170 不安しかない作戦会議
◆二日前◆
三人から四人に増えた一行は、賑わっていた場所へと戻ってきた。そして元からいた三人にとっては久しぶりとなるまともな食事にありつきながら情報交換をしていた。
メニューは大きめのお椀にスープと麺と野菜と叉焼の乗っかった麺料理、それをそれぞれ違う味で頼む。元々を箸で食べる事を前提としているのか、箸を使える結祈だけはさくさくと、他の三人は食べずらそうにフォークを使う。
「……クソッたれ。なんだってこんなめんどくせえの頼んじまったんだ」
「イラストで美味しそうでしたからね。ただ本来は『ポラリス王国』の食べ物という時点で気づくべきでした。お父様が言っていた通り、これは異世界の食べ物みたいです」
「でも何だかんだ言ってアレックスは美味しければ食べるんでしょ? いっそアーサーみたいに箸を使えるようになれば良いのに」
「ああ、あれね。ボクも試した事あるけど指をつりそうになったよ。そこまでして使えるようにはなりたくないかな」
さらっと会話に加わる胆力が凄まじい、先程までは赤の他人だったシャルルは四人で座るテーブルの中で誰よりも食が進んでいた。その正面に座るアレックスは呆れた表情でそれを眺めながら、
「にしてもお前、女なんだよな?」
「む……流石にそれはボクでも傷つくよ? ボクはどこからどう見ても正真正銘女の子だよ」
「でもシャルルって普通は男の名前じゃねえのか? それに口調だって」
「あ、あー……うん、まあね。お父さんの方針で強い子に育って欲しいからって男の名前にしたんだ。口調も直されて……。ボクも少し気にしてるから、親しい人は男っぽさを無くすためにシャルって縮めて呼んでくれるよ。みんなもどう?」
「遠慮しとく。まだお前とそこまで親しくなった訳じゃねえからな」
「そりゃ残念」
適当な会話をしつつ、フォークで絡めとった麺を口に運ぶ。元来フォークで食べる物でなく心底面倒くさいが、味は良いのでそこまで酷い文句が言えないのがまた妙な気分になってくる。
「……で、話を戻すとつまりテメェは盗人で、前々から城に忍び込もうとしてたがあの全身カミナリ野郎のせいで侵入できなかったって訳か?」
「概ねその通りだよ。ボクはあれをエクレールって呼んでるけどね。稲妻って意味だしピッタリでしょ?」
「正直何でも良いが、確かに呼称があるのは助かる。毎回カミナリ野郎って言うのはめんどくせえしな」
「ま、名付けたからって愛着は湧かないけどね。そもそもあれのせいで侵入できない訳だし」
唇を尖らせながらもシャルルは食べる手を止めない。この適当な感じの物言いはどこかアーサーに似ている感じがあったが、食い意地だけはアレックス並みかもしれない。
どこかの馬鹿と違ってそういう事に鋭いアレックスが微妙な顔になっているのを悟って、隣に座る結祈が質問を重ねる。
「それで、アナタはどうして城に忍び込もうと?」
「あれ、知らないの? あの城には今、王女のセラ・テトラーゼ=スコーピオン一人しかいないんだよ。忍び込むなら恰好の的だと思って。そんな情報量で忍び込もうとしてたなんて、他の所ならすぐに捕まっちゃうよ?」
「……なんか最初の時点で勘違いがあるみてえだから言っとくぞ。俺達は盗人じゃねえからな」
「あれ? 違うの???」
「そもそも私達は自分達の事を盗人と言った覚えは無いのですが……」
「……そうだっけ?」
すっとぼけている訳ではなく、心の底からアレックス達を盗人と思っていたようだった。おそらくコイツは話を聞かない類いのヤツだと勝手に結論付ける。
「……ん? じゃあみんなは何の目的で城に行こうとしてるの?」
「それは……」
アレックスは何と言ったものかと言葉を詰まらせた。いっそ観光だと言って誤魔化してしまおうかとも思ったのだが、それよりも早く結祈が答えてしまう。
「ワタシ達のは大した理由じゃないよ。ただ奪われた仲間を取り戻しに行くだけ」
さらりと言ってのけるその様子が、アーサーと重なっているようにアレックスには見えていた。その言い方が、本当にアーサーに似ていると感じたのだ。
