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村人Aでも勇者を超えられる。  作者: 日向日影
第一〇章 最悪の事態を避けるために Throw_Away_Everything, But_One….
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166 事件の中心部に乗り込む『担ぎし者』

◆一日前◆



 上級魔族との連戦から二日、ここまでは何事もなく順調に『スコーピオン帝国』の首都へと入れた。こちらからすれば仲間を取り戻すために潜入したのだが、そもそもサラが誘拐される現場にアーサーはいなかったし、傍目から見れば観光客と何ら変わらないのだろう。どちらにせよコソコソしなくても済むのはでかい。

 とりあえず改めてアレックスにマナフォンで連絡をしようとしてみる。しかし結果は不在、連絡はつかなかった。


「ところで兄さん。お腹が減りました」

「そうだなあ……」


 マナフォンを仕舞いながら思い返すと、二日前、青騎士やクロノと戦う前からまともにご飯を食べていない。食べたと言ったら道中パクついたお馴染みのカロリーチャージくらいだ。数日くらいなら絶食にも耐えられるし、最悪の場合は石の裏の虫を揚げて食べられるアーサーはともかく、小柄で体力があるとはいえないラプラスとレミニアにはキツイ状態だった。


「とりあえずどこかお店に入りましょうか。前にアーサーさんに奢って頂いたお礼に、今日は私が支払います」

「あれ、お金持ってるのか?」


 よく考えればアーサーと別れた後も一人と一匹で生活していたのだから不思議ではないのだが、前は無一文だった事を思い出しながらアーサーは訊く。するとラプラスはアーサーの物とは違う折り畳み式でもなくボタンも付いていないディスプレイのみのマナフォンを取り出しながら、


「電子マネーというものです。使える国はまだ限られていますが、最近の『ポラリス王国』なんかは硬貨よりもこっちの方が主流ですね。科学国の『スコーピオン帝国』でも使えます。便利なのでアーサーさんがいない間に稼いでおいたんです」

「ふーん。っていうかラプラス、俺と別れた後にお金稼ぎなんてしてたのか」


 なんとなくそんな風に言ってみると、何故かラプラスは目を逸らしながら、


「……その、『未来観測(ラプラス)』を使っての株や賭博にハマってしまって……」

「……イカサマかよ」


 というよりスーパーチートだ。『未来観測(ラプラス)』を使う以上、株で失敗する事は無いし賭博で敗ける事も無いだろう。流石に怪しまれない程度にやっているとは思うが、それでも一体どれだけ稼いだのかは怖くて聞けなかった。


「先立つ物はいつでも必要なので妥協はしませんでした。きっといずれ必要になる時が来ます」


 それは『未来観測(ラプラス)』ではなく勘で言っているような感じだったが、それにお世話になる可能性があるアーサーはそれ以上は何も言わない事にした。世の中には口を挟まない方が良いものがあるのだ!


「兄さん兄さん。それより早く食べましょう!」

「食べるって言ってもなあ……ラプラス、何かお勧めはあるか?」

「それは私が『ポラリス王国』に引きこもっていた事を知っての発言ですか、マスター?」

「……どうして急にマスター呼びなんだよ」

「これから脅威が訪れた時はこう呼びます。その方が手間が省けますから」

「つまり今俺に脅威が近づいてるって事!?」

「さあ、どうでしょう?」


 完全に作り笑いを浮かべているラプラスだったが、その目は全く笑っていなかった。身内の女の子にめっぽう弱いアーサーはその笑顔に何も言えなくなってしまう。ラプラスはそんな様子のアーサーに溜め息をつきながら、


「まったく、アーサーさんは本当に仕方がない人ですね。とりあえずカヴァスも一緒にご飯を食べられる場所が良いです。例えば『ポラリス王国』で前に行ったような場所が」


 そのラプラスの提案でオープンテラスのあるカフェに入る。久しぶりに食べる物として、注文をラプラスに任せたら三人分のホットケーキとアーサーとラプラスにはコーヒー、レミニアにはミルクが運ばれてきた。


