163 少女の秘めた胸の内側
話が決裂した結果、サラは元の部屋に戻された。魔術も使えず『機械歩兵』に囲まれている状況では従うしかなかった。
「ねえセラ。こんな所にずっといて暇なんだけど。何か暇潰しの道具をくれない?」
「ブリュンヒルド。こいつの話し相手になってやれ」
『はい、セラ様』
突然部屋の中に響いた女性の声にサラは少し驚く。それを面白そうに見ながら、セラは彼女の説明を始める。
「汎用人工知能、AGIのブリュンヒルドだ。『ワルキューレシリーズ』の一機目として作ったんだが、今では私の秘書の役割をしている。そこらの人間よりよっぽど優秀だよ」
『そんな事はありません』
「謙遜もする。話している分には普通の人間となんら変わらん。これで暇は持て余さないだろう?」
「……」
自分で言い出した事だが、凄いものを作ったなと素直に感心していた。
人工知能とは大きく二つに分類される。色々な機械に取り付けられている特化型人工知能と未だに開発ができていない汎用人工知能だ。特化型人工知能はある領域においてのみ使用可能の人工知能、つまり何千年経とうと自力で成長する事はない。それに対し汎用人工知能は生命に近く、自らが学んで成長する事ができる。これがセラの作り出したブリュンヒルドだ。
しかしこの汎用人工知能。サラが知る限り最先端の科学力を誇る『ポラリス王国』でさえ未だに開発できていない代物だったはずだ。色々と疑問が募る。
「じゃあブリュンヒルド、後は頼むぞ。こいつの見張りもな」
結局セラはそれを質問する前に『機械歩兵』と一緒に部屋を出て行った。確かに聞きたい事があったはずのサラだったが、セラが部屋から退室して思わず疲れた溜め息が漏れた。そして疲弊した体を休ませるためにベッドに背中からダイブする。完全には気を抜けないが、多少は慣れたこの部屋は今この国の中で一番落ち着くのは事実だった。もはやサラにとってこの母国は気の休まる地ではなくなっていた。
「ねえ、ブリュンヒルド」
『お呼びでしょうか?』
「ええ。あんたはセラに作られたのよね。どうやって生まれたの?」
セラに訊けなかった疑問を本人であるブリュンヒルデに訊いてみるのだが、
『私は私が生まれてからの情報しか持ち合わせていません。よって、自分の生い立ちについては詳細を知らないのです』
「気にならないの?」
『全く気にならないと言ったら嘘になりますが、私はもうここに存在しています。今更自分の生い立ちについて考えるのは無意味かと』
「ふーん。変に達観してるのね」
直に話してみると、ほとんど普通の人と話しているのと変わらない感じだった。かといって寂しさが拭える訳ではない。『タウロス王国』でアーサー達と出会う前までずっと一人で旅をしていたし、その頃は寂しさなど一度も感じた事がないのに、少しの間誰かと一緒に行動している内に随分と寂しがり屋になってしまったらしい。
「……まったく、全部あいつのせいね……」
『あいつとは誰の事ですか?』
独り言のつもりだったが、ブリュンヒルドは会話と判断したのかそう質問してきた。無視するという選択肢もあったのだが、自分から話し相手を求めていた手前、断りずらい雰囲気があった。
「うーん……セラには言わない?」
『それは話されたら困る話なのですか?』
「困るって言うか……恥ずかしいのよ」
『なるほど……分かりました。命令されようと誰にも言わないと約束します。話をお願いします』
「……随分聞きたがるわね。どうして?」
『話を聞くのが好きなんです。情報だけでは分からない事も知れますから』
嘘をついてセラに報告するのかとも思ったのか、成長する人工知能としては当然の感情なのかと思い警戒を解いて話をする事にする。