「ふーん、じゃあ共同戦線を張らない? 目的は違うけど、城に忍び込むっていう手段は同じなんでしょ?」
「む……」
決して悪い提案では無い。だが直感的に返事を躊躇してしまう。
「(アレックスさん)」
シルフィーも懸念があったのか、アレックスの袖をくいっと引っ張る。そしてシャルル側から見えないように口元を手で隠しながらアレックスの耳元に顔を近づける。
「(アレックスさんなら言わなくても分かってるでしょうが、ここは慎重になるべきです。どう考えてもこの人は怪しいです。もしかすると私達を囮にするつもりなのかもしれません)」
シルフィーの助言にアレックスも同じように口元を隠しながら耳元に寄って、
「(だよなあ……。ぶっちゃけここにアーサーがいなくて良かったぜ。あいつはこういう時に迷わず申し出を受けやがるから……)」
「うん、分かった。城に行くまで協力しよう。よろしくシャルル」
ところがどっこい、ここにも問題児が一人いた。
結祈はアーサーの影響を強く受けているのも一因かもしれないが、もしかすると彼らは常識的な警戒心を謎の戦闘勘に侵食されているのかもしれない。
「うん、よろしく結祈!」
そして今更断れる雰囲気でも無かった。アレックスはシルフィーと顔を見合わせながら諦めたように溜め息をつく。こうなったらいつもの事だと割り切るしかない。
「で、情報交換っつったよな。まだ重要な事を聞いてないんだが?」
「分かってる。エクレールの事だよね? 今から説明するよ」
彼女は改まって、手に持っていたフォークをテーブルの上に置いた。
「もう分かってると思うけど、エクレールは全身雷で出来た怪物だよ。基本的に魔術は効かないし、物理攻撃もほとんど効かない」
「ほとんど?」
結祈の返しにシャルルは軽く頷きながら、
「高い伝導性のもの……アレックスの持ってるユーティリウム製の直剣とかかな? それならまともなダメージを与えられなくても体を斬れる。そして、核を斬れればヤツを倒せるはずだよ」
「核? 弱点があるのか!?」
「うん。ボクの矢は色んな効果を付与できるんだけど、前に伝導性を高めて攻撃してみたんだ。そしたら一瞬だけだけど小石くらいの大きさの何かが現れたんだ。多分、あれがアイツの弱点だと思う」
シャルルは親指と人差し指で円を作って大きさを表現する。
人間大の大きさで弱点がそれだけ。しかも雷速で動くうえに何度でも再生する。対してこちらが攻撃できるのは『雷光纏壮』の強化時間である一秒強だけ。どう考えても釣り合っていない。
「……結祈。お前は『雷光纏壮』でヤツを何回斬れる?」
「そうだね……向こうに近接戦闘の技術が無いとしても、多分二回が限度じゃないかな。アレックスは?」
「俺もそれぐらいが限度だ。つまりたった六回の斬撃でヤツの核を探し当てて叩き斬らなきゃなんねえって訳だ」
「一応、ボクの矢である程度は裂けると思うんだけど……」
「大分難しいですね……」
最悪二回『雷光纏壮』を使うとしても計一二回。それも体が再生する事を考慮すれば確率自体が上がる訳ではない。やはり六回の斬撃で決めなければならないだろう。
「ところで戦いを見てたんだけど、キミ達の方の雷速は何回できるの?」
「……まあ、一日に二度が限度だろうな。無理すりゃ三回くらいは使えるかもしれねえが、それ以上は体が持たねえ」
「じゃあとりあえず明日またチャレンジしてみない? 戦うこと自体は何度でも出来るし、無理なら今日みたいに逃げれば良いから」
「時間はかかるかもしれねえが……まあ仕方ねえか」
消極的とはいえ、安全を取るなら最善の策だった。
それにそもそもの話として、未だにアーサーとレミニアが追い付くどころか連絡すら無い。特にアーサーの存在は大きい。彼がいるだけでサラ奪還の成功率が跳ね上がるだろう。できれば城に着く前に合流しておきたいというのがアレックスの本音だった。
「じゃあ今日は適当な宿を紹介するよ。まずは消費した魔力と体力を回復させないとね」