「兄さん、その黒い飲み物は何ですか?」

「コーヒーだよ。飲んでみるか?」


 レミニアは自分の飲み物よりアーサーのコーヒーに興味を持った。ドキドキした面持ちでコップを傾けて真っ黒なコーヒーを飲む。

 結論から言って、レミニアの舌にコーヒーは合わなかった。少し飲んだだけでコップを遠ざけ、(まさ)しく苦い表情を浮かべる。


「な、なんですかこれ……凄く苦いです」

「アーサーさんはブラックが好きみたいですからね。だからレミニアさんにはミルクにしたんです」

「知ってたなら教えてくれたら良いのに……」


 妹に甘い馬鹿はラプラスに注文を頼んだのが自分だというのも忘れてジト目を向けるが、ラプラスは憮然とした態度で、


「何事も経験です。妹だからって甘やかし過ぎるのはダメですよ? 甘さはアーサーさんの美徳ですが、将来子供を育てる時に困る事になります」

「何で急に説教されてるの俺!? というか子供って色々と飛躍しすぎじゃないか? まずは相手がいなきゃどうにもならないだろ」

「ごもっともですが、アーサーさんに限ってその心配は無いと思いますけど」


 せっかくの食事だというのに言い合ってばかりだし、そんな事をしている場合じゃないのは重々承知なのだが、やはり誰かと話しながらご飯を食べるのは楽しいものがあった。思えば『リブラ王国』の一件以来、久しぶりに楽しんでご飯を食べている気がする。


 だが忘れてはならない。

『担ぎし者』であるアーサーの平穏は長く続かないと。


 今回の平穏は遠くから近づいて来るジェットの噴射音によって断ち切られた。

 テラスのすぐ目の前に、人型の機械が空から着地する。周りにいたアーサー達以外の人達はそれを見るなり引き潮のように店の外へと出て行ってしまった。


「ん、なんだ?」


 しばらくキョロキョロしていたそれは、アーサー達の方を向くと首を動きをピタリと止めた。そして数秒経つと、右手が変形して銃口の形になる。


「っ、マスター!」


 危険を知らせるラプラスの声にアーサーは席を立ち上がる。

 そして次の瞬間、その銃口の先から青色のエネルギー弾が何の前触れもなくアーター達に向かって放たれる。

 反射的に右手を突き出そうとした所で、鋭い声でラプラスが叫ぶ。


「触れないで下さい!」

「っ!?」


 ラプラスの指示に従って受け止めるのではなく躱す。それからアーサーは気づいた。飛んできた弾は魔力弾ではなく、科学技術によるエネルギー弾。もし右手で受け止めていたら受け止めるどころかこっちの右腕が吹き飛んでいたはずだ。

 だとするなら距離が開いていてこちらに特は無い。ウエストバッグからユーティリウム製の短剣を取り出しながら柵を飛び越えて人型の機械に向かって走る。敵は左手も銃口の形に変形させてこちらに向けてエネルギー弾を連射してくる。アーサーはそれをスライディングで躱しながら擦れ違いざまに短剣で膝を斬りつける。そして背中側に回ってすぐに立ち上がり、態勢を崩した人型の機械の頭部に深々と短剣を突き刺す。すると青く光っていた目の光が消え、その場に崩れ落ちて動かなくなった。


「ホントになんなんだよ、これ……」


 短剣を引き抜きながら漏れた疑問に、近寄ってきたラプラスが答える。


「『スコーピオン帝国』製の『機械歩兵(インファントリー)』ですね。どうやら、この国に入った時点で存在がバレていたようです」

「存在って……サラが誘拐される現場に俺達はいなかったんだぞ。襲われるいわれは無い」

「相変わらず自覚が無いようで幸せなのかもしれませんが、いい加減自覚して下さい。アーサーさんは特定の人達にとって有名人なんですよ? 『ジェミニ公国』『タウロス王国』『アリエス王国』。そして私も関わった『ポラリス王国』や『リブラ王国』。『魔族領』でも心当たりがありますよね? 『カプリコーン帝国』でも大立ち回りをしたようですし」