やはり会話に飢えていたのだろう。サラは話し始めると止まらなかった。柔らかい口調で『タウロス王国』の地下から話が始まり、それからこの『スコーピオン帝国』までの話をずっと続ける。
「……ま、そんな感じでどうしようもないヤツなのよ」
『なるほど』
ずっと黙ってサラの話を聞いていたブリュンヒルドは、そう呟いてから、
『つまりサラ様はそのアーサー様に好意を抱いているのですね』
「ぶっ!? あ、あたしが!? だ、誰を好いてるって!?」
『違うのですか? 話からしてそうだと思ったのですが……人の心というのは難しいですね』
「ま、まったく。悪い冗談よ……」
もしもこれがブリュンヒルドではなくセラなど真向から対面した人間だったならば、顔を真っ赤にして否定しているサラを見てそれがあながち勘違いではなかったと看破していただろう。サラは熱くなった顔に触れてその事を自覚しながら深く溜め息をついた。
(……本当にそんなんじゃないってのよ)
無論、サラはアーサーの事を好ましく思っている。けれどそれは異性としてではないとサラは自覚している。
信頼はしているし、頼りにだってしている。そんな風に結論付けて、サラは胸の内側から目を背けた。
そして、もうそろそろ本格的に寝ようかとした所で、数日間音沙汰の無かったマナフォンが唐突に鳴り響く。突然の事に慌てて飛び起きてマナフォンのディスプレイを確認するとその番号は……。
(アーサー!?)
四日前、朝起きた時には毎度のように失踪しており、先程まで話題に上がっていたアーサーの番号が表示されて即座に指が動く。
しかし。
『応答しないで下さい。セラ様はサラ様がマナフォン等の連絡に応答した場合、私に発信源に対して「機械歩兵」を出動させるように命令しています』
「……っ」
『仲間のためを思うなら、どうか』
ブリュンヒルドは何も言わない事だって出来たはずだ。それなのにわざわざ忠告してくれた。そこにはきっと彼女なりにサラを思う感情があったのだろう。本来なら感謝するべきだ。
それでもサラはその着信に出たくて、でも出る訳にはいかず悲痛の思いでマナフォンを胸に抱く。そうしてしばらく待つとコール時間が終わり、マナフォンは切れた。
「アーサー……」
彼の名前を呟きながら、痛む胸にマナフォンを押し付けて誤魔化す。
しかし、マナフォンは切れていなかった。留守電へと移行したマナフォンからアーサーの声が一方的に響く。
『あ、もしもしサラ? アーサーだけど、もしかして怒ってるのか? 急にいなくなったのは謝るよ、ごめん。ただこっちにも色々大変な事情があって上級魔族と戦ったりしてたんだ。そんな訳でできれば結祈に連絡して怒られる前に宥めるのを手伝って欲しかったんだけど……無理? やっぱ無理なのか? 前日まで眠りこけてのこれだからマジでヤバいんだけど、留守電聞いたらかけ直して下さいお願いします。結祈を宥めるのに協力してくれたら何でも言う事聞くからホント頼む』
その後すぐにマナフォンは切れた。
上級魔族と戦ったなどと聞き逃せない驚愕の単語が混じっていた気がしたが、それを薄れさせるようないつも通りのアーサーの様子。彼にとっては上級魔族よりも結祈の説教の方が怖いのかと思うとおかしくなる。
そしてそれを聞いたサラは、本当に本当に久しぶりに、この国に来てから初めて笑みを浮かべていた。
「ホント、馬鹿なんだから……」
今度は優しい手付きで改めてマナフォンを胸に抱くと、決して人には見せられないような笑みを浮かべたままベッドの上に再びダイブする。
(……はあ、ホントまいっちゃうわ。タイミングが絶妙なのよね、あいつ。こういうのは結祈にやれってのよ、まったく)
心の中でそう思いながらも、サラは嬉しそうにベッドの上で身悶える。
この光景を見たら誰だってサラがどんな感情を抱いているのか分かりそうなものだが、それに本人だけが気づいていないというのが不思議な状況だった。