164 助けに来た王子様
あれから三日後、サラはセラに呼び出された。その要件は当然、三日前の問いかけの続きだろう。大きな扉から玉座まで真っ直ぐ敷かれた真っ赤なカーペットの先で、その玉座に座っているのはセラだった。
だだっ広い部屋にいるのは彼女ただ一人。カーペットの両サイドを囲むのは命の無い『機械歩兵』だけだ。
「それで、答えは変わったか?」
しかしその異質さに何も感じていないのか、銃口を突き付けられて無理矢理玉座の前に移動させられたサラに対して、セラは改めて問いかける。
この国に帰ってくるか、それとも拒否するか。その問いかけに三日間考えたうえでサラは一切の迷いもなく、
「答えは当然、ノーよ」
魔術も使えず、無力な少女でしかないサラはそれでも考えを変えなかった。それ程までに、彼女にとってはこの場所は帰って来たくない場所なのだ。
「あんたには悪いけど、あたしが帰る場所はみんなのいる場所だわ。それは当然、この国の事なんかじゃない。この国はもうあたしの帰る場所なんかじゃない」
「……だったら力尽くで考えを改めて貰うしかないな」
セラが指を鳴らすと大剣を持った大型の『機械歩兵』がサラに近づいてくる。
「お前は何も分かっていない。このままヤツらと国外に居続けたら、やがて全てを失うぞ。サラ、お前が幸せになるにはここに帰ってくるしかない」
「だとしても、みんなと一緒なら大丈夫だわ」
「……チッ、死にかけたら不死鳥の力を使わせてやる。少々痛むが折檻だ。覚悟しろ」
吐き捨てるように言うセラの言葉に呼応するように、目の前の大型の『機械歩兵』が移動してきて大剣を振り上げる。
言いたい事を言った事に、後悔は無い。
けれどサラは強力な魔術が使えるといってもただの少女だ。これから攻撃が来るというのに両手の枷のせいで『獣化』は使えず、防ごうとする動きすら出来ないというのは恐怖しかない。まるで磔にされて銃殺されるのを待つ囚人の気分を味わっているようだった。
そしてついに、振り上げられた大剣が振り下ろされる。それに対する無力な少女は次に来る衝撃にぎゅっと目を瞑る事しかできない。
(―――ッ、アーサー!!)
心の中で最後に叫んだのは、一人の少年の名前だった。
こんな危機的状況で、最後に思い浮かんだ顔がその少年である事の意味を、この時サラは初めて思い知った。
そして、思い知ってから後悔するような気持ちで思う。
私はいつも遅すぎる、と。
そんな彼女に凶刃が迫る。
サラの小さな体を両断するには大きすぎるそれが正確無慈悲に振り下ろされ、正に叩き潰されようとしたその直前の事だった。
絶対的に危機的な状況で、唐突に変化が起きた。
目を瞑ったままのサラの耳に、金属と金属がぶつかり合う甲高い音が大きく響く。目の前で生まれた衝撃波が長い髪を撫でる。
何が起きたのか確認するために、サラは恐る恐るゆっくりと目を開く。
そこには……。
「ようサラ。久しぶり」
大剣は止められていた。
直前まで頭の中で思い浮かべていた少年の持つ翼に似た二振りの剣によって受け止められていた。さらに止めるだけには留まらず、大剣を弾いて自分の何倍の大きさもある『機械歩兵』を後退させた。
アーサー・レンフィールド。
ただの少年であるはずの彼が、まるで絵本に出てくる王子様のように颯爽と現れて窮地を救ってくれたのだ。
そして久しぶりに対面するアーサーは、振り返った時なんてこと無いように笑っていた。
その表情を見たサラの瞳からは涙が流れた。それは再開が嬉しいからだけではない。その表情が彼の変化を物語っていたからだ。
「アー……サー……?」
「正真正銘本物のな。帰りが遅いから強引に迎えに来た」
「……バカ。遅かったのはあんたの方じゃない」
ゴシゴシと目元の涙を拭って、それから改めて自分の感じた事が間違っていないか確認を取る。