「……」

「何故そこまで知っているのか、という顔ですね。少々特殊とはいえ一般人の私でさえ知っているんです。多くの人を理不尽から救おうと、特定の人達の利になる事件を防いで来たアーサーさんは、特に国の内部の人間や悪巧みをしている人達にとっては邪魔な存在なんです」

「……」

「そして襲われたという事はそういう事なんでしょう。この国はアーサーさんの仲間を連れ去った他に、何か大きな事をしようとしているのかもしれません」

「……つまり」


 沈黙を破って、アーサーは唸るように呟く。


「つまりこの国は、他の国でもあった悲劇を繰り返そうとしてるって訳か」

「もしかしたらサラさんとの関係を知って攻撃してきた可能性もありますが、その可能性も否定し切れません」

「……やっぱり、早急にアレックス達と合流する必要があるな」


 ここに来て数日は経っているはずのアレックス達なら何かしらの情報は持っているだろうと思っての発言だった。それにラプラスも頷いて、


「とりあえず移動しましょう。長く留まっているとまた襲われます。付いて来て下さい」


 ラプラスの後に付いて行きながら、アーサーは再びマナフォンを取り出してアレックスに電話をかける。しかしまたしても不在だった。


「ところで『未来観測(ラプラス)』で安全な道とか他のみんなとの合流ルートとかは分からないのか?」

「その事ですが……ちゃんと説明しておいた方が良いですね」


 連絡が取れないとなると合流に対する頼みの綱はラプラスだけなのだが、彼女は妙に改まって先導を続けながら言う。


「『担ぎし者』であるアーサーさんの行動は、観測して確定したはずの未来を変えます」

「それは前にも言ってたな」

「はい、肝心なのはそこから先です。未来を変えるというのは悪い方向から良い方向への一方通行ではなく、良い方向から悪い方向に向かう可能性もはらんでいます。つまり端的に言うとアーサーさんの傍だと『未来観測(ラプラス)』の精度が著しく落ちるんです。そもそも私は万能という訳ではありませんから」


 つまりラプラスの説明を要約すると、


「なんか俺のせいでラプラスの力を妨げてる?」

「あっ、そういう事を言いたい訳ではありません。アーサーさんには遠慮しないでじゃんじゃん未来を変えて欲しいです。私にとってはそれが救いになりますから」


 未来が分かる。

 それはきっと便利だ。

 事故には遭わず、危険な目にも遭わない、安心安全な人生。失敗の無い約束された成功だけが待っている人生は、おそらく幸せといえば幸せな人生なのだろう。

 だがきっと、そこには楽しさは無い。

 全てが予想通りで、予測を超えるものは現れない、なんと張り合いの無い人生なのだろう。そういった観点から見た場合、きっとその人生は一転して不幸となってしまう。

 ラプラスにとっては正にそうだった。だからこそ、予想を超えてくれるアーサーの存在がラプラスにとっては大きいのだろう。アーサーにもそれくらいの事は分かっていた。


「とにかく先を急ぎま……」


 そこでラプラスは突然足を止めた。

 今は建物と建物の間の細い路地に入っている。日の光が直接届かず、暗い場所で止まった事に不安が募る。それと同時に意識せずとも右手に力が入る。


「……っ、上です!」


 ラプラスの声で弾かれたように頭上を見上げる。釣られて見上げたアーサーがそこで見たのは蜘蛛だった。八本の脚を両サイドのビルに突き刺して外壁に張り付いている。

 ただしその蜘蛛は生物ではなく、レンズの付いた球体から足が八本生えている機械の蜘蛛だった。三つある関節で折れている足は一節がそれぞれ一メートルはあり、足一本につき三メートルある。


「なんだ……あれ」

「あれも『機械歩兵(インファントリー)』です! マスター、戦闘準備を!! あれは―――」


 クロノが言葉を発している途中、機械蜘蛛は動いた。


「強いです!!」

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