169 もう一つの物語
◆二日前◆
アーサーとレミニアの失踪、及びサラが連れ去られてから五日後。アレックス達はアーサー達よりも先駆けで『スコーピオン帝国』の首都に入っていた。
初日はアーサーとレミニアの帰還を待ったのだが、二日目の朝に早々に断念して先にサラを救出するために『スコーピオン帝国』へとやって来たのだ。
久しぶりに人の多い場所に来た事にげんなりしながら、アレックスはさらにうんざりした様子で、
「……で、まずどこから手を付けたら良いんだ?」
「確実に言えるのはサラさんがいるのはあそこという事ですね」
シルフィーが見ていた先にあったのはこの国の中心部にある城だった。サラの言っていた通りセラ・テトラーゼ=スコーピオンがこの国の王女だとするなら、あそこにいる可能性は高い。それは連れ去られたサラも同様にだ。
「正面からノックして行く訳にはいかねえよなあ……」
「なんだったら忍び込もうか?」
結祈がさらりと凄まじい事を言ってのけるが、アレックスは静かに首を横に振って、
「たしかにお前は強いが、それは一国を相手にできる程じゃねえ。とりあえず全員で近くまで行ってみるぞ。後の事は後に考えれば良い」
本音を言えば結祈一人でもなんとかなりそうな気がしなくもなかったのだが、最初は六人だったのが今は減りに減って半分の三人。これ以上分かれるのは得策ではないと思ったのだ。結局アレックスの提案に従い三人一緒に向かう事にする。
不思議な事にあれだけ賑わっていたはずのメインストリートが、城に近づくほど人の数が少なくなっていく。ただどうあれアレックス達は歩みを止める訳にはいかなかった。そして完全に人の気配が無くなった途端、空は晴れているというのに突然、彼らの目の前に雷が落ちる。
「おう!? いきなりなんだ!?」
突然の光と轟音にビクリと体が反応する。
そしてその落雷地点に現れたのは全身が雷で出来た人型の何か。
「……っ!? 何の冗談、あれ……」
それに対して最も強く反応したのは結祈だった。人目もある街中だというのに瞳の色が『魔族堕ち』の証である深紅色に変わる。
「おい結祈? あいつが何なのか知ってるのか!?」
「知らないよ! でも、あそこから尋常じゃない量の自然魔力が感じられる!!」
元々そういうつもりだったのか、それとも結祈の敵意に反応したのかは分からないが、人型の雷は確かに腰を屈める姿勢を取った。
「来るよ! 二人共構えて!!」
結祈の警告と共に発光する敵がで目にも止まらぬ速さで突っ込んできた。登場の仕方や見た目からも分かるように、敵は雷速で移動できるのだろう。
アレックスがそれに反応できたのはそういった事前情報があったのと、結祈の警告があったからだ。
(くそっ……早え!)
その事実を確認し、『纏雷』では躱せないと悟ったアレックスの行動は早かった。雷と光の複合魔術、『雷光纏壮』を使って同次元の雷速へと移行する。
同じ速度域に踏み込んだアレックスは敵の狙いがシルフィーだと看破すると、まず傍らに立っていたシルフィーの体を抱えて突進の射線上から外れる。そしてアレックスが『雷光纏壮』を使えるのは一秒強。逃げた後に突っ立っている時間は無い。ユーティリウム製の直剣を鞘から素早く引き抜くと、すぐさま斬りかかる。
「―――借りるよ、アレックス。『偽・雷光纏壮』」
少し遅れて結祈も二本の真っ黒な剣を携えて同じ速度域へと入る。こうなると状況は二対一。そしてアレックスも結祈も同じ速度なら負ける気はなかった。突進を終えた直後を狙い、二人の剣で敵の体を四等分に斬り刻む。
その後シルフィーのいる場所まで離れた所で、二人の魔術の使用時間が終わった。体に纏っていた雷光が消え、代わりに長距離マラソンを終えた後のような倦怠感が付きまとってくる。
「……初めて使ったけど、結構疲れる魔術だね」
「一瞬で俺の自慢の魔術をパクった事には今更驚かねえが、絶対に多用はするなよ? これは自爆もありえる諸刃の剣だからな」
「そうだね……使えても一日に二度くらいが限度かな」
「れ、冷静な分析をしてるところ悪いんですが、あれは倒せたんですか? 私の目には光の線が移動してるようにしか見えなかったんですが……」
「ん? ああそっか、普通の人の目にはそう移んのか。でも心配しなくて良いぜ。体を両断したんだ。ゾンビでも無えかぎり起き上がってくる訳―――」
「……っ!? アレックス!!」
完全に警戒を解いていたアレックスとは違い、ずっと斬り捨てたはずの敵を見ていた結祈が声を上げる。