「……本当に、戻ってきたのね……」
「ああ、大丈夫だ。色々と心配かけたな」
その言葉に込められた本当の意味に少年も気づいたのか、自信満々な表情でそう言う。
「……それにしてもお前、『アリエス王国』の時も思ったけどドレス似合うよな。まあお姫様だったってなら当然なのかもしれないけど」
「こんな時に何言ってんのよ……って、危ない!!」
二人が呑気にお喋りをしているのを弾き飛ばされた『機械歩兵』が黙って見ている訳がなかった。今度は二人まとめて薙ぎ払うつもりなのか、大剣を横薙ぎに振るう。それが半身になっていたアーサーの背後から襲いかかる。
「手順変更、ユーティリウム製の直剣」
それをアーサーは左手に持っていた剣を真っ黒な直剣に変え、肩に担ぐように持って背中側で受け取める。対格差をものともせず、アーサーは一歩も動かず直立に立ったままだった。
「……今さ、久しぶりの再会を楽しんでるんだ」
そう言って再び大剣を弾いたアーサーは右手に持っていた剣を投げて『機械歩兵』の喉に突き刺す。
「だから邪魔をするな。手順変更!!」
アーサーが使用した魔術で喉に刺さった剣が巨大化して首を落とす。喉に剣が突き刺さっただけでは止まらなかった『機械歩兵』も、流石に頭が無くなっては動けなかったようだ。後ろに倒れて大きな音を立てる。
「それよりサラ。自慢の『獣化』はどうしたんだ?」
これだけの事をしても調子の変わらないアーサーに呆れながら、サラは袖をまくって腕輪を見せる。
「これのせいで魔術が使えないのよ。……っていうかあんた、どうやってそんなに強くなったのよ」
「まあ色々あって。それより……」
「貴様がアーサー・レンフィールドか」
ようやく玉座に座るセラが声を発した。アーサーもそれに反応する。
「やっぱり俺を知ってるのか?」
「どうして知らんと思った? お前は有名人だよ、特に私みたいな人種にはな」
「……それで、アンタはどうして妹を強引に連れ戻そうと?」
「それがこの国にとって必要な事だからだ」
そのすぐ後に慌ただしい音が響く。周りにいた人型の『機械歩兵』が全てアーサーとサラに向かって銃口を向ける。
対してアーサーは床に座ったままのサラの体を左手で脇に抱えて持ち上げた。
「あ、アーサー!?」
サラは突然抱えられた事に困惑の声を上げるが、
「悪いけどちょっと大人しくしててくれ。こうしないと守り切れない」
「守り切れないって……この数はあんた一人じゃ無理よ!!」
「大丈夫だ、安心してくれ。ここまで全て、あいつの言う通りだから」
「あいつって……?」
サラが疑問の声を上げるのと同時に、『機械歩兵』の持つ銃から次々にエネルギー弾が放たれる。
普通の人なら到底避け切れないであろう弾幕。しかしその普通なら避け切れないであろうその弾幕を、どこにでもいるごく普通の少年は涼しい顔をして最小限の動きで避けていく。その迷いの無い動きはまるでどこにエネルギー弾が来るのか分かっているような挙動だった。
「……お前じゃないな」
それを見ていたセラが呟く。
セラはアーサーについて知っている。しかし目の前に広がる信じがたい光景に、事前に得ていた情報だけではなく自分の目で最新の情報を集めていく。
「インカム……?」
そしてセラは気づく。
アーサーの片耳に、一見すると耳栓と間違えそうになるインカムが付いている事を。
「誰だ……」
セラは荒々しい動きで玉座から立ち上がり、そして叫ぶ。
「お前の後ろに誰がいる!?」
ありがとうございます。
突然のアーサーの登場ですが、今回の章では時間を行ったり来たりしてアーサーとアレックス、それぞれの話をやります。次回は一つ行間を挟み、『カプリコーン帝国』から転移した直後のアーサーの話をやります。