと引っ張る。
「転移で逃げる準備をしておきましょうか?」
「……………………一応お願い」
使わない事を願いながら、アーサーは弱り切った声でそう頼んだ。
◇◇◇◇◇◇◇
「良かった! 本当に良かった!!」
その日の夜、昨日アレックスが泊まった部屋にあるベッドにアーサーはダイブしながら枕に顔を埋めて叫ぶ。
結論から言って、説教は逃れられた。
無論、結祈の事は嫌いではない。嫌いではないのだが、それとこれとは話は別だ。ロクに休まずに戦い詰めの一週間だったのだ。その果てに残ったのが精神まで削る説教というのは勘弁して欲しい。
「つってもテメェはやっぱり結祈に説教されるべきだと思うがな」
「いやなんでさ」
「そりゃテメェがいくら説教されても悪い所を直さねえからだろうが。結祈のヤツがいたたまれねえぜ」
「これでも命削って戦ってたんだ。悪く言われるいわれは無いんだけど……」
「テメェはまず自分の悪い所を理解する所から始めねえとダメだな」
呆れた溜め息をついてアレックスもベッドにダイブする。
「……ま、俺も色々と言いたい事があるが……とりあえずアーサー」
「うん?」
互いに枕に顔を埋もれさせたまま相手の顔も見ずに、
「色々お疲れさん。よく戻った。これからも頼むぜ、相棒」
「……ああ、ただいま。こっちこそ頼むよ、相棒」
お互いに突っ伏しているというのが何とも締まらなかったが、この悪友とはこれくらいでちょうど良い。むしろ妙にかしこまって労を労われる方が怖い。寝込みを襲われて首でも刎ねられるのかと怯えるだろう。
アレックスはそれっきり眠りに落ちたようで動かなくなった。
対して不眠症のアーサーは起き上がって窓際に立つ。そこからはいつも変わらずに輝く綺麗な星空と、サラがいると思われる城がちょうど見えた。
大きな変化も無い街の風景を見ながら、右の拳を握り締めてアーサーは一人、ポツリと呟く。
「……もう少しだけ待っててくれ。明日、必ず迎えに行くから」
アレックスから自分が関わっていなかった数日間の話を聞き、唯一引っ掛かっていたものも取れた。
そして、この村人は迷いが無くなればどこまでだって強くなれる男なのだ。
ありがとうございます。
という訳で、次回から戦闘開始です。