釣られて見ると、そこにはバラバラになった四つの体なんてものはなかった。
四つあったはずの体の三つは既に消滅しており、残った一つから欠損部分が雷と共に元に戻る。
「ゾンビ……な訳ねえよな?」
「冗談言ってる場合じゃないよアレックス……。アレには実態がない、だから物理攻撃が効かないんだよ!!」
「はぁ!? んなヤツどうやって倒せって言うんだよ!!」
「物理がダメなら魔術しかない。シルフィー!」
「もう準備済みです。『魔の力を以て世界の法を覆す』!」
「なっ、こんな街中で魔法を使うのか!? そもそも魔法で倒せるのか!?」
「知らないけどやらなきゃやられる。お願い、シルフィー!」
「はい、『永劫氷結』!!」
アレックスの制止を振り切り、シルフィーは結祈の案に従って魔法を使う。
今回は『アリエス王国』で使った広範囲に凍結する炎を生み出す『氷焔地獄』ではなかった。シルフィーが手を伸ばした先、離れた位置にいる全身雷の化け物の腕が凍り付き、それが体に広がっていく。
「広範囲に影響が及ぶのが懸念だったんですよね、アレックスさん。これなら良いですか?」
「あ、ああ……。なんていうかお前、相変わらず魔術方面は凄まじいな」
『永劫氷結』は決して解けない氷で対象を確実に封じ込める魔法だ。彼らには知る由もないが、遠く離れた『サジタリウス帝国』でアナスタシアの魂が封印されていたのもこの魔法と同系統のものだった。
次第に体全体が凍り付き、一つのオブジェと化した。このオブジェをこれからどうしたものかと考えていると、二度目の衝撃が彼らを襲う。
融ける事のない氷が、内部から破裂して砕け散ったのだ。
「そんな……あり得ません!!」
「……冗談じゃねえぞクソッたれ」
中からは当然、何事も無かったかのように全身雷の化け物が立っていた。そして先刻と同じように、雷速突進の構えを取る。
(マズい……! あと一回っきりの『雷光纏壮』でヤツを倒すビジョンが浮かばねえ!! どうする!?)
頭の中では否定しながらも、いつでも『雷光纏壮』を使う心構えは整える。
しかし、その時だった。
「後ろに下がって!」
「っ!?」
突然響いた声。
それと同時に、複数の矢が雨のように化け物の頭上に降り注ぐ。
「アレックス!」
「っ……あ、ああ!」
結祈の声でハッとしたアレックスは再びシルフィーを抱えて謎の声に従い後ろに向かって走る。とにかく勝てる手段が無いならこの好機に戦術的撤退をするしかない。
一応、確認のために後ろをチラリと振り返る。やはりというか、あれだけの矢を受けてなお無傷だった。ただ理由は分からないが、圧倒的に優位に立っていたはずの化け物は来た時と同じように雷となって空へと消えていった。それを見てアレックスは逃げていた足を止める。
「引いたのか……?」
「……そうみたいだね」
命が助かったというのに、どうも釈然としない結果だった。
「ヤツは城から一定範囲以上は離れられないようになっているんだ。だからこっちから離れれば追っては来ない」
するとその疑問に答えるように、先程と同じ声が頭上から聞こえてくる。その方向を向いてみると建物の屋根に人がいた。魔力で出来ているのか輪郭が揺らいでいる弓を持っていた。
その人物は弓を消して屋根から飛び降りてくる。
背丈は結祈と同じくらいだろうか。レミニアほど透き通っている訳では無いが、それでも綺麗で少し紫がかった長い黒髪をリボンで結んでサイドテールにまとめている。服はドレスが基準で、袖はあるものの大胆に肩を露出していた。ただその反面下の防御は固いのか、スカートを動きやすくするためか右足の前が太股辺りから真っ直ぐ裂けていた。しかしご丁寧にスパッツを穿いているので飛び降りて来る時に下着は見えなかった。
「……アレックスさん。今、スカートの下を見ようとしていませんでしたか?」
「……何の事か分からねえ」
アレックスは珍しくジト目を向けてくるシルフィーからわざとらしく目線を外しながら、今し方飛び降りてきた少女へと視線を移す。
「それでお前は? まさか天の声って訳じゃねえよな?」
一応は助けてくれたようだし、敵では無いと信じたいのだが、握ったままの直剣の存在を意識しながら尋ねる。
相手はその様子に気づいているようだった。けれど仕方ないと割り切ったのか、彼女はさして気にする様子も無く笑みを浮かべて、
「ボクはシャルル・ファリエール。おそらくキミ達と同じ目的を持っている。良かったら情報交換でもしない?」
ありがとうございます。
新たな登場人物も参加し、しばしアレックス達の話が続きます。