行間三:セラの日常
◆一〇年前◆
その日、セラ・テトラーゼ=スコーピオンは両親に呼び出されていた。別に特別な事ではない。一ケ月に一度会うか会わないかのサラと違って、セラはよくこうして呼び出される事があった。
「……それで、要件は何でしょうか。お父様、お母様」
「そう硬くなるな。今日はサラの話だ」
ピクッ、とセラはその言葉に反応した。それはこの両親からサラの名前が口に出された時は、決まってロクな話ではないからだ。
「サラについてお前はどう思う?」
「……どう、とは?」
「あの身勝手さだ。魔術の触媒用に作った獣とじゃれ合い、自分の立場も弁えず城を抜け出している」
「セラちゃん。私達はね、あの獣が全ての原因だと思うの。だからアレは処分する事にしたわ」
「処分?」
不穏なワードだったが、セラは聞き返しながらその言葉の真意が分かっていた。こんな話をするためにわざわざ呼び出したという事はつまり、
「アレの処分はお前に任せたい。ぜひサラの目の前でやってくれ」
そういう事だ。
この両親はいつでもこういう手段を取る。
だが今回はいつもよりも酷かった。サラの大事なシロを殺してしまえばサラがどうなってしまうか。そしてそれを実行したセラがどう思われてしまうのかも。
だから必死に頭を回して、体の良い言い訳を考える。
「……嫌です」
「なに?」
「だから嫌だと言ったんです。何故私がわざわざそんな事を? 獣退治くらい別の者に任せては? ほら、新しく門番に入った彼。名前は何だったか……とりあえず彼辺りにやらせたらどうですか?」
「お前でなくては意味が無い」
「ですから、何故です?」
「ヤツはこの国で、お前にだけはまだ心を許している。お前だけにな。だがお前があの獣を殺せばヤツは自ら孤立する」
腐っていた。
性根も思考も何もかも、その全てが腐った魚の腸のような印象を与えて来た。
(……ああ、まったく。こいつらは本当に変わらないな)
実の娘をヤツと呼ぶ事に吐き気がした。
だがそれを表には出さない。もしここで自分まで見限られれば、サラを擁護する者が一人もいなくなってしまうから。だから絶対にバレないように無表情を心がける。
「それじゃあよろしくね、セラちゃん」
「っ」
いつの間にか近づいて来ていた母親に頭を撫でられて、思わず反射的に手で振り払おうとしてしまった。けれど歯を食いしばってすんでの所で耐える。
「……失礼します」
頭を下げて一礼し、セラは外へと出る。
息苦しい部屋の中から、自由に呼吸のできる外へと。
疲弊したセラは真っ直ぐ部屋に戻ろうとする。しかし扉を出た所で男性用のスーツを着た八〇近い女性が、年齢にそぐわないビシッとした姿勢で立っていた。
「お疲れ様です、セラ様」
「ブリュンヒルドか……。何の用だ?」
「両親と話して疲弊しているであろうセラ様のケアです」
「……そいつはどうも」
軽口を叩きながら、セラはブリュンヒルドに近づき、まるで母親の胸に飛び込む娘のように抱きつく。ブリュンヒルドもそんなセラを優しく包み込むように背中に手を回した。
そしてセラが出て行った後、残った実の両親はこんな会話をしていた。
「使ったのか?」
「ええ、使いましたとも。だってセラちゃん、絶対に殺せないでしょう?」
ありがとうございます。
次回からサラ奪還に向けて本格的に動き出します。